第百七十七話「ぐるーぷ がいよう」
精霊会議と精霊演説が終わり、長い一日が終わりを告げようとしていた。
だが、まだ俺たちに寝る時間はない。
「皆さん、揃いましたね」
演説会場よりちょっと小さい、そして階層が下の会議広場に、俺たちは集められていた。
壇上にたって話しているのはリアスだ。今日の疲れがかなり残っているのだろう。普段のぼさぼさが更に際立っている。
この場に俺の知っているメンツは、俺、フラン、ラミィ、ロボ、ベクター、リアス、ツナ、ツナの奴隷三人、ベリー、ゲンとダッツ、紅、あと何故か精霊のルナがいる。
他にいる実力者はそこまで多くない。ほとんどがリアスみたいな研究者タイプだ。カエンとの戦闘で猛者みたいなのはほとんど散ったらしい。
グリテは療養中だと聞いた。あれだけの事をやったし、寝てても咎められはしないだろう。
「まず初めに、今日の作戦に対するあなたたちの健闘に最大限の感謝を、賭ける命も無いわたしですが、あなた達は歴史の英雄に追従するものたちだと確信しています」
リアスが、他の研究者と示し合わせてお辞儀をする。俺たちにそれなりの礼をとっているのだろう。今後の会話を円滑にするために。
まあ、ここまで生き残ったメンツはわかっているはずだ。戦わなくとも頑張っているリアスたちに文句を言っても、それが本心ではないだろう。
ただ鬱憤はたまっている。いつ変な形で爆発するかわからない。
茶番だが、大切なことだ。
「ではこれから八時間後に、冥の戦艦に乗り込む最終戦闘、牙折聖戦の概要を説明させていただきます」
「な!」
だが、そんな気遣いも吹き飛ばしてしまうような宣告に、思わず声を漏らしてしまった。
「どういうことですかっ!」
ラミィが叫び、この場にいる戦闘員全員を代弁する。全員の不満をおさえつつ、意図を知る最適解だろう。
リアスはそんなラミィに少しだけ目を伏せて感謝する。その後でしっかりと目を見開き、会場全体に伝わるように説明を始めた。
「どういうこととはおそらく、皆さんも感じているでしょう。今だマジェスが襲撃された戦火はくすぶり、モンスターの壊滅すらしていません」
タスク一味が放ったモンスターはまだマジェスに残っていた。空を飛んだことでシャンバラを振り払うことができても、内部に侵入した多数はまだ討伐している。
「これらのモンスターが殲滅可能になるにはあと二時間の戦闘体勢を強いられます。この中にも、会議の後交代で戦闘する方もいると思われます」
「それならなんでっ」
「今が、最後のチャンスだからです」
ざわざわと、会議室がガヤにまみれる。
「……アオ」
フランが不安そうに俺の手を握った。
俺だって不安だ。だが、当然なのだ。
「わたしたちはラミィ含むあなた方精鋭の尽力によって、今日の目標であるタスク封印の陣を得ることができました。しかし逆に、タスク一味が目標としていた三つのカードを揃える結果になってしまいました」
「三つのカード……」
この意味がわかっているのは少数だろう。一応、牙抜き作戦前の伝で話したから、理解している奴もいるみたいだが。
「元々、わたしたちは牙抜き作戦失敗の時点で、冥の戦艦を相手側に奪還された時に死んでいてもおかしくないのです。あれは、そういう兵器ですから。でも、今もこうして生き延びていたのは、彼等の目標が世界の破壊ではないから。そして、彼等の選定に必要となるのが、その三枚のカードだったからです」
「つまり……それを揃えたということは」
「彼等は、いつ冥の戦艦の本来の機関を起動して、全人類を消滅させるかわからないのです」
会場全体がいやに静まる。今この場にいる俺たちが、いつ消えてもおかしくないという事実に冷や汗をかいたのだろう。
ここに集まっている俺たちは、楽観視なんてできない。実際にタスクの強さを目の当たりにして生き残ってきた者ばかりだ。
それどころか最悪の想定に現実味を帯びてしまった。
リアスも内心穏やかじゃないだろう、元々こういう自体には弱いタイプだ。
それでも彼女はこのマジェス代表の一角である以上、口を出さなければいけない。
「本来なら、今すぐにでも彼等の討伐に向かいたいと思っています。しかしそれは物理的にも不可能だし、成功など無理です。せめて確立が残る形で、わたしたちが勝てるかもしれない時間ギリギリまで準備をする必要があります」
「い、一時撤退は案にないのでしょうか? 敵は今すぐにでも発動できるのでしたら、私たちはすでにしんでいるはずです」
ツナが手を上げて立ち上がり、進言する。
たしかに、一時撤退するのも、一つの意見だろう。
奴隷三人が見守る中で、ツナは言葉を続ける。
「それを鑑みるに、もしかしたら、彼等は私たちの戦闘発起を待っていると考えるのも妥当です。選定の手段がどうであれ、その一環として見られているのが判断として正しいのではないでしょうか?」
「いい提案です。しかしそれは、一時撤退して、もう一度攻め込めればの話です」
リアスは会議室の壁にモニターを開く。
そこには冥の戦艦らしき船と、起動した空飛ぶマジェス、マジェスベクターが映し出される。たぶん空中の位置図だろう。
「アルトが青のカードを手にし、冥の戦艦に逃げ込む際に座標を特定しました。マジェスはその熱源をまだ捕らえています。周りにグルングル他のモンスターがいますので、これ以上近づくことができませんが……」
アルトを逃がしたが、逃げた際にリスクは負ったというわけか。フランたちの行為は無駄じゃなかった。
「この状況を放棄して、一度マジェスを地上に降ろすことも可能ですが、それをすれば、今後マジェス起動に必要な魔力を確保するのに、最低でも半年はかかると思われます」
「半年っ!」
「それだけの時間を、相手に与えることの意味はわかると思います。私たちはただでさえ不利なのです。タイミングを選べ、なおかつ敵に攻め入ることができるのが、今しかないと言うことです」
優位不利は時間とともに埋まることはない。むしろ広がることの方が多い。
スポーツやゲームで戦況が覆るのは、そういった戦略を楽しめるように、ある程度の共通ルールを敷くからだ。
実際の勝負じゃほぼ初手が全てといってもいい。
今回の撤退後の事を考えれば明白だ。相手の好きなタイミングで、俺たちに攻撃ができるようになってしまう。俺たちが反撃できない半年間に、敵が全てを終わらせてしまう。
だからといって、今日マジェスを起動したことに対する批判もせん無い。シャンバラに結局全て吸い取られる可能性もあった。だからと言ってすぐ起動すればしたで魔力吸収に根を張っていないシャンバラを振り払えなかっただろう。
あのタイミングが最適だったはずだ。それにたられば言ってもどうにもならないし。
「今現在、世界はわたしたちを応援する意思が高揚しつつあります。士気が最も強い今を逃せば、精霊から得られた陣に泥を塗る結果にもなります」
「下手をすれば……没収される?」
「そこまでは言いません。しかし、現状ある要素を統合的に鑑みて、ここで撤退することに不利益ばかりが目立つのが、現状です」
たしかに、この機会を逃せばまた世界の意思が揺らぐ可能性もある。戦略的にどうこうする問題でもないが、決め手の一つにはなるだろう。
あらゆる要素が重なった上での結果が、今回の背水の陣なのだ。
「今も総力をあげ、この場にいない研究者たち全員がマジェスの機能を最低限戦えるところにまで復興させるつもりです。不平不満はいくらでも甘んじます。しかし、今回の作戦に、あなたが英雄の尽力を、お願いいたします」
ただそれでも、リアスのお願いは無茶としか考えられなかった。
タスクとの最終決戦。
「それでは、これからは個別の会議をさせていただきます。意見質問などはその場所でお願いします。それぞれの細かい役割等を明確にするため、別室でのミーティングになりますのでご了承ください」
反論意見はとりあえずまてと。まあ何言ってもこの状況は変わらないし、それはここでごっちゃにならない方がいいって考えかな。
「紅! いっきまーす! みんなよろしくね~!」
「ヨロピク! ルナだよ~」
グループ分けみたいなのがされてるな。元々知り合いで固まっているところも多いし、研究者の一人が呼び合って部屋から出て行く。
俺の元には、リアスが来た。
「フラン、ラミィ様、ロボさん、アオ。あなた方はここに残っていただきます」
「ここで話すのか」
「この場所が気に入らないのであれば移しますよ、空き部屋だけはありますから」
「あ、いやここでいい」
俺の言葉にリアスは頷くと、傍らでじっとこの場から人が消え去るのを待っていた。
ちょっと気まずい。喋らないときは黙り込むのって、フランに似てるよな。
クローンであるフランも、話すことが無いから黙り込んでいる。
「アオくん、御夕飯食べた?」
「まだ食ってなかったな」
「わたしもっ、後でもらいに行こうねっ!」
「アオ殿、ワタシはすでに済ませてあります! 残念です!」
「いつ食ったんだ……?」
他愛の無い会話が続く。
ラミィは今日一日で自分の立場が大きく変わっただろう。謎の旗頭から、英雄の筆頭に返り咲いてしまった。
その重圧は計り知れないだろう。そして、周囲の目も変わっていく。彼女を知らない人間が、いなくなる。
元々知っている俺たちが、そこをフォローしないと。
「真に無念です。共食を過ごせぬことにこの身は……」
「それよりも、ロボは体大丈夫なのかよ、一回死にかけたんだぞ」
「アオ殿、ご心配には及びませんよ」
ロボは自分の胸に手を置いて、健在である事を証明する。
でも俺は、そんなロボの表情の中に、ちょっとだけ無理があるのに気づいていた。
美女モードよりも犬モードの方が内心がわかってしまう。人生でどれだけ人間と触れていなかったかわかるな。
やっぱり、何のリスクも無しにあの状態から生き返ったわけじゃなさそうだな、後でしっかり聞いておかなきゃいけない。
ロボって、こういうとき一人で抱え込んじゃうと思うからな。
「……」
ふと、フランから視線を感じた。
たぶん、俺と似たような事を考えているのかもしれない。口で言わずともその辺は似通っている。
「目で会話してるっ……」
「そろそろよろしいでしょうか」
リアスが咳払いをして俺たちの気を引く。
辺りを見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっていた。
一応、ベクターがいるくらいか。あいつもこっちの会議に参加するのかな。
「では、はじめさせてもらいます。これから話すことは、八時間後に行われる牙折聖戦における、あなたがたの役割です」
モニターが移り変わった。
なんだか直角の線がいくつも並んだ、迷路みたいな図が現れる。なんだこれ。
リアスはモニターの前にまで出て、指揮棒でその図面を指した。
「あなた方四人にお願いするのは、冥の戦艦へ潜入し、最終目標であるタスクを封印していただくことです」
「……え?」
俺は思わず聞き返してしまった。
タスクを封印する。その役割が、俺たち?




