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第百七十六話「いみ いきどまり」


 瞬きをしていたら、いつの間にか元の世界に帰ってきていた。

 しかも、いる場所はあのマジェス演説会場だ。端っこの壁際に俺たち眷属は追いやられていた。

 真ん中には、大勢の精霊たち。内前に出ているえらそうなのは四体だ。


 ルナが楽しそうに演説会場の中心に近づいていった。


「こんにちは~」

「な、なになにっ!」


 もちろん、中心にはラミィがいた。ここでずっと待っていたのだろう。


「精霊が、あなたへ助力をしに来ました! 月の精霊、ルナ!」

「地の精霊、ガイアス」

「……海の精霊、カイ」

「陽の精霊、サン!」


 四体揃って、原初精霊。ルーツスピリッツか、格好いいな。


「ラミディスブルグウルトーネル! 此度は貴様との邂逅!」

「げ、原初精霊が四体も……」


 この場にいる人間のほとんどが、中心にいるラミィと原初精霊に注目している。

 それをしていないのは、俺たちみたいに慣れ始めた眷属とかだ。


「ツナはさ、マジェスきちゃったけどいいのか?」

「ええ、かまいませんよ。ちょうど奴隷の三人もここに呼んでいるんで。いい感じに合流できます」

「ツナァアア!」


 ツナが消えた。いきなり突撃してきた影に押し倒されたのだ。もちろん奴隷の三人だ。一人だけ大声で叫んで、もう二人は無言でのタックルできた。

 攻撃の気配がしただろうに、それでも三人の事を避けないのはさすがというか。


「つか、あんたらアルトを追って……」

「アオドノォオオオ!」


 俺は咄嗟にした攻撃の気配に、反射的に避けてしまう。

 ロボのタックルは空を切るが、すかさずターンを決めて俺の回避地点へ迷わず飛び込んだ。


「アオ殿!」

「いや、感動の再開でも無いだろうに」


 ロボは美女モードになっていた。たぶん戦闘の跡だろう。この姿になるとやけにお触りしてくる気がする。


「申し訳ありません、アルトをみすみす匿篭に」

「ああ、駄目だったのか」

「……ごめん」


 ひょっこりと、フランが柱の影に隠れて俺を見ていた。任された役目ができなかったことに負い目でも感じているのだろう。

 俺なんて参加しなかったくせにあんま役に立たなかったからな。


 自分は今なんていってもらえると嬉しいだろうか。


「えっと、ロボ」

「はい、なんでも」

「ラミィと精霊を見ててくれ、大丈夫だろうけど、なにするかわかんないし」


 たぶん、表舞台だし俺のやることなんて無いだろ。

 ロボは俺がこの場から離れるのが疑問だったのか、首をかしげる。


「よろしいのですか、歴史的な邂逅を……」

「俺がするのは、もうちょっと小さいことでいいんだよ」


 たぶん知らなきゃいけないことはあの空間でそれなりに話しただろうし、俺が話すことなんてほとんどない。


「フラン」


 隠れて近づこうとしないフランに、俺から声をかけていく。


「フランは生ライブとかそういうの興味ないよな? 俺は見れればどっちでもいい方だ」

「意味わかんない」

「いやうんごめん。ちょっと一緒に歩いてくれませんか」


 フランは物陰でしばらくうつむいた後に、何回か首を縦に振る。


「いく」

「さんきゅう」


 俺が手を出したら、手を繋いでくれる。何があったというわけでもないが、いつの間にかそうなった。

 この会場内部は、中央に集まりすぎたせいかしんと静かだった。先ほどまで襲撃で騒がしかったはずだ。


「不思議だよな、車が絶え間なく通る道路でも、ふいに何も無い空間になったりする」

「車?」

「騒がしい場所が静かになると、異世界に来たみたいだなってこと」


 適当にふらついていたせいか、どこを歩いているのかわからなくなる。道に迷った気がする。

 つか、マンションみたいにどこも同じ場所に見えるのに、やけに広い。たぶんあの演説会場近くに階段とかあるんだろうけど、戻れないし。


 フランはそれどころじゃない感じだ。考え事をしているから、手を離したらそのままどこかへ歩いていってしまいそう。


「アオは、異世界は嫌いなの?」

「いや、俺は案外知らない場所は嫌いじゃないんだ。人ごみは嫌いだけど。だから出かけたがりだったのに、つれてってもらえる場所は人ばっかいて嫌だった。そのせいで、歳が二桁になる頃には出かけるときに俺を連れてってくれなくなった」


 俺が高校生のとき、ほしいと思っていたのは車だ。

 一人でどこかへ行ってみたかったのだ。


「わたしは、あの森が全てだった」


 フランも、つられて口を開いた。ちょっとだけやな感情を振り払ってくれたようだ。

 そういえば、フランは俺どころの話じゃないんだよな。体のことで、ずっとあの森の中から出られなかったんだ。


「わたしはそれでもいいと思ってたし、あの場所は今でも好き。でも、知らない場所も、一緒に旅して嫌いじゃなくなった。ロボやラミィに会えたから」


 フランが、やっと顔を上げた。透き通った瞳には俺が映っている。


「だから、わたしもアオと一緒」

「でもさ、やっぱり意味があったのかって考えちゃうよな。あったんだろうけど、実感が無いというか」


 なんとなくだが、俺がこの話を切り出したわけを理解した。

 あの、精霊会議の時の俺を思い出したからだ。


「あるよ」


 フランは、そんな俺の不安を払拭するように、はっきりと口にした。


「わたしは、この旅が間違ったなんて思ってない」

「そりゃ俺もそうだ。ただやっぱ俺はさ、どっかでケチつけたくなるんだよなぁ」


 この世界で一番美しいものはまだ見つかっていない。在り処がわかっていても、見れるかどうかもわからない。

 見たところでなんになるのかも、わからない。


「わからないのは、悪いことじゃない。自由なんだ。フリーダム面白いことさ」

「え、あ?」


 ふと、廊下に風が流れた。

 その風に乗って、不思議な声が聞こえる。たぶん、精霊だ。


「そういえばこの建物って今、魑魅魍魎ばっかしだよな」

「アオ! なにか変なのがいるよ!」

「いたな」


 風が吹いた後で、その声は消えてしまった。フリーダムとかいってたな。

 入れ替わりに、オボエの紙が俺のポケットに現れた。


『空の精霊だね。自由と解放の意思を持った彼は誰にも捕らえられない』

「空気ぶち壊してったな。まあ暗い雰囲気だったから別にいいけれど」

「あ、行き止まり」


 適当に歩いていたら、行き止まりに着いたみたいだ。

 そこは休憩所という感じの広間だった。一面に透明な窓が敷き詰められていて、天井が上の階まで広がっている。ガラスの一枚一枚が大きくて、あんまり近づくとひやりとするほど下が臨めた。


「裏側まで来ちまったのかな」


 演説会場も窓があったし、反対側と考えるのが妥当だ。


「行き止まりか」

「もうちょっと進めそう」

「え、何言ってんの」


 フランが窓に手をついて、外の景色を眺めている。夕焼けを映す太陽が、地平線の中へと潜っていく。正午に演説が始まったから、思ってたよりも時間が経過しているな。

 もう夜も終わることだし、普通なら引き返した方がいいと思うんだが。


「こっから先は落ちるぞ」

「大丈夫よ、アオは飛べるでしょ」

「そりゃ飛べるけどさ」


 先に言って何の意味があるんだ。

 だいたいなんでそんなことを――


「滅相も無いことだが、これでも我が居城。破砕はよしてもらおうか」

「あ、ベクター?」

「我以外に誰がいる」


 ベクターが、この広場に備え付けられた椅子に腰掛けていた。偉そうに足を組んでいる辺りベクター本人だろう。


「あんた、なんでここにいるんだ」

「元より、この場所こそ伝の映像が一番届く場所だ。一面の写し身が目の前にあるだろう」


 伝ってそういえば、映るものになら何でも現れるんだっけか。鏡とか、水面とかにも。

 ベクターはどうやら、最初からここにいたということらしい。全く気づかなかった。


「互いの世界に浸るのは結構だが、存外視野の狭いことだな」

「う、うるさい! ちゃんと見えてた!」


 フランがちょっとだけムキになって反論する。王様相手にも前に出れるようになったあたり、ちょっと前まで人見知りだったのも信じられない。


「ベクター。あんたにしちゃ珍しいんじゃないのか? こういう時真っ先に話題の中心に行くタイプだと思っていた」

「今回は必要あるまい。元より主役はあの娘だ。我が出向く向かないも自由。我が居場所なら倉庫であろうとも領地内だ」


 ベクターは窓の外を眺めたまま、自信満々に言い放つ。

 フランはまだ納得していない。大股でベクターの元に近寄っていく。俺も手を繋いでいるのでつられて。


「ゲノムが死んだの、ショックだったの?」


 しかも、的確にベクターから離すべき話題を振ってきた。

 俺も薄々感じていたが、ベクターはベクターなりに気持ちの整理をつけているから、ここにいるんじゃなかろうか。

 誰かに打ち明けることなく、一人で折り合いをつけている。


「ああ、そうだ」


 そしてベクターは、静かに肯定する。

 近づいたせいか、涙の痕まで見えた。

 俺は、フランがこれ以上ベクターを煽らないように口止めしようとしたが、


「我と話すか?」


 あえてベクターが、自分から話題を振ってきたのだ。

 フランはうんうんと、何度も頷く。

 俺は逆に、問いただそうと前に出た。


「あんたいいのかよ」

「なにがだ?」

「そりゃ……泣いたりとか、したじゃん」


 俺だってちょっと前に泣いたが、それでもなくことは未だに恥ずかしいと思っている。

 ベクターは見るからにプライドの塊だし、こういうことは屈辱なきがする。


「ああ、我は泣いていたのだな。それもよかろう、十年来の親友相手に涙を手向けることに異議はない」

「ま、まあそりゃそうだが」

「いや、貴様が求めた答えは違うか。泣くことに恥はない。ただ、自らの手で涙を拭うまでが泣くということ。泣く事ではない、貴様が恥を思うのは拭えぬことであろう」


 ベクターは親指で目の下を撫でる。

 拭えないこと、そういえば俺って、昔はどうしたんだっけ。


「人は常に恥を背負って生きる。自分の無力さによる情けない行いもあろう、無知による迷惑千万もあろう。だが真の恥とは、それに打ち勝てぬ自分自身にある」

「自分自身……」

「強者は負けを恐れるな。負けを知らねば慢心し、堕落する。敗北をも支配してこその王だ」

「……すごい」


 フランは、素直に感嘆していた。


「わたしは、それができるまで時間がかかった」

「その歳で克服できれば上等。一生を労しても抗えぬ大人もいよう中で、貴様は貴重だ」


 ベクターが立ち上がって、自信満々にピースをした。似合わない。が格好いい。


「ゲノムはいつか正式な形で奉ろう。だが今はその場合に限らず」

「わたしも、いつかお墓を作ったら、御参りにいきたい」

「そうか、貴様は僅か一ヶ月足らずだが、ゲノムに師事されていたか、よかろう。許す!」


 フランもベクターに合わせてピースサインを取った。よくわからないが意気投合したのだろう。

 二人して、俺のほうを向く。こっちこいみたいな感じだ。


「まだ……無理かも」


 俺は苦笑いしてピースは断った。

 フランはずっと手を握って離さない。まあいつかやるよ。


 それに、二人の理論で言ったら、俺はまだ泣ききってない。地球が崩壊した時だって、ホムラにちょっとだけ助けてもらったんだ。


「だが貴様には猶予などなかろう」

「でもまだ時間はあるよ、一瞬の輝きに踊れるんだろ」

「ほぅ……ほう! それも善し! 満足!」


 ベクターは機敏に身体を翻して、俺たちに背を向ける。


「ついてこい、成り者どもはすでに帰った。ここからは我らの戦場」

「な、なんかするのか?」

「ああ、すでに決まっていたことだ」


 ベクターはずんずんと前に進んで行く。

 フランはそれに付いていって歩き出した。

 俺も、そのフランの手につられて追いつこうと足を動かす。


「始まる……始まる!」

「だから、何がだ」

「我ら人類と世界の、最終決戦だ!」


 俺たちが背を向ける窓の日は、とうに沈んでいた。

 ベクターは振り返ることなく、その足をしっかりと床につけて歩いていった。


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