第百七十四話「るなるな たいよう」
「誰だあれ」
「ブランコ……?」
ブランコに乗った少女が、手を振りながら降臨したのだ。どこに吊るされているかわからない糸が、そらからするすると彼女をおろしたといったほうがいいか。
あれだ、ある遊園地のショーで空から降りてくるアリエルを思い出した。
「連れてきた」
上からじゃなくて、普通に歩いてきた送の精霊がそう呟く。そういえば会議の間ずっといなかったけど、こいつを連れてくるためだったのか?
俺は眉をひそめて、そいつが何者か探ろうとする。
「……」
「るるる~」
少女はたぶん精霊だろう。かなり可愛いくて人間っぽいが、耳が長かったり部分部分で違和感がある。
「ボクと一緒なら幸せが訪れるよ! るるん!」
「なにあれ」
俺はすごく苦い顔をしていると思う。
いやまて、もしかしたらこいつが、話の流れから察するに陽――
「彼女は月の精霊だ」
「ルナだよるる」
思わず前に出た身体がたたらを踏んだ。ほんとがっかりした。
月の精霊ルナ。確か月って原初精霊の一体だよな。
「おお、お待ちしておりました」
「ドンちゃんドンちゃん♪」
ルナはドンの城の身体をぺたぺたと触りながら、機嫌よく笑う。
「子供みたいだな」
「ほっ、騙されない方がいい。あれは彼女なりの目暗ましだよ」
『キャラ作ってる』
「月は夜を覆う光、太陽の写し身、人の持つ仮面そのもの――」
「ガイアスちゃーん! おひさひさ!」
揺れ動くブランコが最大の遠心力を味方につけて、ガイアスの岩に炸裂する。顔が欠けた。
ブランコは荒ぶり続けて、集まっていた紙が散らかってしまう。
「てへ!」
いやまあ、こんなこと言う奴がほんまもんだとは流石の俺でも思わないよ。あ、でも精霊だから人格破綻していてもおかしくはないのか。
ルナの視線が、俺にロックオンされる。単に目が会っただけなんだろうけど。
「てへ!!」
「……」
ルナは気前よくウインクする。
俺は目をそらして、隣にいるツナに反応を求めた。目を反らされる。俺もそうするな。
「えっと、送の精霊さん?」
「送の精霊、ソーだ」
「ソーさんさ、この人探してたの、なんで? あいやたぶん、精霊はできるだけ集めたんだろうけど」
あれだけ俺たちが陽陽言ってたから、月の精霊が出てくるのはなんとも見当違いで。
そこで思い出した。
「あれ? 確か月の精霊って……アルトに殺されたんじゃ」
「ほっ、精霊は死なないよ」
「それも知ってるけど」
たしか、月の精霊はアルトによって、つまりあのポルクスとか言う仕切り板に何分割もされて、意識をなくしてさらにばら撒かれたことになる。
ポルクスの能力はフランからある程度は聞いていた。たしかに、実質的に行動が取れなくなれば死んだも一緒だ。
でも、逆を言えばポルクスで分割した意識体をパズルみたいに組み合わせれば元通りになる。
「誰かに助けてもらった? 精霊?」
「ううん♪ 精霊は何もしないよ~るるん!」
『僕たちはそういう事をするように出来ちゃいないからね』
「るるんるん!」
ルナの笑顔がいちいち視界に入ってくる。可愛いけどさ。
俺は説明がほしかった。手っ取り早く、それを知っていそうなソーの顔を見るが。
「やったのは、人間だ」
「まってよ~」
ソーがびくりと肩を震わせる。ありえないはずの声に驚いて、振り返った。
俺も精霊たちも、その視線の後を追う。
「ねぇねぇ、なんでおいてっちゃうのさ! この紅! ファンの名前と約束は絶対に忘れないんだからね!」
「紅!」
紅が、手を振りながらこの場所にまで歩いてきていた。どこから来たのかもわからないが、こちらに向かってきている。
「なんというか、変わらないのな」
「なぜ……」
ソーは驚愕の表情を崩さなかった。
確かに驚いたけど、それほどまでびびるのは彼女に失礼ではなかろうか。紅はそれほど悪意があるタイプに見えないし。精霊は別に悪意に反応しないか。
「眷属でもないのに、この場所に」
デンドーがどうやって知ったのかわからないが、そんな事実を口にする。
眷属でもない。そういえば紅はそういうの聞いたことないな。
見ると、他の精霊たちも疑問に思っていたようだ。部外者である紅が、どうやってこの空間に入ってきたのかと。
「いつもニコニコみんなのおひさま、紅だよ! きゃは!」
「…………」
紅が両人差し指を頬に当てて、首をかしげてスマイルをかます。
精霊たちは無言だ。
「あ、あれれ? みんな緊張してるのかな~?」
無反応だったことに紅が冷や汗をかいている。
紅がぐっと一歩前に出ると、みんなずいっと一歩慄く。ちょっとかわいそうな気もした。
「ごめんね、紅~アイドルの自覚と輝きが強すぎて」
「いやいや、精霊じゃなくても緊張するわ」
とりあえず誰も近づこうとしないので、俺が前に出る。たぶんこの子も方向性を間違えると脱線するタイプだ。
「なにしにきたんだよ」
「ひっど~い! 紅がルナさんをここまで呼んできたんだよ! 散らばった破片集めるの大変だったんだから! あとこの会議なんですか? もしかして!」
「違う」
「あ~最後まで言わせて! CMじゃないんだから!」
なるほど、今回のマジェス騒動に参加していなかったのは、月の精霊を蘇らせるためだったのか。
あの歌の魔法汎用性効きそうだもんなぁ。精霊にも反応しそうだから、たぶんその辺りの応用で散らばったルナを元通りにしたのだろう。
「と、とりあえずありがとうな、一応彼女を連れてこれたわけだし」
「残念だが、君を呼んだわけではないのだ」
ソーがすまなそうに近づいてきた。やっと緊張が解けた感じか。
「もしかしたら私の手違いで君をここに呼び寄せてしまったのかもしれない。まことにすまなかった。だが責任を持って――」
「え、違うよ。紅はね、自分の意思でここに来ちゃったんだから! ゲリラライブきゅぴーん!」
「自分から?」
紅は俺の言葉に何度も頷く。
だが他の精霊たちはどうやら穏やかじゃない。まあ精霊限定の空間に人間が入れることじたい異常なんだろうけど。
「とりあえず帰ろう」
「なにそれ! 紅は変なファンじゃありません! アイドルです! チケットなんていらないんだよ! やーおさわりNG!」
「そう、NGだぜぇ!」
ばちりと、紅に触れようとしたソーの手から火花が散った。
ざわざわと、この空間が騒然となる。どうやらまた、見知らぬ声が乱入したようだ。
「ま、まって! まだライブは」
「そうも言ってられねぇよお嬢さん」
「ぶー約束でしょ!」
「すまん、でも頼む! ちょっと貸し!」
紅だけはその正体を知っているようだ。一人で一喜一憂して、最後になにやら悩み始めた。
「う~~~~」
「つ、伝の精霊と交渉する。全国ライブ……」
「おっけー!」
だが結局紅が折れたみたいだ。機嫌よくグーサインを送った。
その後で、くるんと綺麗に一週回ってから、この場所にいる精霊と眷属全員に手を降った。もう片方の手はカードケースの中に。
先ほどから話している声の主は誰だ。どこにもいないみたいだが。
『ほう、人はあいもかわらず面白い事をするの』
「ホムラ? どうした」
『自分の身体は、主が一番知っておろうに』
「インターバルはいりまーす! 陽!」
紅がサッパリした動作でカードケースから何かを取り出して、叫んだ。
次の瞬間には、紅のからだが赤い球体に包まれる。内にいる紅の影はくっきりと映っていて、それがまるで太陽の黒点のようだった。
よう……陽!
自分の身体は、自分が一番知っている。
紅は俺と同じ異世界人だ。
俺の場合、蒼炎竜王ホムラの身体を媒介にして、この異世界に産まれた。
紅って、そういえばどうやってここに来たんだ?
――紅が異世界に来た方法は、イノレード政府の命令で、遺跡に眠っていた禁術とか何とかってのを使って、出て来たらしいよ。
イノレードで使っていた禁術。つまりは冥の精霊の戦艦みたいなのだ。
今まで、探知魔法ですら、精霊すら知らない方法で隠れ続けていた、陽の精霊。
「もしかして、もしかして!」
「しけたぁツラしてんなぁ! ジャリ坊主!」
紅の包まれた小さな太陽をがっちりと掴む、巨大な手が現れた。
しかも、その手は黄金に輝く金属の形をしている。キングベクターが金色になって手だけ現れたような印象だ。
その手がガチャガチャと変形を始めて、太陽の中にいる紅の体に装備されていく。太陽の中だからシルエットでしか見えないけど、たぶん脱いでいるんじゃなかろうか。
装着が終わった瞬間に小さな太陽ははじけて、中にいた紅の姿を再度こちらに見せつける。
刺々しい黄金の鎧を身に纏った紅が、紅らしからぬニヒルな笑みで俺たちに歯を見せる。
「よう! 俺様は陽の精霊、サン! よろしくな!」
しゅっと、格好良く手を振って俺たちに挨拶をする。甲冑の擦れる音がそれに合わせて高々と鳴り響いた。
*
「やっぱり、陽の精霊!」
現れた。
やっと現れた。
この異世界で遠まわしに俺の運命を狂わせてきた。見た目どおり存在感の大きいこいつ。
俺にとって表の歯車がハツだとしたら、こいつはもうひとつの裏の歯車だ。
「にしても、趣味わり」
「おういってくれんじゃねぇか! 太陽に最も近く偉大なこの姿をよぉ!」
「ぐぉ!」
突然おなかを殴られた。体育会系のノリだ。
鎧の中にいる姿は紅のまんまなのに、全然キャラが違う。
「陽のおっちゃん! あんた今までどこいたんだよ!」
「なに、娘っこの相手していただけだ、気にするな!」
「気になるよ!」
あのカイが子供のようにしゃしゃり出て、サンに詰め寄った。
サンはうざったいカイを黄金の拳で殴り倒して、ドンと構える。
「集まりの事情はわからん! だがだいたいわかった! おいガイアス!」
「ほっ」
「何でも適当にくれてやれ! 精霊は誰でも味方していいんだよ!」
「えっ……それって、まさか!」
「何するかしらねぇけどな! せっかく来たんだ! 手ぶらでかえすこたぁねぇだろ!」
陽の精霊サンは鶴の一声というよりも、熊の雄たけびみたいな声で辺りの意見を一蹴する。
「ま、まてよおっちゃん!」
「あん?」
「そ――」
「うるせぇ!」
またカイの体が吹き飛ばされる。
サンは紅の愛嬌のある顔で大きく鼻息を鳴らす。
「反論は構わんが、殴れる位置にいるのなら口より手をだせい! あと今の肉体はきゃぴきゃぴのギャルだ!」
「本当にいいのか?」
俺は殴られないように適度な距離をとって、サンに問う。
協力してくれるのは願ったりかなったりだが、そんなんでいいのだろうか。
「貴様、勘違いをしているな? 俺は都合よくない!」
「え」
「だが、願いはかなえよう!」
「ほっ、本当に変わらないね」
ずるずると、ガイアスが俺に近づいてくる。身体を引き摺りながら、手に持った何かを俺に手渡そうとしていた。
「おいガイアス、それは」
「ほしがっていたものだよ」
「おう! なんだそれは!」
サンが容赦なく近づいて、それをひったくる。
ガイアスの持っていたのはカードだ。いつもみたいに魔法陣のような裏面があるが、表も同じ形をしている奇妙なカードだった。
「封印の陣か! ほぉお! 懐かしいものを作ったな!」
「ほっ、用意はしてあったからね」
「なら、これがあれば!」
ツナが嬉々としてサンとガイアスの元へ歩いてくる。
すでに近くにいた俺は、呆然とそのカードを見つめるだけだ。
すでに用意してあったなんて、なんてけち臭い奴らだ。
ほんと試していたってことだろう。サンは気前がいいな。ちょっと引っかかるけど。
「ほれ」
サンは、がきんちょにアイスでも奢ってやるように、俺にカードを向ける。
はいあげたーとか言わないよな。うん。
俺はおそるおそる手を伸ばして、
「ちょっと、いただけないかな」
その行為に茶々を入れる声に気づき、その手を止めた。
『また来客……』
「あたしあのひときらーい」
「いやはや、嫌われたものだ。自業自得だね」
流れるように真っ白な髪をなびかせる。暗黒の空間では、異質に、場違いなまでに目立っていた。
「おお牙のか!」
「タスクです。御久しぶりですね」
「おう久しい! 最後はいつだったか覚えていないがな!」
サンがタスクに肩を回す。身体は紅なので、ちょっと不恰好だが。
「まさかあなたが、人の体に隠れていたなんてね。そんな器でもないでしょう」
「人が精霊になれるように、人だけは精霊を超える。貴様は人間なめすぎだがははは!」
サンは何がおかしいのか、バンバンとタスクの背中を叩く。
タスクはちょっと痛がりながらも、苦笑いで応えている。
はたからみれば、久しぶりに会った仲間同士なんだろうけど。
「なんで……あんたがここにいんだよ」
俺が、穏やかでいられるはずが無かった。
眷属も全員そうだ。精霊だって一部、ミライやルナは警戒の目をむき出しにしている。




