第百七十三話「ねだる だいひょう」
でた。
ラミィも実質神々である精霊に名を覚えられるとは偉くなったもんだ。
うねうねと動いていたイカの足が、先端に一人の真っ青な人間を作る。さすがにカイも真面目に話をする気になったか。
「しなくていいっしょ」
と思ったのもつかの間、カイが真っ先に反対意見を出してきた。
この場に三体しかいない原初精霊の真っ向反対は、俺の中ではかなりの痛手に見えた。
デンドーは特に動揺することなく、カイと目を合わせる。
「話を聞こう。伝えてくれ」
「どーもこーも、精霊が干渉するようなことじゃないヤン」
沢山あるイカ足で肩をすくめるような動作をする。なんかあの顔むかつく。
「精霊は使命を全うしていればいいし、今回のタスクちゃんのことは使命に関係なし、はい終了!」
「ま、ま――」
「待てまてい!」
「待たなくていい!」
「いや待つだろ!」
「そうだ待つべきだ!」
思わず、俺が声を上げてしまった。
が、ゲンとダッツがそれ以上の大声でカイに意見する。
「おうおう、人間ちゃんどうしたよ」
「少しばかり意見をまとめるには早すぎます、一人で話していては会議をする必要もありませんから」
ツナも前に出てくる。感情的な双子をフォローするように、この場で真っ当な言葉を伝えてくれる。
「でも眷属ちゃんよ、そう思ってるの人間だけじゃん?」
カイは真っ先に指摘する。
飛び出したのは俺、ゲンとダッツ、そしてツナだけだ。
眷属といっても、俺たち以外にほとんどいないのだ。探すと隅っこの方で興味なさそうに見てたりとか、意味ありげに壁に寄りかかるポーズで傍観している奴とか。
どれもつわものっぽいが、熱さよりか重厚感みたいなのがある。歳より臭い。
「このままだと精霊会議よか、精霊VS人間って」
「カイ、貴様はいつも決断と諦めが早すぎる。少しはあいつの言葉を聞いてはどうだ。先ほどのツナという少年、あながち間違いはいっておらん」
「斥の精霊ちゃん?」
「ドンだ。ちゃん付けはやめろ」
ドン。真っ黒な風貌はこの場では完全にカモフラージュになっている。目を凝らすとたしかに、三メートルくらいの巨大な人型の城が歩いていた。
本当に城なんだ。なんといえばいいか、人の体にアーティストが城をイメージさせたみたいな。城がトランスフォームしたらあんなんになるみたいな姿をしている。
斥の精霊。たしかこいつってマジェスにいるんだよな。
あれ、ベクターもじゃあ眷属だよな、魔法使ってたし。なんでいないんだ。
「人間ツナ、そう慌てることはない。カイの結論は早計すぎるのを、精霊たちは心得ている」
「……ありがとうございます」
「だが逆を考えれば、そちらの意見も多いと言う事を留意しておけ」
ドンは俺たちの味方ではないようだ。ただカイをたしなめただけっぽい。
でもこれってかなりまずいことじゃないのか。カイがこの中で主導権を握っているっぽいし。
俺は慌ててガイアスのほうを見るが、寝てる! クソが!
「確かに精霊からしてみれば協力するいわれはないと思います。それでも、世界が一瞬でも一つの意思を持ちえたのなら、それに追ずる精霊たちが協力する理由にもなりえますよね」
「ああ、だからこそ集まった」
「なら――」
「しかしそれは人の意見だ。精霊は違う」
精霊は違う。
その言葉に反応して口を開いたのは、ミライだった。
「いつまでも……頼ってんじゃないよ」
「祈れば叶うなどと、ねだれば貰えるなどと考えるのは安易だ」
斥の頭にある窓がギラリと光る。人の幻想を打ち砕き、ツナを黙らせるだけの威厳があった。
たしかに、願ってかなうのなら、困ったときのドラえもんと何が違うって言われちまうな。精霊なんてむしろ近所にいる神様みたいなもんだし。
俺はこの台詞で、やっと会議の本質がわかった。
ようは、淵の精霊のときと一緒だ。
俺たち人間は、この会議で試されている。本当に手を伸ばすべきかどうか。
「俺たち眷属が、人間代表かよ……」
「……」
ツナも気づいたみたいだ。それがわかったせいか、安易に口を開けなくなってしまう。
「眷属とは、精霊の力をその身に宿す人間。人との関わりを持たせるためにその力を貸すが、逆もまた然り。人の目や感性を通じて、世界を見つめることができる」
斥の精霊ドンは最初こそ味方に見えたが、むしろ敵だ。
論破すべき人類の野党みたいなもんだな。
「んでつまり、眷属ってのは人類と精霊の橋渡しってわけ。今回呼ばれたわけわかったかなかな? 故に眷属は厳選され、相応の力を求められるってこと」
野党代表のカイがしゃしゃり出てくる。こいつはそれをわからせるために、最初に矢面に立ったのだ。ほんとせっかちだな。
「差支えがなければ、あなたちが協力しうる理由とは何か、お聞かせ願えないでしょうか」
「おおツナくんいい質問だね。まずその他の精霊が求めるもの、簡単だよ、今意見している何人かを説得すればいい」
カイが見渡す。何も喋らない精霊は結構いる。それでも俺たちの会議がどう決着付けるのか瞬きもしないで見守っていた。
「喋ってないのは完全に中立。使命がそこまで今回の事件に通じていない奴らばっかりだ。まぁ原初精霊の俺はそれに限らず意見させてもらうけど。つまり今ある反対意見をどうこうするのが君たちの役目」
「ではあなたは」
「んなもん自分で考えろや。ちなみに海の精霊はまだ見ぬ先を求める冒険者たちの強い心が顕現した精霊だ。海の向こうにある楽園を臨んだその心意気ってね」
冒険心。
つまりはこいつ、カイはタスクのやることの方に新境地を抱いているのか。
たしかに、世界そのものを変えればそれは新しい世界が開けたも一緒だ。
「冒険心、ですか」
「そうさ、俺から言わせてもらえば、生き残った人間は必死になって世界を駆け巡る。新しい冒険の始まりってことだ」
「……違うと思います」
「ああ、違うな」
ツナに賛同するように前に出た。たしかに冒険ってのは新天地を目指すことかもしれないけど。
「あなたの求めるのはそれを行う人の心です。ならそれこそ、人は場所に限らず新しい世界を求める心があります。タスクがそれをすれば、その分の意思を無為に死なせる結果になると思いますが」
「それじゃあ今まで通りだろ。俺は少なくても密度がほしいの密度」
海の精霊って、なんかカエンに似てるな。
まあ冒険心なんて停滞の破壊と似通ったもんか。周りを変えるか、自分のいる場所を変えるかの違いで。
そう考えると、カイの論破が一段と難しく感じられてきた。
カイは俺たちに何を求めているんだ。何を言えばこいつは納得する。
「……ラミィ」
俺はとっさに、ラミィの名前を呟いてしまった。
カイもツナも、精霊全員が口を閉ざして俺に注目する。
「あいつは、新しい国を作る。一つの場所に留まらない、旅をする国だ。あいつのやろうとしていることは少なくとも沢山の人に刺激を与えると……思う」
「……へぇ」
カイはぶっきらぼうに、他の精霊と顔を合わせる。
たぶん、俺の伝え方が下手糞なせいだ。それがどういうものなのか、よくわかっていない。
「けち臭いの」
俺の心にあった別の場所からから、声がこぼれた。
実際には、俺が口を動かしたのだろう。その声は男の俺とは思えないほど高く、見知った声だ。
「精霊とはかくもこう、融通が利かぬ」
ホムラが、この会議に乱入してきた。俺の身体を使って声だけ出現している。
「龍じゃねぇか」
「カイ、主も老いたの。なんにせよ状況の打破を求めることすら厭う。嘆かわしい、主本人が動かぬその生き方こそ、冒険とは程遠い」
「いってろよ、俺は精霊だ。俺自身が冒険するわけじゃない」
「混沌帝龍をああまで腐らせておいて、よくいうわ」
「あれはかんけぇねぇだろ!」
カイとホムラがなにやら忘れられた都市に関しての口げんかを始めた。まあ龍つながりで何かあったんだろうけど。
「静まれ! ここで話すことでもなかろう」
デンドーも流石に止めに入る。関係ない話だもんな。
ただ、ホムラのおかげでちょっとだけわかった。カイはあの忘れられた都市にたいしてちょっとは責任を感じているんだ。
だから、自らが傍観する保守的な考えが強くなっている。
「なかなか、こうも話が進まぬとは」
「デンドーだっけ、あんたはどうなんだ」
「この世界が何を考えているのか、それを兼ね合わせた上での、中立だ」
「あんたもかよ」
「だからこそ悩んでいる」
デンドーは辺りの精霊を見回してから、代表するように前に出た。
「世界は、今の我々のように揺れ動いている」
「なにがだ」
「意思がだ」
「意思って、そりゃタスクに反抗する意思が強く出たんだろ。だからこの会議が開かれた」
「それだけではない。元々多かった、タスクを支持する声も大きくなった」
「タスクをしじぃ? どういうことだ、世界が滅んじまってもいいって声があるのか?」
「そうだ」
俺とツナは呆れ顔でその言葉を受け止める。
ただその半面で、仕方ないという考えも俺の中にあった。
だって、当事者じゃなかったら俺だって何を考えているかわからない。それこそ、世界なんてほろんじまえとか考える奴もいる。
「この世界に不満を持っているのは、決してアルトたちのように犠牲になった強者だけではない。むしろ弱者にこそ多いのだ。どうしてこうなったのだと言う、世界への不満や懸念がそのままタスクへの扇動につながっている」
「そんな……」
「此度、ラミィの演説はそれを突き動かす原動力にもなりえた」
「所詮きれいごとってことよ」
ラミィの言葉を、綺麗事と一蹴した輩がいる。
いらつくが、それこそありえる話だ。
人が一歩前に出ることの難しさを俺は知っている。ラミィの言葉は、前にいるからこそ言えることだから。一歩前に出れたから、俺はひねくれずに受け入れられた。
所詮は、綺麗事。
「だが、半々なんだよな」
「そうだ、ラミィの演説にて前へと突き動かされ、立ち上がるものもいた」
「ならいいよ、やっぱ俺はあんたらをなんとかしなくちゃいけない」
俺のひねくれは一生治らない。それでいい。
そう考えられる上で、言ってやる。
「綺麗事なら、実現できれば最高じゃねぇかよ」
考えるしかない。
俺も、ツナも他の眷属たちも、ラミィの言葉に立ち上がった奴らばっかりだ。
少しくらい、精霊よりも絵空事なくらいが丁度いい。
「……平行線だな」
ドンが、この会議に対して辛辣な一言を述べる。
何時終わるともわからないこの会議に、人間来の感情を、愚痴を思い出したみたいだ。
「……彼は」
ガイアスの小さな呟きが、この空間に響いた。
鶴の一声のように、耳を傾けてしまう。山彦がいつ返ってくるのか、待っている。
「陽の精霊なら……どうするかなぁ、ほっ」
ガイアスの言葉に誰も返しはしなかった。
でも言外に、その台詞の重さを思い知らされた気分だった。
精霊たちが、カイまでも、その言葉に難しい顔をしてうつむいたのだ。
「たしかに、あいつがいたらなぁ……」
陽の精霊。
俺が旅立つきっかけ、フランの体に封印された精神制御装置だったり、アルトとの接点になったものだ。
もしこの精霊がいなかったら、俺の旅はどうなっていただろうか。たぶん、ここまで大事になってもいないだろうし、もしかしたら、今いる仲間にも出会えなかった。
こいつだけは、ずっと見知らぬところで存在を知らされてきただけ。
それだけなのに、俺でもそいつの占める発言力の大きさが見て取れた。
「なんで、この会議にはいないんだ?」
「さて、こちらもよくわかっていない」
「陽は俺たちにどうこうできる代物じゃないのは承知の上なんだ。だけどな、ここ数年にわたって、気配すら消えちまったんだ」
「気配すら?」
「ほっ、原初精霊は普通の精霊とはちょっと違う。離れていてもどこかで、糸を引っ張り合っているんだ」
「それがぷっつんしたんだよ」
カイが投げやりに指パッチンをする。いや格好悪い。
そういえば、タスクもそんなこと言ってたな、探知の魔法ですら見つけられないとか。
「陽の精霊は、人間を心から愛していた。この世界に対してどんな言葉を並べるのか、気になったんだ。ごめんね」
ガイアスが、脱線した話を元に戻そうと謝る。
「いや、謝られてもよ」
どうすんのこの空気。
なんといえばいいのか、宴会でメインディッシュだけキャンセルしちゃったみたいな、予約が取れてなかったみたいな大ポカをやらかした気分だ。やったのはガイアスなのに。
「るるる~? 終わっちゃったるなるな?」
そんな微妙な間をぶったぎるように、気の抜けた声がひょっこりとやってきた。
すごく、頭の悪そうな声だ。




