第百七十二話「あいさつ たちば」
「心配しなくても、たぶん大丈夫ですよ」
「うぉわおっ!」
新しく現れた青年が、にっこりと笑顔で俺を安心させる。
驚いた。突然隣から話しかけられたし。
「あんた誰だよ」
「あれ、忘れられてる……えっと、わたくし隷の眷属のツナって言います、どうか以後お見知りおきを」
「あ、もしかして今日奴隷三人送ってくれたやつか、今回すごく助かった、ありがとうな」
「いえいえ、わたくし、あなたとラミィさんの奴隷契約をした人間なんですがね」
「繋がりなどそのようなものだ。縛られてこそ人は初めてその隣人の意味を探る」
ジャラジャラと鎖がツナの周りを囲い込む。あれはたぶん隷の精霊クサリだ。
「わたくし、戦力になりませんが、こういう場面は積極的に関わっていきますから」
「口だけの繋がりなど……」
苦笑いの眷属ツナと、それを囲うクサリ、なんかパッと見はすごく強そう。
「あれだな、やーさんのボスみたいな」
「はい?」
「ここはどこだぁああああああああああっ!」
「おれはどこだぁああああああああああっ!」
二人分の絶叫がこの空間に響いた。
見ると、褐色の屈強そうな男が二人拳をふるわせて、喉をからすように口を開けっぱなしにして上を仰いでいる。
「彼等は炎の眷属です、右がゲン、左がダッツ。カエンがあの状況なのでどうするか悩みましたが、一応つれてきました」
「あぁ……そういえぁトーネルにいたんだっけか」
たしか、ベリーの兄二人って精霊の眷属なんだよな。あのうるさそうな親父にどことなく似ている。
「おおおぉ! 貴様は知っているぞ! ネッタは世話になったな!」
「ぉおおお! おれも知っているぞ! ネッタで世話をしたんだ!」
「違う! ネッタでの戦闘で父母ベリーを助けてくれたのだ!」
「知るか! ネッタの戦闘はすでに終わっているのだ!」
「彼等は一見怖いですけど、心は熱い人間ですので、わたくし側の、味方だと思ってくれて構いません」
「味方なのかこれ」
ゲンとダッツがもみくちゃになりながらあたりをうろうろしている。
暗闇の空間で似たものが喧嘩していると混乱するな。
「おい証、まだ始まらないのか? 急げとまでは言わないけど、時間があるのならもうちょっと後に着たかった」
『やれることはやっておいたほうがいいよ、ここは会話の場だ。不毛に見えても、それにはしっかりと意味がある』
「ほっ、慌てることはよくない。土はいきなりの雨に驚いて崩れてしまうからね」
俺が慌てているのを見透かして、ガイアスとオボエがたしなめる。
うん、正論だな。
確かに俺はアルトをどうにかしたくて、それを蹴ってまでここに来た。でもそんなの精霊には関係ないわけで。
下手をすれば俺が説得する立場にもなりかねない。今のうちに会話してちょっとでも印象を変えておくべきだろう。
ただ、俺が会話すると大体の奴はむかつくとか言うから、あんまり。
「たしか、ツナでいいんだよな?」
「はい、なんでしょう」
「精霊がまだ集まってないみたいだが」
「たぶん、伝の精霊の召集は聞いていますし、それなりの数は来ると思います。ただ彼等は時間に疎いので、あと場合によっては送の精霊が牽引しないといけない方もいるので」
「全員来るのか?」
「たぶんほぼ来ますよ。前例がイノレードの巫女の頃ですから、規模は小さいでしょうけど、特別な理由が無い限りは」
「そうか」
俺はツナに近づいて、こっそり耳打ちをする。
「一応、挨拶回りみたいなことしといたほうがいいかなと思ってさ、手伝ってくれ」
「ん? 構いませんが……奇妙ですね、精霊相手に」
「ちょっと心細いから」
ツナは奴隷『商人』のボスなだけあってそれなりに雰囲気がやわらかい。とりあえず味方にできることは何でもしておく。
とりあえず辺りを見回した。ベリーの兄二人以外はみんな静かに待っているな。
「さて、誰からはな……クサリ」
「……何だ」
とりあえずは、ツナの周りに引っ付いているクサリと話をしてみる。
敬語はしない。餓鬼の頃から笑顔がうそ臭いとか言われるし、意味無いだろう。
確かクサリは、傍観主義なんだよな。
「今回は協力してくれるのか? ツナが積極的だが」
「協力? それは繋がりを持つもの同士のすることだ、我々は同じようで全く違う、鎖の輪はすでに閉じている。協力はしない」
「クサリ様」
「……だが、我々は地球という世界の鎖は断ち切れぬ。意思がそう向かうのであれば」
「相変わらず中立ってことか」
中途半端な奴だな。奴隷制度なんて作ってるんだからもっとビシバシいってほしい。
でもまあ、ツナのほうは協力的だし、一応こっち側って見てもいいか。
「まあいいや、でも眷属は鎖につながれてんだろ、ちょっとは協力してやってくれよ」
「それはこちらが縛ること」
「さいですか」
俺は頭が痒くなるが、この辺が及第点と見る。一応味方だし。
次はガイアスか……いや、もっと他にいた。
「……」
暗闇の端っこで、すごく拗ねている影があった。
いや、拗ねていると言うよりか、自暴自棄と言えばいいか、あんまり違いはないけれど。
「み、ミライだっけ?」
「……」
導の精霊ミライがいた。
未来に起こる試練を予言して、それを乗り越えたものに祝福を与えてくれる精霊だ。
ミライは誰とも接触しないようにか膝を抱えて座っている。この空間には地面が無いので、無重力の世界で丸くなっているみたいだ。
「ミライさん?」
「……」
二回呼んでみたが、無視された。
これ聞こえなかったとかじゃないと思うんだ。結構近くで話しかけたし、絶対に聞こえていたはずだ。
見かねたツナが、俺の前に立って口を開く。
「あの、あなたはミライさんでよろしいのですか?」
「……黙ってろクズ」
ぎろりと、ミライに睨まれた。攻撃の気配まで伝わってきたぞ。
おかしい。おかしい!
「あんたキャラちがくないか? 前あったときはもっとこう、きゃぴきゃぴしてたぞ」
「……」
また無視される。俺のこと嫌いなんだろう。
おあいこだ。やっぱり礼儀なんていらないな。
「ゴオウを殺させたくないんだったら、協力すりゃよかったんだよ」
「……っさいんだよお前! あァ! あたしのことなんかしってんの?」
「いやしらねぇって、たぶん面倒だからとかで助けに来なかったんだろ」
「は! あたしがこれだけ我慢してやってんのにあんた何? 殺されたいの?」
こえぇ、これ俺の姉貴思い出すわ。
こういう女の子は正論じゃ絶対に揺るがない。一番言ってほしい言葉を、言ってほしい相手に言われないと立ち直れないタイプだ。
あんまりいい方法じゃないけど、やっておくか。
「あんたのせいだろ」
「は?」
「あんたが殺したんだよ。ちょっとでもゴオウに協力すればさ、消えずにすんだかもしれないんだ」
「黙れ」
「ゴオウはさ、あんたが協力してくれれば助かるって言ってたよ」
「黙れよ!」
しれっと嘘をつく。ゴオウの最期はフランが知っているだろうけど。たぶん違うと思う。
でもここはそう言っておくべきだ。死人を利用するなんて罰当たりだけど、やれることはやるべきだろう。
ミライはもう俺たちの言葉なんて聞きたくないのだろう。立ち上がって俺たちから離れようとする。
「御互い譲歩したってさ、結局は助けてほしかったんだよ! 協力ならまだ間に合うぞ! ゴオウだって喜ぶはずだ!」
俺は去り行くミライに捨て台詞をはく。嘘だけど、全部が嘘ってわけでもないだろう。
まあこれで、ほんのちょっと位は協力に傾いてくれればいいが。
「ゴオウさんの最期、見たんですか?」
「はは……」
ツナに耳打ちされる。苦笑いで返しておいた。
でも案外、ツナは怒ったりしていない。むしろ俺に同情するような目を向ける始末だ。
「未熟ながらも、奴隷商人の仲介人ですから、人の機微くらい見抜けますよ」
「俺は別に」
『嘘ばっかり、そういうのよくないよ』
「これも方便だろ」
証の精霊はその辺わかってるから、俺のやっていることは外道に映っただろう。
「なんとでもいえよ、でも俺はこれでいくからな」
『開き直ってるし……』
「これでも手段は選んでいる」
ミライが俺たちに協力すること自体は、ゴオウが本当に望んでいるはずだ。ゴオウはこの世界を守りたくて、命を賭けたわけだし。
『君の場合さ、やっぱやり方が汚い。あいかわらずというか、見た目にこだわらないんだね』
「そういうのは誰かにいい目を見てほしい奴が言うことだろ。それよりオボエはどうなんだ。俺たちの味方してくれるのか?」
オボエは色々文句書いてるけど、実際のところはどっちの味方なのだろう。
くるりとオボエの体、つまり紙が一回転する。するとマジックでも披露したように、枚数が増えた。
『んーどうだろ』
増えた紙は考える人みたいな形を成している。証なだけあってこいつは元地球の記憶もあるんだろうか。
『僕の場合、確かに人が減ればその記録する人間が減るわけで』
「うんうん」
『でも実際、これは密度の問題なんだ。減っても消えたりしなきゃ十分』
「じゃあタスクのやることにも、俺たちに対しても中立なのか?」
『だから、どうだろ~ってこと』
ぺちぺちと俺の鼻をたたく。むかつくが、意図はつかめた。
「俺は、タスクが望んだ世界なんて理想論だと思う」
『そりゃ、理想なくして野望なし』
「そういう意味じゃない。あんなことやったところでなんも変わらないんだよ。いい奴の息子がいい奴なんて保障はないんだ。結局は少なくなった人類の方が、危うくて滅びやすいんだよ」
『それくらいタスクだってわかっているはずさ』
「あいつはそれこそ、意識がある間全人類を統括でもするきなんだろうさ。そんな閉鎖された世界の証なんて、なんになる」
『その彼等の抵抗が始まれば、面白くなるよ』
「なら、今見ればいい。俺たちは戦う。協力してくれたほうがいい勝負になるだろ?」
ここで協力を惜しむようなら、タスクの理想のつまらない後始末を待つばかりだ。
『なるほどね、戦闘はレベルが同じくらいの方が、記録としても面白いと』
「ああ、一方的なんてつまんねぇだろ。面白いのは勝つほうだけだ」
『それもそうだね~』
オボエの紙がまたバラバラ途中を舞う。
そして俺の体に無駄に引っ付いてきて深い中身の感触が肌を撫でた。
「やめい」
『君を眷属にして、ある意味正解だったよ。特にこの数ヶ月は面白かった』
「だったら、もうちょっと面白くしような、後そういうこと言うと俺死にそう」
『実際死ぬヤン』
俺は冗談でもない事を書かれているのに、何故か笑いがこみ上げてしまう。うざったい紙を容赦なく払いながら、まんざらでもない気分になる。
なんというか、オボエだけは精霊って感じがしないほど親近感が湧いてしまった。
「……ビジネスライクなんて言って……わるかった」
『んんっ、ん~! ん~! もう一回言わない? セイ!』
「言わない」
『言ってもいいのよ?』
オボエが人型になるほどの紙を持ってきて、流線形に姿を作る。女性みたいだ。
もういいだろう。こいつはなんだかんだで協力してくれるだろうし。
次だ次。
「とりあえず顔見知りは……あ」
「あ」
目が合った。たぶん偶然だろうけど、奇妙なものだ。
「見つめられると胸ドッキン。でもそれ恋じゃなくて恐慌」
「久しぶりだな」
「はらひれはらほろ~」
淵の精霊、えっと、名前なんだっけ。
「ディープです」
「ああそんなんだったな、覚えてなくてすまん」
「よろしく」
はっちゃけた感じに明るく話すと思えば、いきなり静かになる。
ディープ、仮面をつけたマント野郎といえばいいか、ただこの場所で見ると案外輪郭がはっきりしていて、前とは違った印象がある。
仮面の隙間から口が見えたり、髪の毛はサラサラのロングだったりで、女の子っぽい感じが出ていた。
魂の精霊そっくりの見た目をしている、元姉妹のどっちか。
そうなると俺は、肉親殺しになるのかもしれない。
「あの根暗はどうなったの? もうであったでしょでしょ。わかるわかるアンダスタァアン」
「俺もよくわからねぇ。戦いはした、勝ってボコボコにしたんだけど、その後でタスクに武器にされた」
「そう」
「武器にされた精霊ってどうなるんだ? やっぱ死んでるのか?」
「さぁて? アタシ淵あいつ牙、お門違いはまるで無知。あの武器になるのがどうなるのか全く持ってノーリィ」
ディープはわざとらしく肩をすくめる。まあわからないか。
「ディープ、あんたはどう思ってるんだ。一応姉妹だった奴が武器になっちまった。半分くらいの確立で死んでるかもしれないぞ」
「今更、もうかれこれ千年以上、そっから先カウントストップ。会ってない会う気ないのなら死んでるも一緒。ちょっと寂しい」
「寂しいのかよ」
やっぱりこの姉妹は俺じゃわからないというか、わかれないというか。
「それより不法投棄いかんいかん」
「え」
「炎」
「あ」
そっか、こいつはあの世界の皹にいるんだよな。
でも、封印したカエンを一生閉じ込めておくには最適な場所だろ。海底とかだとリベンジで引き上げられる可能性もあるし。
「まあ、すみません」
「今後気をつけよ。それよりも聞きたいあんたこの集まりどう思って?」
淵の精霊はどっち側なのか。
もしかしたら、ハツの意思を尊重してタスク側の考えに賛同するかもしれないし。
「中立」
ディープは背中で手を組んで、どっちつかずな答えを出した。
「じゃあ味方になってくれよ」
「中立。アタシ残等」
こいつの言ってる事よくわからないけど、やっぱり説得は無理なのだろうか。
いやまてよ、心の奥底の感情を表現するこいつが中立ってことは。
「まだかよいか!」
俺みたいに駄々をこねる精霊が出始めた。まあ集まり悪いよな。
騒いでいるのは、確か海の精霊カイだ。イカのような身体をうねうねさせて荒ぶっている。
「原初精霊なのに」
「はえぇとこやっちまおうぜ! 欠員いたってかわんねぇって」
相変わらずせっかちな精霊だな。海のように広い心を持っている系じゃないのかあういうのは。
「おいガイアス、あれには俺と同じ事言わないのか?」
「ほっ、漣を石で叩いてもその波紋はとても小さい」
原初精霊ほど役に立たないものはないな。
「つか、あんたとカイがこの会議のメインだろ。原初精霊ってくらいだし、二体しか集まってないけど」
「大丈夫、空は常共に、彼もここに着ている」
「見えないけどいるのか? じゃあ三体か」
「たぶんこれくらいかなぁ、冥は関係ないし、月もそれどころじゃないらしいからね」
「よかろう」
ふと、俺の見知らぬ声が身体を通して伝わった。
「おそらく、我が伝達で届いたものはこれで全て、集まれぬものが意外と多いが、仕方あるまい」
「……」
この空間の中央、という意識が伝わってくる。真っ暗で何もないが、この感覚が正常ならあそこが真ん中なのだろう。
そこにいたのは、やたらと口うるさそうなおっさんだ。トランペットみたいなパイプを体中に巻きつけている。
もう一人は、なんだろう、ぱっと見は普通の人に見えるな。ただよくみると、イケメンな青年顔に血管らしき刺青が浮かんでいて、輝いてもいる。雰囲気が眷属っぽくはない。
「伝と送。どっちかは言わなくてもわかるかな?」
ガイアスが教えてくれる。なるほど、あのおっさんは伝で、向こうの青年が送か。
「名乗りをさせてもらう。伝の精霊デンドー。此度ははじめての集まりになる。よく集まったと言うべきかどうか……」
デンドーはこの空間を見渡して、溜息をつく。感慨深いものでもあるのだろうか。わからなくもないが。
「ほっ、巫女の時にはこんなにいなかった」
「だな」
ガイアスとカイはどこか思うところがあるのだろう。珍しくふざけていない。
たぶん、あの隣にいる送の精霊の力もあるんだろうな。一箇所にすぐ集めるなんて不可能だろうし。
「あれ、いない」
ちょっと目を離すと、あの送の精霊らしきものがいなくなっていた。一応キョロキョロするけど、それらしき姿が無い。
もしかして、バックレた?
いやでも使命感が強いって前に聞いたことあるし、ジルを眷属に選ぶくらいだし。
「とりあえず始めよう。おそらく、今回の議題がわからぬものはおるまい。単刀直入に聞かせてもらう」
デンドーは気にしていない様子だ。見えないところにでも隠れてるのかな。
「我々は、あの女、ラミディスブルグ・ウル・トーネルに協力すべきかどうか」




