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第百七十一話「けんげん かいぎ」

 氷の剣で会場を突き刺せば、それなりにひんやりとした冷蔵庫に出来上がりだ。

 このビルの材質がドッカベで助かった。普通だったら凍結したとたんに組織が弱くなってぶっ壊れる可能性もあったし。


 俺は、ラミィのいた演説会場にまでいち早く向かった。カエンを倒したところで、この襲撃はまだ終わってないからだ。


「もうちょっとあれだ、ゆとりがほしい」


 割れた窓枠に手を掛けて、俺は室内に入っていった。ここ何階だろ。たぶん後ろ見たら目がくらむと思う。


「……そうか、ジャンヌの天敵は、ずっと君たちの仲間だったな」


 アルトが俺とロボをにらみつける。

 風のハープもあるが、ここまで俺を運んでくれたのは人間ロボの身体能力だ。

 そして、理由もわからない謎の拘束力は、ロボのバリアーが防いでくれている。


「今ジャンヌっていったよな? もしかして、死体を使ったのか?」

「アオ、目! 左目にジャンヌがいる!」


 動けるようになったフランが俺に向かって叫ぶ。

 大体はわかった。タスクの能力だろう。左目って、千年アイテムみたいだな。

 とりあえずここは挑発でもしておくべきだろうと、俺は生意気な顔で鼻息を出す。


「誰だっけか、炎の精霊は倒したぜ」

「彼もよく戦ってくれた、敬意は払う」


 アルトは涼しい顔でその事実を受け止める。わかってたけどさ。


「アオ殿、ラミィ殿が」

「わかってる」


 さて、ここでどうするかだ。

 アルトとの対面。タスクが裏に控えている事を考えれば、今回の遭遇はさほど悪い状況でもない。

 博士の森であった時とは違い、ロボもラミィも、上手くいけば他の冒険者もいる。怪我の方は土の盾でそれなりに治癒されているし、チャンスとも考えられる。


 だが逆に、デメリットも多い。

 その最たるものがロボの美女モード活動限界時間だ。なんだかんだで激しい戦闘はずっと続いていたし、それなりに辛いことも先ほど聞いてしまった。

 そしてラミィが、位置的にアルトに近すぎる。


 もしここで全力を使うのなら、火のカードを使うことは必須だ。


「……」


 たぶんアルトも、ここでどうするべきか考えている。逃げるか戦うか。

 ロボが生唾を飲み込む。俺だって同じ気分だ。


「これは……鯉口に触れることも厭われる……」

「そうだろうな」


 アルトが、動いた。

 瞬きもしない間に持っていた剣でラミィの身体を両断したのだ。


「ラミィ殿ッ!」


 ロボがラミィの元へ真っ先に駆け寄る。

 どういうことだ、そんなにあっさり殺すのか。いやそれ以上に攻撃の気配すら出さずに剣を振るなんてそんな芸当ありえない。


「アオ! あれは大丈夫! それよりアルト!」


 フランの言葉で呆然状態から脱出する。


「そうだアルト――」


 アルトは俺たちの動揺を逆手にとって、すでにこの場から消えていた。

 一部の人間は、アルトを逃がすまいと追撃にでた者もいる。

 俺は出鼻をくじかれたせいで遅れた。ここからでもアルト捕獲に向かうべきかどうか。


「つかみんな冷静……」


 俺たちといっても、狼狽していたのは俺とロボだけみたいだ。たぶんあれはそういう武器か何かか。でも両断だぞ。


「ラミィ殿……」

「だだ大丈夫です。わたしも見ていましたので」


 ラミィの傍では、ロボとリアスがなにやらラミィの別れた胴体を動かしている。

 すっと切断面を触れ合わせただけで、体が元通りになった。なんだあれ。


「御身の心持は」

「ロボさんありがとっ、たぶんあんし……」


 ラミィが転んだ時に身体を打ったのだろう。身体をさすっていたが、何かに気づいてはっとなる。


「カードケースが無いっ! アルトに取られたよっ!」

「……なんでばれたんだよ!」


 カードケースを盗られた。

 あの変な剣によってケースのある場所だけ切り取られていた。胴体にばかり目がいっていたが、その隙を使って二回斬っていたのだろう。


「ううう……うう!」

「伝!」


 リアスが動揺のあまり口がどもっている。

 フランはすかさず、伝のサインレアをリアスから受け取って使用した。


「みんな! アルトを捕まえて!」


 そして最低限、わかる奴にだけ伝わるように、一言だけ叫んだ。


「青のカードを、奪われた!」


 たぶん、追った兵隊はまだアルトを見失ってはいないはずだ。

 そしてまだ、このマジェスは空を飛んでいる。


 この異世界で一番美しいもの。それがなんなのかはわからなくとも、奴らが手に入れようとするのであれば、止めるしかない。



 青のカードは、スノウからラミィに渡っていた。

 元々戦闘がどうなるかわからない。そう言ってラミィに渡したのだ。数少ない、宝物を預けられる人間として選ばれた。


 それを、アルトは知っていた。

 たぶん、タスクの武器にそういった予言物があるのかもしれない。それとも、タスク側であの振り子ダウジングを続けて、定期的にアルトに通達していた可能性もある。


「フラン、どっちかわかるか?」

「通信は来てる。ここから南方向、商業区の辺り!」


 なんにしても、出し抜かれてもまだ動ける。

 俺たちは風のハープで空中を移動して、アルトを目指す。障害物やモンスターを飛び越えられるので、理論上はこちらの方が早いはず。


「アオ殿! 行く先はそのようでよろしいですか!」

「よろしいです!」


 ロボはもう犬形態になっている。フランの唱えたササットとムッキーで身体強化して移動している。筋力強化をすることで、もてるものを増やしていた。

 というのも、俺とフランだけでも今回はかなりの重量がある。


「まだ見えない!」


 フランは水光の遠距離魔法のライフルをロボの背中に乗せていた。ロボは俺とフランを落とさないように、俺はライフルがロボから落っこちないように。


「いちおう、俺たちの超追跡形態だな、格好悪い」

「ラミィ殿がいてくれれば、さらに錬度が増しますね」

「ふたりともうるさい!」


 フランは揺れるスコープで必死にアルトの姿を探している。商業区はショッピング街でもあるのでそれなりに見栄えがよかったが、今はモンスター達のせいでボコボコの状態だ。首の取れたマスコットが痛々しい。


 ちなみにラミィは置いてきた。カードケースが無いため戦えないのだ。


 ふと、辺りから爆音が轟いた。遠くからでも耳を叩き、俺たちの鼓膜を響かせる。


「うぉあ! ベクターだあれ!」


 遠目からでもわかる。あれはキングベクターだ。


「早々に再臨したのですね! おそらくあそこです! フラン殿!」

「ほんと元気だな」


 あのカエンと戦った後、俺たちは満身創痍だった。

 そこに現れたのがとある三人組だ。俺たちがカエンと戦ったとき、九人いたうちの同じグループだった女の三人は、それぞれが生存するための能力を有していて、あの危篤状態のベクターを回復までさせた。

 なんでも隷の眷属がせめてもと送り出した奴隷らしい。なんだかんだで、人間の方はそれなりに感化されてきていると言うことだ。


 まあ、流石に死んでしまったゲノムはどうしようもなかったし、グリテも腕がどこかへ吹っ飛んだままだ。


「回復できたとはいえ……とんでもない行動力だと思う」


 なんにしても、これは期待できる戦力だ。

 ジャンヌの義眼とはいえ、あれだけの巨体を受け止めるにはそれなりの労力がかかるだろう。それこそデコイになり得る。


「このままいけば――」

『ねぇ』


 そんなときだ。

 突然、俺の腰に提げられていたカードケースが光り輝き、カードが飛び出る。

 光の中に文字が描かれ、そこにはねぇの一言。


「なんだオボエ! 今忙しいんだ!」

『いや、うん、こないならそれでいいんだ。一応聞いておこうと思ってね?』

「は?」


 この切羽詰った状況で、証の精霊はなにやら意味深な事を俺にちらつかせる。


「アオ! ひとりでなにしゃべってるの!」

「アオ殿、気を確かに!」


 フランとロボは俺を心配そうに見つめる。もしかしてこれ、ほかの人に見えてないんか。


『彼女たちに証の権限はないからね~』

「権限ってなんだよ!」


 俺はそんな視線も構わずにオボエに向かって怒鳴る。今それどころじゃないんだ。


『じゃあキャンセルだね』

「だから、なにがだ! 今忙しいんだ!」

『精霊会議』

「はぁ!?」


 今なんて書いてあった。精霊会議って。


「人を生き返らせるのか? 時間を戻すのか?」

『なにそれ、違うよ言葉通り。精霊たちが集まって、会議するの。今回の議題は牙の精霊をどうするか』

「行く!」


 そうだ、そうだよ。

 よくよく考えれば当初の目的はこれだったんだ。


 俺たちは世界の意識をタスク打倒に集めることで、精霊たちからの協力を得る。

 そのために今回の作戦は行われた。精霊たちが会議をするということは、俺たちの目論見が少なからず成功に向かっていると言うこと。


『眷属は一応参加できるん』

「ったく、昨日の今日じゃねぇんだぞ!」


 そして、確実に結果を出せるかどうかは、この数分にかかっているのかもしれない。

 アルトが持っている青のカードは確かに懸念材料だが、それにとらわれて本当の目的を外してしまえば本末転倒だ。


「ロボ!」

「は! なんでしょう!」

「俺は寝る!」

「へぇあ! アオ何言ってるの!」


 会話の流れが読めない二人が、驚愕の視線でこちらを見る。まあわかる。

 たぶん証のことだから、また心の部屋にでも呼んできたりするんだろ。


『大丈夫だって、参加でいいんだよね、おっけー送れ!』

「う、うぉおおっ! フラン、すまないが俺は抜ける! あとは頼んだ!」

「え、えちょっとな――!」


 ぷつんと、映像が途切れたみたいに視界が暗転する。

 体ごと、どこかへ転送されたのだろうか。


 到着したのは、真っ暗で何も見えない空間だ。上も下も、右も左もあるのかわからないような、曖昧な所だった。

 一応、証の精霊らしきぺらぺらの紙がいちまい隣にある。


「いま送れって言ったよな」

『うん、送の精霊がみんなを集めているからね』

「だから開始がこんなに早いのか」


 ラミィが演説したのってかれこれ数分前だよな、そのすぐ後で精霊たちが会議を持ちかけるなんて、フットワークが軽すぎるというか。


「ほっ、精霊にとって時間とはとても曖昧な概念だ。それこそ、意思さえ集まれば一瞬でそれを判断する」


 オボエじゃない、違う声音が俺の耳に響いた。視界がない分、ダイレクトに伝わってくる。

 聞き覚えがある。緩慢なじじいのような。


「地の精霊か!」

「ガイアスだよ、好きによんで構わないけど、忘れてるね」


 地の精霊ガイアス。

 六体しかいない原初精霊のひとつで、ロボがもっている地のカードの元になった精霊だ。


 俺がその声を知覚すると同時に、ゴツゴツした岩の顔が現れた。たぶんガイアスだ。


「久しぶりのようでそうでもない。君とはよく触れ合っているよ。地とは足を持つもの全てを見守る」

「相変わらず覗き野郎みたいなこと言うなお前は」

「ほっほっ」

「ロボは呼ばないのか? あんたの眷属だろ」

「断られたよ。君が行った後すぐに判断した。自分がすべきことと君がすべき事をすればいいとね」


 どうやら、俺が行った後すぐに話をつけにきたようだ。でもアルト追撃に回ってくれた。

 確かに交渉や会議はロボの得意分野ではないが、ちょっと物寂しい。


 知らない場所に安心できる人間がいると、それだけで結構落ち着くんだよな。


「ここはどこだ?」

『どこでもないよ、強いて言うなら地球の内側かな、いやそうでもないかも』

「人と精霊との境の場所。向こうとここ、あっちとこっちが偏在しているよ、道に迷わないよう気をつけて……」

「はぁ? なにってんだこいつら」


 相変わらず精霊の台詞が回りくどくていけない。ロボがいないとわからないなこれ。


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