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第百七十話「すくう ただしく」


「師匠は」


 ラミィはこの状況で選んだのは、会話だった。一度口をつぐみ、言い直す。


「ゴオウさんとスノウさんは、どうしたのですか」

「殺した。スノウはしばらく経てば復活する」


 アルトは動揺もしない。むしろ今更聞くことかと、眉をしかめていた。

 二人が負けたからこそ、アルトがここにいるのだから。


「……そうですか」

「なんだ、問いかけた割にはあっさりだな、現代の巫女様ともあろうものが、薄情じゃないのか?」

「そう思ってもらっても構いません」


 ラミィは物怖じすることなく、目を合わせる。

 アルトはそれが気に入らなかったのか、


「らみ……っ!」


 一瞬で距離を詰め、眼前にポルクスの切っ先を突きつけた。

 アルトの動きは正確に、ラミィの眼球に触れるか触れないかの瀬戸際で寸止めを決める。

 わたしは咄嗟にラミィの名前を呼んでしまう。


「それが、死力を尽くして戦ってくれた彼等へ報いることであり、この場で戦うことこそが、私に課せられた責務だからです」


 それなのに、ラミィは頑として譲らなかった。

 御伽噺に出てくる女神のように、強大な敵へ先陣を切っていた。


「あなたも、そうだったはずです」

「……」

「偶然力があったからでも、たまたまそこにいたいただけでもないはずです。大切なのは、自らが選び、前に進むこと」


 周りにいた人間が、動かない身体を必死になって振るわせ始めた。

 皆、立ち上がろうとしていたのだ。ラミィを守らんと、世界を守ろうと奮起する女神に続こうと、勇気を奮わせる。


 ラミィは力で言えば、わたしには及ばないだろう。

 それでも、わたしはラミィがとても大きく、敵わないと思ってしまう。


 アルトも若干だが、そのペースに押されていた。

 もしここでラミィを倒しても、士気を壊すことにはならなくなってしまった。むしろ使命に赴いた人柱として、神格化されてしまう。


「前に、だと? ふざけてる」

「何がですか?」


 アルトが選んだのも、会話だった。

 ここで武を行使することの意味が、削がれていた。

 そしておそらく、アルトたちが守ろうとしている強者の体現こそ、ラミィなのだろう。


「その英雄たる考え方こそ、俺は一番嫌う」


 そんなラミィを諭すために、アルトは口を開いた。


「お前、ラミィは世界を救うのか? 俺のような悪漢から弱者を守って、元通りの世界を続けたいのか?」

「少なくとも、私はあなたの世界が間違っていると思っています」

「なら一緒だ。今の世界を続けたいだけだろう。だが、俺を倒して、世界を救った後はどうする?」


 アルトは剣を下ろした。攻撃の気配を止めて、伝のサインレアが効力を発揮しているこの場所で、世界に向けて言い放った。

 世界を救った、その後。

 ラミィはその意外な質問に答えを決めかねていた。当然だろう、アルトから、計画の崩されたその後の話を振られたのだ。


「どうせまた同じ世界だ。いつか必ず、また世界に脅威は訪れる。冥の精霊が生まれたように、人の中には必ずそういう感情があるからだ」

「それなら何度でも」

「何度でも? 本当にか!? お前はいくらでも世界を救おうとするのか?」

「……何の話をしたいんですか」


 アルトも、自身が熱くなっていることに気づいていた。自嘲気味に微笑んでから、口を開く。


「俺も、そうだよ」

「?」

「二十年前。トーネルとマジェスの戦闘を止め、英雄になった時に決めたんだ。この世界は、俺が、俺たちが守ろうって。実際に、そうしてきた」

「実際……?」

「あの戦争の後、世界は七度滅びかけた」


 アルトは嘘を言っているわけでも、ハッタリというわけでもなさそうだった。

 七回、世界が滅びかけた。


「冥復活に伴う副作用によって産まれた地中の悪魔。浄の精霊による世界浄化。イノレード政府の集めた武具による異空間の反転。過去から現れた人魔聖戦の冥の精霊眷属三人。人が地上に増えすぎた影響から産まれた惑星最大のモンスター達。空から襲来した魔力を必要としない侵略生命体。混沌帝龍の寿命による暴走。俺はその七回全てを、世界のために戦った」


 わたしは何を言い出したのかと、眉をひそめてしまう。

 どれも突拍子の無いし、聞き覚えも無い話だ。世界が滅びかけたのに、誰の耳にも入ってきたことの無い情報だった。


「は、はは! 嘘だよそんなの」


 わたしの考えを代弁するように、この場所にいた一人が一笑に伏した。


「ひっ!」


 アルトは、その笑った男を睨む。が、そのあとですぐに、とてもいたたまれない顔をして、目を伏せた。


「……本当、なんですね」


 ラミィだけは、その与太話を疑うこともせず、その悲しそうなアルトを信じていた。


「証拠はない」


 アルトはどこか、救われたように顔を上げる。


「それに関わった仲間も、全てを知っていた証人も、みんな死んだ」

「他の英雄、残りの三人には相談しなかったのですか」

「それをしてどうなる。博士は年老い家族を持ち、スノウは精霊に、ゴオウは病に伏せた。彼等は十分に苦しんだはずだ」


 四人の英雄は、ほとんどが名ばかりの名誉になりかけていた。

 たしかにそうだ、パパだってそれなりに戦えはしたが、あれだけ老いれば、二十年前と比べればかなり衰えているだろう。

 それに、もしそうなったとして、残されたわたしは。


「どれだけこの世界を脅威から救って、世界を保とうとしても、また必ず新しい災厄が現れるのなら、この世界を守る意味なんてあるのか? この仕組みそのものこそが敵だと、そう思わずにはいられない」

「そのために、あなたは選定をするのですか?」

「ああそうだ。人々の意識の中にその衝動があるのなら、より抑制しやすく、管理できるように。モンスターがこの世界でやろうとしている、世界が自己防衛本能として行っている間引きを、ただ行っているだけだ」


 モンスターが人間を見境なく襲うのは、この世界に人類が増えすぎたから。

 それは誰が呟いた言葉なのだろう。いつのまにか世界中に浸透して、完全には受け入れられずとも、一度は聞いたことのあるフレーズだ。


 わたしは思わず、アルトの考えにも一つの道理があるのかもしれないと考えてしまう。すぐに否定するが、少なくとも一瞬だけ、そんな錯覚に陥ったのだ。


「ラミィ、君にはまだ大切な人がいるのだろう。その全てと引き換えに、世界を救えるのか? 英雄とは、常に近しい誰かを食い物にして世界を救っていることに気づくといい。君の大切な誰かが、今も俺たちに殺されかかっているはずだ」


 大切な人。

 わたしはその言葉を聞いてアオの事を思い出す。

 そして、死んでしまったパパの事を思い出す。


「考え直してくれ。君は見ず知らずの誰かのために、全てを捨てることなどできないはずだ。それができる本物の英雄は、人間と呼べる代物じゃないんだ」

「それが、あなたの考えですか」


 ラミィの大切な誰かも、アオたちもまだどこかで戦っているかもしれない。もしかしたら命の危機にあっているかもしれない。アルトの考え全てを、否定なんてできないはずだ。


「だから、自らを守れない弱いものは、見捨てるべきだと」

「強い誰かが背負うからいけないんだ。それでは英雄が過労死してしまう。世界を救うのであれば、すべての人間がその意思に到達するだけの教育が必要だ」


 この言葉はラミィ一人に向けられたものじゃない。世界の人間全てに当てられた警告でもある。

 そして世界の人間全ては、それに反論する答えをラミィに一任してしまっている。


「……やはり、あなたの考えには賛同できません」


 ラミィはそれでも、アルトの考えを否定した。

 アルトはここまで話しても伝わらないラミィに、怪訝な、あるいは疑惑の表情を浮かべる。


「君はおかしいと思わないのか? 今だって、世界のために命をかけている人間がいる。それなのに、世界のどこかでのうのうと暮している人間がいる。ましてや、この話すら笑って眺めているような奴らだっているはずだ」

「たしかに、アルトさんの考えは、間違っていないと思います」


 ラミィは世界の前であっさりと、その言葉を認めた。

 その上で、しっかりと対立するように、大きく息を吸った。


「でも、正しくありませんっ! あなたのいう理想が実現したとして、世界への脅威がなくなるとは思えないからです。本当にそのやり方は、世界を救ってくれると思いますか? 結局は、また新しい弱者と強者が生まれ、その中で滅びが起きるのではないでしょうか? 世界を救うというのならそれこそ、一人一人がその崩壊に目を合わせ、向き合っていくことこそが、全てに対抗しうる手段ではないのですか。世界を変えたところで、今を変えられないのなら意味はありません」


 ラミィはその考えを受け入れた上で、今のやり方を肯定する。

 アルトのやり方では、理想は叶えられないと、否定する。


 そうだ、わたしは何を勘違いしていたのだ。

 世界を救おうとしているのはアルトじゃない。アオやロボ、お母さんやマジェスの人々こそその主役ではないだろうか。


 そして今、この伝の放送を見ている誰もが、脅威に立ち向かってほしいと、ラミィが奮い立たせている。


「……そう、か、ラミィ、君は強い」


 アルトはもう、ラミィへの説得を諦めていた。世界への揺さぶりも、空振りに終わったのだ。


「ならもう説得は無理だろう、火」


 だから次は、武力にでた。アルトは再度ポルクスを構え直して、魔法を唱える。


「俺が悪だ。君のいった事が本当にできるのなら、今ここで、世界を救えばいい。俺は全力で、皆殺しにする」


 アルトはまず、ラミィの近くにいた数人の護衛を焼き殺した。ラミィ以外の人間を、あえて攻撃していた。


「なっ! やめっ」

「やめない。君が止めろ。動けるのは君だけだ」


 この場所で、アルトはラミィだけを生き残らせる選択をした。

 わたしの体が動かない。助けに生きたいのに、死にたくないのに、あの敵の力が邪魔をする。


「結局は、口だけか」

「いや、あんたがいうなって」


 ふっと、肩の荷が下りるように体に力が戻ってきた。

 精神的なものだけじゃない、物理的に動けるようになっていた。


「やっぱさ、こういう場所で大事やるのはよくないな」


 キンと、耳なりのような音が聞こえたと思った瞬間には、会場全体が氷の折に成り代わっていた。

 火で焼かれていた会場にひんやりとした空気が流れる。伝のサインレアまで停止してしまったが、これは朗報だ。


「高い所って五分くらいで飽きるよ」


 そして、わたしを精神的に突き動かしてくれる。


「アオ!」


 アオが、やるべき事を終わらせて帰ってきた。

 英雄を助ける誰かが、ここにいる。


***


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