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第十七話「めす むっきー」

 正直言うと、俺は犬が好きだ。

 どうしてかといえば、彼等は正直だから。

 初対面こそ警戒心ばかりで、無駄に吠えたりもするが、しっかりと時間をもって接すれば、仲間だと認めてくれるからだ。


 人と違って、自分の奉仕が評価される。信頼を返してくれる。


 近所で吠える犬だって、自分の縄張りにいる仲間を守ろうとする思い。その行動とわかれば、結構可愛いものである。

 無駄に懐いてくるのも、しつこいくらいに遊ぼうとするのも、犬自身が悪意無き愛があればこその所業だ。

 可愛くないわけがない。よって、俺は犬が好きだ。


「で、なんのようだ?」


 でも、この目の前に現れたギンイロガブリは、犬のカデコリーに入れてもいいのだろうか。たぶん、喋れるから圏外かもしれない。

 もう気高く、黙れ小僧って言いそうなイメージが。


「単刀直入に言う、ワタシを殺してくれ」


 ギンイロガブリは俺の目の前で膝を突き、うなじを差し出す。


「生き恥をさらしてきた身で過ぎた願いとはわかっている。だが、そこをあえて、あなた方に介錯をいただきたい」

「断る、なんで俺がやらなきゃあかん。死にたいなら自分でやれよ」

「もし自決を図ったとして、迷いが生じ、手元が狂う。中途半端に傷を負い、また理性が失われては意味がない」


 この、なんとも面倒くさそうな口調と性格の犬は、頑として頭を上げようとしない。

 俺は一度、背中にしがみつく気配に振り返って、


「アオが決めて」


 フランに、判断を任される。

 俺は一度溜息をついてから、腕を組んでギンイロガブリを見下ろす。


「じゃあ、まずはお前が何なのか教えてくれ。モンスターなのか?」

「この体も、心もすでに獣同然だ」

「そういう意味じゃねえよ」

「……ワタシも元は人の身だ。ただ、ワタシの放漫をきっかけに、ワタシの体はモンスターを融合してしまったのだ」


 人間が、モンスターと融合した?

 この世界に、そんな技術があるのか。いや、たぶん異端だろう。一般的なものなら、ギルドだって正体を推測できただろうし。


「昨日まで理性を失い、モンスターとして本能に任せるまま人を襲っていた。そこに、あなたの魔法、浄化の光がワタシの持つ穢れを落としてくれた」


 あの盾の魔法は、状態異常も治せるのか。直接打ち込まなきゃ行けないが、仲間にやる分にはいい能力を手に入れた。


「ただ、ワタシのこの少なき理性もいつまで保てるかわからない。どうか、これ以上の不義理をさらす前に、ワタシに引導を渡してほしいのだ」

「……放漫って行ったよな、何をしてそうなったんだ?」

「……いえません」


 ギンイロガブリは更に頭を下げて、必死の思いでこちらに頼み込んでいる。


「お願いいたします! あなた方の持つ疑問も、怒りも正当な刃。どうかこの身を粛すことで、その溜飲を下げてもらえれば、ワタシの人生に意味があったというもの」

「後味悪いだろ」

「しかし、これ以上の犠牲は止めるべきです! こんなことを頼めるのは、ワタシを退けたあなた方しかいない」


 ギンイロガブリの瞳から、涙がこぼれた。

 たぶん、この犬は犬なりに、自分の責任を持つつもり出来たのだろう。無自覚とはいえ、人を何人も殺したのだ。その重荷は俺にも計れない。

 もしこのまま死ねなければ、同じ事を繰り返してしまうかもしれない。

 いいたいこともわかるし、言い分も、行動も正当だ。


「だから、殺せと」

「はい」


 たぶん、こいつを殺せば、冒険者ギルドから膨大な報酬がもらえるだろう。旅をする分では、金はあった方がいい。

 ギンイロガブリの願いでもあり、俺の得でもある。後味悪いことを覗けば、何もかも正しいのだろう。


「でも、断る」


 だからこそ、俺は嫌だ。

 確かに利益はあるし、ギンイロガブリは悪だ。


 でも、それじゃあ俺は納得しない。

 ギンイロガブリの敗因は、俺にすべての理由を話してしまったことだ。

 奴は、理性を失って、無自覚なまま人を殺した。そして、その責任を取ろうと、死ぬことまで覚悟して、俺たちに会いに来た。


「なぜだ!」

「死んだハムスターは一人の責任じゃない……」

「?」

「お前の望み通りにしたくないんだよ、それじゃあ罰にならないだろ」


 こいつは自分のやったことの重大さをわかっているし、責任だって感じている。屑に堕ちなかった。

 俺はギンイロガブリの横を素通りして、歩き出す。


「ま、待て!」


 ギンイロガブリがやっと立ち上がって、俺たちを睨んでいた。


「ワタシが、あなた達を攻撃すると言う」

「もう、殺したくないんだろ、自分の都合で、やるのか?」

「うっ……」


 ギンイロガブリは一度たじろくが、すぐにこちらに向かって歩き出す。

 フランは少し警戒しているのか、大砲を構えている。


「これ以上近寄らないで」

「ワタシは、たくさんの人を殺したのだぞ!」

「俺の見てないところで起きたことなんて知るかよ。遠くの事件は恐ろしくても個人的な感情は湧かん」


 殺してほしいなら、正義好きな奴等に言うべきだ。たぶん、ほとんど傷つけられないだろうけど。

 抵抗しなければ、氷の剣で殺せるくらいか。


 俺はギンイロガブリを一瞥してから、構わず進みだした。

 もういいだろ、面倒だし、当初の目的を果たさないと。


「俺たちは忙しいの。精霊に会いに行くんだから」

「……ワタシを殺してくれ」

「……」


 なんか後ろからずっと囁いている。怖いよ。

 ただ、ここまで来たらもう意地だ。やってやるもんかよ。


「そういえば、あとどれくらい理性が持つと思うんだ」

「まだ数日は持つかもしれないが、あくまで予想だ。期待をしない方がいい」

「ならさ、勝手についてくるのはいいけど、心配だから前にいてくれ」

「盾になれというわけだな。よかろう。後ろから攻撃してもいい。あなた達はそれをする権利と儀がある」


 いちいち仰々しいなこの犬は。


「あっ」


 ふと、フランが呟いた。前方を指差している。

 俺もその視線を追うと、モンスターがいた。


「あれが、ガブリ?」

「そう」


 大型のオオカミだ。目の前にいるギンイロほどじゃないが、でかい。


「よし、じゃあみ――」

「はぁっ!」


 ギンイロガブリが、突然飛び出した。躊躇いも無くガブリに手を振り下ろして、容赦なく頭を潰す。

 カード化するとはいえ、そういうグロはあんまやら無いでほしいわ。


「大丈夫か?」

「いや、なんもないけど、それ共食いじゃね?」

「ん? ワタシはカードを食べたりしないが」

「そういう意味じゃないんだけどな」


 カードを手にして、フランのケースに入れる。俺が持っててもろくに使えないし。


「ガブリ」

「少女よ、何か用か?」

「い……」


 フランがまた逃げる。この人見知りはいつか解消しないと日常に支障をきたすな。


「そういえば、ギンイロガブリって呼んでたけど、あんた本名は?」

「言えぬ、生前のことを知れば、後顧の憂いをあなた達は残してしまう。好きに呼んでくれ」

「そうかよ、じゃあギンイロガブリでいいのか?」

「呼びにくい」


 フランがちょっとだけ抗議する。会話に入ってきてくれたことに嬉しさを感じる。

 ちゃんと会話は拾わないとあかん。違和感無く。あ、いたのとか、誰って言うやつは裁かれればいい。


「そっか、なら呼び方変えるか、じゃあロボな」

「アオ、それはなんで?」

「俺の知ってる物語に、そういう名前の格好いい狼がいたんだよ」


 それに、覚えやすいし。


「いいよな、ロボ」

「ワタシはなんでも構わない……が、雌のワタシに格好いい名前をつけていいのか」

「え、雌だったの」


 初耳だよ、いや判るわけが無い。

 だって、ケモ度五段階でいったら四くらいあるよこいつ。

 まあ、ありえなくないか。黙れ小僧の犬も子供の頃は雌だってわからなかったし。


「まあ、それでいいや」

「……わかった」

「……ロボ」


 それぞれがとりあえず納得して、期間限定の変な連れができた。

 雌って事は、元は女だったんだよな。

 先行するロボの背中を見ながら、なんとなく苦笑いがこぼれてしまう。



 地図を頼りに、けっこうな奥地にまでたどり着いた。出てくるモンスターはロボが片っ端から潰してくれる。


「宝探しじゃないんだぞ……」


 目的地にたどり着いても、精霊には出会えなかった。

 場所は代わり映えのない森の中、モンスターが増えるばかりで、それらしい気配も痕跡もないのだ。


「ガセ掴まされたんじゃないだろうな」

「アオ殿」

「ん、あ、俺のことか、何だ?」


 ロボが、ちょっとかしこまった口調で尋ねてきた。敬語なんて迷惑電話くらいでしかされたこと無いから戸惑ってしまう。


「アオ殿は、精霊との邂逅に何を見出そうとしているのだ?」

「ん、ああ。ちょっと知恵をかりたくてな。そこまで期待はしていないが、今のところ俺の探しものは手がかりが全く無くてな」

「何をお探しで」

「世界で一番美しいもの」


 俺の台詞に、ロボがちょっとだけ固まった。まあ、突拍子も無いからな。


「それは、どういう」

「俺もよくしらん」


 別にロボの知識には期待していなかった。たぶん、精霊だって知っているかも怪しい。

 こういう時は、知っている情報を聞き出す方が有意義だ。


「そういえばさ、なんであの時逃げたんだ」

「あの時とは?」

「俺が盾の杭を打ちつけたすぐ後だよ、正気に戻ったんなら、あそこで会話だって出来ただろうが」

「そのことか、それは……ワタシもよくわかっていないのだ」


 ロボが、おでこに指を当てて、腑に落ちないことを考えている。


「よくわかってない?」

「あの攻撃を受けた瞬間、ワタシは、ここから出て行かなければと思ったのだ」

「どうしてだよ」

「すまない。ワタシにもそこが理解できないのだ」


 どういうことだ、まだロボの精神が不安定だったということなのか。

 なんにしても、また不安要素が増えたな。ロボが自分の意思とは無関係に行動を起こす可能性があるということか。


「たびたび、お役に立てずすまない」

「いいよ、どうせロボはこの森だけで――」

「ムッキー」


 ん? 何だ今の。

 もしかしたらと思い、フランに目を向けるが、


「あたしじゃない」


 首を振って否定する。


「ムッキー」


 まただ。なんだか高い声が、森の中で響いている。

 ロボが何か気付いたのか、下を指差す。


「アオ殿、泣き所だ」

「ああ、脛ね……こいつは」

「ムッキー」


 俺の足元にいたのは、目と口のついたサッカーボール大の小さな丸だ。一頭身といえばいいか、丸い全身に豚のひづめみたいな手足がちょこんとついている。

 これティンクルポポじゃね。


「ムッキー……」


 たしか、前にも聞いたことのあるフレーズだ。確か商人おっさんが使っていた魔法……魔法!


「こいつ、モンスターだ! 水!」


 俺が氷の剣を取り出すと、ムッキーは目を怒りの形に変えて、敵意をあらわにした。

 小さな体とは思えない脚力で飛び上がり、俺の顎に頭突きをかまそうとする。紙一重でそれを避けて、上空に飛んだムッキーを待ち構えた。


「後行攻撃だっ!」


 タイミングばっちりに、俺が袈裟切りをかます。が、


「し、真剣白羽取りだと!」

「ムッキィー」


 なんとムッキーはひづめの形をした片手で、俺の剣を受け止めたのだ。剣を振り回して、ムッキーを地面にたたきつける。


「二度出しだぁ!」


 今度こそと、大降りで地面に倒れたムッキーに切りかかるが、また止められた。

 しかも今回は、剣を振り回せない、固定されたみたいに、ムッキーと剣を持ち上げることが出来なかった。


「な、なん――」

「ふん!」


 そこに、ロボの拳がムッキーをぶん殴る。ムッキーは宙に浮き、そこにもう一発コンボを決められて破裂する。そのままカードへと変った。


「ムッキーは、地面に足をつけている間は、あの体ではありえないほどの怪力を発揮する。隙を突いて上空へ吹き飛ばし、引導をお渡しください」

「な、なるほど」


 ロボは自分の腕をさすりながら、ムッキーについて説明してくれる。


「わ、わたしも知ってたよ」


 フランが、何故かちょっとムキになって俺に話しかける。知ってるよ、フランは物知りだからな。咄嗟に使えないけど。

 ただ、すぐにフランも戦闘態勢に入る。あたりに攻撃の気配が充満し始めたのだ。


「陳列大隊といったところか」

「ムッキー!」

「オッペケペンムッキー!」


 多いな、しかも森の木々に身を潜めている。見たところそこまで脅威でもないが、一体一体相手をしなきゃ倒せないタイプだ。


「アオ、剣をしまって、魔法で直接叩くから」

「お、おう。そうだな、土」


 この場面ではフランの魔法が必須だ。炎や水なら敵に受け止められたり防がれたりする心配が無い。

 畜生、木が無ければ、大剣で切ったり、周囲を水浸しからの凍らせも出来たんだろうが。


「ムッキー!」

「アオ殿、来るぞっ。いざ尋常に!」


 飛んでくる無数のムッキーを、ロボが払いのける。中には一撃でつぶれる奴までいた。


「水流!」


 そして死なずに地面に落ちたムッキーを、容赦なく水で潰す。山火事にするわけにもいかないため、火は最終手段だ。

 一方の俺は、


「暇……なわけない!」


 敵を盾でいなすのに必死だった。


「多すぎんだよ、ちょっとは怠けろってんだ!」

「ムッキー」


 ぴょんぴょんと、自らの特性を捨てて飛んでくる辺り、頭は悪いのだろう。

 ムッキーの中には、俺の盾にしがみついて離れないやつらも現れた。


「なっ、気安く俺のに触りやがって!」

「アオ!」


 フランの魔法が途切れた。あれだけ魔法を連射できても、敵を捌ききれない。慌てて俺がフランの前に駆け込む。


「大丈夫か!」

「わたしは大丈夫だけど」

「ぐわぁあああっ!」


 ロボが叫び声をあげる。見ると、全身にしがみつかれ、間接を折り曲げられている。

 

「ムッキー」


 俺の盾も、限界近くまでしがみつかれた。重さのあまり、立ち回りが悪くなる。


「きゃ!」

「フラン!」


 俺が慌てて、フランの元に近寄ったムッキーを蹴飛ばすが、


「ムッキィ」

「こいつ、揚げ足をっ!」


 足をつかまれて、振り落とされる。

 盾ごと地面に横たわり、ムッキーが群がってくる。


「予想以上にやばい!」

「アオ!」


 フランの体が、攻撃態勢に入る。魔法のインターバルが終わったのだ。

 ただ、水流じゃこの多勢は退けない。かといって、山火事になれば俺たちが生きて森から出られる保証も無い。

 どうするべきか、究極の選択を迫られる中で、


「なっ」


 盾にあった杭が、光った。


 それはただ陽光か何かが滑っただけなのかもしれない。偶然目に入っただけで、何の意図もないかもしれない。

 でもこの偶然に、俺の心はもう一つの選択を生んだ。


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