第百六十六話「たんれん どうこく」
「いくぜぇ!」
「コンボ! ワラワラ、ヒヤリ、ヒヤリ!」
スノウは飛び出した。先ほどと同じで、動きの制限されたゴオウの攻撃をサポートするのだろう。
わたしはスノウと相性のいい氷の魔法を増やして装てんする。強化されたわたしの魔法なら、一枚だけでもあの一面を氷付けにできる。
「シュート!」
構わず放った。ゴオウは力のおかげでくらわないだろう。ならかまって萎縮する必要はない。
全体攻撃だ。避ける暇も無いはず。
スノウにはまるで影響が無い。むしろ自分のホームグラウンドになった居場所は動きを俊敏に変える。
第二ラウンドは、幸先のいい駆け出しを迎えたはずだ。そう思った。
「いいもんもって――」
「いいものなら、俺も持っている」
アルトのポルクスが、スノウの首を両断していた。瞬きをする間もなく手首の動きがスノウの身体を細切れにしていく。
スノウの破片の、瞳が驚愕に見開いている。その瞳も両断されて、
「な」
「スノウ!」
ゴオウが、自らの身体を押して守りに入った。ゴオウは瞬間移動でもしたようにアルトとスノウの間に入り込むと、大きく手を振って、スノウの破片を手繰り寄せた。
そして、好機が少ないゴオウはそのままもう片方の手でアルトに迫る。
「焦ったな」
「でも、これが最王手です!」
そうだ、どれだけやろうとも、ゴオウの一撃は絶対だ。敵が避けようとすればよけられない要因が発生したり、防御すれば偶然のラッキーパンチが守りを貫通する。
一撃は強烈だ。それにチリョウのときとは違う、手負いのアルトなら、わたしでも倒せるはず。
そのはず、なのだ。
「やはり君には、いつも助けてもらってるよ、ジャンヌ」
ゴオウの拳はアルトの身体を直撃すすることもなく、それどころか、放たれもしなかった。
何か見えないものに遮られたように、動きが止まったのだ。
「ゴオウ、君の能力の特性はよく覚えている。でも、弱点も忘れたつもりはない」
「これ、は!」
「知ろうとしなければ、勝とうと思わなければ、打倒はできなくても一度だけ攻撃は止められる」
展望台に風が吹いた。
アルトの長い前髪がかきあげられ、瞳孔の動かない左目がゴオウを睨みつけていた。
「義眼、ジャンヌ」
「彼女を……」
「ガブリ、シュート!」
わたしは在り合せの攻撃でアルトを狙った。
アルトはその気配を察知して、天を見上げる。
それだけで、わたしの攻撃は消滅してしまったのだ。
「ジャンヌの、能力!」
わたしは覚えている。ジャンヌは知覚することができれば、空気中を彷徨っている黒い幽霊を操れる。
ゴオウの知らない人物が、ここでアルトを助けてしまった。
「こんな、ことが」
「俺はこの戦いのためにカードを吟味し、持てる最高の武器を選んできた」
「アルト……君の左目は健常だったはず」
「潰した」
わたしたちが決戦の準備を進めたように、アルトも力を余すことなく挑んできていた。
「戦力は桁違いなのに」
ポルクスの仕切りと、ジャンヌの義眼。攻防揃った能力を扱うアルトの戦闘能力は計り知れない。
そしておそらく、あの疲労の残る身体は命がけの鍛錬をしてきた結果だ。
わたしだって、それに負けないくらいの修行を積んできたつもりだ。
「相手の方が元々強いのに、同じ条件だなんて、勝てるわけ……」
単純な結論が、わたしの口からこぼれてしまう。
そう思っているうちに、事態はどんどんと進行し、零れ落ちる。
「あ……あ」
ゴオウが、身体をうずめて膝を突いた。体中からは発光現象が起きている。
アルトは驚きもせず、その光景に対して何もしなかった。
「ただでさえ進行していた病気だ。前の戦闘で君は二度、俺に全力で攻撃をしてからそうなった。前回と同じ回数行動が残っていただけ、君の意志力はすさまじい」
「くっそが! 使えね……えぇ! なあアルトよぉ!」
僅かに残った身体を元に戻して、スノウがアルトに飛び掛った。辛うじて作れた右手がアルトに抱きつき、凍結させている。
でも、駄目だ。
「なんでっ、凍らねぇんだよ!」
「……見え見えだ」
アルトの左目が、ジャンヌの力が近くした敵の攻撃を完全に防ぐ。そして一人硬直しているだけならば、知覚され砕かれる。
ジャンヌの時もサインレアを止めたのだ。精霊すら射止めるジャンヌの黒い幽霊は底が知れない。なにせ、わたしたちには目に見えないのだ。
「こんなモノが見える。俺はジャンヌの事を何もわかってなかった」
「し、るかぁ……ああっ!」
スノウの身体は砕かれず、あえてポルクスによって分断される。数え切れないほどに細分化され、展望台から風に飛ばされていく。
「君は氷の精霊だ。特殊とはいえ数時間も日に当たっていれば溶けて元に戻れるだろう」
「……る……と…………」
スノウの身体は形すらわからなくなって、この展望台に破片が残っているかも怪しかった。
「ゴオウ、君もだ。短い命かもしれないが、だからこそ今死ぬべきではないと、俺は思う」
「……なさけ、ですか?」
「違う。かつて仲間だった人間に対する、敬意だ。目的は達成できる。殺す必要なんてない」
アルトはゴオウの横を通り過ぎて、首を上げる。まだ昇ってくることは無かった。
わたしは勝ち目がないとわかっていても、銃を引くことはできない。何故なら後ろには、ラミィがいるのだ。
手が震え、恐怖から逃げ出してしまいそうだった。
「君も、手を出さないのなら殺したりはしない。博士に対する、敬意だ」
アルトは、そんなわたしを救うように、声をかけた。まるでパパのように、優しい響だった。
「フランク博士は君の中で生きている。ならば、敬意を払おう」
「敬意……助けて、くれる」
全てを投げ打てば、わたし自身の命は救われる。
わたしは前に、アオと話した事を思い出していた。どんなことがあっても、生きてほしいと思える人がいる。わたしには、その資格があるのだろうか。
「……コンボ、ポチャン、ガチャル、ブットブ! シュート!」
水によって作られた散弾は、アルトの全身めがけて飛んでいく。
ドッカベで作られた展望台といえども、多少の破戒は間逃れない。黒煙を上げて土砂降りの雨が降り注がれる。
「話にならない、ならない!」
まだ体の震えは止まらない。それでも、わたしの意思ははっきりと闘いを選んだ。
「あなたはパパに何をした! そんな奴がのうのうと言わないで! 今までの仕打ちを、わたしは忘れて生きることなんて出来ない。パパの死まで、わたしから奪わせない!」
「そうか、それが君か……失礼なことをしたな」
アルトは、わたしの攻撃を誤解もせず謀反と取った。
黒煙は展望台に留まることなく、風除けの無いそこはすぐに煙を晴らす。
怪我一つ無いアルトがそこにいた。正確には、アルトの目前の雨だけが時間を停止したかのように止められていた。
わかっている。知覚できるものじゃアルトを傷つけられない。
このまま近づかれて、わたしが義眼の視界に入れば終わりだ。
「全力で、殺す」
アルトが目を尖らせる。すでに上空、わたしやラミィのいる場所を目指している。
来る。来る!
どうすればいい、遠距離魔法を解除すべきか。それともあと一発で何かできないか。敵の知覚から逸れて、気配がわかっても攻撃できるような何か。
わたしは思考を滅茶苦茶にしながら、ただ無理という単語を頭に浮かべそうになる。
どうすれば、どうすれば!
「もう、む――」
わたしが口を開いたそのとき。
背中から、ただの追い風が吹いた。
***
状況は切迫していた。
精霊の力は無尽蔵だ。どこからか集まってくる力を自分のものにしてしまう。
対するキングベクターは燃費が悪いうえに、暴走までしている。
「本当に、十五分も持つのかよ……」
俺は熱気で乾きそうになる目を何度も瞬きしながら、カエンとベクターの戦いを見守っていた。
キングベクターに搭載されたゲノムの魔法は空間に何度も重ねられる。荒果てたこの平地にすら草木が現れては枯れていった。
「いいよ、いいよこれぇ!」
カエンは文字通りハイになっていた。暴走した能力を制御する気は無いのだろう。噴煙は地面を溶かし、すでにこの場所だけマグマの中みたいに煮立っていた。
「さいっ高!」
カエンは自分の最適な環境でさらに力を増していく。
キングベクターは鎧だ。たぶん耐熱性はあるだろう。それでも、迫り来る熱気に体力を奪われているはずだ。
「十五分ってのは、あくまで起動時間だろ。戦闘すれば下がる可能性だってあるんじゃ……って」
俺は不安から、いちいちグリテに問いかけてしまう。
グリテはそんな俺を叱責するために、本気で頭を殴ってきた。
「……」
グリテはうるさいとも言わない。本気で、突破口を探しているのだろう。
俺だって本気で考えている。話しかけているのだって、少しでも何かきっかけがほしいからだ。
今のところ、カエンの弱点らしきものは見当たらない。
キングベクターがカエンの死角や対応できないところへ攻撃を仕掛けても無駄なのだ。カエンは人の形をしているが動きは人のものに囚われない。身体を部分的に火に変えたり、間接を無くして部品が宙に浮いたりもする。
戦闘経験が違う。
カエンはおそらく、精霊になってからも戦い続けているタイプだ。そのための戦いを熟知しすぎている。
使命は停滞の破壊。災厄そのものとして、常に戦場へ向かい続ける修羅みたいな存在なのだろう。
「十五分だっけ! 今何分かわかるか! たぶんまだ半分もいってねぇんじゃねぇ!」
「……くっ!」
「そろそろしまいにしよや! 俺っちが飽きる前にさ!」
カエンがキングベクターの右腕を抱え込んだ。そこから赤く染まり、ドロドロした水のはねる音がした。
キングベクターの鎧が熱によってひしゃげていく。その穴に向かって炎が放たれた。
「ほぅ、飽きるとは殊勝だな!」
ベクターが内部で吠えた。
それに連動するようにキングベクターの右腕は再生して、向かってきたカエンへカウンターをかました。
「永遠の銘を持つ精霊など退屈の権化! 露の間の命を惜しむその矮小さがにじみ出ているぞ!」
「だからさぁ……あんた口ばっかじゃねぇかよ!」
思わぬ攻撃に対して、カエンはイラついたのだろう。
もうキングベクターでカエンの攻撃を防ぐには、足りない。先ほどの腕の破壊も、その予兆だったはずだ。
「グリテ! もう!」
「……るせぇ」
ベリーが叫ぶも、その口は暴力でふさがれる。
それでもグリテは、キングベクターへの援護をしない。
つい前のめりになった俺の身体を、グリテの拳がトンと叩く。
わかっている、飛び出したりすれば、キングベクターの暴走に巻き込まれる。
だが、これ以上の時間稼ぎは、最悪の結果を生み出すのではなかろうか。
ベリーは魔法抗体がある。その考えもあったのだろう。グリテの制止を振り切って、戦火の只中へ足を踏み入れようとする。
「っ!」
「近寄るなぁ!」
が、ベクターの恫喝に足がまた止まる。
大きな鉄の弾ける音がした。
キングベクターの心臓部分が抉られ、中に浮かんでいたベクターとゲノムの姿が目視できた。
カエンは魔法の水中にとらわれた二人を見つけて、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「やっぱ、まにあわねぇじゃん。王様ぁ!」
カエンが右手を貫手に変えて振りかぶる。目標はベクターだ。
ベクターはそれに対して、何もしない。防御もせず、何かに集中するように、両腕を前に組んだ。
貫手が、ベクターの心臓を狙って突き進んだ。
「ベクター」
「ああ、すまない」
隣にいたゲノムが、ベクターを庇うために間に入った。
カエンの手は、ゲノムの下腹を貫いて止まった。
ベクターの目の前で手は停止して、返り血が顔に跳ねていた。
「どけよ、どけよお前ぇええええええっ!」
「断る!」
「邪魔だああああっ!」
ゲノムはカエンの手を両手で抑え、絶対に離さなかった。
カエンは仕方なくもう片方の手を振りかぶって、確実に左胸を貫く。
「……っ」
ゲノムは閉じた口から血を流す。手に力が入らなくなり、カエンを自由にしてしまう。
手をゲノムから抜いたカエンは、目を剥いて体中の炎を解放した。キングベクターもろとも灼熱の炎に説かされて、分解していく。
「めんどくせぇことさせやがってよぉ!」
カエンは爆発した自身の反動で大きく後退した。暴走した火力が、制御を放棄していたのだろう。
黒煙は熱気によって持ち上げられ晴れていく。
体に二つの風穴を開けたゲノムが、両手を開いてベクターを守るように立ちふさがっていた。
背後にいたベクターは、嘘みたいに無傷だった。
「よくやった、ありがとう」
「……か……まわ」
ベクターが感謝の言葉を述べて、ゲノムの横を通り過ぎる。
ゲノムはそれを見て、満足そうに倒れていった。
「これで、あと四人かぁ?」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「うっせぇんだよ! 叫べば強くなんのか!」
ベクターが走り出した。その身一つでカエンに立ち向かう。
「おいグリテ!」
「まだだ」
グリテは動かない。まだ確信を得られていない状況で、耐えるべきだと判断する。
「でもさ、あの状況は」
「まだあいつらはいける」
「うぉおおおおおおおっ!」
ベクターがカエンに肉迫する。肉弾戦に持ち込んで、その全体重をかけた拳を放った。
カエンはそんなの御見通しで、簡単に避ける。指先を突きつけて、空振りをかまして隙のできたベクターに炎を迸らせる。
「もう終りだって、の!」
「フ……フハハ!」
だがベクターは死ななかった。
砕かれたキングベクターの破片が、宙を舞って炎を引き裂いたのだ。
「テメェ……そんな効果持ってねぇだろ!」
「貴様の目は節穴だな! 我のではない!」
カエンの目が、ベクターの先、殺したはずのゲノムの体に向けられる。たぶん、精霊特有の魔原を見る目だろう。
やつらはまだいける。
「死にぞこないがぁ!」
「死してもなお戦う! それがマジェス!」
人間に、心臓や脳を自然回復する機能はない。ツバツケや土の盾で治せない。
ゲノムはほぼ死を待つだけの体で、意識も無いはずなのに、魔法を発動させ続けている。
それは長年のクセか、維持と執念かはわからない。
「所詮成り者には知れぬ所業!」
ベクターは先ほどとは違い、距離を完全に詰めて肉弾に持ち込んでいる。より暴走魔法をカエンに浸透させるように、炎でなく格闘で戦うよう仕向けていた。
グリテも、その死を利用し、決して無駄にするべきではないと言外に告げている。




