第百六十四話「はくじょう まいしん」
「個人的には、あんた有力なんだよねぇ……」
「……」
おそらくカエンは、俺が龍になって互角に戦えれば、一人でも杭を刺すチャンスがある。一番チャンスの多い人間、そう読んでいるのだろう。
グリテの策は成功している。俺は持っていない。
だがもちろん、それを白状してはいけない。
そして俺は、誰がもっているかも知らされてない。
「各員、武装! 包囲網、てぇえええええええええっ!」
ベクターの怒号が、カエンの挑発をもみ消す。ゲノムたちが遠距離魔法を中心に攻撃を続ける。
俺が持っていない事を悟られないように、ベクターが強引に攻勢を始めたのかもしれない。
「……」
「おいアオ」
グリテの声が聞こえた。たぶん俺を叱責するために近づいてきたのだろう。
俺は、動かなくなったロボの身体を床にゆっくりと置いて、
「ほら」
グリテはそれを機に、なんとロボを蹴飛ばした。
「な!」
「うっぜ」
グリテの蹴りは容赦ない。糸で何か仕掛けたのか、なんと五十キロはゆうにあるロボの身体を、二メートル以上先へ吹っ飛ばす。
俺は抗議の声を上げようと顔を上げたら、グリテのストレートがジャストミートした。
「目ぇ覚めたか、あ?」
グリテはそれだけ言って、ベクターたちに続く。包囲網を難なく進み、あえて近距離でカエンに挑もうとしていた。
目が覚めたか。
俺は寝ていたのだろうか。
ロボの動かない身体を抱きしめて、カエンを見ていただけ。
「寝ているのと、一緒か」
俺がやらなくちゃいけないことは何か。
カエンに有力候補と疑われている俺が、ハズレだからといってここで悠長に立ち止まっていいわけじゃないのだ。
囮に、ならなくては。
「ロボ……すまん」
ロボのことで後ろ髪は惹かれるが、匿っている暇はない。
むしろ俺は、怒りを燃やすべきだ。片目には両目を、ならばカエンにはそれ相応の報復を与えてしかるべき。
俺はカエンの精神をすり減らすために、動かなくてはいけない。
選択肢はそのまま。風のハープを。
「楽曲だあああっ!」
俺は風のハープで曲を演奏する。
ホムラとの同化現象は何も悪いことばかりではない。ホムラの知識そのものも若干だが流れてくる。体で覚えた動作が、ハープも引けなかった俺に旋律をくれた。
「まず一曲!」
俺は無限ジャンプのできる曲を弾く。この武器で前に出るのなら、動きで翻弄するしかない。
「きやがっタァ!」
カエンがハイな声で俺の接近に応える。上空に炎の壁を作り出して、そのまま俺を押しつぶそうと目論んでいた。
俺は左手を上に掲げて、弦を弾く。
「連奏くらいな、俺だって知ってるんだよ」
風のハープは曲を弾くとしばらく音は残り効果が持続する。これは時間制限じゃなくて、曲を弾きながら他の動作をするためにあったのだ。
炎の壁は吹き飛んで舞い上がる。
「ちちっ」
残った火の粉は流石にどうしようもなく、俺の体を若干ではあるが焼いてしまう。余熱だってすごい。
接近戦ならおそらくは土の盾が有利だし安全だろう。
でもそれじゃあ駄目なのだ。俺は左手しかない。盾で手をふさがれれば、その間悔杭がでてこないことは明白だ。
より危険で、俺を一撃で倒せる状況を、相手に与えなくてはいけない。そうやって、少ない時間でも相手の意識をこちらに向けさせる。
長丁場では、俺への意識に慣れてしまう。
「奴にかまうな! コンボ、デブラッカ! モスキィー!」
「モヤル」
ベクターのコンボ呪文が炸裂する。俺は背後から無数の弾丸が飛んでくる事を理解していた。さらには視界まで悪くなり、他からも攻撃の気配は無数に現れる。
「うぉおおおおっ!」
「っちぃ!」
俺は風のハープを弾いて、自分から反らす。出来る限り攻撃を緩和してはいけないと、俺の体に掠るくらいのものは全て無視する。視界が悪く、カエンの攻撃にも備える必要がある。
グリテも、その劣悪な視界の中を駆け巡る。自分の安全どころか、糸を使って向かうデブラッカをカエンに集中させていた。
ハイリスクハイリターンなのはどちらも承知の上だ。ベクターの容赦のなさも構わない。
「いいよいいよ、こりゃ、俺っちも満干全席よ」
カエンは余裕の軽口をかます。たぶん本当の余裕ではない、俺達を挑発して楽しんでいるのだ。
「ま、俺っちはそんな戦い方ごめんだけど。やばすぎー」
「えっ、きゃ――」
女の声が、途切れた。
誰の声だかは知らない。でもたぶん、この場にいる女性なんて、すぐに絞られる。
「もうちょっとさ、俺っちは余裕あった方がいいんよ。達成感以上に、緊張なんてごめんだからさ」
魔法の効力が解けて、視界が開ける。
カエンは右手で、人の腕だけを御手玉していた。
その手をもぎ取られた持ち主は、カエンの下で倒れて血を流している。先ほど生き残った九人のうちの、三人の女性の一人だった。
「スリ!」
残った二人の女性のひとりが叫ぶ。
もう一人はすでに、サンと言う名前らしき女性を助けるために飛び出していた。
「かえせぇえええええええっ!」
「いいよ」
カエンは予備動作無しにその千切れた腕を投げた。
もちろんそれくらいでやられるような実力者じゃない。ただ、それが仲間の肉体だと知っている人間が、おいそれと弾き返すことなどできなかった。
結果的に、その腕が彼女の視界を隠し、カエンへの接近を許した。
カエンの右手が彼女の右肩を貫通し、引き抜く動作で蹴り飛ばす。
残った一人の女性は、その吹き飛ばされた彼女を守ろうと体で受け止めてしまう。身体は二人そろって大岩に激突して、ビタンと嫌な音を立てた。
カエンは仕上げに、最初に倒れた隻腕の少女を放り投げて、三人を締め潰す。めきゃと、肉を捻るような音が聞こえた。
俺たちは人間だ。壁や岩に衝突すれば、どかんなどと派手な音は立てない。彼女たち三人は、文字通りつぶれただろう。
「あんたら薄情だねぇ、動かなかったよ」
俺を含めた仲間たちは、あの三人を助けようとはしなかった。
「当たり前だ。我は国王であって勇者ではない。その程度の気配も反応できないのでは足手まといだ」
「おいおい、人民守れって。それにあんただったら避けられたってのかい? これでも結構」
「容易いな。当然であろう」
ベクターは顎でカエンを指図する。やってみろって顔だ。
カエンはもう会話自体が駄目だと判断したのだろう。身体を低く、攻撃の構えに入る。
「あんたさ、戦えとか何だかんだ言っておしゃべりなんだよねぇ!」
「今更ぁ!」
「第一目標はあんただ! 王様よぉ!」
「グリテ!」
俺は叫ぶまでもなく、グリテは動いていた。
カエンを止めるために二人がかりで、遅れてベリーも混ざり三人での乱戦に入る。
「うっざぁ!」
カエンが視界を埋め尽くす炎の壁を俺たちの前に作る。
俺はその炎の壁に手を入れて、火傷するよりも先に吹き飛ばす。
開けた視界からに向かって、グリテは俺の横を通り過ぎる。
先ほどと同じ糸だ。グリテは荒蜘蛛を使おうとせず、あくまで火に弱い糸で挑み続けていた。
「コンボ! チョトブ、チョトブ、チョトブ!」
グリテが呪文を唱えた。瞬間、なにかが糸の上を高速で移動していく。
カエンはそれに意識を奪われる。悔杭である可能性があるからだろう。だが、
「ちげぇ」
それも一瞬のこととだ。カエンと言え見れるはずの無い高速の物体を見切る。
「こんなとこで、使うはずねぇよなぁ!」
「きゃ!」
すでにグリテの攻撃を無意味と確信して、正面から来るベリーを軽くいなす。
ベリーを倒すことなく、真っ直ぐと向かう先は、ベクターだ。
「ベクター! ドッカベ!」
ゲノムがベクターの前で呪文を唱えて、壁を作り出す。
が、カエンは炎そのものに変身したと思ったら、ドッカベの裏側で人の姿に戻る。まるで意味を成していなかった。
「ちぃい!」
流石のベクターも不利と踏んだのだろう。後退する。
「逃げんのか! 王様!」
「逃げるわけが、なかろうがぁ!」
ベクターは体のばねを利用して、大きく跳び退った。
「ベクター!」
「満足! 愉快!」
俺の風のハープが曲を奏でていた。無限ジャンプのできる音楽はベクターの強化された身体能力に相乗効果をもたらして、高速になる。
カエンは宣言どおりにしたいのか、執拗にベクターを追い続ける。
「勝利とは常に、我が歩む道の先! これを邁進と呼ばずになんと呼ぶ!」
「だから、そういうのを逃げって言うんだよ!」
「ま、まって!」
ベクターとカエンが速過ぎて見失いそうになる。
俺が手を伸ばすと、それを掴んでくれる人がいた。
「コンボ、ササット、フワリ」
ゲノムだ。どうやら高速移動の魔法をかけているらしい。これ以上魔法が使えない俺を引っ張ってくれるのはありがたかった。
超高速デブは魔法無しでも付いていってる。たぶん本気を出せば一番速いだろう。
グリテは超高速デブに糸をつけているみたいだな。ベリーはそのグリテに無理矢理引っ付いている。
そうして付いたのは、あの街のはずれにある森だった。元々カエンとの戦闘に使おうと予定されていた場所で、それなりの用意もされている。
それなりといっても、戦闘中はカエンをここから追い出さないための小細工だが。
「国の端っこねぇ、追いやられる国王様ってのも案外様になってるよ」
「国とは居場所ではない。貴様にはわからんだろうな」
ベクターは辺りを見渡す。ここはマジェスに用意された数少ない戦闘用の広い場所。ここでやることは確かに正解ではあるが。
「じゃあ、やっちまいますかぁ!」
「デブ!」
超高速デブが、ベクターとカエンの間に入る。人間離れした戦闘能力が辛うじてカエンの足止めをしている。
だが、正面から向かえば人間である以上負ける。そんなのベクターだってわかっているはずだ。
「ゲノム!」
「……わかった」
「貴様等聞け!」
ベクターはゲノムと一言だけ交わした後に、俺たち三人に目を向けた。
「活動限界は十五分、残響も同じ」
「ベクター?」
「奴の隙を付くのは容易くない。貴様も先ほど見たはずだ。必勝の手とそうでないモノを見極める力。戦闘経験、それに付随する能力。どれをとっても我々全員ではかなうまい」
ベクターがらしくない発言をしていた。かなうまいって、完全に負けを認めているんじゃないのかそれ。
たぶんベクターは、今までの戦闘でカエンの事を観察し続けたのだろう。あの王様がやけに攻撃頻度低いと思ったら、そういうわけだったのか。
でも、そこまでして得た情報が、かなわないとは。
俺の不安な顔を見たのか、あえてベクターは笑って応える。
「わからないのか、正道がむりなら邪道。勝利とは常に道を開く工程にすぎん」
「で、あんたはなにができる?」
「王道を開く!」
ベクターの答えで限界が着たのか、超高速デブの悲鳴が聞こえた。
燃え盛る背景で彩ったカエンが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。森は焼かれ、ほぼ荒野と化していた。
「で、で! 次はぁ!」
「我だぁ!」
ベクターは両手を開いて、カエンを誘う。
カエンはその誘いに乗って、真っ直ぐと向かってくる。
「土豪降臨! キング、ベクタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ベクターの両手に受け止められたのは、カエンではない。
「水狂」
ゲノムが、カエンの正面に立って、同時に大地が震える。
地面を突き破り、巨大な鎧が口を開けて二人の身体を飲み込んだ。
「キングベクター、ビーストッ!」
『キ……キォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
キングベクターの大口を開き、金属のかすれる音を、咆哮をあげる。見る見るうちにキングベクターの全身が真っ黒に、鎧の隙間、関節からは血のように真紅の光がぼんやりと見え隠れしている。内部から伝わる凶暴な意思が、溢れているみたいだった。
「へぇ……へぇ!」
カエンが面白そうに迎え撃つ。華奢な体がキングベクターの巨大な両腕を受け止めている。
だが、これはキングベクターが弱いわけじゃない。現に地面はその質量に耐え切れず粉塵にまでなっている。円形のクレーターから溢れる風量が、俺たちの身体を押しのける。
超高速デブが、その余波で宙を舞ってしまう。たぶんもう、意識が無いのだろう。
「ちっ」
グリテがそれに気づいて、光の糸を使って安全地帯にまで放り投げた。変な落ちかたしたけど、たぶん助けたのだろう。
「珍しい人助け……いやたぶん違うか」
「知るかよ」
「借りは……返す」
ベリーが説明してくれる。グリテって踏み倒すこともあるけど、気まぐれにこういうことするからモテるんだろうな。
カエンは暴走したキングベクターに釘付けになっている。それどころか、時々身体を打ち抜いてはカエンに穴を開けている。
「ぱ、パワーならベクターが上か」
「で、も、勝てない」
ベリーは戦況を理解していた。戦えてもあれじゃあ勝てない。
それにあれじゃあ、俺が火のレアカードを使って戦っているのと同じだ。それじゃあ勝てないのだ。
ベクターは俺たちの攻撃手段は悔杭だけなのをわかっているはず。
ならばこそ、策がある。




