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第百六十三話「どうそうかい どいつ」

 わたしの遠距離魔法の追尾機械だけが、展望台まで下りて音声を拾う。

 スノウが、開かれた展望台に一番乗りをして、手摺に足を掛けた不安定な姿勢でアルトを見下ろしていた。

 アルトはそれに従うように、器用に身体をひねって展望台の上に立った。


 拡張展望台。

 このビルはマジェスの中央なだけあって、祭りごとなどにも積極的に活用される場所だ。そういった演出の一環に、メインキャストをこの舞台でパフォーマンスさせる催しもある。

 一見すると不安定にも見えるが、このビルの材質はほとんどがドッカベで作られている。ちょっとやそっとじゃ崩れない。たぶん、アルトが強行しなかった理由の一端だろう。


 アルトは展望台のビルに近い内側で、スノウを睨む。

 スノウは展望台の端にある手摺に足を掛けて、アルトに笑いかける。


「なんのつもりだ」

「同窓会よ、マジェスがこしらえてくれた」

「違う。何故この場を用意した。スノウ、君なら空を飛べる。これは俺が有利になるだけだ」


 どちらも、いきなり飛び掛ったりはしなかった。時間稼ぎはこちらも好都合だ。

 避難はできない。元より逃げ場所など無い。どこへ行こうが一緒なのだ。


「リアスさんっ! いつからでもできるように、準備だけでも!」

「か、かしこまです!」


 ラミィとリアスはまだ興奮冷めやらぬが、平静を保とうと動いている。

 わたしは、護衛だ。


「コンボ、スピー、スピー」


 装填完了。遠距離射撃なら当てられる。今放っても命中しないだろう。だが、いつか隙が生まれるはずだ。


「あたし、高いところ結構好き」


 話しかけているのはスノウだ。かつての仲間だったアルトに取りとめも無い話で引き止めている。


「だってさ、こっから落ちればどこにだっていけると思わない?」

「ここから落ちれば、普通の人間は衝撃で身体を壊す」

「あんたねぇ、やっぱそう言うの。解説野郎」


 アルトは、意外にも会話に参加していた。彼だってそんなに余裕がある立場じゃないはずなのに。

 英雄同士の見えない糸が、まだアルトの心にわだかまりを残しているのかもしれない。


「あんたさ、夢どうしたんだよ、料理人になるんだろ。英雄になったって当初の目的からは外れなかったじゃない」

「もう、やめた」

「ミントはどうしたの? 彼女、結局あなたについていったんでしょ?」

「死んだ」


 二人は、わたしの理解できない話題を続ける。

 アルトは次第に、その手を腰に下げた剣に近づけていく。いつ剣が抜かれてもおかしくない緊張状態だった。


「ねぇ」


 スノウはそれでも気楽に、あまつさえ顔を背けながら、アルトに呟いた。


「あたしのこと、あんたどう思ってた? あー! やっぱいい」


 スノウは頭をクシャクシャにかき回してから、吹っ切るようにしっかりと目を見開いた。

 アルトの周りで、空気が冷えていくのが目視できた。地面から尖った氷が突き出て、アルトの身体を貫こうと現れる。


「時間稼ぎなんて性じゃなかったわ。足止めってのは、相手の手足もいで何ぼでしょ」


 アルトはその氷の棘を器用に、最低限の動作で避けていく。

 スノウはまるで爆発するように両足で真横に飛んで、アルトの傍にまで肉薄し、風を巻き起こしながら眼前でブレーキをかける。


「よっしゃぁ!」


 スノウの攻撃は素早かった。止まったと思ったらすでに攻撃は始まっている。振りかぶることなく拳を打った。アオと一緒で当てるためだけに重点を置いている形だ。

 アルトもそれに対応する。腰につけていた剣を抜く動作のまま振り払った。


 二人の、わたしでも辛うじてわかる程度の軽い攻撃は、同じタイミングだ。衝突するか唾競り合うと思われた。


「う……」


 結果は、スノウの腕が宙を舞った。

 スノウの瞳孔が開かれる。が、それも一瞬のことで、アルトが構えなおすよりも先にバックステップで距離を取った。


「振り抜いてしまったか……まだ慣れないな」

「ひょうひょうと、精霊のうでブチ切りやがって」


 スノウは驚いている。まさか最初の軽い一撃で、精霊の効き腕を持っていかれるとは思わなかったのだろう。

 精霊の身体は、本来そんなに脆いものじゃない。ホムラとの決戦で若干麻痺していたが、精霊の持っている頑丈さは人が手を出せる領域ではないのだ。

 たとえそれが英雄のアルトであっても、魔法も無しに切り裂くことは不可能だろう。


 だとすれば、あの剣だ。


「……わたしのを切ったのと、同じの」


 気づいて、思わず呟いてしまう。あの、パパの家でわたしのレーザーを切ったあれだ。

 今まで使っていたカードをしまう剣は、もう片方の腰に付けられている。


「いいもんもってんじゃん。それが決戦用かい」

「そうだ」


 アルトは剣を今までとは違う形で構えた。より前に突き出す形の、レイピアの構えだ。


「次にかかれば、逃がさない」

「そうかい、じゃあせいぜい気をつけ……」


 スノウは言葉を止める。構えも血気も治まってはいないが、何か引っかかりを感じているみたいだ。


「なんで、右手を再生しないの」


 上から見ていたわたしが、聞こえるはずも無いのに指摘をする。

 スノウは精霊だ。再生するだけなら簡単にできるはず。全身が吹き飛ばされても死ななかった彼女に何があったのか。


 やはり、あの剣。


「あんた、その剣で何したのよ」

「……精霊だと、そういう欠点がある」


 アルトはもちろんネタばらしなどしてくれない。そして、いつまで経っても近寄ってこないスノウに、自ら距離をつめる。

 スノウは冷や汗をかいていた。精霊が負けるはずはないだろう。死ぬことも無いはずだ。


 ただ、アルトは月の精霊を殺したと、自ら謀った。それがスノウの精霊である心にすら懸念と恐怖を湧き上がらせる。


 アルトとスノウの距離は徐々にゼロへと近づいていく。

 どうする。もう、最も有効である一撃目を使うべきか否か。このまま傍観するべきか。

 選択を誤れば、スノウという協力者を失い、最悪の結末になることは確かだ。


「……っ!」


 手が震える。わかりやすい、そしてわからない二択にわたしは息も出来なかった。

 だがわたしは、その選択肢に救いの手をもらった。

 アルトの足が止まる。

 スノウとアルトの間にもう一人、現れたからだ。


「スノウさん、あれは剣ではありませんよ。相変らず早計ですね」


 話しかけられたスノウは一瞬はっとなったが、すぐに苦虫を噛み潰したような、とても嫌そうな顔をする。


「あんたはいっつも偉そうなんだよ。あんたの妹は一人だろうが! クソゴオウ!」

「当たり前です。あなたが妹なわけないでしょう、スノウ」


 ゴオウ。ゴおじさん。

 二十年前の英雄の一人にして、ラミィの師匠でもあり、人類最強の人間だ。

 病気のせいであまり身体を動かせない彼が、いつの間にか二人を取り持つようにでてきたのだ。


 流石のアルトも、迂闊に歩いてはいけないのだろう。何せ理屈上は最強の能力を持っている。


「ゴオウ」

「はいなんでしょう、アルト」


 ゴオウは気楽にアルトの言葉を待つが、アルトは何も言わずに構えるだけだった。


「はぁ、昔はあなたの方がおしゃべりでしたが。やはり時間とは不思議ですね」

「俺は、奇妙にも思う」

「そうですね、そうなんでしょう」


 ゴオウは笑う。戦闘中なのに間の抜けた、愉快な空気が流れる。


「おいゴオウ!」

「あなたは変わらずやかましいですね。もっと周りを見れば、状況だって把握できたでしょうに」

「はぁ!」

「あれは、剣じゃありませんよ」


 ゴオウはアルトの持っていた剣、もとい剣じゃない何かを指差す。


「ポルクス、タスクはそんなものまで持っていたんですね」

「ゴオウ、前にもやった。わかっているはずだ。何故戦う」

「戦いに来たんじゃありませんよ」


 ゴオウはにっこりと笑って、ふいに顔を上げる。


「同窓会です」


 空を見上げているのかと思ったら、違う。

 わたしを見ていた。


***


 燃え上がる炎がようやく沈み始める。それでも熱気は瞼を焼くように陽炎を映していた。

 焼け残った建物が赤く染まり、汗まで蒸発しそうなほどの空間で、俺はまだ生きていた。一歩間違えば死ぬかもしれない状況に、風のハープをつけた左腕はまだ震えている。


 グリテに言われなかったら、ハープで反らす音すら鳴らせなかっただろう。


「ん~九人。案外生き残ったな、やっぱ拡散じゃ威力たんねぇか」


 カエンは辺りをきょろきょろして、残念そうな声を上げる。

 九人。

 俺は風のハープで熱を遮れた。

 グリテはどうやら荒蜘蛛を逆に隠れ蓑にしたようだ。布団のようにかぶっていた荒蜘蛛の中からでてきた。

 ベリーは魔法抗体があった。ただ、何が起きたのかまだ理解しきれていない。

 ベクターはキングベクターを起動。ゲノムと自分自身を体の中に内蔵してすぐに解除した。

 超高速デブは身体をちょっと焦がしただけで、涙ながらも生きている。かなり頑丈だ。

 あとの三人は知らない顔だ。みんな女性で、首に同じチョーカーをつけているところを見るにグループだろう。


 これで、九人。

 ロボは、含まれていなかった。


「……ありえねぇ、こんなにあっけないわけないんだ」


 心音は聞こえない。肌は冷たかった。

 ロボの身体を仰向けにする。頭から流れる血は止まっていることに気づいて、はっとなる。


「まだ生きて」

「死んでるっしょ、それ」

「ロボは、物理法則を覆せるんだぞ」

「だから殺したんよ。そんな奴が生き残ってたら、ただしぶとくってつまんねぇからな。ま、それなりよ。オートバリアがあるって言っても所詮は固体。能力そのものを目視できる精霊からしたら、ちょいちょい隙間が見えるんだわ。ましてや大量放出でこっちに意識が向いてちゃ、そんなの顕著よ」


 能力の隙間。人じゃ知覚できないような隙を縫ってカエンはロボに攻撃した。

 だからどうしたのだ、ロボの身体は治療されている。まだ物理法則を覆している証拠じゃないのか。


「そんなん、イタチの最後っ屁ってやつ。放った魔法がしょっと残るあれよあれ」

「嘘だ」

「わっかんないかなぁ! 魔法ってのは知覚なんだぜ。脳を潰されれば人間なら即死! それよりさ、はやいとこはじめない?」


 カエンは両手を広げて、俺たち全員に全身を差し出す。

 そして、いつの間にか背後に忍び寄っていたグリテの影が糸を練る。俺とカエンが話している間、ずっと背中を狙っていたのだ。


「しねやぁ!」


 グリテの糸がカエンの四面全てから迫る。


「せっけぇ天才だな!」


 カエンは手をひとなぎして、グリテのいる方向だけ糸を焼き払い、飛び出す。

 グリテは咄嗟に顔を背けるが、あてつけのようにカエンは肉薄し、顔を合わせる。


「俺っちにこんなんきかねぇのわかってるっしょ? どうする? やっぱあれ、悔杭だっけか」


 カエンの手が火をともし、自らの直接攻撃でグリテの顔を焼こうとする。


「どい、て!」


 その手を、なんとベリーが掴んだ。柔術のようにひねり、カエンの身体を崩そうとする。


「へぇ……へぇ!」


 カエンはそれをあざ笑うように、自らの身体を火に変えてベリーの手からこぼれ落とす。

 が、それがしっかりと隙を作る。グリテは逃げられる時間を使って、前に出た。


「炎上だぁ! 荒蜘蛛!」


 グリテの体から蜘蛛の子が散るように炎が溢れて収束し、荒蜘蛛を作る。


「だから……」

「こっちを見ろおおおおおおおおおおおおおぉ!」

「だ、か、ら!」


 ベクターが背後に迫る。ゲノムがベクターを守るように魔法を唱える。

 カエンはそれら全てを面倒そうになぎ払って、全員を吹き飛ばした。


「無駄だっての」

「無駄? 無駄だといったのか貴様? 真に勝手ながら大爆笑だな!」


 ベクターは吹き飛ばされてもなお、その精神的な自信をなくさない。体の節々が火傷しているのに、平気で立ち上がる。


「なら何故我々を吹き飛ばした! それは確かな不安要素が貴様の心中にうずいているからにほかならない! わかるぞ、我には手に取るようにわかる。悔杭への憂いが!」


 口喧嘩ならベクターの勝利だろう。あいつのテンションは理屈じゃない。

 カエンはむっとしながらも、すぐに笑い返して見せた。


「ああわかってるよ。悔杭。たぶん俺っち相手にする以上は絶対用意してくる。前座の封印にはもってこいの品物だ」


 悔杭。

 精霊は死なない。たとえ全身を破壊されても死ぬことは無い。そんな奴に対抗する術は、数えるほども無い。


 俺たちは現状唯一の手段である悔杭を、どう上手く使うがか勝利の分かれ目になっている。


 カエンは口でこそふざけているが、ジャンヌやハツよりはずっと冷静で、的確な対処をしている。冗談を言えるだけの精神的余裕を持っている。


「で、どいつだ?」


 カエンはグリテに問い詰めるように睨んだ。

 グリテはサングラス越しに睨み返す。ガンの付けあいだ。


「まあグリテのことだし、こういう大事なときは本人が持っているのが鉄板。でもそれを読まれて。二度目はないだろうって裏をかいてそこの餓鬼。案外国王様に持たせてる可能性もある。あとは……」


 カエンの睨みが俺にも届く。

 悔杭がどこにあるのか、カエンは見定めているのだ。


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