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第百六十一話「せなか おくす」


「モンスターはすでに北方カイマの街を通り過ぎてこちらに向かっております。おそらく時間では二時間も無いかと」


 リアスが執務室にきてすぐ、戦況の報告に入った。

 二時間後って、今からだと正午一時間くらい前になるな。

 ベクターやスノウ、ゲノムは肝が据わっている。さしたる動揺もなくその言葉に耳を傾けていた。

 俺なんて、二時間後の事を考えるだけで嫌な汗が止まらないと言うのに。


「規模は四万ほど、イノレードのときと同じく群れを成して押し寄せています」

「二時間、それだけの大規模軍を目の当たりにしながら、発見が遅れたな。前回のグルングルといい、我々もだらしないものだ」

「今回の敵は地下を移動しています。アンコモン、シャンバラが地下空洞を開けていた模様です。大深度地下空洞にモンスターを盛挙させ、進行計測から察するにマジェスの半径三キロ以内から地上に降り立つものと予想されます」


 地下か、そういうことができるモンスターもいるんだな。


「なんでモンスターらは直前でお日様見るんだい」


 スノウが結構まともな疑問を投げかける。たしかに、そのまま地下を貫通すればこちらなんて一網打尽だろう。


「それはおそらく、タスクに統制され、私たち人類を試しているからでしょう。元々シャンバラは地下に根付く大型植物で、小さな町なら地中から簡単に侵食してしまうモンスターです。地上に出る動き自体が稀なため、楽観視もありますが直接地下からの攻撃はないものと推測しています」

「地下からでも構わん、あれを使えばいい」


 ベクターは自らの身体を振りかざして、窓の外へ飛ぶ。

 そこには丁度昇降盤が待機していて、ベクターを受け止める。続いてゲノムもしっかり搭乗する。


「マジェス市民への伝達は?」

「進んでいます。準備をしていたことも在り、冒険者ギルドにて配列を確認中です」

「モンスターの中央は」

「捜索中です。確証がないだけで候補はあります。おそらく、作戦前にはみつかるかと」

「ならばよし!」


 昇降盤が動き、ベクターはどこかへ向かってしまう。去り際に色々叫んでいて、遠くなのに声が届く。


「激励せよ! デブを起こせ! 戦はもう始まっている!」

「ラミィ様、予定より早いですが、演説会場へ。トーネルの者たちもすでに向かっております」

「う、うんっ」


 ラミィは今回戦力外だ。演説をするためにおめかしをしているし、あれで激しくは動けないだろう。

 フランはリアスとラミィに付いて行く。あいつは俺とは別行動だ。


「今回は、俺とロボで頑張るからな」

「御意に、共に行きましょう」


 俺たちでラミィを守る。

 ベクターのことだから、演説予定時間は変更しないだろう。むしろ、戦場で話せば緩急がつくとかいいそう。


「アオくんっ!」


 ラミィは部屋をでる前に、忘れ物をしたみたいに俺たちに振り返った。


「私をっ、守ってっ!」

「おう!」


 近くにいるのに、ラミィは大仰に手を振って俺たちから離れていく。

 あいつはあれでいい。

 おおっぴらな仕事や、光を浴びたりする役割はあいつまかせだ。

 俺たちはもうちょっと、血生臭く。



「フラン、聞こえるか?」

『うん』


 よし、ちゃんと返事をしてくれる。

 牙抜き作戦と同じように、俺とフランはトゥルルの通信で繋がっている。


『演説会場から、マジェス冒険者ギルド前にいるアオが見える。そのずっと先で、モンスターと人が交戦してる』


 俺たちは冒険者ギルドでまだ待機状態だ。それもこれも、今回の作戦に関係している。


『敵の中心はおそらく前方一キロ先の集団だと予測されてる。まだ待機』

「りょっかい」


 俺のほかにも何人か待機している。同じ作戦部隊だ。

 今回の作戦は、敵の大ボスを迎撃するという、またシンプルな作戦だ。

 マジェスの計算によると、これだけの進行を食い止める戦力がマジェスにはないらしい。先に戦闘しているのはただの威嚇だ。こちらの作戦を悟られないために防衛線を組んでいる。


 今回のキモは、マジェス敵が構内に入ってから発揮される。

 どうやらマジェス側はこの戦闘をほぼ把握していたようで、最初からマジェスへ進入されることを前提とした作戦を立てていた。

 マジェスは球体構造だ。空を含めて防壁を張っており、敵の侵入をそれなりに妨げられる。

 そうなると、敵はマジェスに元々ある入口を目指す。大きな入り口は三つに分けられていて、大量のモンスターは大方そこに集中すると踏まれていた。

 集団が団子状態になったところで一気に攻め落とそうという算段だ。


 マジェスの国内も通路など狭い場所は多く、管理所のセイブーンを使えば敵味方全体の位置を把握までできる。進入されれば逆に袋の鼠なのだ。


「流石のワタシも、マジェスの技術力には末恐ろしさを覚えます。聞いてしまえば、全てを監視されているような視線を意識せずに入られません」


 ロボは冒険者ギルドにある監視カメラみたいな物体を見つめている。俺と一緒で、マジェスの事を考えていたのだろう。


「便利な生活、これほどの多様性、有用さを見せ付けられても、マジェスを出る者がそれなりいるのも頷けます」

「ま、まあそのおかげで今回役に立ったんだろ」


 地響きがなる。敵の大群がこちらに迫っているのだろう。


「冒険者ギルドにいるということ、知ってるか?」

「先陣を切って多数を律することにあります」

「そっちじゃないんだが」


 俺がまだこの世界に来てすぐの頃だ。

 冒険者ギルドが入口近くにに作られているのは、侵入者に対して、なしくずしてきに冒険者たちを戦場に駆り立てるため。

 いわば、弱者を守るために存在するといってもいい。


「やっぱりさ、タスクの意見には同意しかねるわな」

「アオ殿?」

「俺の背中にはラミィがいる、フランがいる」


 ラミィは弱者じゃない。弱者という定義そのものが間違いなのだ。


『アオ』


 ふと、俺が呼んでしまったのだろうか、フランからの通信が届く。

 音声から伝わってくるのは、やたらと口をもごもごさせている感じの声だ。たぶん、いい辛くて悩んでいるのだろう。まあ飴玉舐めている可能性も拭えないが。


『……無理しないで、なんて言っても意味無いから。死なないで』

「当たり前だ」


 やっぱり、悩んでいた。

 なんだかんだで心配してくれる。いや、心配してくれるからこそ今喧嘩の最中なのだろう。


 さらに地響きが酷くなる。モンスターがすぐそこまで来ているのだ。


「行って来る! ついてこいやロボ!」

「承り!」


 俺たちは冒険者ギルドのドアを叩き、走り出した。



「水!」


 俺は氷の剣を取り出して、早速目の前にいたコウカサスを切り崩していく。剣を振ると同時に氷のつぶてが投げ出されて、コウカサスの間接や目に刺さる。


『マジェス北門、モンスター進入!』


 すでに他の門にもモンスターは進入している。実質三つの門がモンスターで埋まったことになっている。


「ロボ後退だ! たぶんここじゃない!」

「今しばしお待ちを! アンコモンだけでも数体倒していきましょう!」

「駄目だほっとけ!」


 俺の指示に、ロボはしっかりと従う。まあ口で言うだけなら自由だからな。

 大ボスを倒さないことには意味がない。このモンスターを操っている敵を叩くことで、被害を抑える結果にもなる。


「アオ殿! 後方よりグルングルの疾風が」

「風!」


 モンスターは種類も数も統一感がなく、まるで津波のように押し寄せる。中途半端な対応では潰されるだろう。

 俺とロボは、アンコモンの攻撃を特に注意しつつ、近くにいる同部隊にコモンを任せていた。


「芋洗いだ!」


 俺は牙抜き作戦の時も、割合モンスターの少ない地点でしか戦闘をしていなかった。今回の乱戦はそういう意味でも俺をげんなりさせる。

 でも、この中から探さなければいけない。


 マジェスは敵をアルト、タスク、カエンの三人に絞っている。

 この三人はそれぞれの目的で、分散してこちらを襲撃するだろうと踏んでいる。これだけの大群を操れるのだから、固まるメリットが少ない。

 そして、その三人のうちの一人が、このモンスター全部を操っているという考えだ。


 最低でも、冥の戦艦の中には一人残るだろうとも予測されている。冥の魔法陣を継続して操る誰かが必要だというのがマジェスの見解だ。スノウから青のカードを奪おうとする時に、アルトが戦艦から離れなかったこともその情報を裏付けている。


 そして、単独でもう一人、ラミィの元に向かう男が現れることも予想している。この演説を邪魔しに来たのは明白だし、何かしらアクシデントはあるだろう。

 仮にモンスターを操りながらの登場でも、迎撃できれば成果になる。

 故にラミィの元には一番強いやつらを置いている。


 だから、俺たちは。


「ここも駄目か」


 最低でも一人、モンスターを操っているであろう敵をいぶりだして、殺す。


『アオ、そこから南百メートル先にモンスターが大挙している場所がある』

「あいわかった!」


 ただ手がかりが少ない。前回と違って明確な目的地が無い以上、分散して探すしかないのだ。

 モンスターの多い場所を狙って叩く。単純だが、事が大規模になればなるほど単純になるものだ。


「南だ、他の人にも連絡頼む!」

「南です! アオ殿に続いてください」


 この乱戦の中で、ロボの遠吠えに似た大声は役に立つ。犬モードは体力馬鹿でもあるし、最適なサポーターだろう。


 できるだけ体力を温存しつつ、被害も抑える。


「っ、御下がりを!」


 ロボがいち早く号令を出す。

 攻撃の気配が俺にも届いた、地面に落書きするような、滅茶苦茶な気配がこの空間を埋め尽くす。

 距離をとった後に、地下から大量の鞭らしきものが現れた。


「い、茨ぁ!?」


 俺は思わず声を上げて仰け反った。マジェスの地表を突き破ったのは、茨のようにトゲトゲとした植物のツタだった。


「これが、地響きの大元でしょう。人様の土地に土足はまだしも、突き破るなど不届き千万」

『アンコモン、シャンバラよそれ! モンスターを守るようにして地下を根付くから、もしかしたらもう拠点を決めたのかも!』


 シャンバラ、地下を移動して、根を張るモンスターだ。

 もしかしたら、敵のボスが拠点にしているかもしれない。


「アオ殿、いかがしましょう!」

『元々町ひとつなんて丸呑みしちゃうくらい大きいって聞いたことあるから、気をつけて!』


 フランはもう、俺が戦う事をわかっているのだろう。ロボもほとんど確認のために聞いてきている。


「つっきらぁ! 水!」


 敵が巨大な茨ならば、切り刻めば勝てる。


「切れる材質だったのが運のつ……つきてねぇ!」


 いつも通り氷の剣は傷つけたものを片っ端から凍結させる。

 が、シャンバラはその質量に見合った脆さがあった。凍った茨は全身に回るより先に崩れてしまう。氷の剣だって、一瞬で町規模を凍らせることは難しいのだ。


「しかも……増えてるし!」


 茨は俺が削った大量の部品を補修して有り余る増殖をする。意地でも通さないつもりだ。


『アオ! そいつマジェスの魔力を吸収してる!』

「アオ殿、シャンバラの質量が留まるところを知りません!」

「ひでぇ大喰らいだな」


 俺は目の前のシャンバラの茨をなぎ倒しながら、対処にとまどる。今更モンスター程度に苦戦するとか、なっちゃいない。


「氷なら俺たちが死ぬ危険はないが、倒しきれない。ハープは有効にも見えないし……盾でこいつを操れるのか?」

『他の場所からもシャンバラ発生! 計六箇所で魔力を吸ってる、早く倒さないとマジェスの機能が!』


 フランが慌てている。マジェスの機能が停止してしまえば、作戦に大きな支障をきたすからだ。


「ちっく!」


 悪態をつく。その矢先にも茨はどんどんと押し寄せてきた。

 冷静になるべきだ。たぶん、工夫次第で何とかなる敵だ。剣盾ハープのどれかで完封できる戦法があるはず。


 だが、焦りばかりが募る。

 いっそのこと、火のカードを使ってはどうか。あれなら確実にやれる。俺はそう思って、カードケースから火のレアカードを取り出す。


「アオ殿! まだお待ちを!」

『アオ! もしかして火を出してない! こんなことで使うつもり!』


 ロボとフランが慌てて止めに入る。わかってる。

 変身できる回数が限られているのに、ここで使っていいものなのかと。

 でも、こうやって何回も出し惜しみして、本当に使うべきときに使えるのだろうか。


「……フラン、シャンバラの中央の位置をナビしてくれ、ロボ、真ん中で剣を突き刺すから手伝え、それなら氷の剣でも倒せるだろ」

「御意に!」

『っ! わかった!』


 なんとか、対処法を見つける。そうだ、簡単なことだ、中心に行けばいい。

 まだ、使わなくていいのだ。

 そう思ったら、なんだか胸の中にわだかまりが残った。


『臆したの』

「だな」


 ホムラのあざ笑う囁きが聞こえた。

 俺は態度や言葉ではそれなりに受け入れたつもりでも、やっぱり怖いみたいだ。

 ロボに抱きかかえられて、茨の間を潜り抜ける。

 迫り来る茨は、形状を刃の檻に変えた氷の剣が対処してくれる。相手が脆い分、こちらは勝手に鋭利な刃物を周りに纏うだけでいける。


 中央に近づくに連れて、茨以外のものが見えてきた。赤く咲いた巨大な花だ。

 茨はその花に近づくほど密集し、激しさを増す。もうあれが本体なのは決定だろう。モンスターで引っ掻けとかないよな、右になんも無いし。


「ロボ、ここでいい。あのティッシュ丸めたみたいなのが本体だ」

「アオ殿、まだ間合いをつめるのでしたら」

「大丈夫、さっきは焦っただけだ」


 俺の返事と一緒に、氷の檻がぴきぴきと音を立てる。内部に剣の柄みたいなのが産まれ、俺はそれを手で引っこ抜いて取り出す。


「剣?」

「杖だ」


 俺はその氷の杖でツタをついて、凍らせる。

 銀色のアーチを生み出して、その上を俺は走っていった。崩れ落ちる頃にはそれなりの距離を稼ぎ、次に来る茨でまた移動用の橋を作る。


「登りには、必要だからな」


 氷の茨を移動しているのに、まるで滑らない。

 複数の茨が迫ってくるのを気配で感じつつ、俺じゃありえないほどの反射神経がなんなくいなす。


「とん、と」


 あっとういう間に中央の薔薇にたどり着き、軽く杖で突けば、本体は凍結してしまう。

 魔法が増大しただけじゃない。身体能力も向上している。考えればすぐに気づけたことだ。


「人間離れと言うか、もう人間じゃないというか」


 ここまでいってしまうと、昔のドン臭い感じが寂しくもなってしまう。未だに頭はドン臭いところあるが。


「なら人ってさ、結局なんだと思う? ぐちゃぐちゃ」

「……」

『アオ! まだ魔力は吸い取られ続けてる。早く次の場所に向か……って』

「囲え! 大地の巨兵!」


 ロボが間髪いれずに魔法を唱えた。

 とうとう現れたのだ。敵の大ボス、モンスターを操っている総本山。


「俺っちとしては、んなもんねぇってな」

『カエンが……カエンが!』


 空に浮かぶカエンが、両手を首の後ろに回して俺達を見下ろしていた。炎の精霊らしく、体の節々で炎が揺らめいている。


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