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第百六十話「すたーと きた」

 フランはそんなことお構い無しに、大砲を向ける。


「あなたが、ここに来る資格なんて無い」

「資格なんてものがあるのなら、俺はもうこの世にはいない」


 アルトはどこにも外傷はなさそうなのに、どうしてか疲れたようにぼやいた。今までと少し違うその雰囲気は、俺に違和感を与えた。

 疲れているのなら、アルトはいつもより弱体化しているかもしれない。

 でも、フランと一緒ですぐには攻撃できない。いつものフランだったら、問答無用で攻撃しそうなこの場面で、躊躇う理由がある。


「……やめろ」


 アルトの目はやつれていたが、弱ってなどいない。むしろ、いつも異常に張り詰めている。どこか凶器に似た危なっかしさがあった。


「ここで、お前たちを殺す気は無い。もう陽のカードも無いからな」

「信用できるかよ」

「ひとつ、俺たちは殺すためではなく、選定することが目的だ。ひとつ、お前たちはおそらく、今すぐ戦うことが万全ではないことくらいわかっているはずだ」

「いけしゃあしゃあと」


 俺は歯をかみ締める。アルトの言うことは的を射ていた。

 とくに、万全じゃないという事を見抜かれたのは、最悪だ。

 タスク一味とは違って、俺たちは万全じゃない。精霊の助けや特訓を重ねて、ようやく立ち向かえるくらいの戦力が手に入る。


 対策をまるで練っていない俺とフランが、たった二人で立ち向かう事は得策じゃない。

 スノウから、逃げるくらいの知識は得ておくべきだった。


「……じゃあ、どうするんだよ。見逃してくれるのか?」


 迂闊にも、今一番なってほしい状況をばらしてしまう。たぶんアルトは、このことに気づいてしまうだろう。

 アルトは、目を細めて戒めるように俺を見たあとで、溜息をついた。


「だから、そう言っている」


 アルトはそう言うと、俺たちから目を反らして、焼け跡の中に入っていった。

 油断しちゃ駄目だ。それこそいきなりぶっ刺して来る可能性もあるわけで。うん。


「…………た、助かった?」

「アオ、油断しちゃ駄目」


 フランは焼け跡に足を踏み入れたアルトが気に入らないのだろう。魔法を出すことはないが、大砲を向け続ける。

 アルトはその格好を知りながらも、攻撃してこないことも見抜いている。フランとてこの場での戦闘を得策とは考えていないからだ。


「後悔するわよ」

「そんなものにはもう、飽き飽きしている。俺は世界を変えたいんじゃない、自分を納得させたいだけなんだ」


 自分を納得させたいだけ。

 今まで共通点の見えなかったアルトに初めて共感できる言葉が現れた。自分が納得さえすれば、どんな行動も肯定できる。そう言いたいのだろう。


 もしかしてアルトは、世界を変えようとするタスクの影に隠れがちだけど、そこまで大きい物を望んではいないのではなかろうか。


「アルト、なんであんたはタスクと一緒にいるんだ」


 そう思ったら、欲が出ていた。

 話をして懐柔や説得するつもりはない。むしろ逆だ。

 相手の弱音に付けこんで、少しでも有利に立ちたかった。


 アルトは、俺にそんな話題を振られるとは思っていなかったのだろう、少しだけ驚いて固まっていた。


「そうだな、どうしてタスクと一緒にいるかか、俺にもわからない。あいつとは考え方も違えば趣向も違う。ただタスクのやることがたまたま俺の納得に近かったというだけで、本当はもっと、簡単な道があったとも思う」

「タスクは人殺しだ、あんたは英雄だろ」

「ふたつは何も違わない。それに、どれだけ違っていても、タスクは俺の友達で、仲間だ」


 アルトは俺たちから距離を取る。自分をこの場所のお邪魔虫とでも感じたのか、それとも本当にちょっとだけこの場所に寄っただけなのか、どこかへ去ろうとしている。


「今がどうあれ、タスクを裏切ることは自分への裏切りになる。どれだけ悲痛でも今までの全てを、俺は否定したくない」

「パパを殺しておいて、そんな口が聞けるの」


 フランが辛辣に当たる。その通りだな。

 アルトはちょっとだけ振り返って、フランの言葉から目を反らそうとはしなかった。自分のやってきたことを全部受け止めている。

 言葉通り、今までの全てを肯定しているのだろう。


「不思議なものだよ、どれだけ長い道のりを進んでも、いつの間にかスタート地点に戻っている時がある。博士の言うとおり、あれは始まりだったのだと思う」


 アルトは、博士を殺した事を始まりだったと言う。

 後戻りができなくなった自身への皮肉だろうか。


「ふざけないで……馬鹿! コンボ! 火、光!」


 ただ、その言葉がフランの沸点を越えた。レーザーを放ってアルトに攻撃をしてしまった。

 アルトはその攻撃に対して、魔法を唱えることなく剣を構えた。いつもの奴とは違う、見たことのない形状の物を取り出している。


 フランの光の剣は輝きで敵の目をくらましながら、一直線に飛んでいく。

 アルトは、その剣を前に構えるだけ。


 それだけで、フランの攻撃を真っ二つに割った。


「……」


 アルトはそれだけやって、今度こそ本当に去ってしまう。

 何の魔法も唱えていないのに、アルトは剣で魔法を割って見せた。確か魔法って密度の関係で相殺はできるけど、フランの魔法ってたぶんそういうレベルを超えているはずだ。

 なのに、剣で切った。


「やっぱまだ、勝てないわな」


 俺は自嘲の笑みを浮かべながら、呟いた。


「なんで、そんなにすぐ諦めるの」


 フランはそれが不満だったのか、それとも憤りを抑えきれていないのか、声を震わせていた。


「諦めちゃいない。対策は練るし、また今度やれば」

「今は諦めるの? 次なんていつなのかわからないのに」


 フランは、涙を流していた。悔しさと情けなさが溢れているのだろう。

 俺にはできないことだ。涙を流せるようになっても、すぐには元に戻れない。負け癖が染み付いている。


「わたしは諦めたくない。アオを、死なせない」


 泣きながら、フランはしっかりと両足を踏みしめる。

 本当に、フランはまぶしくてしょうがないと思う。


 受け入れてくれるばかりが仲間じゃない。そんなの当たり前だ。


 フランは、自身の家の焼き跡から踵を返し、森の中へと歩いていってしまう。


「おい、待てって」

「ちゃんと、ついてきて」


 フランが不機嫌な表情でさっさと前を歩いていってしまう。

 それは昔、俺とフランが始めて森にはいったときのような立ち位置をほうふっとさせた。


 仲直りできなかったなぁ。



 一ヶ月は、あっとういう間だった。

 ラミィは毎日のように執務に追われて、たまの休みに俺たちと一緒にいるだけ。

 ロボは特訓を続けていたのだろう。ボロボロになって帰ってきては死んだように眠っていた。

 フランは、ちょっとだけ関係が気まずくなってしまった。前以上に接しづらくなっている。


 このままじゃ駄目だと、俺は必死にフランと一緒にいる時間を作ったが、根本的な解決にはならなかった。

 俺が死ぬ事を認めない。ある意味じゃ嬉しいことだが、このままだと俺は、仲違いをしたまま、死んでしまう可能性だってある。


「じゃじゃ~ん」


 ラミィが俺たちの目の間で、くるくるしている。

 ここはラミィの仕事場と化していた執務室だ。フランロボも一緒にいる。


 得意気にラミィが見せているのは、演説のために用意された服装だ。薄布でひらひらした感じだ。ウェディングドレスのようでもあるが、巫女服のようでもある。地球と違ってこの世界にはスーツや制服あっても、それが礼装ではない。


「じゃ、じゃーん!」

「……ああ、似合ってるんじゃないのか?」

「なんで疑問系なのっ!」


 ラミィがひらひらした服装でこちらに近づいてくる。


「俺に近づくと汚れるぞ」

「なら勝手にスカートをめくらないっ!」

「ご安心ください。美麗ですよ、ワタシとて見惚れるほどの素晴らしさです」


 ロボがフォローに当たってくれる。たぶん正直な感想だろう。

 フランはそっぽ向いて興味なさそうだが、


「フラン殿」

「うん……きれい」


 ロボに諭されて、感想を言う。

 これも正直な感想だろう、しっかりラミィの事を見ていたし。俺がいるのがネックになっている。


「こんなんで大丈夫なんかねぇ」


 執務室にいたスノウが、俺たちを冗談めいた感じに笑う。わかってます。


「大丈夫だよ、やることはやるさ」

「うん、私情なし」


 こういうところはしっかり意見があっている。人間関係以外は万全でいられるのはこの面子のいいところだ。


 フランがいじけているのは、俺に賛同できないのと自分の無力さが合わさったもどかしさがあるのだろう。戦闘に影響するほど精神は弱くない。

 そう、戦闘。


「ごめんねっ、私ばっかり」

「ラミィにはやることがあるだろうが」

「左様です。懸念を振り払えないワタシにも落ち度がありますが、ご安心ください」

「演説、頑張って」


 今日、ラミィが全世界に向けて演説を始める。

 これは世界中でほぼ認知さていることだった。実際にはラミィがいつ演説するとか詳細は誰もわからない。

 だが、マジェスとトーネルの情報網で世界中に流した噂は確実に広がっている。


 今日、何かが起きる。


 この世界の人間のほとんどは、そういう噂をどこかで耳に入れている。

 ほとんどの人間はただ同じような日常を過ごすだけだろう。いつも通りに仕事や学業をこなしていくだけ。

 でも、心のどこかで意識してしまう。


 問題は、その期待に答えるようにラミィを伝のサインレアで出現させて、世界中の人間たちの意識を集められるかどうか。

 マジェスもトーネルも、やれることは費やした。人事を尽くしてって奴だ。


「天命なんていうが、結局動くのは自分なんだよな」

「ほぅ、わかっているではないか」


 執務室にベクターが入ってくる。いつも通り堂々として偉そう。


「天とは命ずるものではなく、あくまで好敵手。下してこそ醍醐味があろう。だからこそ、この世に天下を謳おう。人の持つ天をも超えるその力、我にあり!」

「全員、そろっているな」


 ベクターの横にはゲノムもいた。俺達を見回しながら、何度も頷いている。


「戦いになる。準備は大丈夫か?」

「こういうのの用心は徹底してるよ。苦手分野だからな」


 餓鬼の頃から、忘れ物は多いほうだ。だからこそ警戒する。失敗する人間ほど、それを学べば用心深くなるのだ。


「にしても、やっぱり来るのか?」

「安直な方に走るのはよくない」


 ゲノムの叱責に、戦闘は避けられないと確信する。

 世界中にこの噂が撒かれたとなれば、タスク一味だって知るはずだ。それこそ、世界の意思を一つにするまたとない機会を利用するに違いない。


「そのためのマジェスだ。戦士共は我に続けばいい」

「モンスターが集まってるのはあたしでもわかるよ、かなりの数だ」


 スノウが窓の外を見る。いつもと同じような晴れの空だが、何か精霊らしい違いでもわかるのだろうか。


「皮肉にも、牙抜き作戦と逆なんだな。守りに徹せればいいが。紅もいてくれれば本当に助かったんだが」


 牙抜き作戦の後、紅はマジェスに来ていたらしい。

 でも自分のやる事を最初から決めていたらしく、休む間もなくどこかへ旅立ってしまったようだ。マジェスでは彼女の捜索も継続していたが、あまり芳しくない。


「紅殿がいれば、この牙城も一枚岩を重ねることができたでしょう」

「あの能力はそういうもののためだろうにな」

「無いものねだりはよしなって。奪い取れなかったもんに駄々こねてるみたいだ」


 スノウが俺とロボをたしなめる。

 たしかにそうなのだ。紅一人を頼ってどうこうできる問題じゃない。捜索困難で、さらに紅がこちらに帰ってくる保障が無い以上は頼ることはしない。

 それに、あいつだって曲がりなりにも異世界人だ。たぶん、俺と同じ目的で動いてくれると思ってもいいはず……はず。


「とりあえず、今回は期待できないんだな」

「来ないと思ったほうがいい」

「お母さんは寝坊」


 とりあえずは、この部屋に揃った全員を眺めてみる。

 フラン、俺と目を合わせてくれない。

 ロボ、頼もしそうに俺の隣でべったりしている。

 ラミィ、グット親指を立てる。緊張しているだろうに。


 スノウ、ラミィの事を心配しながら、遠い目をしている。おばさんだな。

 ゲノム、俺と同じく全員を見渡す。


「全員! 演説の時刻は予定通りならば正午! しかと焼きつけよ! 今日、この国で歴史を変える!」


 ベクター、相変わらず自信満々で両腕を組んでいる。

 ばんと、ドアを叩き開く音がした。

 フランの母リアスが、息を切らしてドアに寄りかかっている。


「おっ、おはようございます!」

「きたか、きたかきたか来たか!」

「敵襲です!」


 ベクターの邪悪な笑みを筆頭に、俺たちは戦場の嫌な空気を吸い込んでいく。


 現在の所持カード


 アオ レベル四十

SR 証

 R 火 風 水 土

 C ツバツケ*4 イクウ*10 コーナシ*7 サッパリ*12


 フラン レベル三十一

 R 火 水 光

 AC ブットブ ミズモグ モスキィー シャクトラ グツグッツ コウカサス ポッキリ

 C ムッキー*6 ボボン*10 ポチャン*9 ガブリ*11 ガチャル*1  ツバツケ*11 パカラ*2 ヒヤリ*3


 ロボ レベル四十三

 SR 地

C ツバツケ*12


 ラミィ レベル三十五

 R 風

AC シャクトラ グルングル*2

 C ビュン*20 カチコ*2 キラン*9 ポチャン*2 サッパリ*7 ツバツケ*6 マネスル*6 


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