第十六話「ちゃばん せいれい」
「やぁ、あんちゃんら強いなぁ」
あれからしばらくして、商人おっさんが現れた。ご親切に、歩けなくなった俺を背負って宿屋にまで運んでもらった。
助かるんだけど、どうにも腑に落ちない。
「すまねぇな、ツバツケはギルドにほとんどないらしいんだわ。功労者には悪いが、重症患者もいるんだ」
「いいよ、どうでも」
ベッドで眠っている体を横にずらす。見ると、部屋の隅にフランがいた。こっちをじっと睨んでいるが、商人おっさんがいるせいでこちらに近づけないようだ。
「そういえぁ、教会に子供たちは預けておいたぜ」
「どうでもいい、俺に言わなくてもいい」
「冷てぇな」
俺がつっけんどんに返しているせいか、会話が続かない。ここまで運んでもらった商人おっさんには悪いが、あんま近くにいてほしくないのだ。
だって、初対面で剣向けたんだぞ。根に持つ男、アオ。
「ただなぁ」
商人おっさんが、この沈黙を嫌って、持てる話題をどんどん引き出していく。
なんか嫌な予感がする。やぶ蛇というべきか、ご近所さんが俺と共通の話題を探そうと、近所一体の悪口を話し始めるあれだ。
「教会も、あれだけの数の子供を受け入れられないって言うんだ」
「……そっか」
そういうもんだよな。この世界の経済基準はよくわからないけど、身寄りの無い子供を養えることはないみたいだ。
よくて、どっかの孤児院にバラバラに送られるかだけど、そこまでしてくれるかどうか、それに、信頼できるかどうか。
「一応、いろんな街にある孤児院に掛け合ってくれるっていうからな、あんちゃんらは心配しなくていいぞ」
「別に心配してないよ」
やっぱり、そういう結果になったのか。
商人おっさんは、自分でした湿っぽい話に気まずくなったのか、立ち上がった。
「身売りされて、奴隷にならなかっただけマシと思えば、まあな」
「奴隷とかあんのかこの世界……」
「ま、商人がてらなんとかやれるだけやってみるよ。ああ、そういえぁギルドの姉ちゃんが明日こいって言ってたな」
「それは最初に言うべきじゃないのか」
あの後、受付姉ちゃんは慌しく街を周っているらしく、俺と話す機会もなかった。
たぶん商人おっさんは、ツバツケ探したときにでも会ったのだろう。
「じゃ、またくるわ」
「……」
あんまり、来てほしくない。
ドアの閉まる音が、部屋の中でやけに大きく響いた。商人おっさんは静かに締めようとしたのだろうが、ここじゃ逆効果だ。
「……アオ」
しばらくして、人が誰も来ないと安心したのか、フランが話しかけてきた。
俺は顔だけ動かして、こちらに近づくフランに視線を合わせる。
「どした」
「わたしは、どうなるの」
フランの、据わった目がこちらに注がれる。
「どうなるのって」
「わたしも、もう身寄りがない」
「……ああ」
商人おっさんの話を聞いて、フランは自分に思い至ったのか。
たしかに、状況はあの子供たちとなんら変らない。親を亡くし、帰る場所を失った。ただ俺と知り合いなだけだ。
「フランは、どうしたいんだよ」
「……わからない」
フランが首を振って、俺に答えを求める。仕方あるまい、まだフランは小さいのだ。何をすべきかと聞かれて、すぐに決まるわけが無い。
今だって、流れで俺についてきただけだろう。
俺は、どう応えるべきか、考えて、口を開く。
「俺はな、これから旅をしようと思おう」
「旅?」
「前に話したことあったろ、俺は、この世界で一番美しいものを探すために、ここまできたんだ」
口から出たのは、自分のことだった。
「それがどんなものなのかは知らないが、一応は探してみようと思う。それで、フランが俺についていくって選択肢もある」
「じゃあ――」
「でも、旅の知識なんてろくに無いからな、ろくなこともないまま垂れ死ぬかもしれない。疲れて、フランに酷いことをしてしまうかもしれない。俺についていけば、安全なんて保障はない」
軽く、消去法で俺のほうを選ばせたくなかった。
自惚れかもしれないが、彼女にとって一番いいのは俺の元に来ることだ。でも、最低限のリスクは、言うべきだ。
「アオは」
フランが、口を開いた。俺の問いに即答はしない。彼女は彼女なりに、考えてくれているのだ。
「アオは、どうしたらいいと思う?」
「……俺は、俺がフランに助けてほしい。フランを頼りたい」
「なら、最初から決まってる。回りくどい」
茶番だ。でも、俺もフランに頼ることをちゃんとわかってほしかった。
フランは俺についていくのではなく、俺に協力をしてくれるからこそ、隣にいるのだ。
正直な話、あまったから選ぶなんてことが俺は嫌いだ。野球の授業で誰にも選ばれなかった人が、嫌々選ばれて、その後数日間負い目を背負うなんてことあってはならない。もちろん実体験だ。
「でもさ、フラン。美しいものは探すけど、あの家、フランの家はどうする?」
「……いい、どうせもう、何もないから」
「そっか」
こっちにあてがない分、あの家も探そうと思ったんだが。
フランの中でまだ、気持ちの整理がついていないのかもしれない。でもいつかは、見つけた方がいいと思う。
「アオ、隣で寝ていい?」
「なんでだ?」
なんでだ。まだ日は沈んでないし。隣とは一体。
「外に出たりすればいいじゃないか」
「ううん、見張ってる」
「なにを」
「アオを」
ぽふんと、ベッドの上にのしかかった。隣のベッドに。
俺の隣じゃなくて、隣のベッドに。
相部屋だったら二つくらいベッドあるよな、わかるよ。
「アオは、いなくならないでね」
横になったまま、俺とフランの視線が重なる。首を起こすことも無いので、目をそらすことが出来ない。
「……善処するよ」
俺は寝返りを打って、反対側を向く。
たぶんフランは、まだこっちを見ている。
*
翌朝、壁と屋根に穴の開いた冒険者ギルドにやってくる。ある程度は補修されているが、雨降ったら漏るだろう。
「おう」
受付姉ちゃんが、最初に来たのと同じ位置で、俺たちを出迎えてくれた。昨日はたいへんだったのだろう、目の下にクマがある。
フランはさっと俺の後ろに隠れた。ただ、朝に弱いフランは、ちょっとばかし俺の脚に寄りかかった状態でフラフラしている。
寝ていればいいのに、付いてきてもお菓子はないんだぞ。
「今日こいって聞いた」
「ああ、いったっけそんなこと」
受付姉ちゃんは相変わらず口調が野暮ったい。カウンターの奥に手を伸ばして、取り出したものを適当に放り投げた。
「前のチョトブ、九万分」
「あ、そういえば受け取ってなかったな」
「踏み倒しても良かったんだけどね。あとレベリングやらせて、一応上げておくから」
「カードは増えてないぞ」
「低レベルならある程度個人の裁量でいいのよ」
じゃあ俺のレベル六は悪意からなのか。
俺のペンダントに指を乗せて、受付姉ちゃんがレベルを上げてくれる。
水晶の中の文字が、この国の数字で、十一になった。
「十を超えて、初めてギルドに入った意味があるからね、ほら、あんたも」
「……二十九」
フランのレベルも結構伸びた。というか、二十九ってベギラゴン覚えてもいいレベルじゃないか。個人の裁量でいいのかそれ。
「十こえると、何があるんだ?」
「一般人の持ってないカードを売ってもらえる。つってもうちには在庫が無いから、意味無いわよ。それなりのモンスターの情報を提供してもらえるのと、あとは名前が三大国に登録されて、正式な冒険者として認められる」
「俺冒険者じゃなかったのかよ」
情報ももらえないって、ほんと一般人と変らないレベルだったのか。
「じゃあ、なんか情報くれ」
「あんたね……何が知りたいの?」
「この辺のモンスター情報。あと、この辺の美しいものについて」
「はぁ……? この辺のモンスターはね、あのギンイロガブリを除けばだいたいはガブリ。奥地にムッキーがいるくらいね。これなら一般人でも知ってる情報よ」
「美しいものは」
「知るか」
適当に返される。今のは確かに突拍子も無かったか。会話の流れは重要である。
気を取り直して、なんでもいいから情報をもらおう。知識は力なり。
「じゃあ、一般じゃ教えてもらえない情報を教えてくれよ」
「……門の西側に、大きい山があるでしょ。そこにいる精霊の居場所の地図を渡せるわ」
「せい、れい?」
なにそれ。
俺が唖然としていると、受付姉ちゃんはなんだか残念な子を見るように溜息をついた。自然と、視線がフランに流れる。
「精霊、この世界の魔力の根源を総べる、高位生命体よ。意思疎通ができて、寿命も無い、いろんなことを知っている。精霊は、現在確認されているだけで二十一体いるらしいわ」
「その知識古い。今は二十六」
初めて聞いたよ。戦闘以外は聞かないと教えてくれないことがほとんどだったし。
精霊。確かに魔法の世界にはいてもおかしくない存在だ。
「おい、ちょっと話を逸らすけど、この世界に知的生命……言葉を喋れる生き物って人間以外に何がいるんだ? 」
「そりゃ、龍でしょ」
「龍よアオ、あとは特殊なモンスターが言葉を喋ることがあるわ。もちろん、人を殺すという常識のせいで、精霊の眷属でもない限りは会話も出来ない」
龍か、精霊もそうだが、いまいちピンと来ない。エルフとかどうなんだろ、人間の部類だから、いたとしても部族とかになるのかな。
「すまん、脱線した。で、その精霊の居場所は?」
「あんた、用も無いのに精霊に会うつもり? 失礼よ」
「受付姉ちゃんに失礼なんていわれたくない。いろんなことを知っているってから、一応会って見たいんだ」
現状、物知り爺さんみたいなのを想像している。もしかしたら、この世界で一番美しいものが何か知っているかもしれない。
「あたしは受付姉ちゃんじゃないわよ、エイダって名前があるの」
ごめん、人の名前覚えない人間なんだ。特徴で覚えたりするせいか、名前が頭に入らない。学校でプリントパシリをやらされたとき、そのせいで俺は本当に苦痛だった。
自業自得だけど。俺も名前よく忘れられたからおあいこだろう。
「ま、なんにしても、行くなら居場所は教える。あとは保障しない」
受付姉ちゃんは面倒くさそうに紙を取り出して、俺に地図を渡す。
ぱっと見、地形は詳しく書いてあるのに、精霊の居場所が大雑把な地図だ。たぶん迷ったりはしないだろうが、これで会えるのだろうか。
「その辺はモンスターも結構出るから、注意しなよ」
「ああ、わかってる」
「そうじゃない」
受付姉ちゃんがカウンターからぬっと体を乗り出して、俺と目を合わせる。いや、わかってる。何を言いたいのかも、何をするべきなのかも。
「……国からはね、ギンイロガブリの報酬はもう出てるの。十数人いた討伐隊の配当は当初の予定なら一人十二万。おーけー?」
「おーけー」
わかっちゃいる、関わりたくないけれど、たぶんそれは無理だ。
受付姉ちゃんはとりあえず納得したのか、大きな動作で椅子に腰を下ろす。ちょっとだけ胸が揺れた。
「ならいい、すまないね」
「いいってことよ」
「……」
何も言い返されなかった。もうこれで、終わりだろう。
「フラン、行くか」
「うん」
ギルドから出て行く。無言でちょっと歩けば、門が見えた。ギンイロガブリに大穴を開けられたのだろう、開きっぱなしで、数人の大人がそれを見張っている。
「通してくれないか」
「あ? おいあんちゃん、妹連れて散歩にはちと厳しいぜ、見たところ、ろくなモンスターも倒せそうにはみえねぇし」
いや、俺ギンイロガブリ追い払ったんだよ。知らないのかこいつら。
「わたし、妹じゃない」
と、俺の背後でフランがキッと睨んだ。何をするかと思えば、首のペンダントを取り出して、門の男に見せ付けた。
門の男は驚いて、目を細める。
「こりゃ驚いた。たしかにエイダさんの助っ人が運よくいたってのは聞いてたが、こんな餓鬼なのか」
「……俺もいるんだが」
ぼそりというが、聞こえなかったみたいだ。
門の男は数秒考えるように唸って、道を開けた。
「まあ、冒険者ならいいだろ。にしても、エイダさん一人でギンイロを食い止めたのか」
ぼそぼそと、俺たちを値踏みするように見ている。なんとも不快な視線だ。
俺たちは早足でそこを去り、門の見えなくなる場所まで到着する。
「なにあれ、あの扱い」
フランが、あからさまに不満な声をあげる。気持ちはわかる。
「無理ない。徳行ってのはな、人へ綺麗に見えるようにやらないと意味がないんだよ」
「なんで見えるようにやらないといけないのよ」
「たとえば、人攫いから助かった子供たちは、商人おっさんと俺だとどっちを感謝すると思う? 商人おっさんだよ、そんなもんだ」
「……納得いかない」
フランがむすっとなって、眉をハの字に変える。
とんだとばっちりだ。フランを不機嫌にされてしまった。
「ほらさ、気にすんなよ。俺はフランが頑張ったの知ってるぞ」
ちょっとあからさまなご機嫌取りだ。
「……いらない」
「お」
ちょっとだけ機嫌を治してくれた。フランの顔がちょっと緩んでいる。
「じゃあ、わたしはアオが頑張ったのを忘れない」
フランがお返しといわんばかりに、言葉を投げ捨てる。
こっちの頬まで緩みそうだ。茶番である。
「アオ、そういえば、あの人……エイダが言ってたことって何?」
「受付の姉ちゃんのことか? あれはな、俺たちが確実に、ギンイロガブリにまた会うって話だよ」
「え、なにそれ!」
「慌てんなって、今回は街じゃないし、敵の知識もある。逃げようと思えば逃げられる。それ以前に、たぶんあいつは――」
ざ、っと何気ない足音が響いた。
別に気にするほどのものじゃないのに、俺とフランはその足音に気付くと、自然と視線を合わせる。
足音のした正面、道の真ん中には、ギンイロガブリがいた。
「……アオ!」
フランが咄嗟に大砲を構えるが、まだ駄目だ。俺は前に出て静止をかける。手には土のカードを持ち、いつでも攻撃に備えてはおく。
「おい」
俺はちょっと声を重く、できるだけ舐められないように口を開いて、ギンイロガブリに話しかけた。
フランは未だに、良くわかっていない。モンスターに話しかける俺の行動が、何を意味するのか。
「もはや承知の上であったようだな」
ただ、ギンイロガブリの方から言葉が返ってきたとき、その表情は驚きに変わる。
「やっぱ、あんた知性があったんだな」
「この醜き身ながら、あいまみえることを許してくれ」
凶暴そうな目を伏せて、俺に対して頭を垂れる。変な口調だなこいつ。
昨日、ギンイロガブリが逃げる直前、俺たちに見せた表情を思い出す。
あれは、驚愕や恐れと、罪悪感だ。
取り返しのつかないことをしたと、そうわかって硬直した人間の姿だった。俺はよくそんな顔をしたことがあるし、大体相手がそう考えているくらいはわかる。
この、目の前にいるギンイロガブリは、俺たちに会いに来たのだ。
*