第百五十八話「けんがく ぱす」
宿舎を出てから、それなりに歩いた場所に存在していたそれは、冒険者ギルドだった。
「ここ?」
「ここ」
スノウを先頭に全員がギルドの中に入っていく。マジェスのギルドって久しぶりだな。
内部はそれなりに落ち着いている。牙抜き作戦直前に比べれば人もそれほどではない。
「どこいくんだ?」
「中庭、ドーム内は緊急の宿舎に使ってるから、使えない。でも、中庭も結構丈夫」
ついていくと、その言葉通りに中庭に着いた。貸切なのか、いるのは中央にいる一人だけだ。たぶんあいつは、こちらの関係者だろう。
「きたか」
「早いわね、おはよう」
「ゲノムか」
リアスがその声の主、マジェス先頭隊長にしてベクターの親友、ゲノムに挨拶をする。
「はじめるぞ、準備はいいか?」
「うん」
会って早々に、ゲノムはカードファイルを取り出した。
「ほら下がって」
「え、ああ」
スノウに首根っこを掴まれて、端のほうに避難させられる。
「ガブリ」
その頃にはもう、ゲノムが最初のカードを唱えていた。
「チョトブ!」
フランも大砲を構えて魔法を唱える。はたから見ると魔法の組み手だ。
「これが、フランの修行方法?」
「そ、なんかおかし?」
「フランは元々基礎的なものは全て博士から教わっています。遠距離型でありながらも一人で戦う方法もそれなりに完成していますし、通常の訓練では飛躍的な成長は望めないでしょう」
リアスが戦闘している二人を見ながら、俺に解説してくれる。
俺は疑問に思ったことは遠慮せず聞くことにした。
「でも、みるからに普通に戦ってる感じだけど」
「ええ、準備運動のようなものですから。たしかに、戦いの相手としてゲノムさんは贅沢なところもありますが」
どちらも、コモンカードを使っている。おそらくだが森にあった安い方を使っていると思われる。
しばらくして、戦闘がそれなりにヒートアップした頃だろうか。
「そろそろいくぞ」
「はい!」
ゲノムの冷静な一言に、フランが大きな声で答えた。
はたから見ても、フランが緊張しているのが見て取れた。
「水狂」
ゲノムが、自身の魔法を放った。確かあれは、魔法の性質を暴走させるやつだ。ガブリの牙に放てば意思を持って暴れだす。屈強な魔法だが敵味方を問わずに攻撃するため、使いどころが難しい印象がある。
その魔法のしずくを、なんとフランに向けた。
フランはゲノムのそのゆったりとした動作に対して避けようともしない。掌に溜まった水の魔法を、フランに被せる。
「っぁああああああああああああああああっ!」
フランが自身を抱えてうずくまった。輪郭がぶれ、心音がこちらにまで伝わってきた。
俺は驚いて立ち上がってしまう。
「これが、今できる最良です」
リアスが解説しながら、俺の服の袖を掴んだ。座ってろってことだと思う。
「いや、驚いただけだからな」
ここでそれなりに熱い奴だったら、慌てて止めに入ったりするのだろうか。そこまで心配することはないだろ。
リアスゲノムスノウとこの安定した面子がそろっているんだし、何か意図があることくらいわかる。
「あぁああああっ!」
それでも、結構尋常じゃない叫び声を上げられると不安にもなる。
「あれ何してるんだ、説明してくれ」
「あなたなら、フランの暴走を見たことありますよね。あれの再現です」
フランの暴走。
博士が死んだときと、イノレードで殺されかけた時だったな。二つとも尋常じゃない雷の魔法が放たれていた。
「再現してどうするんだ?」
「元々フランの地の力は精霊に匹敵するものがあります。いえ、理論値だけなら越えることも可能です。なにせ、博士の最高傑作ですから」
「いやだから、どうするんだって」
リアスが自慢げに、博士の事を褒めている。話を進めてほしいんだが。
「あのボンクラじじぃ……」
スノウがなんともいえないほどの苦笑いをしている。スノウは博士の知り合いなだけあって微妙な感じだろう。
「失礼、その匹敵する力を持ちながらも、いまだ燻っているのはわかりますね」
「ま、まあ精霊ほどじゃないとは、思う……か?」
最後に最高火力を見たのは、ホムラ戦だったか。
それでもかなりやばかったよな、あの蒼炎竜王を熱で焼ききれるんだし。
「火力だけなら相当だと思うが」
「あなたは、ただ爆発の威力だけが、最強の定義だと思いますか?」
「いや……」
「ありとあらゆる状況を想定し、それに最適な行動を取れる最良の魔法使い。それを目的として作られたのがフランです。元より何らかの精神的状況からか、光の魔法だけはそれなりにあっても、それだけでは不足です」
光の魔法が精神に影響がある。あれか、産まれて初めて使ったりとか、心の底に恐怖を持ってたりとかそういうのだろうか。
フランはうずくまったままだ。時折体からバチバチと稲光を発している。
「もちろん、まだ火力は上がります」
「そうなのか」
「そのための、暴走です。フランはコントロールできるようになった分、心の中で自身の上限を設定してしまいます。本来ならば、心の成長と共に上げていくのですが」
「ぁああぁああああああっ!」
中庭に、フランの稲妻が感電する。
フランは苦しそうにしながら、必死になってそれを抑えようとしている。
ゲノムはその近くで、感電しながらも傍を離れない。
スノウも、こちらの話を聞いているがフランから目を離していない。話に入ってこないのもそのためだ。
「悠長なことは言ってられません。フラン自身に自らの上限を自覚させて、そのまま能力を上げようという算段です」
「なるほどな」
「……余り言いたくありませんが、予想通りの反応ですね」
リアスは、どちらとも取れない感じに眉をひそめる。理屈では納得しても、感情が違和感を訴えているのだろう。
俺が、フランの身体に負担をかける特訓に対して素っ気無いからかもしれない。
「アオ、あなたは、それでいいのですか?」
「まぁ、無理は良くないけどな。でも、フランが決めたことだろ。俺はフランが流されたりとか、破滅的なことでこんな特訓を選んだりしない」
フランはおそらく、自分にできる最良を目指して、この特訓にいきついたはずだ。
「あれ提案したの、フランだろ」
「…………実際には、暴走時のような力がほしい、です」
リアスはふてくされた感じにそっぽを向いた。自分で聞いておいて、俺とフランの関係に疎外感でも覚えたのだろうか。
「……スノウ」
「あいよ」
ゲノムの声に、スノウが立ち上がる。
スノウは人差し指と中指でフランを指し示すと、どこからともなく冷気を蔓延させる。
「あぁああっ!」
一足先に、フランの体が爆発するように雷撃を放った。
スノウの冷気がダイヤモンドダストを発生させ、目に見えて冷気の収束が確認できる。
数秒後には、フランの身体は霜ができるほどに冷気を浴び、沈黙していた。
「おいおい、宇宙船じゃねぇんだぞ……」
さすがの俺も眉をひそめて、フランの元に近寄った。
「すまない、遅かった」
ゲノムが、ちょっと焦げてさらに冷たくなった身体をそのまま、俺たちの方を向く。
俺はフランの傍でしゃがみ、フランの体に触れようとする。
バチリと、静電気なんてレベルを当に超えた電流が流れ込んだ。
「……アオ?」
「いぃ」
こういうとき反射的に動けないせいか、手を離すタイミングを逃した。
フランはその触れられた手をじっと見てから、フランの手を重ねてくれる。
さらに電撃が強まった。
「痛い」
「ごめんなさい」
フランはそのことに気づいて謝ってくれるが、手を離してくれなかった。
今の体だから、そこまでやばいと言うわけじゃないが、痛い。
「大丈夫ですか!」
「あ~あ、やっちまったな」
「…………………」
ゲノムが、直立不動のまま横に倒れた。
それを片手でひょいと支えながら、スノウは面倒くさそうに頭をかいている。
「これさ、気絶してんのよね? 目開いてるけど」
「おそらく、たぶん、そうです」
リアスは頷いていながらも汗だらだらだ。たぶんこれは予想していなかった事態なのだろう。
そのためにスノウがいるんだろうに。
「これで成果はあるのか?」
「今日は、駄目だった」
「昨日は上手くいきました!」
リアスがぐいっと詰め寄る。わかったよ、慌てて弁明しないでくれ。
俺は慄きながら、ちらりとゲノムを見る。目を開けたまま気絶してるけど。
「これ、どうするんだ?」
「……どうしましょう」
「あんたらねぇ……どうしようじゃなくて、こういうときにしゃんとしなさいしゃんと」
一番の年長者であるスノウが俺たちに活を入れる。
「こういうのは、叩いて起こすのよ」
そして、やってはいけないと思われる事を最年長は平然と行う。気絶した男にばしばしと容赦なく平手を喰らわせる。
前々から思ってたけど、あの歳で常時水着って言うのは趣味なのだろうか。聞く勇猛さはなくとも気になる。
リアスはあわわって感じに両手を前に出しているが、止められないようだ。
「……」
「起きたわね」
「……ああ」
「ほら、大丈夫じゃない」
スノウがゲノムを支えていた手を思いっきり前に振る。
ゲノムはたたらを踏みながらも、転ばす直立した。
「あんたも大変だな」
「そうでもない」
ゲノムは一度ぎょろりと目を動かして、フランを見る。たぶんただ視線を移しただけなのだろうけど、怖いって。
フランは慣れっこなのか、度胸があるのか、普通に目を合わせる。
「なに?」
「アオ、なにしにきた」
ゲノムはすぐに視線を移して、上から俺を見つめる。
今更気づいたというよりも、落ち着いたから話しかけたという感じだろう。中庭に着たときなんかほとんど無視だったのに、ゲノムのノリってわかり辛いなぁ。
「何しにきたといわれると……とりあえず、見学だ」
「そうか」
反応も素っ気無いし、何がしたいのだこれは。
「フラン」
「だから、なに」
「今日はもうやめよう。俺の体が持たない」
「おいおいゲノムちゃんよ、あんたの図太そうなのは見た目だけじゃないでしょうがよ」
スノウが、ゲノムの提案に茶々を入れる。ちゃんちゃらおかしいといった風だ。
「そうです、確かに危険な状態でしたが、今からセイブーンで身体状態を調べます。おそらく問題がなければ」
「俺がやらないといえば、それは精神的な問題で駄目だ」
ゲノムはもう一度、フランを見る。その後で、俺を見る。
「今日は、やっちゃいけない」
「おいおい、気絶までして怖気づいたってんじゃ無いだろうね?」
「そう、見えるか?」
「……あーごめ、そうねやめましょう」
スノウは難色を示していたと思ったら、突然何かに気づいて心変わりした。
「あんたね、わかりづらすぎ」
「すまない」
「どうしたのですか二人とも、いきなり」
「あたしも今日はパス。たまには休みたい気分なんだわ」
「安心しろ、明日以降はちゃんとやる」
リアスだけは納得していないが、両腕を組んで溜息をついた。
「本当ですよね……わかりました。今日はやめましょう。予定通りならそれなりの戦果を得られたのですが……ぐちぐち」
なんか勝手に話が進んだが、特訓はやめになったのか。
フランも突然入ってきた予定の空欄に、ぽかんとしている。
でも困ったな、フランが毎日何をやっているのかわかったが、このままだとフランが俺とは別行動してしまう可能性がでてきたわけで。
いや無理言ってでも付いて行くことは出来るけど。
餓鬼の頃から、なんもないのに一緒にいるとなんでいんのって言われるから、あんまり好きな状況ではない。変に緊張する。
「ん……」
当のフランは、顎に手を当てて思案中だ。おそらく、今後どうするかだろう。俺の好きな、下を向いて一心不乱に考える表情をしている。
ふと、俺のほかにもフランを見ている二人がいた。ゲノムとスノウだ。あいつらもこの表情好きなのだろうか。リアスはまだ愚痴っている。
「……アオ、ちょっと」
「ん、なんだ」
フランの考えがまとまったのだろうか。それにしては結構しもどろだ。
「あの、ね」
たぶん、緊張している。それくらいわかる。
俺に何か提案をするつもりなのだろうか、帰れとかでもない限りは受け入れる。
「一緒に……行こ」
「構わないぞ。喜んで……で、どこだ」
どこかに連れて行ってくれるのか。
場所は気になるが、とりあえず受け入れる。ここでどこだよとか言ったらさらに緊張するだろうし。
フランは期待通り緊張をほぐしてくれた。ほっと一息ついた後に、口を開く。
「わたしの家」
「フランの家……あ」
そうだよ、フランが知っていて俺の知らない場所なんて、ほとんど無かった。
フランの家。そう、俺が異世界に飛んでフランと出会った、冒険の始まりの場所だ。




