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第百五十七話「りすく きびしさ」


「申し訳ありませんでした」

「は?」

「ワタシは今いった事を撤回するつもりはありません。しかし、あなたを傷つけてしまったのも事実。どれだけ理を唱えようとも、それだけはワタシの落ち度です」


 ロボはそう言って、無言で頭を下げた。それから、何事も無かったかのように歩みだす。

 正論を吐いたところで傷つけたことは変わらない。ロボらしい言い分だ。

 しかし、やったことは謝っただけだ。俺だったらこんなんじゃ許されないだろう。


 ただグリテはどうしてか、これで牙を抜かれたように肩の力を抜いた。機嫌がよくなるほどではないが、今までのギスギス感がふわりと消えてしまった。

 人徳とはこういうのを言うのだろうか。


 まあ、やっと静かになったわけで。

 そういえば、紅とかどうしたんだろうな、あいつもイノレードにいたけどこっちにいるのあろうか。


「ここ」


 ベリーの案内も終わった。あれだけのごたごたがあっても、朝日は昇らない。

 森の木々が途切れ、マジェすらしからぬ緑の高台がそこにあった。誰が整備しているわけでもないのに足元の草はほとんど伸びず、吹く風はまだ冷たい。


「にしても、あんな建物が並んでるのに見えるんだなここ」


 マジェスの建造物を縫うように、朝日の昇る場所を覗ける。まるで糸の穴のような空間だった。

 俺の呟きも風に流れて消えてしまう。


「のぼる、ちょくせつ、だめ」


 ベリーの囁きにも誰も返さない。

 ここにいる全員が、来る太陽に沈黙を守り始めた。太陽を直視しないよう、空を眺める。


 あのグリテですら、くだらないと言っていたのに、黙ってしたがっていた。

 不思議だったけど、そこまで驚きはしなかった。


 ここに来るまでの事を思って、色々考えているのだろう。


 朝日が、昇る。

 別に何の変哲も無い朝日だ。初日の出みたいな気分だし、太陽だって深い意味を持っちゃいないだろう。


「アオ殿、ありがとうございます」

「ん、ああ。なにが?」


 ロボはその朝日に何を見たのか、目線を泳がせそわそわしながらも、前に踏み出していた。

 抱いていた俺の顔にさらに近づいて、囁いてくる。


「いつか、いえ今度はワタシが助けましょう。だから、ですので……」


 ロボの表情を見るに、今度は俺が喋る番なのだろう。

 あれだけ支え合えってのに同意しておいて、だんまりはできない。



 俺の話をロボは黙って聞いてくれた。

 ベリーとグリテも、口を挟むことは無かった。二人に聞かれてしまったが別に悪いことじゃないだろう。


「あと、一ヶ月も無いのですか……」

「ああ」


 ロボは難しい顔をして、唇をかんでいた。何を言えばいいのか、わからないのだろう。


「別に、俺が死ぬって言っても、記憶だって残るんだ。イケメンモードとは仲良くしてやってくれよ」

「それは、かまいませんが」

「くだらね」


 グリテが一言だけそう吐き捨てた。たぶん、今までの俺の話を統合しての感想だろう。


「グリテ殿!」

「あぁ、オレは間違ったか? そいつがそう思うならそうしてやればいい。オレには関係のねぇ話だ。他人のために足は使わねぇ」


 グリテは地面を蹴りながら、俺たちから距離をとる。まあ寂しいものもあるが、ある程度は納得してくれたほうがいいな。


「ワタシに、出来ることはないのでしょうか?」

「ロボ?」

「無駄な抵抗でも構いません。諦めるのも一つの道かもしれません。しかし、ワタシは、どちらかを選ぶというのなら、アオ殿の望む事を、してあげたいのです」


 ロボは涙ながらに、何か俺にできる事を探しているのだろう。

 どうすればいいのか、わからないのだろう。


「ロボが考えて、実行してくれれば、俺は幸せだよ」


 俺はそういうことは全部ロボに任せるつもりだった。


「俺はできるだけ、この残り時間を頑張るからさ」


 ロボはその言葉にどう思っただろう。丸投げされたとでも思うだろうか。

 俺は全部言い切った達成感と共に、ロボの表情を覗き込んだ。


「……強くなります。アオ殿が出来る限り、この世界にいられるよう」


 ロボの瞳は深く濃い色でありながら、鏡のように俺の表情を映し出した。俺に触れた手を強く握り締めて、自分のやるべき事を決めたみたいだ。


 強くなれば、俺がカードを使用しない。

 昔のロボとは逆の立場に立たされたような、こそばゆい感じがする。でもテレサの篭手じゃこの身体は治らないだろうからなぁ。


「口で強くなれりゃ、英雄は要らないわな」


 グリテはその言葉に水を差すように、鼻で笑う。


「グリテ……」


 ベリーは呟くが、その言葉を咎めたわけじゃない。言外の何かを感じ取って、驚いているようだ。

 ロボと俺はもちろんその意味などわからない。グリテのあざ笑う表情と向き合って、真意を問う。


「グリテ殿、それは一体」

「おめぇは馬鹿だ。馬鹿は天才とは認めねぇ。一つでもできないことのある奴に天才はつとまらねぇ……オレは、なんでもできる」


 グリテはまるで殴りこむように右手を振り回して、ロボの額を指差した。


「明日からだ。明日の朝またここにこい」

「それは……」

「そのクソみてぇに安定しないもんを、ぶったたけばいいんだろ」


 ロボは目を丸くして何度も瞬きをしている。

 どういうことなのか、俺だけが内容を汲み取れない。


「ほんとうに、よろしいのですか?」

「あ? てめぇ、本当にそれだけで何とかなると思ってのか?」

「め、面目次第もありません! あれだけ偉そうな事を言っておきながら」

「うるせぇ」

「ありがとうございます!」

「うるせぇ!」


 グリテは木に八つ当たりをしながら、森の中へ一人歩いていってしまった。

 これはあれか、グリテがロボの能力を指導してくれるってことでいいのか。

 それってあれだ、大丈夫なの?


「アオ殿、どうやらワタシには、これから進むべき道が見えてきたように思えます」

「そ、そうか」


 グリテに預けるのはちょっとというか、安心できないのだが。

 まあグリテはマリアに尊敬の念を抱いてたし、実力的にはロボのが強い。イラつきで殺されたりはしないだろう。

 ベリーもいるし。


 でも不安だ。

 俺は一度、グリテを見る。丁度目が会った。


「……襲うなよ」

「オレにそれ聞くか?」


 逆に驚かれる。まあその通りだけど。


「大丈夫……」


 ぼそりと、ベリーが囁いてくれる。

 俺とグリテがベリーを見ると、ぐっと格好良くポーズをとった。たぶん任せろってことだろう。

 まああれだ、これも試練のうちだろう。頑張れロボ。


「アオ殿、確かにグリテ殿の師事を受けることに不安もあるでしょう。それでも、新しいものは未だ足を踏み入れない道にこそあると思います」

「リスクを背負わないといけないと」

「左様です。無論、それにはアオ殿も同じでしょう」


 ロボは立ち上がって、俺を地面に降ろしてくれる。

 目線を同じ位置に合わせて、ロボは俺の両手を優しく握ってくれた。


「あなたには、もう一歩前に進むべきものがいるでしょう。はぐらかしてはいけません」

「……」

「ご安心ください。フラン殿は、あれでもしっかりしておりますから」


 俺はフランの事を思い出すが、安心はできない。

 たぶん、昔ほど俺はフランにとって大きな存在ではないと思う。博士を失った時ほど、ショックはないだろう。

 そう思うと、ロボの言葉も頷ける。


「フランは、もう俺がいなくても大丈夫なんだろうな」

「アオ殿、そういうことではありませんよ」


 ロボはにっこりと微笑んで、回れ右をされた後に、背中をぽんと押された。


「ここからは、アオ殿の頑張りです」


 俺の目の前の、その先には眩しい太陽があって、後ろにはロボがいることになんだか安心してしまう。



 今日はラミィとロボを見届けてから、フランが起きるのを待った。

 本当に久しぶりだと思う。二人っきりになるということが、あまり無かったせいもあって、地味に緊張する。


 だから今、この部屋にいるのは俺と、寝ているフランだけだ。

 このパターンもなんか見覚えがある。


「すー」


 フランの寝息が聞こえる。

 ちょっと頬を触ってみる。ふにふにした。


「んん」


 フランの口元がごにょごにょする。俺が触ったせいで、無意識に違和感でも覚えたのだろう。

 もっとさわりたい。

 でも、触って嫌われたくない。


 今の俺ならば、欲望を抑えることは容易い。成長してないけど、制御力は上がったな。


「……ふぁ」

「よう」

「すー」


 俺が挨拶しても、すぐ目を閉じてしまう。本当に何しても起きない気がした。

 それからフランが起き上がったのは、それなりに太陽が昇ってからだ。


「……何してるの?」

「あ、おきた?」


 丁度俺が暇つぶしに犬の真似をしている時に、フランが目を覚ます。

 フランは眠気眼を擦りながら、ふらつく身体を起こして洗面所に向かった。


 そうして顔を洗って、歯を磨いて、大きく身体を背伸びしてから、目の座りがおさまる。


「……アオ!」

「おはよう」

「なんでいるの?」


 フランは驚きつつ、辛らつな一言を吐く。


「いや、いちゃだめか?」

「そ、そうじゃない! いても……いいけど!」


 フランは頭を左右に振りながら、言いたいことが定まっていない。

 まだ、こういう所は変わってないんだな。突然のことになるとすぐ動揺する。

 眺めているのも悪くないけれど、ここは俺が動くべきだろう。


「今日はさ、フランと一緒にいようと思うんだ」

「……なんで?」

「あ、いや、駄目か?」

「駄目じゃない!」


 さっきから、俺がいることや俺が近づくことにやけに警戒してるな。

 もしかして、また嫌われたのか俺。


「でも……最近なんだか、嫌われてたから」


 フランがそっぽを向いてしょげていた。自分で言って悲しくなったのだろう。

 そういうことか、そうだよな、俺のせいだ。


 ここ最近相手してやれなかっただけじゃない。こういう細かいところで、人は好感度を下げるのだ。


「フラン」

「ん」


 俺は刺激しないよう、優しく話しかける。

 こんなことで、フランとの関係は元には戻れないだろう。これから話す事を考えれば、好転する可能性は低い。

 それでも、何も話さずにいるわけにはいかない。


「あのさ、これ――」

「フラン! 起きたわよね」


 口を開こうとした矢先に、ドアをノックする音が響いた。

 この声は、たぶんリアスだ。フランの実質的な母である。

 フランは落ち着いた様子で、ドアを開いた。


「おはよう、お母さん」

「うん、おはようフラン」


 フランとリアスはかがみ合わせのように頷き合って、朝の挨拶を交わす。

 その後でフランは、視線を右に向ける。どうやら、もう一人挨拶に来た奴がいるようだ。


「おはよう」

「おう」

「スノウ、おはよう」


 ぶっきらぼうに片手間で済ませるのは、氷の精霊スノウだ。

 俺が気づくのと同時に、スノウも俺の存在に目を留める。


「あんたいたの、なんで?」

「いや、俺も聞きたい」

「お母さん、今日はアオも連れて行っていい?」

「アオを? 別に構わないけれど」


 フランはどこ吹く風で話を進めていく。どうやらフランは、このリアスとスノウの二人と一緒にいるらしい。


「だって、アオ」

「おう、ありがとな」


 別に知らない人間……と精霊でもないのに、やけにアウェーを感じるな。

 あれだ、友達だと思ってた奴等が全く知らない趣味で集まっていたのを知ってしまったときの疎外感だ。あの時、誰も誘ってくれなかったんだよなぁ。


「ほら、おいてくよ」

「アオ」

「ああごめん」


 ぼおっとしていたせいで、反応が遅くなってしまう。昔のことと比べれば、気に掛けてくれるのは素直に嬉しかった。


「フランって、いつも何してるんだ?」


 俺が早足で追いついてから、聞いてみる。そういうところは何も話さなかったからな。


「え、あんたフランから何も聞いてないの?」

「あ、いや」

「特訓してる」


 特訓している。やっていることはロボと一緒か。

 確かに一ヶ月間でできることといえば、自分を高めることが真っ当だろう。


「フランの力は、今やこのマジェスで大きなウェイトを締めています。今後の戦略でも有用な戦力になるでしょう」


 リアスが、フランの説明に補足をする。有用な戦力、母としてどう思っているのだろう。

 本来は保護すべき立場みたいな印象が勝手に思い浮かんだ。


「戦力として有用か、意外だっていったら、失礼だよな」

「はい、失礼です」


 リアスは白衣を翻して、フランの肩に手を当てる。


「母として言えた義理でもありませんが、戦場に出てほしくないという思いもあります。それでもわたしは、フランを箱にしまって可愛がるために作ったわけではないと、自負します」

「うん、わたしは戦う」

「ならば、わたしは博士の研究を受け継ぐべきなのです。この子を世界最強の魔法使いにまで仕立て上げる。そのために、やれる厳しさは打ち付けるつもりです」


 なめるなと、リアスが言外に目で告げていた。

 確かに俺が失礼だったな。ここは素直に謝るべきか、いや違うな。


「……ありがとう。リアスは素晴らしい人だよ」


 俺はリアスに向かって手を差し伸べた。


「なっ! ななっ! 冗談ですか」


 それなのに、リアスがやけに動揺している。


「アオが、素直」

「……」


 フランがその理由を説明してくれる。彼女も目を丸くして俺を見ていた。

 俺だってずっとひねくれちゃいないんだってば。


「ごちそうさま」


 スノウがその会話を切るように茶化した。

 どうやら、目的の場所に着いたようだ。


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