第百五十六話「のぶれす つば」
「相変わらず一方通行だよなぁ」
俺はちょっと頭を抱えながらも、出て行く気は無かった。
好奇心もあるが、それ以上に聞きたいことができた。
「グリテあのさ、悔杭はまだお前が持ってるのか?」
精霊を封印できる数少ない手段だ。マジェスでの作戦発表がまだ無いこともあって、このアイテムの行方は謎だった。
たぶん持っているとしたらグリテだろう。他人にタダで物を預けるほど聞き分けのいい奴じゃないし。
「あぁ?」
グリテがイラつきに顔をゆがめる。まあ聞いて応えてくれるとも思っていなかったけど。
「わたし、持って、る」
とそこに、また見知った別の声が聞こえた。
ベリーだ。フランくらいの年頃でありながら、魔法抗体をもってたり、反抗期で家出していたりする口下手な褐色で可愛い女の子だ。
炎の精霊関連でグリテと仲が悪く、結構物騒な関係だった覚えがある。
「遅い」
「は?」
「話、してた?」
「しね」
グリテも基本乱暴な言葉しか使わないこともあって、ベリーとの会話はちょっと酷い。
「これは……阿吽の呼吸でございますね。とても羨ましいです」
ロボが腕を組んで感心している。
でもなんだかんだでベリーが頷いたりしているから、意思疎通が出来ているようだ。
「アオ殿」
「いや、目で言われてもわかんないから」
いきなり愛してるとか目で語られても困る。
「ッチ、お前らあとで絶対ぶっ殺す」
グリテが舌打ちをして木から下りてきた。
これは俺でもわかる。今回は面倒だけど相手してやるってことだ。邪険にしても帰らないと踏んだのだろう。
俺もロボも、ごり押しで生死与奪できるほど弱くないのを知っているのだろう。
「ベリー殿も御久しぶりです。あのクロウズでの戦線をよくご無事に」
「あなたも」
ロボとベリーが握手を交わす。凸凹感がすごくて二人は絵になるな。
グリテはつまらなそうにそっぽ向いてる。
「やっぱグリテも、決戦には参加してくれるのか?」
「ふざけんなよ、なんでオレがあいつらのクソになる必要がある。あいつらの戦闘を利用するだけだ。オレがやりたいときにやって、飽きたら帰る」
ということは、参加してくれるのか。
レベル五十の天才だし、これはかなり助かるんじゃなかろうか。気難しいけど、やることはしっかりやるし、敵じゃなければ頼りにな――
「……危ない」
「っち」
俺がちょっと喜べば、すぐに殴ってきた。本気だ。
グリテはその拳を止められてすごく機嫌悪そうに舌打ちをする。そしてもう一回殴ってくる。
「お、御二人とも! 特にグリテ殿、子供ではないのですから」
「……」
ロボは慌ててそれを止めようとするが、そんなことしても止まるはずが無い。
ベリーはそれをわかっているのか、止めもせずぼおっと眺めている。
「グリテ、勝手」
ベリーは俺と目が合うと、そんな事を呟く。
わかる。
一見すると、イラッとすればすぐ殴るような、こらえ性の無いグリテだが、これはグリテの頭が悪いわけでも、精神が子供なわけでもない。
グリテなりの、ストレスを感じない生き方なのだ。イラつけば正直に告げる。鎖を本能的に嫌がる口も体も制御のない感じ。
「ベリー殿は一体何をしておられるのですか」
「戦い」
ベリーはグリテを指差して、ぼそりと呟いた。
戦いか、たしかベリーはグリテのことが殺したいくらい嫌いなんだよな。クロウズで何故か協力してたけど。
「戦いってさ、別にあれだろ。殺しあってるわけじゃないんだろ」
「うん」
ベリーがこくこくと数回頷く。可愛いなぁこいつ。
「うっせぇんだよ、消えろ」
「グリテ殿、そこまで邪険に扱わずに、どうかこの邂逅を喜びましょう」
「……ッチ、ッチ!」
グリテは俺にだけすごい睨みつけてくる。可愛くないなぁ、怖い。
でもやっぱりロボが苦手なのか?
いやまてよ、グリテに苦手な人間っていうのはいるのか? 嫌いな奴と一緒で、構わず攻撃するタイプだ。
そう考えると、グリテの中でのロボのポディションて。
「な、なんにしてもあれだ。こんな朝早くなんだな。まだ日が昇ってないだろ」
「朝日……あっち、見れる」
「そういう意味じゃなくてだな」
「アオ殿、どうやら日の出が見れる所在があるそうです。一緒に見物してはいかがでしょうか!」
ロボとベリーが話を脱線させる。
「きれい」
「真ですか!」
ベリーがちっちゃくガッツポーズさせてぴょんぴょんしている。
ロボは俺をチラチラ見ながら何かを期待している。言葉でなく視線を送ってくる。
「ま、まあ行ってみるか」
「承りました、行きましょうアオ殿!」
ここで話を戻すのはよくない。そういうのって会話を壊してしまうんだ。
こんな朝早くに修行をする理由を聞きたかったが、あくまで好奇心だし。
グリテはこんなやり取りをぶった切るように、肩をすくめて鼻で笑う。
「……はっ、おまえらで勝手に行けよ」
「そういわずに、ワタシはこの場所に詳しくありません。手引き人も必要でしょう。お願いできないでしょうか?」
「……」
グリテはベリーを蹴飛ばした。たぶん暴力じゃなくて、おまえが案内しろってことだろ。
ベリーはむすっとしながらも反論はしない。まああの両親だし、こういうのは慣れっこだろう。
「アオ殿、はぐれてはいけません」
「いや子供じゃな……わかったよ、繋ぐって」
ロボはちょっと残念そうな顔をしたり、すぐぱあっと明るくなったり忙しい。あとわかったのわの字をいったとたんに飛びついてくる。
「こっち」
「アオ殿、行きましょう。あ、ご覧ください蝶です!」
この世界ってモンスターと動物ごっちゃになってるよな。蝶ならまだしも、ムカデとかだったらモンスターと見た目の違いがわからない気がする。
「……」
グリテがこっち見てる、無言だ。
どうやらイラついているとかそういうのじゃなさそうだ。ロボに対して、好意的な態度はあっても情はないのか。
そうなると、ロボはグリテを知らないし、グリテがただロボを尊敬していたりするってことか? 命を助けてもらったとか?
本人に聞ければ早いのだが、まあ答えてはくれないだろう。
「グリテ殿、もしかしてマリアと会ったことがありますか?」
「あ?」
ロボはそんな俺の意図を察してしまったらしい。地雷を踏み抜いてきた。
流石のグリテも予想外の質問に、口が引き攣っている。
ベリーはこのやり取りがよくわかっていない、首をかしげている。
どうするんだろ、普通にクソがで一蹴されそうだけど。
「……ノブレス、オブリージュ」
俺の予想が外れた。
グリテは歩きながら、なんとフランスの用語を喋った。英語混じりなのはよくあるけど、この世界ってほんと言語がごっちゃだな。あ、でもこのいい方は日本人特有だっけか。
もちろん、意味が地球と同じとは限らない。
「ノブレスってあれか、力あるものには義務が伴うって奴だよな。持ちえた力を持たない他人に分け与えよって」
「わけあたえ?」
「アオ殿、そのような言葉をどこで」
ベリーとロボはどうやら知らないらしい。
グリテは俺が知っていようがどうでもよさそうだ。関係無しに、口を開いていく。たぶん誰も知らなくても説明してくれなかっただろう。
「オレの、おば以外のクソ親戚がアホみたいに呟いてた台詞だよ。オレも餓鬼ん頃はちょっと信じてた」
グリテは再度ロボを見る。グリテらしくない、やけに落ち着いた表情だった。
「でもな、実際はクソみたいな足の引っ張り合いと、馬鹿みてぇな貧乏くじだ。オレはすぐにこんなのありえねぇって、そう決め込んだ。あいつらは与える必要なんてねぇ、勝手にもっていくんだよ」
「ま、まあ、そうだろうな」
「英雄はそいつ以外が無能だから生まれる」
グリテが珍しく流暢だな、こういう話に何か思うところがあるのだろうか。
「あ」
そこで気づいた。
英雄が割りを食うって、それこそマリアの話そのものじゃないか。
ロボもどうやら気づいている。ちょっと難しい顔をして、グリテを見ていた。
その信念を体現したような人間が現れた。それはおそらく、グリテにとって大きなターニングポイントになったのだろう。
先ほどいったグリテの台詞は、それこそマリアから学んだことなのだろう。
「だからオレはその言葉に唾を吐いた。それだけだ」
グリテの今の人格、自分勝手な生き方は、ある意味じゃマリアの惨劇を反面教師としてみた結果なのだ。
ロボ、というよりもマリアに意識を向ける意味がなんとなくわかった。
「失礼ながら、それだけの割には、立て板に水のようですね」
「おいロボ」
ロボもそれを知ってしまったら、口を出さずに入られなくなったのだろう。なまじ理解力がいいだけにこういうときに不都合がでる。
グリテがやけに喋ったわけだって、しっかり理解しているだろうに。グリテは絶対に口じゃ言わないぞ。
「舐めてんのか?」
グリテの気配がいやに充満する。木々に吊るされた無数の糸が気配を帯びる。森中に糸を張ってあるなこれ。
ロボはもちろん、その程度じゃ屈しない。
「もし、もしその御心にまだマリアへの尊敬があるのでしたら」
「ねぇよ」
「どうか、自らの傍だけで構いません。その在りしものを大切にしてください」
ロボがぐいっとグリテへ距離をつめる。
グリテは警戒しつつも、その行動に若干押されていた。あと俺がロボにくっ付いているから、グリテに最も近いのは俺だ。
「マリアのその行動は、正しくもありましたが、正解ではありませんでした。全てを自らひとりで守ることなど、不可能なのです」
「ハッ、わかってるじゃねぇか、全部守ろうなんてのは間違いなんだよ。いらねぇもんは捨てろ」
「一人で守らなければいいのです」
ぐいぐいと、さらに詰め寄る。
「高貴な信念も、自らの実力を弁えられなければ無能と変わりません。だからといって、自らの持てる領域の範疇から出てこないのであれば、それは限界です。性善説を唱える気はありません、それでも、身近なものの善意くらいは、信じてはいかがでしょう」
「知るか」
「あなたはすでに、それをわかっているのではないでしょうか?」
ロボはそういった後で、ベリーを見る。
ベリーはいきなり視線を向けられて首をかしげた。まあ、ベリー自身から善意と言われてもピンとこないだろう。
でも、見るからに利害から来る仲間意識があると思うんだよな。
「大切にしてください、その心は、いつか自らの幸福を守ることに――」
「うぜぇんだよ」
やばい! 本当の意味で攻撃の気配が充満していた。
ロボの説教をここまで聞いていたのが奇跡だろう。もちろんこのままじゃ喧嘩になる。
戦闘は避けたい。でもどうする。
グリテの挙動が糸を操る仕草をする。いつもはほとんど動作もないのにイラつきからか大降りになる。
その大きく振りかぶった手に向かって
「クソがこ――」
「ぶほぉ!」
俺は飛び込んだ。
グリテの裏拳が俺の頬にクリーンヒットする。当たり前だ、気配に向かっていったのだから。
俺は飛び込んだ挙動からずれるほどの衝撃を浴びて、横に倒れる。
「……?」
「……あ?」
「アオ殿ォオ!」
ベリーは何が起きたのか理解できていない。
グリテは突然のヒットに眉をひそめる。
ロボだけが俺に心配して駆け寄ってくれた。
「べ、べりパン」
「アオ殿一体何を!」
見えない!
ロボが俺を助け起こしてくれる。傷をいたわりながら、どうしてあんな行動を取ったのかわからずにいる。
「ッチ、つまんね」
その点グリテはすぐに気づいたようだ。俺の体に近づいて、けりを入れられる。
「ぐぼぉ!」
「グリテ殿!」
ロボの凶弾に、グリテは無視を決め込む。
それで興をそがれて、グリテの攻撃の気配が消えていくのがわかった。
別のトラブルが、今までの喧嘩を忘れさせるなんてのはよくあることだ。タイミングとか運もあるが、誰かが割りを食うと案外収まる。
あんまり好きな方法じゃない。
「みじかな、ぜんい」
ベリーがぼそりと呟いていた。あいつ、案外意味わかってたのか。
「アオ殿……」
「怪我はロボが治せるだろ。はやくしてくれ」
「か、かしこまりました」
ロボは俺の頬をやけにさする。別に触らなくても治せるだろうに。
「アオ殿、心配ですから、ワタシの体に乗っていてください」
「いや恥ずかしい」
「ハッ」
ロボが俺の身体をまた抱き上げてくれる。人のこと抱っこするの好きなのだろうか。
グリテは攻撃の気配を再度出すつもりはなさそうだ。
「いい、の?」
「うるせぇクソが。あういうのには触りたくねぇんだよ」
「ノロケ?」
「ついてこいクソが! ぶっ殺す!」
一応、戦闘みたいな空気は取り払えたのか。
グリテとの戦闘になっても、ロボなら抑えることができるだろう。でも、この二人はなんとなく喧嘩してほしくなかった。
グリテだって、なんだかんだでロボの言葉には思うところもあるだろう。
あれだけマリアの事を記憶に納めていることが、そういう事だとほのめかしている。
「グリテ殿」
「あぁ!?」
それなのにまだロボはグリテに話しかける。懲りないというか、果敢である。
脇役列伝 その13
自称五人目の英雄 ミント
グリテのおばであり、グリテの人格形成に大きく影響を与えた人間。とてつもないわがままで自由な生き方をすることで有名だった。
実はアルトが子供の頃仕えていた屋敷のお嬢様で、人形遊びのつもりでアルトを監禁したことがある。人知れず死んでしまいそうな状況の中で、アルトは逆にミントを惚れさせることで隙を作って逃走する。それ以来アルトは故郷の街をおわれ、ついでだからと夢であった料理人を目指すこととなる。
ミントはアルトのことが忘れられず、自分のものにしようと旅の途中で妨害したり協力し合ったりというポディションだった。
二十年前の戦争でも致命的なミスと起死回生の活躍を見せるじゃじゃ馬で、戦争が終わった後も旅に出たアルトに無理矢理ついていった模様。




