第百五十五話「びっくり れいぎ」
『申したであろうに、今生きることとは、誕生への秒刻みであろうと』
頭の中から、ホムラの声が響いてきた。たぶん、俺にしか聞こえてない声だろう。
『まだわらわの声は届きたもう。それでも少しずつ、何をする必要もなく、変化はする。特に、主の弱所ほどそれが顕著になろうて』
「さっきまでそうじゃなかった」
『そんなの、思い込みにすぎぬ。実際、同化には気づくこともなき』
さっきまで体力がなさそうだったのは、俺がそういう人間だと思いこんでいたから。そうホムラは言っている。
知らずのうちに、俺はあの同化した人間に取って代わられる。
「まあ、ああだこうだ言っても仕方ないだろ」
『ほう』
「体力が増えるのは便利だし、上手く使うよ」
今更の話だ。
流れは止められない。なら利用できるだけ利用する。この体力増強は今後の戦闘に役立つ。火の魔法を使うことなくより多くの戦闘を切り抜けられる。
ホムラの声はそれで満足したのか、何も喋らなくなった。
たぶん、俺と同化しきっていないことへの確認なのだろう。ホムラもどこまで同化しているのかわかっていない。
「アオ殿! いかがいたしました!」
「いやなんでも、速いな」
俺の常識外の走りに、ロボは笑顔でついてくる。すごい足の動きだ。
こういうのって能力使ってないと思うし、元が犬の体なのと関係あるのだろうか。
「ロボってさ、マリアがよくこういうことしてた記憶でもあるのか?」
「はい、現在のワタシよりもハードでした。守らねばという義務感が強かったせいもあり、無理もあったと思われます」
「そっか、マリアはそういう奴だったな」
マリアはロボと違って、肩を並べて戦う仲間がいなかった。強いて言うなら、背中を預けられたのはジルくらいじゃなかろうか。
一人でありとあらゆることをこなそうと躍起になる。なりそうだよな、ロボを見ているとすごくわかる。
「ロボはそれが、無理もあったってわかってるんだな?」
「はい、今になって思えば、それは周りへの疑念に目を反らす行為に過ぎません。マリアがあの結果になったのは、報いでしょう」
「別にマリア一人のせいじゃないだろ。でもイノレードの奴等は責められないけどな」
「誰が悪いというわけではないのでしょう」
誰が悪いわけじゃない。
イノレードはそういう結果ばかりだ。自身の弱さを誰かが補おうとして破滅している感じだ。政府だって一概に悪いと言い切れない。
必要なのは、誰かが寄りかかることじゃなく、背中合わせで支えあうことだ。
「頑張れなんていわないぞ。ロボはロボができるだけの無理をすればいいからな」
「それはアオ殿もです」
ロボの手が、俺の背中にかかる。
なんだろうと疑問に思ったのもつかの間、ロボの怪力によってひょいと持ち上げられる。
俺はお姫様抱っこをされて、ロボに支えられていた。
「べ、別に体力は大丈夫だぞ」
「そういう意味ではありませんよ、無理をするのであれば、しっかりとワタシを頼ってください」
ロボは抱きかかえた俺に笑いかける。そしてそのまま走り出した。
おそらく、俺の抱えている同化現象について言っているのだろう。何がおきているのかはわからなくても、ロボは精神的に支えようとしてくれる。
本当に、やることなすことかなわない。バカバカ言っていても、ロボを越えることは出来ないのではなかろうか。
抱っこされるのは恥ずかしいけれど、ちょっと気が楽になった。
そのせいか、周りにも目を配り始める。
「……朝方とはいえ、少ないな」
「そうでしょうね」
マジェスは地球で言う都会張りに眠らない街だ。夜ならネオンだって輝く。
でも今はそうでもない。
「この戦いが終われば、また活気を取り戻すことでしょう」
「俺は人が少ない今のほうが好きだな。避難している奴らが帰ってくるのは必要だろうけど」
マジェスは今、人口の半数を避難させている。疎開のようなものだ。
ベクターはどうにも、このマジェスが戦場になると踏んでいるらしい。報酬つきの奉仕希望者を除き、別の街へ避難させている。
そこはどうやら、イノレードの避難民もそれなりの数が集まっているらしく、収集を付けるのが大変らしい。指導者として力のあるレイカがマジェスに残れないのはそういう訳がある。
マジェスは魔力供給の減った国を機能させるため、節電みたいな事をしている。
でも魔力って供給過多だって聞いたことあるんだよな、単に保有魔力を増やしているだけかもしれない。
「日常とは、たとえどんなものであろうとかけがえの無いものです。刺激ばかりを求めるものもいますが、本来はゆるやかな停滞こそ平和なのですから」
「両方あったほうがお得っちゃとくだな」
一応冒険者ギルドでも実力者を募っているらしいが、集まりは芳しくない。
牙抜き作戦の失敗が、それなりの痛手になっているのだ。
それでも味方をしてくれる骨太な奴らも結構いるが、戦力不足は否めない。
「アオ殿、ここから森に入ります」
「森? マジェスに?」
「はい。元よりマジェスは龍の住んでいた土地を改修したもので、自然もそれなりに根強いのです。それがこの地域の魔力供給に影響しているとか」
ロボが向かう先を見ると、本当に森が見えてきた。
「モンスターもいますのでお気をつけて、若者の修練場としても利用されているため、場所によっては苦戦する必要もありましょう」
「ああ、ベクターとかゲノムが言ってた場所か。そろそろ降ろしてくれ」
ロボの俊足は、俺が言っている間に森の内部へと景色を変える。
俺は自分の足で踏みしめながら、この場所を眺めた。
今までの森とはちょっと違う。木々が生い茂っているのは他と変わらないのだが。
「なんだこれ、機械が混じってるな」
森の隙間を埋めるように、冷蔵庫やらコードやらの機械がひしめいていたのだ。森等よりも、機械と木の森といったほうがいい。
下手をすれば不法投棄された汚い森なのだが、どうにも置いてある機械がきれいなところを見るに、意図的なものだろう。
「アオ殿、どうせならどれか適当なものを操作して見てはいかがか」
「え、なんか意味あんのこれ」
「どうぞ、そこまで有害なものではございませんよ」
ロボがニヤニヤして俺が押すのを待っている。あういうのを悪戯心って言うんだろうな。
馬鹿が見る豚のケツとはいうものの、ロボならそこまで酷いいたずらじゃないだろう。小学校の頃はこういうのでゴキブリほっぺにつけられたけどな。
とりあえず目に付いた取っ手つき機械の箱、地球視点で言う冷蔵庫に手を出す。
「こういうのって、無駄に触りたくなるんだよな」
かぱりと、間の抜けた解放音と共に、その中を覗く。
もちろん入っていたのは食い物じゃない。モンスターだ。
「……ムッキー」
「は、ムッキー?」
中には怪力モンスタームッキーが入っていた。
そっと閉じた。変に飛び出したり攻撃の気配もないようだな。
「アオ殿、半分当たりです!」
「はい?」
「この辺りの器具にはどうやらカード生成の効果があるらしく、開けるとカードが眠っていることがあるのです。中途半端に運が悪いと先ほどのように生成途中のモンスターが現れますが」
「そんなことしてどうな……ああ、この森での戦闘サポートか」
「はい、レアカードを持たないものに対する配慮でしょう。この当りに箱が多いのは初心者向けということです」
ダンジョンみたいだなここ。宝箱が常駐しているとか。
木にぶら下がっているコードを見渡すと、たしかにカードが引っかかってる。
「ただ人工的に作られたカードのため特有のしるしがあり安価です」
「マジェスってカード生成技術もあるのかよ。ギルドいらねぇじゃん」
「アオ殿、カードは常に供給が足りません。こういうもので補うことで街の設備を整えていると言っても過言ではないでしょう。それに、カードの売買はモンスターの討伐による報酬も大きいので」
なんにしてもへんな空間多いな。マジェスだけびっくりどっきりメカみたいな雰囲気がある。他は中世をほうふっとさせるのに。
「じゃあ、モンスターがいるのかここ?」
「はい、とはいえ、ワタシが赴くのはチョトブなどの肩慣らし程度ですが。奥に行けばそれなりのアンコモンとも遭遇できるそうです」
「へぇ、でもモンスターいないな」
さっき冷蔵庫の中にいたムッキーくらいだぞ。あいつはいずれカードに変わる運命。ケンタッキーの鶏みたいなもんだ。
「そうなると、モンスターを何者かが討伐した軌跡でしょうね」
「リスポンスがなくなってる常態か」
「りす?」
ロボは鼻をくんくんさせる。犬状態じゃないのに。
「あちらの方ですね、行って見ますか?」
「なんでだよ」
「なにか、後ろめたいことでもあるのでしょうか?」
こういう場所ってあんまり他人と会うもんじゃないだろ。エロ本コーナーで他の人とすれ違ったらお辞儀して顔を見ないみたいな。
たぶん、俺の地球時代、男女共に出会いが無かった理由かもしれないな。危うきは近寄らなすぎてイベントに遭遇できなかったみたいな。
そう思うと、逆に避けるべきではないのだろうか。
「野次馬精神だけど、行ってみるか?」
「ええ、やぶさかではありません」
ロボは両手を広げてまた俺を抱えようとする。たぶん犬だったときの名残で、タクシー根性がついてしまったようだ。
俺は避ける。
「抱っこはお嫌いですか?」
「いや、あれだ、ロボって案外そっとしておくタイプなのに、会いに行くのは意外だな」
「無論です」
ロボはをもてないと判断するや否や、俺と腕を組もうと左腕に引っ付いた。俺右手無いからそれやられると転んだ時怖い。
「他人とは素晴らしいものです。ワタシにはない別の視点を持っている。そういった方々との出会いは、ワタシの強さに繋がると確信しています」
「やっぱロボって、マリアとは違うな」
マリアは人に頼る事を覚えられれば、もう少し上手く立ち回れたんだろうな。状況がそうさせなかったけれど。
一人でやるってことは、他人は最終的に何も知らせてもらえないってことだ。
知らないのは、嫌だ。
だから、俺はロボに同化の事を教えておくべきなのだろう。
「マリアと違うことは、ワタシにとってどう反応すればいいのでしょう」
「俺は、そういうロボがす……好きだわな」
「あ……ありがたき幸せです!」
ロボが寄り俺の体に引っ付いてくれる。ふさふさしてない、ふわふわする。
なんか、この前のラミィとのバカップル状態が治ってない。
こんな状況で他人に会って、いい印象受けてもらえるとは思えないから、やめるべきだろう。
女はべらせて歩くなんて、俺が見たら第一印象最悪だ。
ましてや特訓しているような人間からしたら、俺たちはモンスターと相違ないだろう。
「でもやっぱ……幸せだ」
やっている方は楽しいのだ。人目をはばからないバカップルの気持ちがわかってしまう。
「ワタシも幸せでござ……なんでしょう」
ロボが眉をひそめて、自分の身体を見渡していた。変化はなにもない。
ふと、遅れて俺の体に違和感を覚えた。なんといえばいいか、体に何かが絡みついたような。
「あぁ?」
「……あ」
「此度は!」
それに続くようにして、声がかけられた。ロボと俺はその声のした、木の枝を見上げる。
その声は俺の知っている声。
森ではじめてであったとき、女はべらせてた奴。
「グリ――」
「は?」
「ぐ、グリテ!」
グリテがいた。木の上から俺達を見下して、突如攻撃の気配を出してきた。
俺は体に絡みつく攻撃の気配をすぐに察して、後ろから迫る張り詰めた糸を避ける。下手したら下半身と分離するところだった。
「……ガンダムじゃねぇんだぞ、あぶねぇ」
「なにしてんの?」
グリテは全く詫びれずに、俺達を下目使いで睨み付ける。
いや、わかる。ちょっとイラッとしたんだと思う。でも殺すことはないだろう。
「皆目の礼儀にしては、いささか姑息ではありませんか」
ロボもちゃっかり回避したようだ。ジャンヌの幽霊と一緒で認知外は攻撃喰らう恐れがあるからな。
不意打ちに対しては犬のほうが強いんだよな。尤もあの銀毛を何とかされたら意味無いけれど。
「……」
「何か申して見てはいかがですか?」
「……はっ」
グリテはロボの姿をみるや否や、急に黙り込んで後頭部を掻く。
「おいアオ、おめぇ生きてたんだな」
「ん、ああ、久しぶりだな」
思えばあのクロウズ以来か、あれからどうなったと考えればマジェスにいるのは予想できたことか。
グリテはロボにそっぽを向いて、俺をつまらなそうに見る。
「なんか、変わったな」
「変わったって、わかるのか?」
「どうでもいいだろ。何しに来たって聞いてんだよ」
「ワタシたちはこの森へ狩猟へと戯れている最中です。そこに他の参加者に気づきましたので、参上仕った次第です」
「アオ、今まで何があったよ」
「話すと長くなる色々あってこうなった」
「ならいいや、消えろ」
グリテは俺たちに素っ気無い。まあ元々こんなんだが、今回は輪をかけてそうだった。
なんというか、グリテはロボを見てるよな。
グリテに限ってシャイなんてことはないだろうし、イノレード関連で何かあったのか。
「マリアって、グリテの知り合いだったのか?」
「いえ、誠に失礼ながら」
「出てけ」
グリテの体から攻撃の気配が溢れ始める。怒らせてしまったかもしれない。




