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第百五十四話「あまあま しゅぎょう」

 優しく? はて。

 ラミィは珍しく自分の前髪をいじくりながら、俺の反応を伺っている。


「どうしたの、アオくん?」

「俺は、そんなに酷いか?」

「酷いよっ!」


 ラミィは肩を強張らせてはっきりといった。


「いやまてよ、俺はラミィに普通に接しているじゃないか」

「いえ、酷いですっ! ろくに用件も言わないで人に指示するし、あれって言われても普通はわからないのっ!」

「それはラミィが意図を読んでくれるから」

「それでもしっかり指示して、後はお願いしますとありがとうくらいはいってほしいなっ! あとたまに私が買ったばっかりの紅茶の葉っぱ意味も無いのに勝手に開いたりするのあれも本当は嫌なんだからねっ!」


 ちょっと開けたくらいじゃ品質にかかわらな……いや、まあ逆に俺がやられたら酷い命令でもしそうな話だな。


「トイレットペーパーが無いからってトイレに私を呼んだりとか……私はアオくんの小間使いじゃありませんっ!」

「いや奴隷だろ」

「ほらまたっ! 約束でしょ優しくするっ!」

「はい、すいません。ラミィって可愛いな、見惚れてしまいそうだ」


 まあこれくらいならいくらでもやってやれる。残り一ヶ月かもしれない主従関係を思えば、こういうのも新鮮でいいはずだ。


「そ、そうかなっ!」


 ラミィが珍しく両頬を押さえて赤面している。変なテンションで嘘を見抜けないのだろう。いや、嘘じゃないけど。


「ラミィは、それでいいのか? 別にいいんだぞ、気になるなら」

「うんっ、それでいいのっ。私はそうすることに決めたからっ」


 ラミィは微笑む。俺なんかよりもよっぽど優しい笑顔だった。

 俺がした話についてラミィは触れないみたいだ。

 色々衝撃的だったとは思うし、聞きたいことは山ほどあるはずなのに。


「アオくんは話したい事全部話したんでしょ。それなら私は大丈夫だよっ。アオくんだってそういってたじゃないっ」

「そりゃそうだが」


 ラミィは、全てを言わなくても俺の意図を理解してくれる。

 これは完全じゃないだろう。間違った解釈だって絶対にある。あるはずだと疑うべきだ。


「大丈夫だよっ、私にとってアオくんは、そこまで都合のいい人じゃないからさっ」

「喜んでいいのかそれは」

「悪いも苦いも知っていますっ。だから今日くらいは、甘々をお願いしたの。アオくんって最近まですっごく素っ気無かったからさっ、その反動全部返すくらいにねっ」

「あまあまかぁ」


 ほんと、頭が上がらない。苦くてごめんなさい。

 俺が今できる精一杯は、希望通りラミィに優しくすることだろう。


 ……どうしよう。


「ラミィ……」

「なに?」

「…………おい、で」


 駄目だ、駄目だ!

 これは完全にバカップルのする行動だ。両手を広げて女を待ち構えるなんて、そんな事俺のキャラじゃない。

 俺は今本当に顔を真っ赤にしていると思う。やったことを後悔したけれど、やめきれなくて広げた手を閉められない。


 そしてラミィと言えば、


「ふふっ」


 笑いやがったぞこいつ。マジで俺は……いや耐える。


「はーいいきますよー、とう」


 ラミィは表情をそのままに、ぴょんと飛び掛る。

 俺はしっかりと受け止めたが、反動で壁に頭をぶつけたのは内緒だ。


「へへ~」

「ら、ラミィ?」


 なんかラミィっぽくない。だいたいは、こういう時に限って冷静に突っ込んだりする。

 それなのに今はどうだ、ロボじゃあるまいし頭をこすり付けてくる。


「こ、これでおっけか?」

「まだまだ」


 この体制のまま、俺は立ち上がる。

 ラミィも同じ状態のまま立ち上がって、動かないので。ずるずると引っ張ってやる。


 今度は何があっても衝撃を防ぐために、ベッドに座った。


「な、なでなでしていいですか」


 一応断りを入れておく。女の子って実際これやられるのすごい嫌うんだよな。好きな人間以外に紙を触られるのが嫌だって意見が多い。


「なでなでしてー」


 すごいぶりっこだ。優しくするべきだから突っ込まないけど。


「きゃー」


 ラミィは撫でてやると足をバタバタさせて、なんかはしゃいでいる。

 悪くはない。個人的にはありだ。


 でもラミィのキャラからかけ離れているよな。普段はしっかりしているだけに……。


「……可愛いな」

「ありがとっ」


 優しく撫でながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 ラミィって、本当にしっかりしていただろうか。してないよな。

 強いて言うのなら切り替えの早い子だ。落ち込むのもすぐにやめて、もっと嬉しいことに力を費やすタイプだ。


 めったにあることじゃなかったが、ラミィは旅の中で泣いたこともあった。


「へへへ」


 ラミィはにっこりしながら、俺の横に腰をおろす。猫みたいに身体をすりすりしてきた。


 子供の頃はわがままだった。出会ったときは綺麗事ばかりを願っていた。

 もしかしてラミィの素って、すごく純粋なんじゃなかろうか。


「うんうん」


 ラミィが手を擦り寄らせてくるので、俺も手を出して繋ぐ。

 甘えてくる女の子って、横から見るとうざったそうなのに、実際に好きな子にやってもらえるとすごい破壊力がある気がする。


 ラミィは今、持ってる全部の殻を放棄して、俺に甘えてきてくれているのかもしれない。

 それなら、期待に答えてやさしくするべきだ。


 だから、俺が今湧き出た邪な感情はしまうべきだろう。


「いいよ、アオくん」


 ラミィは、そんな俺の意図までわかるみたいだ。

 ほんと、こんな時まで気を使わせて、情けなくなる。


「でも、優しくねっ」

「いや、本当にいいのか? 甘えるのはラミィだろ」

「ううん、これは私からのお願い」


 ラミィは一人身体を倒して、俺を引っ張る。

 俺もつられて身体を倒すと、横になった二人で目が合う。


「だって、私がアオくんの家族になれるんだから。アオくんが生きていた証を、私が残せるのが、嬉しいの」


 俺の家族は、もう誰もいない。

 俺自身も、一ヵ月後には消えるだろう。


 ラミィは、その二つを自らの体に残そうとしているのだ。


 俺は……ほんと……


「……アオくん?」

「……っ……うっ……」


 目の前が、ぼんやりと霞んでしまう。


「ありがどな」


 目から涙が溢れて止まらなかった。人前で泣いたら駄目だって、昔からずっと思ってたのになぁ。

 ラミィはそんな俺の涙を嬉しそうに笑って、指ですくってくれる。


「どういたしまして」


 おかえしとばかりに、ラミィに頭を撫でられる。どちらが優しくしてもらっているのかわからなくなってしまう。

 恥ずかしい。でも、今回ぐらいはいいかもしれない。


 せめて今日まで、それまでは、ラミィと一緒に甘えあうことに決めた。



 ラミィはそれからずっと、執務室に缶詰状態になってしまった。脱獄暦まで出てきてしまったので当然だろう。

 でもみんな、案外予想済みだったのか、お咎めはそこまで無かった。


 レイカなんて愚痴一図も言わずにラミィの肩を叩いただけだったからな。あんなに熱血で向こう見ずだった彼女も成長したと言うべきか。それとも情報が何者かによって駄々漏れだったのか。


 なんにしても、しばらくは会わないほうがいいだろう。ラミィの業務に差し支えるだろうし。

 無論、俺に出来ることはラミィへの応援だけじゃない。


「早起きって嫌だな」

「アオ殿、早起きはよろしいですが、睡眠時間を減らすことはあまり感心いたしませんよ」


 マジェスの宿舎にて体感的には午前四時くらいだ。異世界の時間も地球と変わらない概念なので、たぶんあっているはず。

 この用意された宿舎には、ラミィとフランも一緒の部屋で寝ている。二人ともまだぐっすり出目を覚ます感じはない。


 眠気眼をこするかわりに、隣で寝息を立てるラミィの身体を撫でる。執務室の近くとはいえ、一緒に寝るのは徹底してくれる辺り、可愛いものである。

 フランも見るけど、とりあえず相手をするのはロボだ。


「減らしてねぇよ。その分早く寝てただろうが、つかロボより寝たぞ」

「畜生と同じように考えてはいけません。ワタシなどこの御身」

「うるせぇな、いいだろ別に」

「あ、アオ殿……」


 立ち上がって、ロボの耳をふさふさする。ロボは二人を起こさないように声を殺してふるふるしていた。犬って朝うるさいんだよな。


「と、とにかく外に出ましょう、支度は済ませたのですから」

「おうおう」


 支度は済ませた。早く起きた。

 これも全て、ロボの行動を探って、二人きりになるためだ。


 ロボはこの一ヶ月をどう使っているのか知らないが、こんな時間に起きては夜食の時には帰ってくるという謎の習慣を取っている。

 広いマジェスの中を探すよりも、朝一緒に出かけるほうがいい。


「驚きました。まさかアオ殿がワタシと同じ刻時に瞼を開きたいなどと」

「たまにはだよ」

「しかも、ワタシの修行に同行いたすとは」


 どうやらロボは、修行と言うものをしているらしい。

 いやまあ、ロボらしい有意義な一ヶ月の使い方だと思う。


 宿舎を出て、まだ朝日の届いていない空に迎えられる。


「アオ殿、しっかり体操をしておきましょう。怠れば今後に差し支えます」

「じゃあ一緒に柔軟やるか」


 二人組つくる苦痛がない柔軟って素敵だと思う。


「あ、アオ殿、まさかワタシとそういう目的で」

「そういう目的だろうが、修行に付き合うからには体操だってしっかりやるがな」


 ロボのふさふさの手をひいてやるが、ばっと弾かれて距離をとられる。


「しょ、少々お待ちください……囲え、大地の巨兵」

「うえ?」


 突然ロボはカードを取り出して、地のサインレアを唱えた。

 ロボの身体は光り輝き、犬の姿から美女の体へと変身する。


「よろしいです、では」

「まてまて、どうして変身した」

「これが、ワタシの修行方法です」


 ロボは自らの胸に掌を当てて、乙女みたいに目を閉じる。


「此度の大戦に必要な力は、おそらくこちらの体になります。それの維持時間を増やすために、この体のイメージを自らに定着させる修行を主としております」

「ああ、常になってイメージしやすくしてるのか」

「ええ、どうでしょうか!」


 ロボは俺の両手を握り、胸の前にまで持っていく。

 やっぱ女モードのときはスキンシップが激しいな。


「どうっていわれても……いい修行だと思う」


 ロボの能力は物理法則と質量をイメージでぶち壊す能力だ。そのイメージを定着できれば、その形態維持を容易くすることができる。

 DBでもあったな、スーパーであることにならす事で素の力を上げるみたいな。


「本来ならばワタシの能力はもっと雄弁なるもの。ひとえにワタシの未熟が招く時間制限であります」

「まあそんなに気にするなって、その状態は強いんだし。今はずっとその状態でいられるのか?」

「いえ、戦闘無しの維持でも四時間が限界です。その後に変身を解き休憩を、そしてまた大丈夫と確信してから、またこの姿で過ごします」


 どおりで、ロボの服装がやけに軽装だと思った。

 今のロボはスパッツみたいなぴっちりパンツに上は薄布の長シャツだ。スポーツブラっぽいのが透けている。


「アオ殿、それでは始めましょう!」


 ロボが強引に俺の身体を引き寄せて引っ付いてくる。むにっと音がした。


「ふん!」

「おごぅっ!」


 そして関節技でも決めるようにしなやかに柔軟の形を取って、引っ張られた。

 口から変に掠れた空気が出た。


「いーち、にーぃ」

「痛いっ、痛いいたい」


 ロボと間接を引っ張り合っているので負担は同じはずだ。

 だがロボの力は人並み異常だ。そしてロボの間接の柔らかさの基準は結構厳しい。


「うぼぉぉおお」


 ぴきぴきからばきばきに効果音が変わっていく。背中合わせで密着する柔らかいからだから凶悪なサブミッションを受けている気分になる。

 ロボは器用だから、俺が何をしなくても勝手に体勢を変えていく。その動かし方がまた体に響く。


「トライハードナーウ! イッツソーハードナーウ!」


 ロボが鼻歌を歌いだす。知らない言語だけどたぶん大丈夫。

 それより、俺の体がこの時点で大丈夫じゃなくなってくる。


「アオ殿! それでは疾走しましょう!」

「うい……」


 朝から体操をして走り回る。すごく健康的だ。俺には似合わない。

 ただ、隣を走るロボは結構楽しそうだ。やっぱりこういう精神的な健康を養うことが大切なのだろう。


「アオ殿どうしました! それでは走ったことになりませんよ!」

「お、おう」


 ロボは乙女形態でも無尽蔵な体力を見せ付ける。パーフェクトボディは伊達じゃない。

 俺もこの世界に来てからそれなりに体力増強したんだけど、いかんせん地がだらしなかった。


 びくりと、体の奥が熱くなった気がした。


 俺はその違和感に、走りながら胸を押さえた。

 ロボはその光景を不思議そうに眺めて、首をかしげていた。


「……」

「どうしましたアオ殿」

「あ、いや」

「おぉ! 流石の早さです! ワタシとて遅れは取りませぬ!」


 ごまかそうと足を動かして、自分の走りが常識外に速くなっていることに気付いた。


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