第百五十三話「だるま きょうぎ」
「うんっ!」
「いいのか、約束はちょっと出るってだけだろ」
「だから、ちょっとあそぼっ!」
ラミィの笑顔が、とても意地の悪い、楽しそうなものになる。まるで子供の時に戻ったようなはしゃぎ方をして、俺をサボりに利用していく。
「まあ、いいのか」
俺関係ないし。
「でもな、俺なんも予定立ててないからな。マジェスの面白い場所とかなにもわからんからな」
「そんなの関係ないってばっ! アオくんと一緒に悪い事をしようってだけっ!」
なんというか、ラミィだ。
こうやってサボる時も、正義の味方でいる時も、ラミィはいつだってこんな感じだ。
いい子ちゃんが、ラミィじゃない。
ラミィはラミィだ。だから相応しいとか関係なくて、今は純粋に、好きな女の子としてみていてもいいのだ。
*
終始ラミィがやかましい散歩だった。
出会ったばかりはこんなんだった気がする。成長と共に、段々と俺に合わせるようになってきて、大人しくなった印象があるな。
ほぼ一日を使い果たした。帰った後のことは考えないようにする。
「アオくんほらっ、ばんざい!」
実はもう日が暮れ始めている。ラミィが夕陽を背にして両手を広げていた。
ラミィは結局、ハメを外したかっただけなのだろうか。
俺はラミィがもし疲れていたのなら励ましてやりたかったし、そうでないのならホムラとの融合を告げるつもりだった。
ハメを外した。この一つの状況を見るに、ラミィは仕事に疲れていたのかもしれない。
でも、なんか引っかかる。
俺はまだ、同化現象についてラミィに何も言っていない。
「うんっ、思ったより楽しめたねっ」
「そうか?」
「楽しかったでしょ! アオくんはもうねっ!」
生返事をしたせいか、ラミィがちょっとむっとした。
今いる場所は、ラミィの執務室のある建物の中庭だ。たぶん最期と言うことで選んだのだろう。それなりに整った芝を、俺とラミィだけが踏みしめていた。
ここに来る事を指示したのはもちろんラミィだ。こんな何もない場所、やることなんてほとんどないだろうに。
「まあいいよっ。これからたぶん、アオくんもむってなるだろうしっ」
ラミィは腰に手を当てて、力強く鼻息を鳴らす。気合を入れているのかこれ。
「これからって、なにかするんか?」
「うんっ。これで最後」
ラミィはおもむろに、懐に手を突っ込んで細長い布を取り出した。なんだあれ。
「はぁああっ」
「あ、ああっ!」
久しぶりなせいで忘れていた。あれ、包帯だ!
胸の間からするすると、長くて白い布がリボンのように宙を舞う。
「疾風、変身!」
ラミィの掛声と共に、風の魔法が発動して、体中に包帯が巻かれる。
「心閉ざすは人の常、一緒に開けましょその扉っ! 疾風変身、シルフィイイイイド、ラミィ!」
くるんと一回転してポーズをとれば、久しぶりの包帯女シルフィードラミィが現れた。
「どうしたんだよ……お前」
「お黙りっ! 私は今シルフィードラミィ!」
びっと、ラミィが俺を指差す。自分に言い聞かせるように、二度名乗った。
一応乗っておくべきだろう。
「じゃあ何の用だシルフィード」
「アオくんっ、最近あなた、隠し事していますねっ」
「ああ」
「認めておいてっ! ラミィさんに一度も話していませんねっ!」
「ああ」
「どうしてですかっ!」
ラミィがいつもより強気に糾弾してくれる。
たぶん、変身はラミィなりの照れ隠しなのだろう。違う自分を演じることで、勇気を振り絞ろうとしている。
それくらいに、俺の隠し事が重大だと理解している。
「すまなかった。すぐにでも喋るべき――」
「勝負ですっ!」
「……勝負?」
「はいっ! もし私が勝ったら。私の言うこと何でも聞いて、あなたに全部喋ってもらいますっ。負けても、全部喋ってもらいますっ!」
「どういうことだよ」
別に勝負なんてしなくても、話す。ラミィは何がしたいのか。
勝っても負けても話すんだよな。ならあんまり意味無いんじゃ。
いやまて、つまりは、ラミィはどうしてか俺と勝負がしたいのか?
「お願いですっ! 勝負、してくださいっ!」
「まあ、かまわんが」
とりあえず、そういう要望なら受けるしかあるまい。奴隷紋章がある以上は制約も多そうだし。
「ルールはどうする。俺を傷つけられないんだろ」
「正義の味方は無闇に普通の人を傷つけられませんっ。だからどうでしょう、私がアオくんの体に触れれば勝ちと言うのは」
「俺に触れば勝ち……」
「もちろん、どうやって妨害しても構いませんっ。とにかく、私はアオくんに触ろうとしますのでっ、この中庭内を何とか逃げてください。逆に私を拘束できれば、あなたの勝ちですっ!」
「わかった、土」
俺は土の魔法を唱えて構える。やるからには全力で挑んで勝つほうがいいだろう。ラミィのためになる。俺も考え方が変わったなぁ。
ラミィも包帯から覗く瞳を光らせて、見覚えのある構えになる。正面から見るのはいつ以来だろう。
「あの、下水道以来ですねっ」
「組み手なんてほとんどしなかったからな」
ラミィの懐かしむようなつぶやきに、俺も同意する。思えば遠くに来たものだ。
「コンボ! ビュン、ビュン!」
ラミィは連射限界の全てを使って風を集め始めた。長期戦にはならないと踏んでいるのだろう。
土の盾は辺りの草木を育てるのに限界がある。風は、空気さえあればいくらだって集めることができる。これも、下水道で話したことだ。
「いきますっ!」
ラミィが飛び掛って俺との距離をつめようとする。
俺はそれに対して、土の盾を地面に当てて触手を作る。
「無駄です!」
触手はラミィの左手でいなされ、破裂するように引き裂かれた。
「わかってるよ」
俺はその間に、触手で自分の身体を持ち上げて、空に昇っていた。
別に触手は、敵を捕まえるためのものじゃない。視界を遮ったり、心強い怪力にもなる。
そして、
「あんま格好つかねぇな」
「雪だるま……じゃないっ、手足の生えた草だるまっ!」
触手たちが、草木を食い荒らすように塊を作る。雪だるまのように頭と身体を形成して、ふとい手足を生やした。
よくある、魔王が配下を召喚するあれみたいなのだ。見た目スノーマンみたいと言うか、マシュマロマンの怖くない感じというか。
たぶん、本来は火でコンボして作るんだろうな。蒼炎でこれならブルーメラモンになれる。
「おらいけ」
俺はその草だるまをいつもと同じ感覚のまま、ラミィへの攻撃を指示する。
「こんなのっ……私が……っ!」
ラミィは先ほどと同じように風で吹き飛ばそうとして、やめた。
集まっている質量が違う事に気がついたのだろう。あれだけの草木を集めたんだ。下手をすると一撃じゃ吹き飛ばない可能性だってある。
それを複数体相手取るとなれば、どうするか。
「……すうぅっ」
ラミィは口をすぼめて、下手な口笛のように息を吸う。
草だるまの一体目が、ラミィにのしかかろうと迫った。
対するラミィはどうしたかというと、片手の掌を向けた。
「そっち」
草だるまの体に掌が触れるか触れないかの瀬戸際で、ラミィはゆっくりとその手を右に払った。
すると、あれだけの巨体で、掴みかかろうともした草だるまを、その手の示したとおりに、右に吹き飛ばし衝突させた。
次々とのしかかる後続も、同じように払いのける。力技じゃない。
受け流しているのだ。
まるで力も入れていないのに、相手は誘導されたようにラミィの掌に踊らされる。
相手をよく見て、その力の性質を把握し、力を殺さず活用する術を学んでいる。
ラミィも強くなった、と思う。
昔だったら、あそこまで上手に受け流しなんてできなかったはずだ。もとより、俺の初めての攻撃にも落ち着いて対処する度胸もある。
血の気の多かったラミィの戦い方は、いつの間にか洗練された宝石のように硬く、美しさまで感じられるようになった。
そういえば最初に会った時も、戦闘に見惚れたんだよなぁ。
前とは違う美しさに成長や新鮮味を感じつつも、前の美しさも懐かしくなってしまう。
「アオくん、見てるだけじゃ、勝てないよ」
「いや、見るのが重要なんだよ」
俺は触手につられて宙ぶらりんな身体を下ろす。触手をロープのように使ってするすると落ちる先は、ラミィのいる場所だ。
ラミィも、俺が向かってくると踏んで、俺を注視する。
たぶんラミィは、俺がまた新しい攻撃を仕掛けると踏んで、待ちの体制に入っている。
正しい行動だ。俺の攻撃はレパートリーの多さが魅力だから。目を離せばなにをしてくるのかわからない。
でも、目を離していないのも、結局は駄目なのだ。
辺りの草木から、音がした。
「ま、まだなのっ!」
「そう、まだ」
気づいたときには遅い。
ラミィに吹き飛ばされて草木に帰ったと思われた草だるまの破片たちが、宙を待って草の吹雪を起こす。
その小さな葉っぱや枝は段々と中心にいるラミィに近づいて、ぺたぺたとラミィの体に張り付いていった。
「な、なにこれっ!」
流石のラミィも、何千何万とある葉っぱを受け流すことは不可能だ。吹き飛ばすにしても、くるくるとその場で回り結局は向かってくる。風を利用して土の盾は辺りの空気を操って、風も味方に付けているのだ。
土の盾は、杭を意識するだけで辺り一体の自然を成長させ、操れる。たぶん、これが本来の能力なのだろう。
ラミィの身体は一瞬にして草木に包まれて、大きな草だるまの腹の中に納まる。
「っどっせぇえええええいっ!」
ラミィの懇親の一撃が、その草だるまの腹を突き破った。魔力で蓄えられた草木を払いのけるのだから、相当な力があっただろう。
「ほい」
だから俺は、その一瞬の隙を付いて、ラミィの頭にぽんと手刀をあてた。
「え」
「はい、俺の負けな」
ルールで言えば、俺が触ったから俺の負け。
まあ、長くやるつもりは無かったし。
たぶんラミィが知りたかったのは、戦闘での実力面だ。
もし戦闘で、俺の手刀が氷の剣だった場合、死ぬだろう。
ラミィは戦う際に全力を振り絞って俺に対抗しようとしていた。
つまりは、全力で戦ってどこまで俺に立ち向かえるか試したかったのだろう。
でも、それじゃあ駄目なんだよ。
タスクも言っていた。戦闘に必要なのは強い能力じゃなくて、相手を騙すしたたかさだと。
戦いたいのなら、わざとでも遊び半分で戦って、俺を怒らせるか油断でもさせないと。
ラミィにはそれができない。競技を心のどこかで神聖視し、楽しむラミィには無理だ。
「大丈夫か? あんまり痛くないようにしたと思うが」
俺はラミィの顔を覗き込む。その顔は可愛くて、このまま持ち帰りたくなるような表情だった。
ラミィは俺にはたかれてから、呆然としたまま動かない。
色々な思考がせめぎあっているのだろう。
「ずるいよ……」
そんな、考えのまとまっていないラミィの口から出たのは、その一言だった。
「そりゃ、勝負だからな」
何の努力もしていない、残りの寿命を全部捧げただけの俺が、子供の頃から努力してきたラミィに完全勝利してしまう。
他にもラミィの敗北にはいろんな理由があるが、言わぬが華であろう。
ただラミィの今の限界は、この程度だ。
それをはっきりと、わからせてしまう。
「やっぱり、私って弱いねっ」
「そうでもないだろ」
ラミィだって実力も才能も環境もそれなりにあった。ただバケモノじゃない。
お互い、ばつの悪い感じに笑う。日本人特有のごまかしだ。
「まっ、いっかなっ! 仕方なしっ」
ラミィは突然ぱあっと笑って、俺の体に飛びついてきた。
不意打ちだったが、何とか受け止められる。避けたりするような格好悪いことにはならなくてよかった。
切り替えの早いのはラミィのすごいところだ。本意ではなくても、その本心を露にしないところは尊敬している。
「でもさ、やっぱりご主人には本心で話してくれよ」
「考えときますっ」
俺の唐突な台詞の意図もしっかり汲み取って、ラミィは俺の胸に顔をうずめた。
「約束だよ。アオくんさ、しっかり話してねっ」
「はい」
「なんでも、何回でも言うこと聞いてねっ」
「はい」
結局は、ラミィにおんぶ抱っこだ。俺の話しにくい話題も、なし崩し的に打ち明けることができる。
「少し長くなると思うけど、聞いてくれると助かる」
俺はその通りに、まっすぐと口を開く。
ラミィはただ頷いて、俺が何を話してもただ黙って聞いていた。
*
全部話した後、結局は執務室に帰らず、ラミィの個室らしき場所に帰ってきた。
執務室には挨拶無しである。ボイコットにしては酷すぎる気がするけど、これはまた明日気にすればいい子とだろう。
「あのー」
俺はこの場所まで連れてこられた立場だ。どうすればいいのかわからない。
話をしてそれから、ラミィは無言で立ち上がって俺をここまで引っ張ってきた。
どこにいくのかとか、なにをするのかを尋ねる事もできず。今に至る。
だって、俺が残り寿命に付いて話したあとだよ、そんな気まずい中で黙って手を引くってことは黙って付いてこいということだ。
到着してからそう何分も経っていないだろう。ラミィはずっと俺に背中を向けたまま、何もしないで沈黙を守っている。
そろそろ、なんか動きがほしい。
「……アオくん」
「は、はい!」
「あのね……今日一日だけでもいいからさ……私に……優しくしてくれないっ?」
「は?」
沈黙を破ったラミィから放たれた言葉に、俺はつい首を傾げてしまう。




