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第百五十二話「ていたらく わるいこ」


「申し訳ない気持ちもいっぱいなのよ! でも、だからこそ! わたーしが言いますわ、ラミィ、あなたの決意を尊重します! ノブレスオブリージュ、わたーしに出来ることなら何でも言ってくださいな!」

「レイカ……ありがとうねっ! でも、これは私が決めたことだから。もうちょっと頑張ってみる。本当に助けてほしい時になったら絶対に呼ぶからねっ!」


 なんにせよ、よかったのかもしれない。

 まだ始まったばかりだが、レイカの激励がラミィの心をちょっとだけ高揚させてくれた。


 ただここに来るというだけでも、レイカはしっかりとラミィのサポートをしてみせた。


「あなーた!」


 レイカが、綺麗な指をびっと立てて俺を指差した。

 一度後ろを見る。壁だよな。


「俺?」

「察しが悪すぎーい! あなーたに決まっていましょうに、なんですかその体たらくは!」


 レイカは言いながら、髪を搔き揚げ、優雅にポーズをとって見せる。お嬢様特有の威嚇の舞だ。


「体たらくって、ここにいるだけだろ」

「だけなのが、いけませんのよ!」

「まぁまぁっ」


 見かねてラミィがレイカの両肩に手を乗せる。どうやら仲裁に入ってくれたみたいだ。

 助かった。


「だから、いけませんの!」

「レイカ、アオくんはいてくれるだけでいいのっ」

「ラミィもですわ! なんでそんなに期待値が低いのかしら!」


 レイカはなんと今度はラミィに食って掛かる。なんというかせわしない。


「いてくれるだけ? そんな裁量で完結していいことではありませんわ! あのトウヘンボクは、あなーたの伴侶ですのよ!」

「……」


 俺はごまかすように頭をかく。自分が、とても情けなく、居づらくなったのだ。

 レイカの言い分に、納得してしまう。


 俺はここに来て何をしたかったのだろう。ラミィへの励ましだ。

 ラミィはそれこそ、きてくれるだけでも嬉しいと言うのは嘘ではない。現に、レイカは来ただけであそこまで喜ばれている。

 だがレイカは、その程度では足りないという。


 わかりきった話だ。来て励ますだけなら、レイカにだってできる。俺だけに出来ることをしろということだろう。

 ……何をすればいいというのだ。


「俺、期待値そんなに低いか」

「低いと思うよっ」


 ラミィは作業に戻りながら自然とそんなことを口にするあたり、なんとも遠慮がない。


「アオくんと付き合うことで一番必要なのは期待しないことっ。アオくんってさ、天邪鬼だからちょっとくらい気にしないほうがいいのっ。いざという時以外は役に立たないって言えばいいのかなっ」

「ナ、なんですのそれ」

「もう付き合い長いからねー」


 ラミィは気楽に言ってのけるが、俺傷つくぞ。奴隷紋章反応してよ。

 レイカもなんか呆れているのか、言葉を失っている。

 まあ、こういうところがあるから気楽にいけるとも言えるか。俺もラミィも疲れないような付き合い方を学んできたというか。


 ふと、ラミィの視線を感じる。目を見てたというわけではなく、なんとなくわかるのだ。


「何だ?」

「ううん」


 ラミィは何かを待っている感じだった。期待をしないにせよ、ここに来たことに何かを感じ取ったのだろうか。

 もしかして、俺がホムラ関係で話してくれるのを待っているのかもしれない。


「……そうだよな」

「……」


 俺の呟きに、ラミィの視線がまたこちらに集中する。

 話しておくべきだろう。フランにどう話すか悩んでいたが、それこそラミィやロボにだって話すべきことなんだし。


 よし、とりあえずは受付ミニに外出許可を取ろう、時間だって少しくらいなら大丈夫だろう。


「あの――」

「ナーゴさんっ、休憩とっても大丈夫ですかっ!」

「なんだおみゃ、ペラペラな喋りしてた癖にまだおねんねしたいんか。まだたくさんどっさり残ったこれどうするよ。書記に逆転ホームランはないでよ」


 俺が言おうとしたら、ラミィに先を越された。

 受付ミニはもちろん面倒そうな顔をしている。色々と忙しいし、俺と二人で話すとなれば外に出る。それを懸念してのことだろう。


 ただ、ラミィの押しはここぞと言う時に強い。キラキラした目力がある。

 そしてレイカも前に出る。


「どうせならわたーしも」

「まて待て静かにしよう! 私ぁ決めるんだからな。うん、ええぞ、止めたって聞きゃせんだろ」

「っ! ありがとうございますっ!」

「感謝しろよおみゃら、ちょびっとだけ時間やるからな。タダでやったんだぞ」


 ラミィはすぐに立ち上がって、俺の手を取った。


「アオくんいこっ! 早くしないと時間無くなっちゃうっ!」

「ほれ、おみゃあはこっちこい」

「わたーしに雑用を手伝わせる気ですわね! 受けてたとうじゃありませーんか!」


 レイカはナーゴに近づきながら、俺とラミィのほうを向く。


「わたーし、おそらくタスクとの決戦には出られませんの。イノレードが忙しいって、いいわけにもなりませんけど。だから、せめーて、この間くらい、わたーしが持ちますわ」

「レイカっ、愛してるよっ!」

「わたーしもその倍は愛していますわ!」


 レイカのブイサインがなんとも格好いい。

 ラミィの気楽な投げキッスを置き土産に、この部屋の扉を閉めた。



 ラミィがずっと、俺の手を引いて歩いている。

 どこにいくのかは疑問だった。あんまり時間をかけられるわけじゃないし、俺が話さないといけないことは結構ある。


 でも、どこから口に出せばいいか。


「アオくんって、今日まで何してたっ?」


 するとラミィが、前を向いたまま話題を提供してくれる。

 ほんとこういうとこ、甘えてばっかりです。


「今日までか、特に何も……」


 夏休みとかでも、最初の一週間ってほとんど何もせず終わる気がする。まだ始まったばかりだと、頭の中で適当に予定を立てて終わるのが基本だ。

 結局一人だと、なにもすることなくて家にいることが普通になるけれど。


 ラミィはこの一ヶ月間、たぶん余裕なんて無いのだろう。毎日が大忙しだ。

 俺だって、本来ならば残りの寿命とも言えるこの時間を必死になって生きていたほうがいいのかもしれない。


 必死を迫られないと、俺はこうまでクソなのか。


「じゃあ、他のみんなはどうしてたのっ?」

「ああ、ロボなんかは朝早くに出かけて、何をしているのか全くわからん。ラミィも起きるときロボいないの知ってるだろ。マジェスは広いし、探すのは難しい」

「フランちゃんは?」

「フランは……うん。リアスとよくいるよ。なにしてるのかはわからないけど」


 ロボとラミィが朝早くに出かけるので、俺の朝はフランと二人っきりだ。

 昔から何かを話してワイワイする仲でもないし、無言のままでもそこまで気にならない。が、俺が変に神経質になっている。


 流石のフランもそのことに気づいているのか、時たま俺の顔を下から覗き込んで眉を八の字にすることが多くなった。


「じゃあ、私が最初なのって、消去法なんだねっ」

「まあ、そういうことだ」


 俺は遠慮することなく、ぶっちゃけた。嘘つく必要が無いのは気楽で嬉しい。

 でもラミィって、嘘でも励ましてほしいタイプなんだろうな。ちょっと渇いた笑い声がするし。俺が悪い子ですまん。


 そうこういっているうちに、外に出た。人目の少ない所にあったベンチに御互い腰掛ける。


「アオくんってさ、変わったよねっ」

「変わった?」

「うんっ。まー本当に最初に会った頃に比べれば雲泥だけど、特に、火の魔法を使えるようになってからかなっ」

「わかるのか」


 やっぱりラミィは察しがいい。

 俺の体が変わったことに気づいている。でも、どこまで何が起きているのか、そこまでは知らないのだろう。


 奴隷であることをさし引いたとして、たぶん何を言っても、ラミィなら大丈夫だと言う安心感がある。

 贔屓目も結構あるだろうが、付き合いが長いから仕方あるまい。


「アオくんっ、別にね、私はそれが悪いことだとは思ってないよ。アオくんはよく笑うようになったし」

「笑うって、そんなの昔っからあっただろ。俺は無愛想だが感情はある」

「そういう意味じゃなくてね、なんというか、肩を張らなくなったというか、今のアオくんなら、出会った時も仲良くなれたかもって」


 そんなに変わったのだろうか。わからない。

 というか、火の魔法を使えるようになってからか。ホント目ざとい。

 ホムラのおかげで、俺は泣くことが出来た。あのことを言っているのだろう。


 ほとんど見抜いた上で、ラミィは俺の言葉を待っていたのだ。

 できた子である。


「やっぱりラミィは俺に相応しくないな。わかりきっていたことだけど」

「やぁ、アオくんってばっ」

「でもだから、俺はそういうお前が嫌いなんだ」


 俺はできない子だと思う。こんな時ですら、綺麗には終われない。


「結構前の話になるけど、俺のクラスにいた美人先生の話、覚えてるか?」

「うんっ」

「あの先生を見る目は、肥溜め事件があってから変わったよ。誰にでも優しい先生だったけど、そうじゃないんだ。捻くれた目だからこそ見えるもんがある。簡単に言うとそう、腹黒だった」

「腹黒?」

「極力、自分の手を汚さないんだ。荷物もちだってそう、重たそうにすれば誰かが手伝ってくれて、泥仕事なんかはうま~く生徒にやらせるように誘導するんだ。目線とか、仕草とか、顔とか、そういうアドバンテージを最大限活用して、自分が楽をするタイプの人間だってわかった」


 子供ってそういうのに聡いって言うけれど、それは思った事をすぐ口に出すだけだ。行う奴が下手糞ですぐばれるせいなのだ。オトナと違って嫌な感情を判りやすく表に出すだけ。

 本来子供は、騙されやすく、洗脳されやすい。一度その人の思考に染まってしまえば、疑いすら持たなくなる。

 あの先生を見る目ははまさに、俺だけ頭を叩かれた衝撃で洗脳を解かれたような気分だった。


「俺は要領が悪かったから真似なんて無理だった。先生も俺の態度をすぐに見抜いて、あんまり近寄らなくなった。俺はな、ラミィに始めて出会ったとき、この先生に似てるなって思ったんだ」


 その仕草や行動で人を引きつける天性のカリスマは、俺にとって手に入らない産物だ。

 ようは、憧れて嫉妬したのだ。


「でも不思議だよな、ラミィは俺から距離を置くよりも、距離を近づけるほうを選んだ。正体までバレたのにさ」

「私だって、昔はそんなんだったんだよっ」

「あ……え!」


 俺は思わず隣にいたラミィを凝視してしまう。

 ラミィはベンチに腰掛けて足をぶらぶらさせながら、我が意を得たように笑う。


「私が幼い頃病弱だって、話したよねっ」

「あ、ああ」

「その時の私はほんっとうにずる賢かったんだよっ。病弱なのをいいことにやれることは全部下々に任せてね、それが許される環境だったから、私は調子に乗ってたんだっ」

「そうな、のか?」

「うんっ。それを見かねたお兄様が、師匠を連れてくるんだけど……」

「それで更正したと」

「ううん、むしろ元気になって、もっとわがままになったよっ。師匠はすごく甘かったし」

「はぁ?」


 なんじゃそれ、悪循環じゃないか。

 いや、まあわかる。ラミィは子供の頃も可愛いだろうし。


「じゃあどうしてこうなった」

「えっと、お兄様にイムレさんって恋人ができてから」

「んん? どうしてそうなる」

「私ねっ、お兄様取られたみたいに思って嫉妬して、イムレさんに辛く当たってた時期があったの。つまりはいじめね」


 嫉妬から家来を虐める。ホント暴君みたいなことしてるんだな。

 ラミィは思い出してなんとも苦そうな顔をする。たぶん、いい結果にはならなかったのだろう。


「でもイムレさんって、すごく強かったのっ。それこそ上から花瓶を落としても跳ね返してくるし、湖に落とそうとすると逆に落とされたりねっ。元々そういう環境で育ったみたいで。で、それからどうしたと思うっ?」

「そういう悪い子はな、都合が悪くなると親に頼るんだよ」

「正解……やっぱアオくんそういうのわかるんだねっ」


 悪い子ってのは、親が騙されやすいことを、贔屓目で見てくれることを知っている。

 四人の子供が同じ悪いことをしました。一番目の子は罪悪感に苛まれて、皆で大人に白状しようと言います。二番目の子は反対します。でも他の子は同意してしまい、一番目の子を留めることは出来ませんでした。

 二番目の子はどうしたか、自分だけが先に白状することを選びました。

 そうすれば、一番目の子があとでどれだけ弁明しようと、白状した二番目は罪が軽くなります。

 大人をだますのが上手い子を、俺は悪い子という。あとはクソガキだ。


「でもね、お兄様も師匠も、私がいくら嘘をついても、すぐに見抜くんだ。どれだけこっそりやっても、すぐに意図を見透かされて、逆に私が怒られるようになっちゃった」


 悪い子と賢い子を分けるのは何か、それは親の存在だ。


「お兄様と師匠は私を甘やかしてくれたけど、嘘はつけなかったの。イムレさんも遊びじゃ済まされないようなことをされたのに、それでも私と仲良くしてくれた」


 親がしっかりするというのは、こういうことなのだろう。恵まれてるよ。


「初めて私は負けたっ! って思ったんだ。そのせいで今も、イムレさんには頭が上がらないし」

「それで、悪いことはしなくなったと」

「うんっ。悪いことって、隠せないだってわかっちゃったんだっ。逆に、いい事だって隠せないから、いつの間にか人助けが趣味になって……って感じっ」


 ラミィ兄とゴオウは、ラミィ以上に察しがいいのか。いい事と悪い事を見抜かれるんだったら、そりゃいい子になるよな。


「だからだと思う。アオくんたちに近づく事をやめなかったのは。アオくんは特に、そういうところは師匠にも似てたから」

「俺は察しはよくないぞ」


 人の悪意に敏感なのは認める。


 にしても、ラミィの敗北話か。

 初対面の時、俺はラミィが一度だって敗北することなく、のうのうと暮しているなんて想像していた。

 そんなわけないのだ。ラミィにもそれなりの積み重ねの上に、今の人格がある。


「天国のお母様、今日は許してくれますよねっ」


 ラミィは空を見上げながら、一人呟いた。なんか聞き覚えがあるな。なんのときつかったんだっけか。

 俺がぼおっとしていると、ラミィが俺の手を取った。


「アオくんっ、遊ぼっ!」

「うえ、遊ぶのか」


 引っ張られるように立ち上がったせいで変な声が出た。


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