第百五十一話「みさかい こらえ」
「こんなことって、ありかよ」
せっかく手に入れた力を目の前で横取りされるとか。PS悪魔城じゃねぇんだぞ。
「ぬし、何をそこまで悲観的になる」
「だってさ、都合よく使えるのが一回だぞ。タスク、アルト、最低でも二回は変身したいんだよ。実際はカエンだって待ち受けてるし」
「アオ、ぬしは馬鹿よの。何故その戒律をひたすらに守る必要があろうか」
ホムラは俺のおでこに指を当ててぐりぐりする。痛い。
なんというか、俺が落ち込みそうになっているのを励ましてくれている気がする。案外優しいところあるよな。
守る必要はない。発想を変えろと。
「……ああ、そうか。俺が変わればいいのか」
「そうさの。ぬしがしっかりとした、必然的な理由を見つければよいのじゃ」
たとえ俺が死んだとしても、死ぬまでにしっかりとした必然性を見つければ、イケメンモードは戦ってくれる。
「でもそれって滅茶苦茶難しい気がするんだが」
逆を言えば、それが出来なければ、思い通りにいかない可能性は高いと言うことだ。
「死ぬまでの課題さの」
「死ぬ死ぬ言わないでくれよ。一応意識は残るんだし。俺の体であることは変わりないし、俺の人格も受け継ぐならそれなりに楽しんでくれそうだし」
死ぬと言われても悲壮感が無いのはここにある。
実質セミオート俺になるって考えればいいんだ。たぶん。
ラミィには今くらいの扱いでいいからな。ロボもまあ今くらいで。
……フランは、どうしよう。
まあ俺の本心からすれば、大切にしてくれるはずだ……だ。
*
「アオ殿! あれはなんでしょう、とても屈強そうです!」
「ああ強そうだな」
俺たちはもう、マジェスの門前の原っぱにまで到達していた。
ここまで来るのに三週間くらいかかった。ラミィとの時は一ヶ月以上だから、それなりに早い計算だ。
「あちぃ~」
スノウの気だるそうな声が、隣から聞こえた。着ている水着をパタパタさせて鈴を取っている。見える。
「アオくんって見境ないよね、ねっ!」
ラミィは機嫌が悪い。それもこれも、ロボとの関係が露呈したからだ。
隠し通せるものじゃないのはわかっていたし、話すつもりでは合ったが、タイミングが合わなくて昨夜に発表したばかりだ。
「ラミィ殿! すべてはワタシの」
「いやそれはやめろ、俺が人のせいにしてるみたいだからやめろ」
「アオくんのこらえ性がないからでしょっ」
ラミィは自分が奴隷という身分がわかっている。ロボがどんな気持ちで俺と旅をしていたのかも、俺以上に知っていたみたいだ。
だから、理屈から言えば怒ることは意味がない。
普通に言えば、怒るのが当たり前だ。
「もうさっ……もうさっ……」
「……うん」
俺は内心申し訳ないと思いながら、ちょっと嬉しかった。
なんだかんだで嫉妬してくれることに、感動してしまった。自分が屑だと再自覚するのに十分な、感情だった。
もし旅が始まったばかりなら、ただ呆れるだけでここまで怒りはしなかったと思う。
「おら! あんたら早く入るよきな!」
スノウは俺たちのやり取りも関係無しに、さっさとマジェスの入口に向かってしまう。
ラミィも早足で、俺にわざとぶつかってから向かう。最近、奴隷紋がまったく反応しない。
ロボはそれのフォローに回ろうとラミィの隣に付く。
「ロボさんはなにも悪くないんだよっ……」
「あ、いえ、それは」
「何も悪くありません」
ラミィがちらりとこちらを見てから、ぷいっとワザとらしくそっぽ向いた。
「ロボさんもね、流れに任せすぎっ。あとで絶対に大変なんだからねっ。もうなっちゃったものは仕方ないし」
「後悔など……それこそ共にアオ殿を守る絆を固めたと確信いたしております」
「でもアオくん酷かったでしょ」
「……否定はいたしません」
ラミィとロボはまあそれなりに会話している。共通の話題で盛り上がっている感じだ。
いちおう命令でお互いに変な仕打ちをしないようには言ってあるから大丈夫だと思う。ロボは陰険なことしても隠せなさそうだし、ラミィは奴隷だし。
「……アオ?」
残された俺とフランが、原っぱで一歩を踏めずにいた。
「ああ、フランか」
というのも、俺がフランに対して距離を置いてしまっているからだ。
ロボとの関係すらなかなか言えなかったのだ。
俺が死ぬなんて話は、もちろん出来ていない。
こういう内緒ごとって、伸ばせば伸ばすほど大変なことになるんだよな。
ラミィとロボなんかは勘がいいから、もしかしたらもう気づいているかもしれない。
「フランか……」
「アオ?」
フランが、純粋な目を俺に向けて首をかしげる。
たぶん、フランは気づいていない。勘とかそういうものが、俺に似てつたないからだ。
もし話したとして、そのときの反応を一番見たくないのは、どうなるのか想像付かないのが、フランだった。
「行く」
「あ、待って!」
俺は早足になって先を歩く。
こういう先延ばしって、俺は一番嫌いなんだよな。一番駄目な時にばれてしまいそうな気がして。
*
マジェスの王室は、前に来たときとはなにも変わっていなかった。ベクターが椅子に腰掛けて、俺達を堂々と待っている。
「きたか」
あとくわえて、マジェス戦闘隊長であるゲノムと、
「お母さん」
「おかえりなさい、フラン」
フランの母であるリアスも、この部屋に集合していた。
「相変わらず、あたしとしてはこの場所嫌いだわ、冷淡にちゃっちゃと済ませない?」
「過去の英雄とはなかなか話のわかる成り者らしいな。リアス!」
ベクターがリアスに声をかける。
リアスはフランに向けていた視線を上げて、辺りを見渡してから、口を開いた。
「今回、わたしたちの目的は原初精霊を含めた多数の精霊の助力を得ることです。冥の精霊の封印陣を作ったのは原初精霊ですが、これは人魔聖戦の最中に作成、完成されたものと言われています」
「じゃあ、精霊さえ味方すればすぐにでも作ってもらえるのか?」
「確証はありません。が、可能性は高いです。現にわたしたちの国に潜む斥の精霊へ相談しましたが、ただ原初精霊が集まればいいというわけではないものの、精霊の数さえ揃えば可能であると」
「で、具体的な数は? あたしにわかりやすく」
「わかりません。なにせ初めての試みです」
精霊をたよるなんてことは、この旅ではしょっちゅうだった。でも実際の効果といえばまちまち。
「じゃあっ、私がどれだけ精霊の人たちを味方に出来るかがかかっているんですねっ」
「まとめて言えば、その通りです」
「……お母さん?」
「もどかしいばかりです。どれだけの実験や実証を繰り返しても、最終的な技術は精霊にばかり。わたしたち人間は、とても無力です」
リアスは言い切ってから、悔しそうに拳を握る。
魔法陣を生業にしている人間が、精霊の魔法陣を頼る。それにはかなりの悔しさがあるのだろう。
結局は、精霊がいないと何もできないのではないかと。
「わかってるじゃない。あんたら人間は無力だ。集まったところで何も出来やしない」
スノウが、挑発するようにリアスに声を放った。
なんだそれ、この場をかき回すみたいな言い草はよくないと思うが。
俺はちょっとだけむっとしたが、ベクターは一笑に伏した。
「だが、何かを始めることが出来る」
「そうよ、あんたら人間は所詮小さな波紋を広げるだけの存在。でも、それができるのはあなたたちだけ」
スノウは何か嬉しそうに腰に手を当てて、ベクターを見る。
「自分にできることを見据え、それを忠実に実行する。それが出来る国で安心したわ」
「見下げられては困るな。出来ることだけをするのなら猿にも出来る。人の身に余る大望を抱くことこそ我が国の本懐」
ベクターは立ち上がって、スノウの目の前にまで迫る。
そして二人は、まるで殴りあうように手を出して、グッと握り合った。
「なんだこれ」
「いい話だ」
ゲノムがちょっとだけ微笑んでいる。これはいいことなのだろうか。
いや、いいことだと思う。スノウとベクターは案外気が合うようだし。
「まったくわからないわ」
基本的にはフランの言葉に同意だ。
リアスが一度咳払いをして、この場を仕切りなおす。もちろん彼女もわかってない。
「とにかく、必要なのは精霊の味方です。そのためにラミィ様を今回、世界的な英雄に仕立て上げ、世界の意思を出来る限り統一させます」
「統一なぁ……」
「伝の魔法にて、ラミィ様の声がどれくらい届くのかが鍵になるでしょうね」
伝の魔法で、ラミィの言葉を全国に届ける。
言ってしまえば簡単だが、かなりの難題だと思う。説得に失敗すればそれで終わり。二度目はないのだ。
しかも、ラミィに全世界の命運がかかるのだ。プレッシャーなんて並大抵のものじゃない。
「ラミィ?」
「大丈夫っ」
ラミィは大きな胸を張ってガッツポーズを決めるが、冷や汗は拭えてない。これで本番になればどうなるのか。
たぶん、ラミィの心労を拭うのが、今後の俺たちの役割だ。
「ベクター。演説はいつだ?」
「すぐにはできない。我々はトーネルを通して、この現状を全世界にそれとなく流布している。ラミィを英雄視させる流れを、少しでも強めてからのほうがいい」
「世情操作までするのか」
「やらなかったから駄目になったでは話にならん。全力を尽くし、ここぞと言う時にカードを切れぬ奴は負ける。とはいえ、悠長にもしていられん」
ベクターは人差し指を立てて、俺たちに見せる。
「あと一ヶ月だ。それまでの間に、全てを整え、決戦を挑む」
「一ヶ月……」
今までの旅路からすれば、それなりに長い期間だと思う。
これまでのことを振り返ると、同じ場所に一ヶ月以上いたなんて記憶はない。つまりは、俺たちにとって一番長い休暇だ。
それまでの間に、やることはたくさんある。
ラミィの手助けや、フランへ打ち明けること。
「一ヶ月……か」
でも一番の懸念は、自分自身。
あの姿になるのが、一回で済むなどとは思ってない。
もしかしたら俺は、勝つにしても負けるにしてもこの決戦で旅を終えるかもしれない。
人として生きていられるうちの、最期の期間だ。
一ヶ月は、長そうに見えるが、とても少なかった。
*
もう三日くらいは過ごした。
「アオくんどいて!」
「お、おう」
執務室みたいな場所で、ラミィが働いている。
この場所はマジェスの中でも最高級の技術と素材によって仕立て上げられた部屋らしく、装飾品から何まで高級感がただよう。それなのに成金っぽくない、上品さも合わせ持っているのが持ち味らしい。
ラミィはこの部屋での執務を主に、マジェスで働いている。
「ナーゴさんそこの取って!」
「おうよろしい!」
ラミィのやっていることの主は、手紙などの机仕事だ。秘書としてマジェス冒険者ギルド受付ミニのサポートも着いている。
「ほれ、なにとろくしゃぁことしとるんな。よう見い。私ぁナーゴだよ」
この執務は、全てラミィが希望したことだ。
ラミィは然る演説の時まで、身内以外とは会わない約束をさせられた。ラミィの持つ秘匿性を高めて、噂に尾ひれを付けようという算段らしい。
だからといって、ラミィにやることがないわけじゃない。直筆でその士気高揚を兼ねた事務作業が残された。
ただの手紙とはいえ、世界全体に流布するものだ。忙しいに決まっている。
「……」
俺はそのラミィの個室にあった椅子一つを牛耳り、ただ座っているだけ。
「……」
「ほれそこの、置物みてぇにガラガラうるしゃぁ!」
「すいません」
何も喋ってないと思う。
俺はこの手伝いに参加してはいない。ロボもフランも、何か別のことをするらしく手伝いは断った。
じゃあ何故俺がここにいるかといえば……冷やかしになるのだろう。
手伝いはできないが、何か励ましでもしてやろうと部屋に来たわけだ。
「……」
でくの棒とはこのことだろう。
「ほーほー!」
「こちらですわね!」
そんな時だ、勢いよく扉が開かれた。
この甲高い声は俺も知っている。
「ねぇナーゴさんっ、この場所はどうしたら」
「ラミィ! わたーし! わたーし!」
「え……えっ、えっ、レイカ!」
レイカの、カリスマの固有スキル大声がこの部屋に響く。
イノレードのお嬢様レイカだ。ラミィが学園にいたときに最も印象に残った親友であり、崩壊したイノレードで、リーダシップをとっていた人物。
執務に集中していたラミィも、その声には流石に気づいた。難しい顔をぱあっと明るく光らせて、レイカのことを迎えた。
俺ん時はあんな顔はしなかった。
「久しぶりっ! 本当にレイカだよねっ!」
「ええ、牙抜き作戦の時以来ですわね。といいましても、ワターシは避難民の先導でほぼ会話などありませんでしたけど」
ラミィとレイカは、互いに振り回すような握手を交わす。
「それでも、御元気そうでなーによりですわ」
「うんっ、うんっ!」
「それにしても、センスに乏しく、みすぼらしい湿っぽい場所ですことね! 我が親友ラミィの暮す場所ですのに! 他にいい場所は無かったのですの!」
レイカは部屋の中を見回して、その高級な家具に顔をしかめる。あと俺の顔をちょっと流した。
「れ、レイカ……」
「ごめんなさいラミィ。元より、ご学友は全員呼ぶつもりでしたの。それなのにあのごうつくばりの王ときたら、臨時でワターシだけ許すとか! 何様ですの! わたーしの顔を立てるのならば、全ての要求を呑むべきですのよ!」
この部屋の中が五割り増しくらいに騒がしくなる。




