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第十五話「はむすたー つち」

 ギンイロガブリの見た目は、二足歩行するオオカミだ。体格はバスケットボールの選手くらい。目は鋭く、爪と牙と、銀色の体毛が綺麗に輝いている。

 奴の足元には、大人が数人倒れている。中には手がもげたり、動かないものまでいる。


 ギンイロガブリの気配が、こちらに向いた。


「水! やるしかねぇのかよ」


 咄嗟に氷の剣を具現化させて、横に構える。

 ギンイロガブリは予想通りこちらに向かい、氷の剣に爪が引っかかった。

 速さはチョトブくらい。しかも直線的で、あまり賢くない。対応できないわけじゃない。だが、


「さ、ささんねぇ!」


 コウカサスのときみたく、強固な銀毛が剣を防いでいた。表面しか凍らない。

 さらにギンイロガブリは、残った手で俺を引き裂こうと手を振りかぶった。やばい。


「コウカサス!」


 フランの魔法が放たれる。俺の体は堅くなり、五体満足を保てた。

 助かった。一ヶ月培ったフランとのコンビネーションが今生きてきている。


「ナイス!」

「アオ、まだ来る!」


 ギンイロガブリは追撃をかける。足を踏ん張り、飛びかかろうとして、


「おそ」


 受付姉ちゃんが、ハンマーで足を引っ掛けた。ギンイロガブリが大きく前に転ぶ。


「ダブルナイス!」

「ださ」

「アオ、ダサい」


 二人とも厳しいよ!

 俺は転等の隙を逃すまいと、倒れたギンイロガブリに肉薄する。


「フラン、水だ! 奴にかけろ!」

「うん、水流!」


 倒れたギンイロガブリに水の圧力がかかる。ある程度の打撃は通っているようだが、ダメージは少ない。

 だが、目的はそれじゃない。


「よっし! 永久凍結だ、ZIPになれ!」


 俺の剣が、ギンイロガブリの濡れた体に当たる。

 コウカサス用に考えていた、敵への対処方法だ。全身を凍らせて、呼吸を止めて動けなくする。

 目論見どおり、ギンイロガブリの体は凍っていく。が、


「なっ!」


 ギンイロガブリの銀毛が、逆立った。水気どころか、凍結しかけた全身の氷までも弾かれる。


「やば、弱らせてからじゃないと駄目か!」


 迂闊だった。敵はコウカサスじゃない。あの銀毛はとんでもない性能のようだ。


「つか、なんで俺たちしか戦ってないんだよ!」

「街のやつらは逃げたよ」

「薄情な!」


 にしてもやばいぞ、俺の剣が通じない。少なくとも、弱らせないと使えない。


「二人とも避けて、コンボ! 火、光!」


 フランが最強魔法で挑む。レーザー照射だ。

 俺と受付姉ちゃんは距離をとって、倒れたままのギンイロガブリはレーザーをまともに受ける。


 効いている。直接の熱と打撃は効いているのか。

 でも、俺の凍結じゃある程度的に触れていないと意味無いし、さっきみたいに弾かれる。


 どうする、どうする。


 ギンイロガブリが、動いた。


「……っ! まだ日焼け中だろうが!」


 頭が弱い分、ギンイロガブリはダメージも関係なく動き始める。脅威に対する怒りの方を優先している。

 つまり、次の狙いは、


「フラン!」

「……っ!」


 フランが、魔法に対する苦痛で顔をしかめている。あの状態じゃ、避けることは難しい。


「ああっ、畜生!」


 俺が向かうしかない。でも、どうする。

 受付姉ちゃんがギンイロガブリを足止めしようとするも、


「きゃ!」


 レーザー照射された敵に上手く近寄れず、逆に迎撃されてしまう。

 ギンイロガブリの気配が、完全にフランに向いた。

 動けるのは、俺だけ。氷は、使えない。


「土!」


 俺は咄嗟に、氷の剣を解除して、土の盾を出す。

 フランを守るため、ギンイロガブリの攻撃の間に、割って入った。



「アオ!」


 後ろで、フランの声が聞こえる。どうやら、俺が間に入ったときにはレーザーを止めてくれたようだ。背中が焼けてない。

 前は、ギンイロガブリが土の盾に爪を立てている。しかし、土の盾はその牙を寄せ付けることなく、カタカタと爪と盾とで音を鳴らしていた。

 俺は盾を押し込み、ギンイロガブリを弾く。それに反応して、奴は後ろに飛んだ。


「ふぅ……」


 氷の剣が効かない以上、消去法でこいつを出した。

 ギンイロガブリが、体勢を立て直してもう一度迫る。


「かってえんだよ俺のは!」


 だが土の盾は、いとも簡単に攻撃をいなしてくれる。土の盾がだ。

 この盾のいいところは、杭を地面や床につけていれば衝撃をほとんど流してくれるところにある。杭の先が平なのはそのためだろう。

 前にアルトと戦ったときみたいに、地面ごと吹っ飛ばされなければ守れないものはないんじゃないだろうか。絶対防御だ。


 ただこの盾には、致命的な欠点がある。


「敵の体力が、回復してるっ! 早くしろ」

「う、うん」

「な、なんだいそれ」


 二人が慌てて、攻勢に移った。

 土の盾には、地上からくみ出される体力と傷の回復能力がある。近くにいるものすべてに対して効果があるのだ。つまり、敵にも効果がある。

 俺も疲れを感じず、ずっと使っていられるが、敵の接近を許せば条件は同じ。泥沼の戦いになってしまうのだ。


「盾はあんま使いたくないんだよ!」

「火の弾!」


 フランの火がギンイロガブリに当るが、ほとんどダメージがない。元々接近向きでないため、フランは俺の盾の恩恵は受けられない。


「浮上の土!」


 いつの間にかギンイロガブリの背後にいた、受付姉ちゃんがレアカードを使った。

 ギルドの床が膨らみ、地面から噴水のように土が湧き出る。流石のギンイロガブリも、足元からの攻撃には吹っ飛んだ。三軒向こうの家にまで飛んでいく。


「なにあれ、黒ひげじゃあるまいし」

「ギンイロはまたこっちに来るよ、鼻もいいし、この辺にもう人はいないだろうからね。だから飛ばしたの」

「つってもどうするんだよ」

「あんた等が案外頼りにはなったけど、結局何にもならないわね。拘束は難しいし」


 拘束は無理だろう。あの化け物じみた氷の剣ですら無理だったのだ。

 受付姉ちゃんはハンマーを方に抱えながら、冷や汗をかいている。場違いだがちょっと色っぽい。


「やっぱ、無理だったね」


 受付姉ちゃんの、自重した笑み。なんだろうか、すごい自虐的に聞こえる。


「ギルドがもっとしっかりしてくれれば、ねぇ」

「……」


 あの、このギルドに来たおっさんの台詞だ。

 彼女はもしかして、この状況に責任を感じているのだろうか。

 今までの言葉から察するに、討伐隊を組んだのはこの受付姉ちゃんなのだろう。全滅の原因を作った張本人といえば、そうなる。


「あんたらさ、せっかくだから、もうちょっとだけ付き合ってくんない? その盾なら、周りが避難するくらいまでは十分生きられるだろうし、そのあとは逃げてもいいからさ」

「逃げるって、あいつは追ってくるぞ」

「はぁ? 餓鬼んちょが心配することじゃねぇのよ」


 突き放すような、受付姉ちゃんの声だった。これで確信した。

 彼女は、この状況を自分の犠牲で賄おうとしている。

 確かに周りから見れば、受付姉ちゃんにはそれをする責任があるだろう。


 でも俺は、そんなの認めたくなかった。


 学校で飼っていた、あのハムスターを思い出す。

 最初のうちは当番制で、一日に二回、誰かが餌をやる決まりになっていた。でもサボる奴が何人か出てくる。変わりに、委員長とか真面目だったころの俺がやってしまう。そうすると、自然とそいつ任せになるのが当たり前になって、誰もやらなくなる。

 俺と委員長だけになると、それを委員長が嫌がって、俺一人でハムスターに餌をやることになった。俺は責任感みたいなものまで生まれて、役割をまっとうする。

 ある日、俺が風邪を引いた。一週間くらいだ。

 風邪が治って、学校に来た日、ハムスターが死んでいた。

 風邪をひいて、まわりにやる奴がだれもいなかったからだ。

 俺が餌をやれなかったせい、俺のせいで、死んだ。


 この思い出の体感時間はたぶん百分の一秒くらい。俺の、あんまり好きじゃない記憶だ。


「餓鬼んちょじゃねぇよ、だから心配する」

「はぁ?」


 ギンイロガブリの気配が、ギルド中に充満し、濃厚になっていく。


「仕方なくあんたがやっちまった責任なんて、なんで取る必要がある」

「……うるさいってつってんのよ」


 ギルドの屋根が落ちた。ギンイロガブリが、攻撃してきたのだ。目標は、受付姉ちゃんだ。

 俺はとっさに受付姉ちゃんを突き飛ばし、土の盾を上向きに、攻撃を防ぐ。杭を床から放し、吸収しきれない衝撃が両腕を痺れさせた。


「あんた一人が悪いんじゃない。元気出せよ。俺も、今回は手伝ってやるからさ」


 死んだハムスターよりも、殺した俺を見るたくさんの目。

 俺はそのときにかけてほしかった言葉を、自分で言った。


 ギンイロガブリが、体制を崩した俺に、体を捻って盾の内側を攻撃しようともくろむ。


「なっ、内側は弱いんだって――」

「水流!」


 横から、フランの魔法がオオカミを弾き飛ばす。そのまま俺の元にまで駆け寄り、守るように前に立った。


「アオって、人を守ったり見捨てたり、何を基準に選んでるの?」


 フランが珍しく、俺に向かって溜息を吐く。

 ちょっとおかしくて失笑するが、俺も隣に立ち上がった。


「俺もよくわからん。ただ、今のところ一番優先なのは、フランだ」

「ばかね」


 フランはちょっとだけむっとすると、恥ずかしげにそっぽ向いた。戦闘中なんだが。


「わたしも、アオを選んであげる」

「あんたら二人とも馬鹿だよ……助かる」


 受付の姉ちゃんが、俺達二人のまた隣に立った。ハンマーを起用に振り回し、下段に構える。

 あの武器は、たぶんギンイロガブリ用に準備したものだろう。あいつには、打撃が一番有効だ。


 さて、これからどうやって攻めるか。


 必要なのは打撃武器だ。たぶんデブラッカじゃあまりダメージも見込めない。そもそも、コモンアンコモンの魔法やコンボでどうにかなるのであれば、討伐隊が倒しているはずだ。

 現状況で、常識外れの打撃が必要だ。でも、俺の武器に打撃なんてものが――


「ん?」


 そこでふと、土の盾を見てみる。

 頑強な守りの部分より下の、杭。これは先っちょが平なため、敵に刺さる事はない。


「……やなこと思いついた」


 ぼそりと、二人に聞こえるように言う。

 たぶん、今日一番痛いんだろうなぁ。

 フランと受付の姉ちゃん、二人の視線が、言いだしっぺの俺に無言を許したりはしなかった。


「これ以外に方法もないし……フラン、硬化頼むわ」

「アオ? わかったけど……」


 俺が前に出る。

 ギンイロガブリの気配が、わかりやすく俺に向いた。


「コウカサス?」

「……チョトブで腹は慣れてる、やるならボディにしてくれよ……」


 愚直に突進してくるギンイロガブリに対して、俺は盾を横に伏せた。

 振り子の要領で後ろに振りかぶり、


「ここから、いなくなれー!」


 ギンイロガブリが来るタイミングにあわせて、杭を突き出した。

 盾はたぶん、既存の武器よりかずっと軽いのだろう、だが俺は日本人だ。軽々振り回せはしない。

 杭で攻撃するのなら、カウンターだ。敵が来るタイミングにあわせて、こっちの杭をちょっと押し出すだけでいい。


 タイミングはばっちりだ。俺が喰らうことを除けば。

 俺の右胸にギンイロガブリの爪が当っている。食い込んではいない、むしろ膝が、重いものを落とされたような衝撃で砕けそうだった。関節は、動くために硬化が薄い。


「クソ痛い……」


 幸い、ギンイロガブリの腹に、杭がいい感じに突き当たった。あとは、


「……頼むよ」


 盾任せである。

 土の盾は応えてくれる。盾の内側が一度空気を吸い、爆発音とともに杭を突き出した。


 今までやる必要のなかった、打ち込みだ。元々先っちょが平らなため、地面に刺さることも出来ないものだが、こんな使い方もあったのか。最初使ったときは何も起こらなかったもんな。

 もしかしたら、あの氷の剣のような、桁外れの効果が期待できるかもしれない。


「ガ……ァ!」


 初めて、ギンイロガブリが声を漏らした。一歩二歩仰け反って、腹を抱えている。

 俺の脚が、限界を迎えて立つことすらままならなくなる。嫌な音を立てて、思いっきり膝をついた。


「アオ!」


 フランが、戦闘中も構わずこっちにまで来てくれる。


「すまん、足が動かん」

「ツバツケ! 当たり前よ! アオの膝より床の方が固いの! 」

「足短くなってなきゃいいけどな」

「あんたら、そんなに気楽だと死ぬよ!」


 受付姉ちゃんが、前に出て構える。怯んでいるギンイロガブリに追い討ちをかけるつもりだ。

 そうだ、まだ戦闘は終わっていない。


「ガッ、ガアアアアあああっ!」


 ギンイロガブリが、まだ苦悶の声をあげている。その体は浄化されるように光りだし、体は……体は……


「傷が……治ってる」


 ギンイロガブリの体にあった僅かな傷が、塞がっていた。


「嘘だろ、冗談じゃないぞ」


 想定される中で、悪いケースが思い浮かぶ。盾の杭にあった能力は、回復だったのだ。

 最初こそ苦しんでいたが、今は体中から生気まで感じられるほど、ギンイロガブリの肉体は回復していた。


「ベストコンディションかよ」


 最悪だ。状況を好転させるつもりが、この結果を招いてしまった。

 把握もしていない能力を勝手に使って、みんなの足を引っ張ってしまう。今の俺は、脚まで動かない。


「アオ」

「……すまない」

「違う」


 フランが、動けない俺の前に立った。


「……危ないぞ」

「関係ない」


 頑として、俺の前から動かない。守りのないフランでは、敵に襲い掛かかられれば死ぬかもしれない。


「あんたら二人とも、前衛はあたしだよ」


 受付姉ちゃんまで、俺を庇うように前に出る。


「俺の事はいいから、逃げろって!」

「いや」

「そんなこと――」

「あんたが悪いんじゃない。元気出せよ。あたしも、今回は手伝ってやるからさ」


 受付姉ちゃんが、ハンマーを得意気に振り回して、不適に笑ってみせる。

 フランは険しい目で、ギンイロガブリを睨む。


「ほら、第二ラウンド、はやくしな」

「ウ……ガぁあっ」


 ギンイロガブリが、頭を抱えてふらつくが、次の瞬間には、しっかりとこちらを見た。


「来る」


 受付姉ちゃんが、腰を低く構えた。

 ギンイロガブリの口が、開いた。


「ア……アアアアあああああああっ!」


 なんだ、この咆哮は。

 威嚇じゃない、むしろ、何かを吐き出すような声だ。


 奇妙なことに、ギンイロガブリは俺たちの予想とは全く異なる行動に出た。


「あんたら警戒しな、こんどこそ来――」

「……来ない」


 俺たち三人から、じりじりと後退していく、一定の距離まで下がると、背を向けてどこかへ駆け出していった。


「あっちは……門の方角だ」

「に、逃げた?」


 よくわからないが、助かったのか。

 いや、わからないわけでもなかった、なんとなくだけど。

 俺は呆然と、ただギンイロガブリの消えていった方向の空を見つめていた。



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