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第百四十八話「さきっちょ せんち」


「さすがに、あの振り子じゃ青のカードを探すのにも手間取ってね、彼女の体そのものを一次的に分散したんだ。精霊とはいえ、そういう武器を使えば再生を遅らせることも出来る」


 タスクの持っていた鎖が、鉄の擦れる音を立てて何かに引っかかる。


「この鎖は、かつて不老不死とまで言われた魔原遺伝子配列を持った英雄の体から出来ている。奪われた片腕を捜し求めた彼の一生を象徴するように、持ちえる人間の大切なものを確実に掴む力を持っている」


 鎖の先は、大切なもの。

 手前は雪に埋もれていて、何があるのか見えないが、だいたいわかった。

 タスクは鎖を持ち上げ、その先に着いているであろう青のカードを手繰り寄せる。


「さあ、釣り上げだ」

「させるか――」

「させんだよ!」


 もちろんこの場にいる全員は止めに入る。

 ただ、俺たち全員の飛び込みを阻止するように、熱い炎の壁が現れた。

 現れたのはもちろん、カエンだ。


「カエン、なにをしていたんだい」

「俺っちクソみたいな雑用要因、嫌いなのよね」

「うらぁ!」


 俺はそんな炎を物ともせず、そのまま熱量をさらに上げた蒼炎を浴びせようとする。

 カエンはそんな俺の行動を見た瞬間に、歯を見せて笑った。


「俺っちに炎で戦おうったぁ!」

「関係ね……ぇえ!」


 俺とカエンが退治しようとした瞬間、俺はまた元の位置に帰っていた。

 タスクの持っていた、時間戻しの鉄球が発動したのだ。


「厄介な!」

「ロボ、変身しろ。俺とお前で前線、後はフランの攻撃があればあの二人くらい十分だ」

「倒せる」


 フランが気合を入れて大砲を構えている。そう、倒せる。

 相手が死なない、倒れないだけで対抗はできる。


「あとは青のカードを取って」

「逃げるのなら、ボクたちの方が上手いかもよ」


 タスクは俺たちの思考を留めるように、上を指差す。

 俺はそれにつられて、視界の端にその先を見つけ……驚きに顔を上げて確認してしまう。


「な!」

「クロウズ!」


 そこにあったのは、巨大な空を飛ぶ戦艦、精霊戦艦クロウズだ。


「さて、さよならだ」


 タスクはゴテゴテに装飾の付いたマントを取り出して、羽織る。たぶん、高速で空を飛ぶためのものだ。


「あんたとはこれで最期、永遠のさよならだな!」


 タスクが飛び去った跡で、俺もすぐに動いた。


「俺っちがしんがり――」

「知るか!」


 俺は立ちはだかるカエンを足蹴にして、タスクに肉薄した。

 龍の飛膜はタスクの素早さを若干上回る。互いにデタラメな速度を出して、クロウズの側面でもみ合うように絡み合い、ドックファイトを始めた。


「最速をものとした彼のマントでも、龍の身にはかなわぬか」

「当たり前だ!」

「くっそおおおおっ!」


 後ろからカエンが付いてくるが、流石に追いつけない様子だ。カエンが遅いわけじゃない。俺だって龍の動体視力が無かったら何が起きているのかも理解できないだろう。


 そう、龍である以上は敵なんていない。鎖を掴むのも時間の問題だ。


「最強なら、誰にも負けないとか、思ってるね」


 タスクは、そんな俺の思惑を見透かしたように、袖を降った。

 たぶん武器を出したのだろう。俺はそう確信して、飛膜によってすぐさま吹き飛ばした。


 タスクの手からこぼれ落ちたそれは……時間戻しの鉄球だった。


「そういう人ほど、たやすいものだ」

「……おまえ!」

「どれだけの能力を持っていようとも、使う側が人間である以上どうにでもなる。極端な話、会話できるのなら参ったと言えるからね。それをどう言わせるか、それが重要だ」


 鉄球が地面に落ちれば、鉄球を落とす前に認知した敵の姿。つまり俺の身体は時間を戻されててしまう。今の状態とはいえ、このまま数秒も経てば俺は元の場所にまで戻される。


「数秒なら!」

「あたしが道連れだぁ!」


 まだ、好機は終わっていなかった。

 つながれた鎖が汗をかくようにして水を浮かび、その水は雪に、雪はスノウの身体を作る。


「あんた、鎖を!」


 スノウの行動と言葉をすぐさま理解する。大声を上げて、タスクにつながれた鎖が俺に向かって投げ放たれる。

 俺はタスクではなく鎖を握り、蒼炎の熱量で溶かし割った。


「先っちょにあるのはやれねぇな!」

「君の意見はいらないよ」

「ああ、いらないな」


 割れた鎖が落下するよりも先に、それを掬い上げる奴がいた。


「アルト!」

「……また君か」


 アルトが、つながれた鎖を手繰り寄せて、しっかりと握り締める。こいつも空を飛べるのか。

 やばい、このままじゃ俺は時間戻しで元の場所に戻される。後何秒あるかもわからないのに。


「よお、料理人!」

「っ! スノウ!」

「あばよ親友!」


 スノウがアルトに向かって叫ぶ。

 アルトは思わぬ親友の声かけに、懐かしさも相まって気を取られた。


 俺はその間を利用して飛膜を抜き――


「アオくんっ!」

「……戻っちまったか」


 予想以上に早く鉄球が地面に落ちたみたいだ。まあ、落ちるのに十二秒以上かかったら元も子もないからな。

 俺は去っていく戦艦を見上げながら、眉をしかめるしかなかった。


「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」

「アオくんっ、あれからどうなったの!」

「俺は、敵にしてやられた」


 俺自身、自分が圧倒的に勝っている状況なんてほとんど無かったからなぁ。調子乗るってこういうことなのかも。

 ラミィは空を見上げる俺に駆け寄って、身体をゆする。


「まって、それじゃあスノウさんは、青のカードは」

「それは、他人まかせ」


 俺は腕を組んで待った。

 すると、ぼふっという篭った音を立てて、積雪が近くで舞い上がったのを確認する。


「俺は転んでもタダで起きるほど、セールやってないんだ。人任せだけど」


 俺はその音のした場所へ駆け寄り、雪の中をかき回す。


「あった」


 そこにあったのは、鎖だ。

 先ほど分割した鎖の片方がそこに落ちていた。


「スノウさんでいいのか、あんた」

「ああ、かまわないよ」


 辺りの雪は段々と形を整えて、人の姿を模る。スノウはこの鎖につれられて帰ってきていた。


「あ、アオくん?」

「俺の飛膜、つまり髪の毛をちょっとだけ抜いて鎖に絡ませた。鉄球は認知した敵を時間の元に戻すけど。変化して俺じゃなくなったものは戻せない。だいたい、空中であの鉄球の使用はかなり苦しい」


 たぶん、タスクにとっては咄嗟の判断だったのだろう。俺に止められても発動できて退けられる能力と言えばあれが最適だ。


「そして、認知さえすればそいつの持ち物はなんだって戻る」


 俺が手を開くと、手の中にに入る分だけ砕かれてバラバラになった鎖の破片が雪原に落ちる。

 アルトがスノウに気を取られた隙に、なんとかその先をつかみ取れた。


「あんまり人に見せると、対策されるっていういい例だ」


 俺の飛膜は相手に付ければそれを任意の場所にまで飛ばすことが可能だ。ロボに羽を付けた奴の応用を利かせた。


「それに気づいて、あんたが帰ってきてくれたのも助かった」

「一応、色々聞こえてたからね」


 スノウは深追いをせず、この鎖に乗っかかってくれたみたいだ。

 誰の手にも渡らなくなった鎖の先は、スノウの逃げるという判断と、飛膜のおかげでここにまで帰ってこれた。


「青のカードは無事だ、と思う」


 実際にみていないので確証はもてないが、青のカードはこの鎖の先に残っているはず。


「先っちょはやらねぇって言ったからな」


 何とか、守れた。台詞も我ながら決まった気がする。

 俺はとりあえず残った成果である鎖を、フランたちに見せ付ける。


「じゃ、じゃあ守れたんだねっ!」

「あれだ、任務完……了、あれ?」


 そのときだった。俺は自分の体に何か不自然な違和感を受けた。

 なんといえばいいか、目覚めたばかりで視界がぼやけるような、立ちくらみがするような状態だ。

 疲れが出たのかと思ったが、違った。自分の体が重くなり、視力が低く、目が悪くなった。身体中が冷え、寒気を感じる。


 つまり、元の俺の体に段々と戻っているのだ。

 戦闘が終わって気が緩んだのか、それとも活動限界か知らないが、ホムラの力を借りたこの姿が、消えかかった花火のようにしぼんでいく。


 飛膜によって作られた俺の和服も解け、真っ裸な、生まれたままの姿で元に戻る。


「……しまらねぇ」

「ま、アオくんだからっ」

「アオ殿、御召し物を」


 ロボもラミィも、すでにこの程度じゃ動揺しない。流石です。



「さてと、話を整理してもいいか?」


 あれからまだ一時間もたっていない。

 それでもそれなりの時間は経過した。アルトもタスクもこのコゴエの村に帰ってくることを恐れて、俺やフランたちは山を下りる提案もしたが。


「アオ、タスクは探知魔法がある」


 その台詞一言で開き直るしかなかった。

 どこに逃げてもまた追ってっこれる。なら無理に疲弊して逃げることよりも、この場に留まって体力の回復を優先させることにした。


「ぶっく!」

「アオくん汚いっ」

「すまん」


 くしゃみを隠さなかったのは俺が悪いが、ちょっとは許容してほしい。

 あの寒空に裸で当てられれば、普通は風邪をひく。


「ほら、あったまりなって」


 スノウが暖炉の火を強めてくれる。

 ここはどうやら、スノウが普段暮らしている家らしい。酒場みたいな構造と、椅子が沢山あって広いことから、集会所にも使われているようにも見える。


 あれから、被害状況の報告やら何やらでじいさんばあさんがやたらとここを行き来していた。スノウはずっとそれに振り回されていたみたいだ。

 ラミィとロボはそれの手伝いに、俺とフランは椅子に座って待つ。


 そんなごたごたを済ませて、やっと落ち着いて一つの机を囲っているところだった。


「ま、状況としちゃ、最悪じゃあない」


 スノウは今後のことを含めての、話を始める。


「最悪じゃないって……そんなっ」

「うちのやつらは生易しく出来ちゃいないのさ。こんなことがあっても、怒るより先にやることがある」


 ラミィの感傷的な台詞を、スノウは一蹴する。それからラミィは何か反論しようとして、言葉を飲み込んだ。


「……ごめんなさい。私程度がしゃしゃり出る立場じゃ、ありませんでした」

「いいのよ、あんたはそういう子だ。ファラもそうだった」


 気づいているのだろうか。

 スノウはずっと、この家の地下から目をそらなさい。

 地下には、雪のため埋葬することのできない遺体達が残されている。


 青のカードを守るため、カエンを足止めしたじいさんばあさんは、みんな死んだ。

 この街にいた人間の半分ほどが、灼熱のせいで骨も残っていなかったのだ。


「なに、最悪じゃない」


 スノウは言い直して、机の上に一枚のカードを置いた。

 閉じ込めるような魔法陣の形をした裏面、そして正面にはモチーフのわからない青色。

 青のカードだ。


「こいつは、守れた。犬死にじゃねぇ」

「これは一体っ。なんなんですか! なんでそうまでして守るものなんですか? 私にはわかりませんっ! ここで死んでしまった皆も、わからないもののために死んでしまったんですよ!」


 ラミィだけは、感情を殺すことが出来ずに叫びだす。

 こういう奴を、昔の俺はうざったいとでも感じたのだろうか。


 そんなこと言えない。

 ラミィの言葉は、感情を出せないスノウの代わりに、泣いているようにも見えたからだ。


「……言えない」


 スノウはただ冷淡に、地下を見たままラミィの叫びを受け流す。


「とりあえずだ。これから青のカードはどうするんだ?」


 俺は口論を打ち切るために口を出す。まずセンチになるのはやることを決めてからだ。


「俺からしてみれば、青のカードなんて危険なものは破棄すべきだ」

「……あんた、これがほしかったんじゃないの?」

「いらないよ、もう」

「そう。でも駄目。捨てられない。これを捨てれば、ここ数十年どころじゃないほどの被害が出る」


 スノウは手を振って、捨てるのは駄目だと言い切った。

 たぶん、俺たちに教えられない秘密が関係しているのだろう。


「アオ、本当にいらないの?」

「あ、ああ、何かおかしいか?」


 フランが首をかしげて、どうも腑に落ちていない表情をしている。

 まあ、このたびの一番の目的でもある美しいものを、いきなりいらないなんていったらそうなるか。


 でも元々、俺は死にたくないから探していただけだし。

 あれ、だとすると俺って、これからどうすればいいんだろう。


「青のカードはあたしが守る。絶対に渡さない」


 スノウは、青のカードを口の中に入れて、飲み込んだ。


「そ、そんなことできんのか」

「今ならね……精霊らしくなったもんよ」


 今なら、ということは、前まではできなかったのだろうか。この数日間で、スノウは人よりも精霊に近づいたことになる。

 ラミィはその理由を察したのか、一度項垂れて表情を隠した。


「でもよ、青のカードはあんた一人で守れるような代物じゃないぞ」

「ああわかってる。なにせ、アルトが敵なんだからね」

「準備できましたよ、巫女様」


 後ろからやってきたおばあちゃんが、スノウに何か耳打ちをした。

 スノウはそれに何回か頷きながら、席を立った。干渉に浸っていたとは思えない、凛とした立ち振る舞いだ。


「準備が出来た。守るためにあたしは全力を尽くす」

「全力って、何するんだ?」

「協力を依頼するのよ」


 スノウは手招きをしながら、奥の部屋へと消えていく。

 俺たちは一度頷き会ってから、それについていくことにした。


「アオくん」

「あ、どうした?」


 俺が中腰になった時、何故かラミィに呼び止められる。

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