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第百四十六話「にやけ なまけ」


「顔が、にやけてるよ」

「……そっか」


 俺は自分の口もとに手を当てて、初めてその事実に気づいた。

 笑っていた。嗜虐的な、優越感を得ていたことを知った。圧倒的な力を得て慢心していたのだろう。ただ、慢心したところでほころびにもならない。


「やっぱり、強いのは素晴らしいよね」


 タスクはよろめきながら、俺を揺さぶるように囁いた。


「むかつく奴を、この世界からいくらでも消せるんだ。そうやって、自分にとってより良い世界を作る。今いる人間は、この本質をひた隠しにしながら同じようにやっているだけなんだよ。当然のことなら、当然のように公然とやればいいのに」

「だからあんたは、選定するのか」


 タスクは応えない。応えるよりも先に、頭を吹き飛ばした。


「世界中を自分のより良い世界になんて、馬鹿げてる。そこまで手広くやる必要なんてねぇよ」


 再生を待たずに、俺は蒼炎を放つ。タスクの肉体は燃え盛り、塵に帰ろうとする。もちろん、死にはしない。

 ずっと、燃え続けるだけだ。


「アオくんっ!」


 そんな時だ、ラミィが搾り出すように、俺に向かって叫んだ。

 俺は蒼炎を消さないよう留めながら、ゆっくりと振り返る。


「なんだよ、やめろとか言うんじゃないだろうな」

「その通りだよ、やめてっ」


 ラミィは俺に歩み寄ってくる。味方に近づいているはずなのに、足が震えていた。


「こんなの、アオくんじゃない」

「なんだよ、笑ってるのがそんなにおかしいかよ」

「おかしいよっ!」


 ラミィは両手を振って、俺の言葉を振り払う。

 そうでもしないと、反論できないかのようだ。


「私は知ってるんだよ、アオくんは、人を傷つけるの嫌いだって」

「好きな奴なんて、そうそういないだろ」

「違う、アオくんはいつだって相手のことばっかり考えてるんだよ。トーネルを去った日の夜は今でも思い出せる。アオくんが私に酷いことして、もう絶交してやるって思ったときに、寝ているアオくんがうなされてるのに気づいたんだからっ。罪も無いトーネルの人たちや、ゴーグルを殺したことをずっと悩んで、泣いていたのだって覚えてる」

「なんだよそれ、変なこと覚えてやがるな」


 俺はいつものノリで、おふざけのようにラミィに呟いてやった。

 ラミィはその言葉を怖がり、一歩下がって腰を抜かした。瞬きを忘れて、目を見開く。


 なんだか、俺はそれをされたことに、ちょっと腹が立った。


「だったらどうしろってんだよ。タスクへの攻撃をやめろだ? そっちの方がおかしいだろ。勝ってるからってさ、情とかかけんなよ」

「情がなかったら、それは私じゃないっ!」


 ラミィはへたり込んだその身体を、それでも必死に俺に向かって口論する。


「アオくんがやっていることはっ! そこにいるタスクと何も変わらないじゃないっ! それじゃあ、解決になんてならない。アオくん、目の前の問題を解決すれば、もう二度と起きないなんてありえないんだよ」

「手段を、選べと?」

「自分が生きることを、諦めないで! いつものアオくんの生き方が、私は好きだからっ!」


 いつもの俺。

 じゃあ今の俺は何だ。


「俺は……」

「ア…………オ!」


 突然、後ろから声がかかる。


「……ハツ」

「ァアアアアアアアォオオオオオオオオオオ!」


 ハツが、現れた。

 たぶん俺の気がどこかで緩んでいたのだ。いや、それともハツの気力が氷の力を押しのけてここまでやってきたのか。

 どちらにせよ、カエンを抑えていたじじばばではもう一体には手が回らないだろう。ハツが追いついてくるのは当然だ。


「っち、ロボ! フラン!」


 俺はハツの叫びから、攻撃方法を悟る。気配が出るよりも先に動き出した。

 まず近くにいたラミィの体を掴み、フランとロボの近くにまで移動する。


 三人を守るように、俺は蒼炎を撒き散らす。


「いい子だ」


 タスクの、優しい声がした。ハツが来たことに、安心しきっているのだろうか。

 それがどうした。例えハツが来ようとも、俺が離れようとも蒼炎は消えない。それこそ蒼炎を消すのは地球の反対側にでもいかない限りは不可能だ。


「かぇれえええええええええええええええええええええええええ!」


 ハツは自らの全てを吐き出すように、俺達にドーム上の影を広げる。


「だから、どうしたんだよ!」


 俺はフランたちを守りながら、また地上の太陽を作る。それで影は消え――


「消え……無い」


 太陽の光で消えない影。すぐに察した。

 それは影ではなく、質量を持った精霊の体そのものだった。


 ハツは自らの肉体全てを賭して、俺達をこのドームに埋めたのだ。影を光で消すのではなく、影を燃やすべきだった。

 影か物か、大事な時にジャンケンをしくじった気分を呼び起こす。

 世界が、真っ暗影に包まれる。

 ハツの足掻きは、まんまと成功された。



「みんなっ、いるっ!」


 ラミィが俺たちに向かって呼びかける。まだ目が慣れない彼女達は、この状況が読み取れないのだろう。

 俺は掌に火を作って、その空間に明かりを灯す。


「いるよ」

「存命です」

「……だいじょぶ」


 全員無事だ。

 元々攻撃の気配が無かったのだから、当たり前だろう。あれで直接死にはしない。

 ただ、気配が無くとも、ハツは俺を元の世界に戻すことが出来たわけだが。


「さて、ここはどこだと思うよ?」


 俺は言いながら、辺りを見渡した。

 ここは空も何もない、真っ暗闇の空間だ。


「どこって、あのハツの影に囲まれただけでしょ」

「にしちゃ、広すぎる」


 この空間は、それこそ野球場一つ分くらいのスペースが出来上がっていた。足元は雪解けだろうか、水がひたひたになって足首まで浸かっている。

 そしてそのスペースが、俺とフランたちに距離を作る。気がした。


 先ほどの口論が、どうも俺に効いているみたいだ。


「ま、とにかくこの状況を把握……しなくてもいいか。わかりやすい」

「ひ! これ!」


 フランは目を見開いて足元の何かから逃れようとする。

 地面から、人が生えて来たのだ。


「ほら」


 俺はフランの足を掴もうとして現れた手を、容赦なく蹴り飛ばす。

 力なくへたり込んだフランに近寄ろうとして、ロボに任せた。


 他の場所からも、多くの手が這い上がり、人らしき形を作っていく。

 らしきというのは、厳密には人ではないからだ。なんといえばいいか、一度ぐちゃぐちゃになったヒト一人分の肉を、またこねなおして人の形を食ったように、構造があべこべなのだ。


「たくさんだな、マネスルのときを思い出す」


 俺は蹴り飛ばしても再生するので、そいつに蒼炎を放って塵に変えてやる。そうすれば流石に起き上がらない。

 でも、敵は無限に湧き続ける。


「やっぱ七十億いるのかね、いや、過去の人類も合わせるからもっとか」

「アオくん、これが何だかわかるの」

「元地球人だよ」


 ラミィはその人っぽいものを睨みつつ、俺の言葉に耳を傾ける。


「元地球人……っ? 地球人ってアオくんの国のことだよね、どういうことっ」

「ハツのからだの中に俺の故郷があった。俺はそこから出るために地球を破壊したんだよ」


 端的な説明だ。たぶんラミィにはわからないだろう。

 俺はラミィたちに近寄らないように、ラミィやロボが手を下さないように、蒼炎を広範囲に放つ。体力的な負担はない。


「たぶん、ハツはあの地球に残っていた執念を全部呼び起こしたんだ。影のハツが全部壊したものをまたかき集めてな。だから俺たちのいる場所まで歩けたんだ」


 執念だけが、ハツの身体を動かした。自分を殺したのは誰だという恨みだけが、彼女の心の中を占めていたのだろう。


「こいつらは全員、俺が殺した人間だ。だから俺がやる。ちょっと待ってろ」


 地球全てを敵に回しても、俺はフランたちに味方すると決意した。

 だったら、敵になった奴らを倒さなければ、口だけの人間になる。


「待つのは、アオ」


 そんな俺の想いを鑑みない、フランの声が届いた。

 いつの間にか俺の隣にいたフランは、当たり前のように前に出て、人だったものに立ち向かう。


「なんだよ、別に一人でも大丈夫だぞ」

「アオは、大丈夫じゃない」

「なんだよそれ」


 フランは、わざとらしく俺に寄りかかった。


「アオは怖くないの?」

「怖くない」


 俺は今の状況に、恐怖は感じちゃいない。元々決意したことだからとうぜ――


「やっぱり、駄目」


 フランは片手で大砲を持ち上げて、銃口を人だったものに向ける。大砲が重いのか、それともあの怪物が怖いのか、震えている。怖がっている。


「恐怖を忘れれば、それは人ではありません。大地の変わりに、ワタシがあなたを包みましょう」


 ロボが、美女の姿に変わった身体で、後ろから抱きついてきた。

 まるで俺を守るように、俺の身体を押さえ込んでいる。


「やはりフラン殿は、アオ殿が好きなのですね。一番に気づきました」

「違う」

「おや、失敬しました。ではワタシの伴侶として」

「違う!」

「何やってるの二人ともっ!」


 ラミィが、怒鳴り声で俺たちに近づいてくる。

 そうだ、ラミィの言うとおりだ。こんな状況でこいつらは何を始めている。それに、俺に対して怖がったばかりじゃないか。それなのに無理して近づいて――


「アオくんっ!」


 がつんと、ラミィのぐーが俺の頭に当たった。

 もちろん、物理的には痛くないけど。


「なんでいっっっっつもっ! 勝手に悟ったみたいにしゃやしゃり出て、一人で突っ走るの! 格好悪いんだよそういうのっ!」


 ラミィが、俺を殴った。

 俺が本気を出せば、フランの目の前にいる怪物は一掃できる。ロボが押さえ込んでいようとも関係ない。ラミィなんて、一撃で吹き飛ぶ。


 怖いはずだ。


 怖いはずなのに、俺に近づいてくる。


「アオくんっ。今の自分がわかってるの?」

「ああ、俺は強くなった」

「そうじゃないのっ! 今のアオくん、なんだがすっごくおかしいのっ! 顔は格好いいんだけど……それより、やっぱり何かおかしいのっ!」

「アオ殿、強い弱いが重要ではないのです。人としてどう在るのかが重要なのです。今のアオ殿はまるで、自分を捨てているような気がしてならないのです」

「命よりも、自分。それがアオ」


 フラン、ロボ、ラミィの三人が、まるで俺を守るように先頭体勢をとる。


「アオは今、すごく苦しんでる。自分で気づいていないだけ。だから、わたしも一緒に、半分こ! コンボ、火、水!」


 フランが戦闘の魔法を唱えて、人だったものたちに立ち向かう。

 ロボも同じく先頭体勢を取って、近づく者を追い払う。

 ラミィはその場を見据えて、なにか打開策を練っていた。

 そんなことをする必要など、ない。俺が動けばいい。俺は魔力だって無尽蔵だ。


 でも、フランがこの状況で、嘘や勝手を吐くはずはないのだ。


「大丈夫です。アオ殿はまだ、逃げられます。現に、ワタシたちから退き、逃走経路を図ったではありませんか」


 逃げた。先ほど、俺がフランたちに距離を置いたことを言っているのだろう。

 嫌われたことを知るのが怖かった。つまりは、恐れたのだ。

 タスクすら圧倒する体を手に入れた俺の、弱点みたいなものだ。


「アオくんは私たちが好きだから、嫌われたくないんだよねっ! 愛だよっ!」

「なんでお前は、そんなところで愛とかいえるんだよ……」


 ホムラは、愛をなくしてしまったせいで、人類に負けた。

 もしかして今の俺は。


「なんか、思い出した気がする」


 俺の、どうでもいい呟きに、三人が振り返った。

 びっくりして、ちょっとだけ仰け反ってしまう。


「おかえりっ! 心配したんだよっ!」

「再開できて光栄です。アオ殿、またあなたの傍にいさせてください」

「アオ!」


 三人の言葉に、ちょっとずつだが、俺の力が弱まっていくのを感じた。

 たぶん俺は、蒼炎竜王の力を制御しきれていなかったのだ。

 暴走していたわけじゃない。なんといえばいいか、俺じゃなくて蒼炎竜王になってしまったと言うべきか。


 気づけなかっただけで、ちょっとだけ壊れていたのだ。


「逃げるの得意だと思ってたんだけどなぁ。こういうところも下手糞だったのかよ……」


 自分が情けなくなる。


「アオ、怖い?」

「ああ、やっぱ俺には無理だわ」


 俺はフランに守られながら、頭を抱える。


「なんでさ、殺した責任なんて取んなきゃいけないんだよ。いちいち全員倒す意味なんてあるのか? 思い通りに生きたいんだったらそれでいいじゃないか。同じ人生ずっと歩んで楽しいなんて思えないだろ」


 たぶん、人じゃないものに言葉は通じないと思う。

 でも、愚痴を言いたくなったのだから仕方ない。


「フランさ」

「なに?」

「不幸ってなんだと思う。自分の望まない人生を送ることか? やっぱり痛い目にばかりあうことだと思うか?」

「違う」

「だよな」


 俺はフランの隣にまで歩いていった。

 そして、一緒になって、人だったものたちを追い払っていく。


「不幸ってのは、教室の隅で何もせず一日を終えることだ」


 同じような日々を毎日送って、何も成長せず何も変わらないこと以上に、嫌なことはない。

 あの世界はそれだった。変わらない人生を何度も送ることを、知らずに繰り返させられる不幸を体現していた。


「パパと二人でいるのは楽しかったけど、ずっとそのままだったら、今のわたしは産まれない。そう考える今のわたしを、パパは嫌いにはならないと思う」

「やっぱ、フランはいいな」


 俺は肩をつけあって歩ける隣がいることを、とても幸福に思う。


「アオくんってさ、やっぱりフランちゃんのことばっかりだよねっ!」

「アオ殿ォー!」


 フランとは逆方向の隣から、ラミィが肩をぶつけ合う。

 ロボが後ろから、俺に抱きついてはなれない。


「敵が悠長なのをいいことに……外はまだスノウだっているんだぞ」


 俺はその全員を邪険に振り払うように、自分の身体をぶるぶるさせる。長髪のせいで、付いた水をはじく犬みたいになった。


「これが、わたしたち」

「焦りは禁物です!」

「いつもこんな感じでしょっ! アオくん変なことばっかり言うし」

「とりあえず、脱出する手段だ。しっかり考える」


 七十億以上の人だったものを殺すのは、可能かもしれないが時間がかかる。もしやるとしても、俺一人苦労するのはいやだ。

 もっと楽な方法はないものか。なまけたい。


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