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第百四十五話「ぶちぎれ また」


「まって、くださいっ!」


 しかし、それをとめようとする声に、一度立ち止まる。


「私もっ、連れてってください!」


 そこにいたのは、ラミィだった。

 どうしてか息切れをしている。もしかして俺がいない間に、戦闘で瀕死にまで追い込まれたのかもしれない。

 隣にいるロボの肩を借りて、ようやく立ち上がっている感じだ。


「あんたは寝てな」

「嫌ですっ!」

「死に掛けたのよあんた」

「わかってますっ!」

「またあんな目に遭いたいの!」

「あわないために、いきますっ!」


 スノウとラミィが、強情なやり取りを続ける。

 理由はわからないが、スノウは慌てていた、たぶん、こんな事している場合じゃないのだろう。でも、ここで言わないと無理矢理ついてきそうだから、止めたいのだ。


「あんたね、もしものことがあったらどうするのよ。ファラに顔向けができなくなる」

「私が、信用できませんか?」

「ああ、信用できない」

「もういいだろ」


 俺は痺れを切らして、倒れかけたラミィを抱き上げた。

 時間もなさそうだし、ここで交渉している暇も無いはずだ。だいたい、ラミィを説得なんて俺でも不可能だと思う。


「俺の奴隷だ。俺が連れて行く」


 こうすれば、スノウは連れて行かざる得まい。一人で行っても勝手についてくるし。


「……あんた後でぶっ殺す、消えた時も合わせて二回ぶっ殺す」


 スノウは青筋を立てながら、移動のために俺達を手招きしてから、飛び出した。


「ロボ、フランを」

「御意に!」

「ササット!」


 スノウの移動は早い。俺はこの炎の姿のまま、ロボはフランが魔法を唱えて一緒に高速移動をさせて向かう。


「……スノウさん」

「ラミィの体、久しぶりに触った気がする」


 俺の今の状態なら、あの高速ロボですら遅く感じる。元々俺がラミィに背負われる側だったせいか、すごい違和感があるな。

 ラミィはどうしてか、ずっとスノウを気にしている。俺もそんなラミィが気になる。


「やっぱあれか?」

「う……やっぱりアオくんにはわかるんだね」

「あれもあれ、よそはよそだ」


 ラミィは、あのスノウに一つの王の形を描いているのだ。いつかは自分も人を導く側になりたいといっていた彼女にとっては、また新しい発見だろう。

 スノウのやり方は、互いに導く形だ。ラミィ兄のように合理的に束ねるわけでもなく、ベクターのように先導するわけでもない。


「うんっ、わかってるよ。私は私の出来ることをやらなくちゃいけない。でも、スノウさんのあり方は、なんだかとても眩しいんだっ」

「でもよ、あのじじいスパイラルは年月があってことだろ」


 より多くの年月を重ねたからこその信頼関係だ。むしろ国というよりも、集落における親族に近いものだろう。

 やっぱりラミィはどうすればいいかなんて決めるよりも、動いた方がいいんじゃないのだろうか。


「まあ、まだ導の精霊さんからの御墨付きだってある。ゆっくりはできなくたって、焦る必要は……」


 俺が諭すように、ラミィに話しかけていたが、口を閉ざした。

 ラミィが、俺の顔を見ていたからだ。


「どした」

「あ! ええ、えっと……アオくんだよね?」


 何を言い出すのだろうと、一度俺は首をかしげる。が、龍の視力でラミィの瞳に映る俺の姿をみたときに理解した。

 普段の俺なら、ロンゲなんてしてもこんなにサラサラにならないし、絶対に似合わない。

 なのに、すごく似合っている。これは俺の顔なのかと言いたくなる。マイケルジャクソンにだって整形を疑われるレベルの整いようだ。

 たぶん、ホムラの顔の委託が混じっているのだろう。中性的だし。


「俺は俺だ」

「そ、そうだよね」


 ラミィは何を焦っているのか、顔を赤くして、なんと手串を始めた。

 クソが!

 俺が格好良くなった途端に態度を変えやがった。


「いま、アオくんに抱かれてるんだよね……」


 こんなしおらしいこと、いつものラミィなら絶対に言わない。俺に対しては。


「ラミィって案外さ」

「ち、違うってばっ……」


 強気に否定できないあたりが、残酷だ。言わなくても意思疎通できるのに、こういうところですれ違う。

 まあ男も女も、やっぱりイケメンの方がいいのはわかるけど。


「アオ! ついた!」


 フランの大声にはっとなって、辺りを見渡す。

 始めて見る場所だが、そこまで目移りするような場所ではない。家がぽつぽつとあるだけの村だ。

 俺はほぼ滑空していた身体を、雪の上に下ろす。


「……静かだな」


 足で雪を踏みしめた。魔法か何かで雪を遠ざけているのだろうか、やけに歩きやすい。でも足元には多少の雪があるし、カモフラージュのために多少なりとも雪を積んでいる感じにも見える。


「この村はね、あたしら巫女を守るために作られた集落だ。警備もかなりあって、知っている人間じゃないと近づきもしないし、方向的に迷い込まない」

「じゃあ、今きている襲撃者は」

「あたしの知ってる人間だろうさ。しかも、ここにあるもんをしっかり覚えてる」


 スノウは自分の村に来たというのに、まるで敵地に向かい打つかのように、辺りの様子を探っている。

 俺はラミィの身体をゆっくりと下ろして、ラミィ自身に立たせる。


「あのっ、ここにあるものって」


 ラミィはスノウに歩み寄って、スノウの視線を追う。


「ここにはね、あたしがここに来るよりもずっと前から、人が現れるよりも前から秘匿されていたんだよ。青のカードを守るためにね」

「……青のカード!」

「わめくなや」


 俺はここで出てきた意外な名詞に、目を丸くする。

 青のカード。

 異世界で一番美しいものの鍵、三枚のカードの一つだ。


「そうか……そのために……」


 俺は今の状況に合点の行く理由を見つけた。

 タスク一味は、青のカードを手に入れるためにこの村に来たのだ。そういえばタスクは、青のカードは居場所を知っているって言っていた。


 たぶんそれは、


「隠れても、無駄だよ」


 雪交じりの風に乗って、穏やかな声が聞こえた。

 俺はこの声を知っている。いけ好かない。


「……タスク」

「えっと、君誰?」


 タスクの手に持ったダウジングの振り子が、こちらに向いている。


「ああ、君はアオか」


 全身をまじまじと見つめて、やっと合点がいった風にタスクは頷く。

 次の瞬間には、スノウの蹴りがタスクの横っ腹を叩いていた。


「どこにしまいやがった!」

「痛いじゃないか」

「青のカードをどこにやったかって、聞いてんだ、よ!」


 スノウのこぶしは地面を叩く。雪が舞い上がって、タスクの全身を閉じ込めようとする。

 タスクは、持っていた振り子を前に掲げて、方向を示した。その方向に一直線に進むだけで、それを追ったスノウの雪は偶然が重なったように交差をして、自壊する。


 青のカードを探している。そして隠れた俺達を出し抜いて居場所を特定した。つまりあのダウジングみたいな形はたぶん。


「探知武器か」

「正解。これは稀代の冒険者ベルの振り子さ。これが示す方向には、小さいながらも得がある」


 タスクはいいながら、その探知武器を懐にしまう。


「まあ、少々の得を重ねるだけじゃ、君たちには勝てないからね」

「へぇ……わかってるじゃんか」

「……」

「な、なんだよ」


 タスクは目を据わらせて、俺達を睨む。口元は微笑んでいるのに、目は笑っていない。

 今まで相対してきた俺ならわかる。アレは、怒ってる。


「君たちがいたのは予想外だった。いや、ボクの見解が甘かったか」


 タスクは頭に手を当てて、自分を落ち着けるように首を振る。

 だが、辺りの空気はすでに臨戦態勢を整えているのか、ピリピリとした怖気が背筋を走る。


「それでも、念には念を入れて精霊二人にボクまで出向いた。ここまでの戦力を押せば、たとえ戦闘慣れしたスノウの集落だろうと完全勝利が可能だと思っていたんだけど……」

「残念だったな、足止めはもう――」

「ハツは、どうしたんだい?」


 タスクは頭を抱えながら、表情を隠す。俺たちが見えなくなるのも構わず、何かを抑えている。

 俺はそのタスクの冷静さを欠くべきと思い、あえて応えた。


「俺が倒した。あの辺に封印したからだが落ちてるよ」

「彼女は元々、とても寂しい。か弱い人間だった」


 タスクは俺の挑発を断ち切ろうと、言葉を重ねる。


「いつも恐怖していた。もし人類が滅亡して一人きりになった時、唯一の自分はどうなってしまうのか、何千何万と寂しい人生を、ぬぐうことの出来ない孤独を憂いていた。それでも強く、自らの道を進んでいた」

「それがどうした」

「ボクはね、ブチギレてるんだよ。君にも、ボク自身にも」

「おいおい! あたしは失望したよ」


 スノウは俺の策略に乗じるように、両手を広げてタスクへと言葉を畳み掛ける。


「仕掛けたのはあんただ。殺し殺されてこその戦いだ。仲間が死んだくらいで感情的になるような奴は、生憎だけどただの偽善者。感傷に浸りたいのなら本でも読んでなお坊ちゃん」

「ああ、君の言うとおりだ」


 ここまで挑発しても、タスクは怒りを抑える。冷静さを欠かないように勤める。

 俺とスノウはそれに対して挑発を続け、


 フラン、ロボ、ラミィはタスクの気配に足を震わせて、口を開くことすら不可能だった。


「さて」


 タスクは一瞬にして距離をつめた。たぶん何か伝説の武具を使ったのだろう。

 その能力で高速の弾丸になった身体を、そのままラミィにぶつけようとする。


「あれか『ボクの気分を味わって見ないかい』って奴か?」


 俺の五感は、その一部始終を余すことなく捕らえていた。俺は飛膜を用いてタスクをずらし、俺の体に受け止めさせる。

 タスクは驚きつつも、新しい武器を持ち上げようとする。


 が、俺はその腕を受け止めて、攻撃すら不可能にした。


「黙ってないでなんか言えよ」

「…………龍が」


 タスクにしては珍しい、悪態が口を滑らせる。


「やはりジャンヌの言う通りだった。君はボクたちにとって、邪魔者以外のなにものでもない」

「だったら、最初に会った時にハツに消してもらえばよかっただろ」

「……」

「まあ、無理なわけがあるんだろうけど」


 タスクは拘束されいない足を器用に動かして、新しい武具を使用する。

 俺は効力を発揮する前にその武具を吹き飛ばすが、タスクはその隙に距離をとる。


「たぶん、あの影ハツをちょっと前までハツは制御しきれてなかったとか、そんなんだろ。精霊の使命ってのは、ままならないんだろ」

「……」

「アルトはどうした? やっぱ、あの戦艦に一人は残さないとやばいって所か」

「……昔から、そうだった」


 タスクの腕が、震える。たぶん、恐怖と怒りが入り混じった、精霊らしからぬ行動だ。


「蒼炎竜王。君はいつだってボクから大切なものを奪っていった。千年、これだけの年月を重ねても、また、またやるんだね」


 タスクはまた俺の知らない武具、槍を取り出し、迷わず投げた。

 彼の動きからして投擲武具だ。攻撃の気配は直線的だ。


「てことは、追尾か」


 俺はすぐさま飛膜で気配をそらすが、それを修正するように槍は俺の心臓から気配を外さない。

 もちろん対処は簡単だ。槍を燃やしきる。


「……君は」

「おっけ」


 簡単に、対処してしまった。

 たぶん、槍にはまた別の特殊な武具による加工がなされていて、毒か何かが盛られていたのだろう。龍の視力は、それもしっかり捕らえていた。


「あ、アオすごい」

「ああ、俺すごい」


 フランたちは対処に遅れたまま、それでも十分なくらいだ。


「勝てる、かも」


 俺は自分の左手を握り締めながら、確信めいたものを感じていた。

 強い。あのタスクですら完全に凌駕するほど、この龍の身体は強かった。


「君は、何度ボクから大切なものを奪えば気が済むんだ」

「俺のやることにケチつけないでくれれば、もう何度もないよ」


 今回だって、ハツは俺の命を狙ったからやり返した。


「俺は別にな、あんたのやることなすこと邪魔しようとは思っちゃいないよ」

「じゃあ、ボクを見逃してくれるのかい?」

「駄目だ」


 散々俺を虐めておいて、仕返しを考えない方がおかしい。

 俺は十二分に、ブチギレている。


「だいたいあんただって、俺を生かしておくつもりはないんだろ」

「うん、そうだね……そうだね」


 俺は拳を握り、身体を低く構えた。

 飛膜によって接近し、逃がすことの無い一撃を放つ。


「ほら」


 俺は一度、タスクの頭を吹き飛ばす。もちろん精霊は死なない。


「あんたらってさ、どうやったら死ねるんだ?」


 そのままラッシュを続けた。

 タスクは口を再生することも出来ずに、ただされるがままだ。


「心臓も脳も逆鱗も無い。地球の意思だから、地球が死なない限りは無敵なのか? でもそうなると、アルトはどうやって殺したんだよ。ハツは使命を無くして力尽きた。あんたはどうすれば使命を諦められる」

「あ、アオ」

「ん、どうした?」


 俺は殴り続けた手を止めて、フランを見やる。

 フランは何が心配なのか、眉をひそめて俺を見ている。


「アオ殿」

「アオくん……だよね」


 ロボとラミィも、何だあの態度は。

 あれか、俺の攻撃が怖いのだろうか。


 でも、これは戦いだぞ。容赦なんてしていればそれこそ隙を突かれる。フランだってさっき言ったばかりだ。戦場に出ている以上はどうなるかわからないと。


 うちのメンバーの誰もが、疑問を抱きつつも受け入れていた事実のはずだ。


「なんだよ」

「あんた、ね」


 そして俺以上に割りきっていそうな、あのスノウまで。

 誰もが、俺から距離を置いていた。


「そんなに、楽しいのかい?」


 タスクが、口元をやっとのことで再生できたらしい。俺の疑問に、答えてくれる。


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