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第百四十四話「すっきり ちょうけし」

 身体中が、蒼い火の渦で包まれる。

 ハツはその眩しい光に立ちくらみ、俺のもとにまでやってこない。


 その間に、俺の体は段々と変化していった。

 黒髪は蒼炎にて燃えることなく、魔法を吸い込んで蒼く染まり、長く伸びる。カードケース以外の衣服を灰に変えて、俺の髪が新しい服を編み上げた。動きやすい、男の着る和服をアレンジした形だ。


 俺はもう、火の魔法を唱えてもホムラの姿にはなれない。

 影ハツと地球を犠牲にして手に入れた、新しい体だからだ。


「なに、これ……魔法で、人が変化する、なんて……」


 ハツが俺の変容に目を剥き、驚きを隠せない。

 俺は意気揚々と、昔の俺じゃ絶対に出来ないような長髪が、風になびく。


「どうだ、ちょっとくらいは、俺も格好良くなったろ」


 ビッと、ポーズを決めてやる。いつも俺だったら絶対に眉をひそめられるだろう。


「……」


 ちょっとだけ、ハツも怪訝な表情をしている。やっぱイケメンでも駄目か。


「……ふざ、けるな、ふざけるな!」


 ハツを怒らせてしまったようだ。俺に肉薄して格闘戦を挑む。

 俺は攻撃を避けようと身体を動かそうとするが、何かに縛られたように動かなくなった。

 もしかして、これがハツの能力か。


「アオ! そいつは影を使うの!」

「おっけーだ!」


 フランの必死な叫びが俺に届く。

 そのすぐあとで状況を理解した。ハツの影が俺に重なっているのが、たぶん俺を拘束する魔法の力の条件だろう。


「ぜん、ぶ! 包む!」


 ハツはあえて上から俺を攻撃しようとする。たぶん、俺の体に影をさす割合が高まると何かあるのだろう。

 俺は全身を動かせない。だが、飛膜は動かずとも、風になびき音を発する。


「……!?」

「後ろ」


 俺はあえて、ハツに居場所を教えてやる。

 ハツの背後に瞬間移動して、俺は左手を蒼炎で燃やす。夥しい熱量が光を生み出して、ハツの影を取り払った。


「まずはああっ!」


 そのハツに向かって俺は、容赦なく顔面パンチを食らわせた。左手にこめられた熱量と腕力が、ハツの頭を水風船のように吹き飛ばす。

 もちろん、精霊はこんなことじゃ絶対に死なない。


「なん……で!」


 再生するハツの顔が、異常事態に顔を歪めたまま現れる。

 そのときにはもう、俺はもう片方の手を振りかぶっていた。


 パキパキと音を立てて、拳の形になった氷が、再生途中のハツの腹にヒットする。

 そこを中心にして、ハツの身体は凍結を始めた。


「慈悲の瞳なんていうが、俺はこっちの方が残酷だと思うね」


 俺は右腕を引き、氷の拳をそのままハツの体に残した。

 慈悲の瞳は、炎を制御するだけじゃない。氷の剣と同じように凍結の能力がある。


 そして蒼炎と同じように、事象そのものに干渉できる能力だ。蒼炎が活動を活発化させる熱量であるならば、慈悲の瞳は活動を静止するための冷気だ。


 精霊は死なない。ならば、活動を静止できれば。


「ふざけ、ない、で!」


 ハツはその冷気に反抗する。やっぱりそうそう上手くいかないか。


「私に、生かして、もらった、癖に!」

「一回俺を殺したろうが、忘れたのか。いや、ちょっと前のも含めれば二度目だ」


 ハツは自分が生かしてやっているとでも思っているのだろうか。

 俺は影ハツに、異世界に呼ぶために地球人類を滅ぼした経緯を聞いた。


 今までにも何度か、やったことがあるらしいのだ。

 壊れない玩具に無茶をする子供のように、人の生き死にを侮蔑するようになってしまったハツの心は、地球の人々をはけ口に何度も破壊を繰り返してきた。

 影ハツは精霊の使命そのものだ。ハツが使命を実行するのなら何をしても構わなかった。


 もちろん、俺は許さない。


「俺も影ハツを一回殺した。お前の二回目で帳消しにしてやる」


 目には目をだ。普通の人間ならやっぱりハツに同情するのだろうか。

 少なくとも俺は、自身の命の尊厳を踏みにじったこいつを、俺や俺の知っていた家族を掃き溜めに投げ入れたこいつを許せない。


「あなた、だって! 地球を!」

「じゃああんたが正義でもいいよ。俺はどっちが正しいなんて与太話をする気はない」


 やっぱり、考え方が今まで以上に自分本位になってきている。

 でも、結構いいもんだ。


「俺がすっきりしたいだけだ」


 ハツの顔が青ざめる。たぶん、俺に話なんて通じないと確信したのだろう。

 だがハツの身体は氷で蝕まれている。影だって、相性の悪い光にはどうしようもない。どうするか。


 次に取った行動は、俺から大きく距離をとり、体のバネをしならせようにしゃがんだ。


「……やっぱ、そうくるよな」


 俺は空を見上げる。

 ハツが、あらん限りの力を使って、飛び上がった。そして、太陽を覆う雲のように、陰で空を埋め尽くす。

 今いる場所だけ、まるで夜のように真っ暗になった。


「ア……っ!」


 フランが、何か喋ろうとして震えている。この辺り全体を拘束しているのだろう。

 俺の体も、このままでは動かない。


「いたちごっこだよ」


 だから、俺は地上に青色の太陽を作った。掌に太陽をというやつだ。


 ハツは何とかして、俺を影に閉じ込めたいのだろう。


「俺も何とかして、ハツを止めたいのだが、精霊相手にはどうしようもなさそうだ」


 俺はいいながら、手に持った太陽を握りつぶす。

 一度だけ、フランのほうを見る。


「方法はこれくらい……」

「あああっ!」

「あんたも、やるんだな」


 俺は飛膜を使って、辺りに吹雪の結界を作る。これで誰も、邪魔に入れないはずだ。

 落ちてくるハツはそれにかまわず、不器用にもまだ俺に攻撃を仕掛けようとしていた。


「それなら、それで!」


 俺は左手を輝かせて、影の作れないハツを、殴る。


「何度だって、やればいいだけだよな。丁度いい感じに、あんたは人の心を持ってるし」


 ハツの頭を吹き飛ばして、再生を待ち、再生したところをまた吹き飛ばす。

 俺の作った氷の塊はまだハツの身体を蝕んでいる。致命傷にはならなくとも、俺が殴るたびに、抵抗力は弱まっていった。

 やっぱり、心の芯が弱まると、抵抗力が下がるのか。


「再生してから三十秒。その間に負けを認めたら、やめてやる」

「わたし、はっ――」


 ハツが気丈に叫ぶところで、俺はまた殴る。

 やってることはかなり悪役っぽいけど、たぶんこれくらいしか勝利方法がないだろう。


 ハツの身体はほぼ氷付けになっているせいで、抵抗もほぼ出来ない。

 再生が始まる。


「はっ……はっ……一人が、いや、だった! だか――」


 ハツは疲労からか、喋るのが遅い。

 でも、参ったなら一秒もいらないだろ。

 再生する。


「あなただって、そのはず! あの世界が嫌い、なんじゃない! ただ幸福になれなかった自分が――」

「そうだろうな、地球で幸せだったら、帰ることばっかり考えてたと思う」


 不幸だったわけじゃない。でも、もっと幸せになりたかったんだと思う。

 普通の学生らしく、それなりの友達がいて、恋人がいれば文句なんて無かった。

 実際の歴史だと、俺は大学も卒業できないらしいけど。


「あっちの世界で、幸せにしてあげる! 家族に愛される人間にだって、誰からも尊敬される、人間にだって、だか――」

「いらないよそんなもん」


 俺はもう、そういうの持ってるから。それが消えないよう、必死になって戦っている。


「ハツはさ、あっちの世界で人間になれたら、今の世界捨てられるか? 無理だよな」


 ハツの再生は遅い。口があっても、息切ればかりで三十秒を喋り続けることは不可能だろう。


「それにな、死んだ人間は絶対に生き返らない。俺だって、地球にいた本人とは別人だ。やり直して幸せになったつもりでも、そんなの意味がないんだよ」


 俺はハツを睨む。交渉など無意味だと、言い含む。

 ハツは、その姿相応に怯えた表情をし始めた。曲がりなりにも心が人間と一緒なせいで、この狂った状況に恐怖を覚えたのだろう。


「……助け、て」

「駄目だね」


 何度目かわからない、拳が降りかかる。

 不思議と、ハツは再生しても動かなくなった。


「助けてってなんだよ、死にたいんじゃなかったのか」


 氷付けになって、ハツの身体は眠ったまま封印されたみたいになる。


「アオ!」


 フランが、この吹雪の中を突っ切って現れた。

 俺の拷問を見て、もしかしたらドン引きしているかもしれない。


「この子は、死んだの?」


 フランは俺のもとに駆け寄ってから、横たわる氷付けのハツを見た。

 臨戦態勢だったらしく、緊張した面持ちでこちらに来たら、拍子抜けといった風にキョトンとする。


「いや、まだ生きてると思う。かなり酷いことをした」

「アオ、どうしたの? 戦いなんだから当然でしょ、嫌なら戦場に出なきゃいいのよ」


 フランなりに俺のことを励ましてくれる。まあフランはそういう子だもんな。


「でもこの子、倒せないの?」

「どうなんだろうな。たぶんこいつ、弱ってたんだと思うんだ」


 いくら龍の力を借りたとはいえ、ここまで簡単に倒せるとは思っていない。

 たぶん、何か要素があったんだ。


「あくまで予想だがな、ハツは魂の精霊だ。ある特定の魂を保存することが使命だったんだが……」

「だが?」

「俺が、その魂ほとんど消しちまったんだ」


 精霊は使命を全うするための、現象みたいなもの。

 証の精霊が昔言っていたことだ。

 そのとおりならば、使命を終えたりなくしたりした精霊はどうなるのだろう。それこそ、死んでしまうんじゃないだろうか。


 この世界に魂の精霊が補完するべき魂は、たぶん俺と紅の二つだろう。でも、俺も紅もこの異世界で生きるって決めてるから、もういないようなもんだ。


「……っ! そうだアオ! あっちも!」

「あっちも」


 フランが後ろ向こうを指差す。

 目を凝らさなくてもわかる。火と冷気が戦っていた。

 カエンとスノウ、二人とも精霊じゃ、決着はつかないはずだよな。あ、いや違う。


「餓鬼が……」

「俺っち頭いいっしょ」


 カエンが、スノウを小ばかにして笑う。

 スノウは、怪我一つしていないが、嫌な汗をかいている。


「これだから成り立てはしょっぺぇんだよ」

「うるせー」

「人間なんかほっとけって」


 カエンはあえて、周りにいる人間を集中して攻撃していた。

 まあ妥当な戦法だ。精霊相手にはいくらやっても効果はないし、いくら喰らってもすぐい再生する。


「いやぁ巫女様は辛いね~苦しいね~」


 カエンはスノウを煽っている。たぶん楽しんでやっているのだろうけど、理由はそれだけじゃない気がする。


「……」


 スノウは鋭い目つきで、無言のままカエンを睨みつけた。凄みとはこのことだろう、睨まれたわけじゃないのに、寒気がした。


「ほれほれ!」


 カエンの炎は、スノウを素通りして当りにいるじいさんばあさんに向かっていく。

 スノウは一度、それを体で受け止めるが、何度も繰り返される炎はいつかあちら側に向かっていくだろう。


「ほっとけって!」

「ったああっ! 面倒くせぇ!」


 スノウは痺れを切らしたのか、あからさまな誘いに乗ってしまう。歴戦の英雄でも、家族を盾にされれば流石に――


「渇ッ!」


 そんな時だ、飛び出そうとするスノウの身体を、じいさんの大声が止めた。集団を代表して叫んだのだろう。

 スノウはその声に忌々しそうに振り返る。


「なんだよじじい!」

「わしらなど放れ! 今貴様がするべきことは何だ! 巫女としての勤めを果たせ!」

「んなこと!」

「巫女様、行ってくださいな」


 戦闘中にもかかわらず、スノウはその声に耳を傾けて、動きを止める。

 しかりつけた後に、ばあさんのなだめ声がスノウを落ち着かせたのだ。


「ありぃ!」


 もちろん、そんなことをすれば、カエンはその隙をつく。


「陣形!」

「コンボ、水、ガチャル!」

「コンボ、シュウウ、風!」


 だが、代わりにじいさんたちが動く。円形になってカエンを囲み。それぞれが別々の魔法を放ちあう。

 一見するとバラバラな魔法は、まるで元が一つの魔法だったみたいに収束して、大きな攻撃の気配を生み出した。


 雪の球体を空中に浮遊させて、炎を塞き止めていく。


 だがもちろん、そんなものはカエンを少し足止めするに過ぎない。少しでも力を篭めれば、すぐに溶かされる。


「こんなもんよ!」

「陣形!」

「コンボ! 水、ポチャン!」

「水!」


 だがじいさんたちもすぐに立て直す。すでに準備を終えていた他のじいさんたちがまたさらに炎を塞き止める。


「すげぇじじどもだな……」


 俺は素直に感嘆した。

 おそらく、実力だけならラミィ程も無いであろう集団が、あの精霊を足止めしていた。連携もさることながら、互いが互いの能力を知り尽くし、ほぼノータイムでコンビネーションを発動する。

 陣形という言葉を合図に、それぞれが最適なアドリブを効かせて、なおかつ連動している。


 たぶん、尋常じゃないほどのトレーニングを重ねているのだろう。それこそ、あの歳になるまでずっとやっていたのではないだろうか。


「巫女様」


 また、ばあさんがスノウに声をかける。


「これでもまだ、私らをしんじられませんかネ? これでも巫女様の護衛。盾を使わずしては我々も腐りますよ」


 ばあさんはこの状況の中、スノウのために笑って言った。

 しゃがれた声音とは思えないほど、その言葉には重厚感があった。


「……そうさね、あたしがどうかしてた」


 スノウの肩から力が抜ける。おそらく冷静になったのだろう。

 と、次の瞬間にスノウは俺とフランに目を合わせた


「おいそこの!」

「は、はい!」

「は、はぃ……」


 フランと一緒にビクつきながら返事をしてしまう。

 スノウはそんな反応も構わず、すぐに俺たちの元へと走ってきた。


「きな、戦力が欲しい!」

「えっと、どこに」

「あたしんち!」


 スノウが俺たちの手を掴んで、有無も言わさず走り出そうとする。


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