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第百四十三話「ごめん ひ」

「地球の最期か」


 地上の明かりは端からどんどんと消えていく。

 最期の彼等はどう思っているのだろう。俺の近くにいる人間たちは、この状況を把握しているのだろうか。

 わからない。お互い、知らないほうが幸せなのかもしれない。


「……家」


 考えないようにすればするほど、そういうものを意識してしまう。

 俺は、姉や両親のいる家が消えていくのを、目の当たりにしてしまった。


「アオ」


 ホムラが、背中から俺に声をかけてきた。

 俺はそれがとても煩わしくて、眉をひそめてしまう。


「なんだよ」

「かまわぬ」

「だから、なんだよ!」


 ホムラはじっと俺のことを見ている。

 俺はもちろん、意識してしまう。


「わかってる。でも駄目だ」


 これは、俺がしでかした。俺が決めて起こしたことなのだ。

 自分のために、地球の記憶を犠牲にすることを決めた。停滞して進むことの無い世界を終わらせるのは俺の理念にも合っているし、何も変わらないのなら壊したところで意味も無い。


 俺には、資格なんて無い。


「かまわぬと、わらわが言うておろう」


 俺の知っている人たちを、自分の手で消した。

 彼等には例え代わり映えが無かろうと、明日があったはずだ。みんな明日が来ると信じて、今を生きている。

 俺が、殺した。


「あれ」


 目が、霞んだ。

 地球が、もう壊れたのだろうか。


「ごめん、なんだろ」


 俺はホムラが見えなくなったことを謝った。

 手が動くし、月明かりもまだある。地球はまだ消えていない。


「ごめん……なさい……な」


 俺が、泣いているだけだ。


「ほんと、本当に、ずうずうしいよ」


 俺が、全部やったんだ。しっかりと納得したハズなのに、こんなところで偽善者みたいな感情が浮かび上がる。

 屑だ。最低だ。自分がこれほどまで嫌いになったことはない。


「嫌いかえ?」

「……ああ、大嫌いだ」

「わらわは、好きじゃぞ」


 ホムラはそんな俺の涙を隠すように、胸で抱いてくれる。


「悲しみも喜びも、人の持つ愛であろう。わらわが一番許せぬのはその愛の言動を否定し、行動しないこと。主は誇るがいいわ。」


 ホムラの胸から心臓の鼓動が伝わってくる。

 段々とその鼓動は俺と重なって、ホムラと一つになっていくのがわかった。


「それともアオ。主があの世界に帰るのは、フランや他のもののためかえ?」

「それは……俺が、アオだから」


 俺はほんとうに、久しぶりに泣いた。

 声なんて汚くて聞けたもんじゃない。赤ん坊の産声みたいな鳴き声が、延々と続いた。


***


「ラミィ!」


 スノウの声が何度も木霊する。

 わたしはどうすればいいのかわからなくなって……それでも必死で考えをめぐらせた。


「ろ、ロボ! ラミィを!」

「っ、御意に! 囲え、大地の巨兵」


 ロボがまた女に変身する。


「失礼!」


 ロボはその体の能力でラミィの身体を保護する。呼吸の出来なくなった身体を少しでも長持ちさせようと、抵抗する。

 先ほどの消耗が激しい分、あの能力を長時間は期待できない。


「それまでになんとか……」

「あいつを倒すってか! はっ、腹ん中で生きてりゃいいがな!」


 スノウはわたしの意図を把握してくれる。

 あのハツの影がどういう存在なのかはわからない。ただあいつが出現したと単にアオの体がはじけたのだ。もしかしたら、見えない何かでアオを取り込んだ可能性だってある。


「まあいい。とりあえずやることは決まってるな! ハツだっけ? 残念だけどあんたらの思い通りってのは虫が良すぎるわよね」


 スノウが自らの拳をほぐしながら、戦闘態勢に入る。わたしたち人間と違って消耗はしていない。

 状況はまだ有利だ。ラミィの体がどれくらい持つのかが心配の種だが、精霊対精霊ならばなんとかなる。

 なんとかして、アオが消えた秘密を探れば。


「ま、こいつだけってのも虫がよすぎっしょ。おばさん」


 ハツの後ろから、新手が遅れてやってくる。


「俺っちと、遊ぼうぜ!」


 カエンがこの雪山を水に溶かしながら、わたしたちに向かって飛び込んできた。


「なんだこいつ!」

「俺っちカエン! あんたと一緒で精霊! 細かいことは言いっこなしでな!」


 隣にいたスノウはカエンの攻撃を受ける。防御をしてはいたが、そのまま押し出されて空の上へと舞い上がった。

 わたしは隣から消えたスノウの居場所を見つめて、自身の窮地を悟る。


「……わたし、だけ」

「……ふ」


 ハツから攻撃の気配がせり上がる。するすると、滑るような移動をしつつわたしに近づいてきた。

 どうすればいいのだろう、ロボもラミィも、スノウも今は手が離せない。

 動けるのはわたしだけ。


「コンボ! 火、水! 射出!」


 わたしは二挺拳銃に持ち替えて、すぐさま熱線を浴びせる。

 が、その熱線はハツに命中すること無く、体のバランスをずらして避けられる。


「わかってる! ポチャン、射出!」


 だからわたしは、もう片方の冷気の拳銃を、その挙動の先に合わせる。ポチャンを固めた氷の弾丸だ。

 ほぼ時間差の攻撃だ。たぶん、避けるなら大きな動作が必要だ。たぶん、防御か相殺にかかる。


 わたしの氷弾はハツの体に迫るより前に止まった。空中で不自然に静止したのだ。


「やっぱり影!」


 わたしは魔法が影に囚われるのを見た。ハツの体から伸びる影がさらに伸びて、氷の影を捕らえている。

 たぶんあれが、イノレードでわたしの砲台を止めた攻撃だ。影を重ねれば、全て支配されるのだろう。

 つまり、ハツに触れればアウトだ。


「っ! こないで!」


 ハツは近づいてくる。わたしはそれにあわせて距離をとる。

 わたしは自分の能力に感謝する。ハツは近距離じゃ絶対的に勝てない存在だ。何せ避けたところで影を重ねられたら終わりなのだから。


「考えろ、考えろ……」


 わたしは自分の中で反芻する。

 敵は精霊だ。状況は圧倒的にこちらが不利なのかもしれない。

 それでも、ちょっとの隙間を縫って少ない勝算を拾っていくしかないのだ。


 緊張して動けなくなったら、ラミィはどうなる、ロボはどうなる。


「助けるんだ」


 今出来ることの最善手をやる。

 考えることをやめたら負けだ。


「おら餓鬼ぃ!」


 スノウの怒声がわたしの耳に届く。カエンとの戦いはかなり拮抗している。

 カエンの威嚇によって、辺りの老人たちは火の対応に追われている。

 かろうじてこちらに来てくれた人たちも、ラミィの安全を確保しようと解放している最中だ。


 援護は、期待できない。


「来るなぁああっ!」


 ハツは徐々にわたしとの距離をつめる。もう距離にして二メートルもないだろう。

 わたしは後退しつつ二挺拳銃を撃ち続けた。この気候のおかげで、冷気だけならリロード無しでも連射できる。


「む……だ」


 ハツの声が徐々に大きくなる。戦闘に興奮しているのかもしれない。

 わたしは地面の雪を巻き上げて固めていくが、ほとんど進路の妨げにならない。後退しながらでは、スピードはほとんど出ない。


 敵の距離が迫る。あと少しで、わたしの体は影の射程内だろう。

 おそらく今が、ハツにとっての勝ちの寸前だろう。あと一歩というところで、大きく跳躍して一気に制圧しようと目論んでいる。

 ならば――


「射出!」


 わたしはすかさず、残しておいた熱量を全て放出した。

 敵はやっかいなわたしを仕留めるのに焦った。もっと時間を賭けてじりじりと近づくべきだっただろう。


 わたしの放出した拳銃の熱は光を帯び、その光が影をかき消してしまう。

 この一瞬を、チャンスにして。二挺拳銃を解除、さらに攻撃を浴びせる。


「コンボ! 火、光!」


 レーザーによる強大な熱量をそのままハツに命中させた。これだけの近距離で撃ったのは初めてだが、外れはしない。

 そしておそらく、影は消えているはず。止めることも避けることも不可能だ。


「……な……に?」


 その声を出したのは、ハツだ。

 わたしのコンボを真正面から受けながら、いつも通りに声を発していた。


「どぅ……しょ……」


 わたしを値踏みするような瞳と目が合って、涙が出そうだった。

 どれだけ相手の隙を突いても、自分にとって最適解を生み出せても、ハツには、精霊にはかなわない。


 わかっていた。それでも逆らって、やれることを模索した。

 いや、わたしの方が、焦っていたのかもしれない。ラミィを助けたいと思うばかりに、この決着を急いだ。安易な攻撃に身を任せてしまったのはわたしだ。


「ぐいぃいいん!」


 ハツの影の怪物が、ハツの背後から絨毯のように放物線を描き、わたしとの間にアーチを作る。

 わたしの真上に現れ、そいつは影になった。わたしの体は、上を見たまま釘付けになる。


「おぁ……り」


 ハツの、なんでもないような声が、徐々に近づいてくる。


「うっ、ううっ!」


 わたしは、この動けない体を情けなく思った。

 ラミィを助けられなかった。ここでわたしが負ければ、ロボはあの状況を次第に維持できなくなる。

 涙が溢れる。瞬きもできない瞳は涙を溜めていく。


 わたしはもう、誰も守れない。


「ごめ……ん!」

「あやまるのは、こっちだよ」


 涙が流れるよりも先に、声がした。


***


「ン、ンン!」


 影ハツの声が、息苦しくなる。

 液状になった影から、俺は手を伸ばした。ずぽりと、泥の水面から這い出るような音がした。


「もうちょっと、格好良く出れないもんか」


 俺はその左手を頼りに地上に帰ってくる。

 最初に見たのは、涙目でこちらを見ているフランの姿。


「とりあえず、迎えに来てくれて嬉しいよ」


 俺は影ハツの怪物体を食い破って、地面に降り立った。


「あ、ああアオ!」

「よっ」


 隣に着地して、俺はフランに挨拶してやる。


「あ……ぁああっ!」


 ハツが、俺のことを見て声を張り上げた。何かに恐怖を感じたのか、あるいは感づいたのか、俺たちから距離をとった。

 この状況は、まだ戦闘中か。


「アオ、アオなのよね?」

「ん、ああごめんな。ちょっとだけ手間取った」


 ロボとラミィはいない。スノウは向こうで戦っている。あの炎から察するにカエンだろうか。


「なんで、あな……た!」

「何だお前、しっかり喋れるじゃんか」


 ハツは驚きを隠せていない。俺のことが気になって仕方がないようだ。

 あれか、やっぱり帰ってきたことに驚いているのか?


「アオ!」

「ん」


 フランも似たような表情だ。

 俺は心配になって、戦闘中にもかかわらずフランの頬に触れて顔を見てやる。

 その行動に苛立ったのか、フランは顔を真っ赤にして逃げるようにじたばたする。


「どうしたんだよ」

「アオなのよ……ね?」

「当たり前だ」


 何を変なことを。なんか違うのかこれ。

 そう思ったとたんに、俺は心配になって全身を見渡してみる。右手は失ったままだし、とくに変なところはないはずなんだが。


「まあ……いいか」

「あ……なたっ!」


 ハツの声が、俺に攻撃の気配を漂わせる。

 そういえば、戦闘中だったな。


「フラン」

「アオ……え、え!」

「ありがとう。フランがいてくれるから、いつだって俺は間に合うんだと思う」


 フランには不意打ちだっただろう。

 俺は、フランに感謝を示すように、身体を抱いてやった。

 戦闘中だろうと構うことなかった。俺はこの嬉しさをフランに向けてやる。こういうところ、若干ホムラと同化したかもしれない。


「あ、アオ、いきなりこれじゃはずか――」

「なんで……ここに……!」


 少しずつだが、ハツの声にも精彩が現れる。もしかして今までの口下手は、精霊と人格とを分離した副作用だったとかだろうか。

 いや違う。たぶん、俺の耳が良くなったのだ。


「すげぇ」


 目も、まるでハイスペックのテレビに買い変えたような、今までとは違った見え方になっていた。狭かった視野が、倍以上にも広がっている。

 ホムラからじゃない、素で受け取った超上的な五感には感動すら覚えた。


「世界の高画質」

「私の話、きいて……る!」

「ああ、聞いてるよ。理由は簡単だ。あんたのもうひとりのハツが、ここにまで連れてきてくれた」

「そんな、裏切り……!」

「裏切りも何も、いやなこと全部押し付けた結果が、あいつだろうが」


 俺はフランを守るように、前に立つ。


「うるさ、い!」


 ハツは姿勢を低く構え、俺の元まで飛び込んでくる。距離をつめるつもりだ。

 俺は腰にカードケースがあるのを確認して、手触りでどうにも自分の所持カードが少ないことを把握する。

 たぶん、この体に戻った際に消えたとかだろうか。


「フラン、かりるぞ」

「え、きゃあ!」


 フランの腰ごとケースを叩き、一枚のカードを飛び出させる。


「チョトブ」


 俺は出てきたカードを受け取り、フランを抱えて右後ろに飛ぶ。

 ハツの体は、俺のいない場所に遅れてやってくるだけだ。


「何するのよアオ!」

「すまん、まずはこっち」

「アオ殿!」


 俺はフランを、ロボとラミィのいる場所にまで連れて行ったのだ。


「すまんロボ、フランも頼む」

「そ、それは構いませぬ! が、アオ殿! 先ほど消失した御身の道理をお聞かせ願いたい!」

「ああ、あとで全部、しっかり話す」


 そのままフランを置き去りにして、ハツのもとに向かった。

 俺の視界の隅で、フランは身体を起こして心配そうに俺を見ていた。


「アオ!」

「なんだ?」

「一人では無茶よ!」

「大丈夫、俺は一人じゃない」


 俺はもう一度、自分の腰にあるカードケースの感覚を確かめる。

 あのちょっとボロっちい感じのケースには、四人のために作った魔法陣の欠片がついている。その中にあるのは、たった五枚のカード。

 俺は人差し指と中指で、その中からカードを一枚取り出す。


 ハツは、ゆっくりと身体を起こして、フードを取り払った顔から怒りの表情を浮かばせる。


「あ、なた! 殺したのね、影を!」

「ああそうだ」

「わた、しの、使命を! 苦しみを、また!」

「ああそうだ!」

「殺す!」


 ハツの幼い容姿からは想像もできないほど殺気立っている。

 上等だ。


「あんたには存在を残してくれたことに感謝もしているし、同情の余地だってあるかもしれないな。でも、俺には関係ねぇわ」


 俺はカードを持った指で銃の形を作って、ハツに向けてやる。

 ハツが、雪の上を走って、俺に向かってくる。


「邪魔をするから、ぶちのめす」


 指に挟まれたカードは、火のレアカード。


「纏え蒼炎! 昇火!」


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