第百三十七話「えいじゅう ほくほく」
そうだよ、ホムラの行動原理はずっと変わらなかったんだ。恋を知りたい、そのためにいろんな行動をしているわけで。
たぶん、地球に来たことで、俺の頭の中にある恋に関係することを片っ端から消化しているのだ。そうすれば、ホムラは理解するのではないかと期待している。
「ズレ過ぎだろ……」
「むしろ、主の気づくのが遅すぎる、アオは察しが悪いの」
「失礼な、俺は察しがいい。悪意には」
とりあえずどうでもいいことが氷解した。いや、どうでもよくないのか。
「ふふ」
やっぱり俺も、このなんちゃって恋探しに協力せねばならないのかもしれない。
あの異世界に戻った時、またホムラと一心同体になる可能性は十分にあるのだ。フランたちがあれだけの戦闘をして得た契約を、破るわけにはいかない。
当面は、この目の前の御弁当を食べることからだろう。
「いや、俺もまんざらじゃない。ちょっと嬉しいからな、それだけは言っておく」
一応ホムラは分類としては女の子だ。制服だって女性のものだし。
そんな子から御弁当をもらえる。例えホムラの目的が別のところにあっても、嬉しいことには変わりない。
「ただ、デレデレはしないぞ」
「いちいち小言の多いやつのよ。素直に食さんか」
ちょっと重い空気が漂う弁当箱を、おっかなびっくりで開く。
HOTCAKE!
「わらわの知っている料理はこれだけ故」
「だよな」
「ほれ、あーん」
ホムラは箸を無造作にぶっさして、俺に向けてくる。
やっぱり、やるのか。
「あ~ん」
こんなとこ見ないで!
ただでさえ衆目を集めるのに、こんな臭いことやればまた俺に視線が刺さる。
ホムラが満足そうに微笑む。笑顔だけならもう百点なんだよな。
「どうじゃ?」
「味もわからない……いや、美味いよ。でもさ、味以外の部分で好みじゃない」
「はて」
「恋は振り返っちゃいけないが、同時に秘めるものだ」
よく彼女自慢とかする人がいるけれど、俺はあういうのが好きじゃない。自分がただ優越感を求めて優位に立つのが嫌いなのだ。妬みじゃないよ。
「そんなもの、主の主観じゃろうて」
「そりゃごもっともだが」
二人だけの秘密とか、そういうのの方が俺は好きなんだ。
ホムラは我が道を遮られるのが嫌なのだろう。ちょっとむすっとした。
「とにかく、此度はわらわに付きあえ」
「はい、わかりました」
「ゆえに、あー」
ホムラが口を開いて、何かを待っている。たぶんホットケーキだ。
俺は周りの視線にビクビクしながら、ホムラの口にホットケーキを運んでやった。いっそのこと口で移すくらいのほうが開き直れそう。
*
朝になる。
昼食後はとくに何のトラブルもなく、ホットケーキ食って風呂入って寝た。
家に一緒に帰るときに手を繋いだが、ホムラはピンとこなかったっぽい。
「主、なにゆえ起きる」
「いや、目が覚めたならいいだろ」
「わらわが起こすのは不満かえ」
目を開けて身体を起こしたら、ホムラが不機嫌な顔をしてやってきた。
どうやら龍は人間とは違って、一時間程度休むだけで体調が全快するらしい。そういえば異世界でゴジラ寝してたときも、ほとんど寝てなかったよな。
だからか、目覚ましがあるのにもかかわらず起こしてくれると、ホムラが提案してくれたのだ。たぶんラブコメの影響もある。
こういう日に限って、その五分前くらいに目を覚ますのが俺である。
一応女の子ともいえるホムラに起こしてもらえたかもしれないのに。
「今日は学び舎に行かぬのか?」
「ん、ああ」
俺は着替えるが私服の方だ。
ホムラは裸になって俺が着替え終わるのを待つ。俺に合わせるつもりなのだろう。
「学校に行ってもとくに成果が無かったからな」
「確か、休むと単位とやらに響くのではないかえ?」
「ああ、めっちゃ響くが、一日くらいならいいだろってことで。あと俺は地球に永住するつもりはないんだな」
俺は、異世界に帰る。いや帰るというか行き戻るって言うのかこれは。わからん。
とにかくこの地球に居座るつもりは毛頭無かった。死に場所を異世界に見つけたり。
「たとえば、見てくれ。この貯金通帳」
俺はこのアパートに残っていた預金通帳を広げる。俺の名義だし、前の地球でも覚えがあるから暗証番号も同じだろう。
通帳には、俺などが到底持てるはずの無い、二百万という預金高が記載されていた。
「二百万、ホムラはこれをどう思うよ」
「大金であろう。主の知識があるゆえ、わらわでもわかるわ」
「そうでもないんだよ。たとえば俺が異世界に帰るのを諦めてここで暮らす場合、この金が全財産になるわけだ。そうするとな、ホムラも含めてせいぜい二年生活費が賄えればいいほうなんだよ」
この地球で俺に身寄りはない。戸籍だってどうなっているかわかったもんじゃない。
大学に行くなんて不可能だろう。高卒で就職活動だってバイトしながらでもないと厳しい。
ただ、あと二年は何とかなりそうな金額があるんだ。
「俺は思うんだ。バイトしながらなら就職活動ができて、普通の生活が取り戻せるレベルの財産が用意されている。つまりは、俺が考える間も無しに苦労すればこの地球で永住してもいいように計らってあるわけだ」
「ふむ」
「この状況が誰かの意図だったと仮定する。ならこいつは、俺たちに永住できるように用意したことになる」
「結論を言わんか」
「つまりはだ、帰らなくてもいいようにわざわざ手配してるってことは、帰る方法が何かしら存在するってことなんだよ」
帰る方法は存在する。俺はこの事実に確信を持って言った。
仮定に過ぎないだろう、だが、俺はわかる。
相手が一番嫌がるであろうことは、自然と出来るのだから。
「なら、なにも野ざらしにすればよいではないか」
「甘いんだよ。人間ってのは、何も無いやつの方が案外予定外のことをするもんだ。死にかけた人間の必死さくらい、ホムラにもわかるだろ」
「ほう、一理あるの」
相手、たぶん魂の精霊は俺たちになあなあなまま居座らせて、この地球に置いていくつもりなんだ。
「だから俺は、その予定外を探す。たぶん、普通に生活してたら絶対に見つからないような場所にその鍵がある」
「言い分はわかりたもう」
「一応、ホムラにも協力してもらいたい。その代わりも用意する」
「代わりとな?」
ホムラはプレゼントを今か今かと待つ子供のように、首を傾げて無邪気にこちらを見つめる。
この調査にはホムラの存在は不可欠だ。常識外のことをする必要性だって出てくるだろうし。
「デートをしよう」
だから俺なりの、ホムラの愛を見つける方法を、提供する。
*
残り貯金、百九十万。
これが百万を切る前に帰りたい。
ホムラと一緒に歩いているのは、電車で一時間くらいもまれたあとに到達できるデパートの内部だった。ジャスコ!
「ここかの」
「そう」
何をあてにして捜索するか決めていなかった。そもそも、手がかりが無いのだ。
そのため、俺はとりあえず判断基準を一つに絞る。
ホムラの、楽しめそうな場所。
まあ、わかるわけない。
「ホムラは俺の記憶を保有してるんだろ。だとすると楽しめそうなのって、これくらいだと思うんだわ」
「外食店であろう、わらわの知識に相違はないか?」
俺が選択したのは、食べ歩きだ。
知識だけがあるのなら、味覚で責める。消去法だが、まあ間違っちゃいないだろう。
デートで食べ歩きはどうかといわれると微妙かもしれないけれど。
「なんか食いたいのあるか?」
「たしか、主の好物はきゅうりの古漬けであったな、あれを食してみたい」
「……あれはちょっと待ってくれ。あとで買う。あれは間食みたいなものなんだよ」
「ふむ」
ホムラは顎に手を当てて、飲食コーナーの案内看板を見つめる。
彼女が今回着こなしているのは紺を基調とした、普通の服装だ。和服をやめてスカートにしてくれた。
それでも蒼い髪は目立つけれど、道行く人に怪しまれるほどじゃない。
「主がきめい」
「じゃあ、ファミレスにするか」
「……ほかのはないのかえ」
なんでもいいっていったジャン!
うちの姉貴みたいだな、何でもいいっていうくせに文句だけは言いやがって。
「これにせんかえ」
「和食か、確かにホムラらしいっちゃらしいな」
というわけで和食に決定。俺の意志はない。
店内に入って、ホムラがまたいちゃもんつけたりして、店員にわざと間違えそうな難しいわがままばっかり言って、一度落ち着く。
「遅い」
「いや、注文したばっかりだから」
「向こうの席はもう料理があるではないか」
「あれは前からいただろ。こら机をたたくな」
ホムラに外食の常識は通用しない。待つことが嫌いなのかも。
デートとかだと本来、こういう待つ間ってのが一番重要なんだと思うんだが。
「ホムラはなんか行きたいところとかないのか?」
「そうさの、あれじゃ、ラピュタとやらはどこにあるんじゃて」
「……空想の中」
俺の記憶を把握したところで、認識のズレは拭えない。
平日で客も少ないためか、食事は思っていたよりも早く届いた。
和食店なだけあっていろいろあったが、俺はこういうときに鍋焼きうどんを選ぶ男だ。男の子っぽいよね。
「うまそうさの」
「食べるか?」
「うむ」
ホムラは遠慮せず俺のうどんを食べる。口元でちゅるちゅるしているのですら様になるってすごい。
*
ホムラは満腹にならないらしい。他の店も梯子して一食三万位かかった。
「あれだ、水で生きていけるんだよな、つまりは体のどこかで栄養を生成しているんだと思う」
「それがどうしたのかえ?」
「じゃあ、直接栄養の食べ物はどこに行くんだ」
あれだけ無尽蔵の食べっぷりを見るに、たぶん味覚だけで消化器官がないのではなかろうか。
そういえばホムラと一心同体のとき、トイレに行ったこと無いもんな。
「知らぬわ」
「体の中で燃やし尽くしてるのかもな」
「龍には本来味覚はなきに」
じゃあなんでホムラには味覚があるんだろ。
「して、主はこのようなことで異世界に向かえると?」
「三次元蟻の話を知っているか?」
「存知である。視点を変えるには新しいモノを求めるじゃて。相手の知らぬ知識で優位に立とうとするのは主の悪いところぞえ」
いや、そういうわけでいったんじゃないんだが。
ホムラは構わず、デパートの中をうろうろする。
デートって言ったら洋服店だが、ホムラは飛膜があるから服はいらないんだよな。俺の分野じゃないし、一緒に行っても怪我するだけだろう。
「主の言葉で、少しばかり線画がみとうなった」
だからか、いつの間にか電化製品店にたどり着いてしまう。
ホムラはそれでも楽しそうだが、確かに異世界に行く方法はみつからなそう。
俺がなまじアニメとかばっかり見ているせいか、その記憶に基いてホムラはアニメのDVDコーナーに向かってしまう。
どこにでもひょいひょい歩いていってしまうので、見失うことも結構ある。編に問題起こさないかひやひやものだ。
「やっぱアニメって言ったら、あれか」
「うむ」
誰もが知っているアニメ、ジ○リコーナーで立ち止まる。
「俺はこのコーナーだったらカリオストロだな。あれは東宝だが、一番繰り返し見た奴だと思う。とにかく話としては――」
「わらわは、これが見たい」
ホムラが俺の言葉を完全に無視して、コーナーから一つのDVDを見せ付ける。
「宅急便か」
「うむ」
「意外だな、もっとドンパチモノが好きかと思ったけど」
これは本当に簡単に言うと、魔法の使える女の子が知らない土地で仕事をする話だ。出会いがあったり悩んだりして成長する物語。
「戦は手段ゆえ、わらわは得意でも好物ではなきに」
「でもなんでこれなんだ? これも俺は何度も見てるから、結構詳しいストーリー知っちゃってるだろ」
「ゆえに!」
ホムラは楽しそうに、DVDをぷらぷらと振り回す。
「聞くに、力を持つものの恋ではないかこれは。しかもわらわと違って、愛を知ったが故に敗北に近づく。矛盾しておろう」
「御幣があるけど、その意味で言えば最後は勝つけどな」
どういう基準でホムラは勝敗を決めているんだろうか。
まあでも、ホムラかしてみれば状況は似てなくもないのか。
恋をすれば人は変わる。
だから弱くなるというのもあながち間違いじゃないんだ。ホームズだって感情は推理を鈍らせるとかそんなこと言ってた。
ただこういうのって、大体立ち向かうことでさらに強くなるのが定番なんだ。その問題に直面したときに、どう対処するかは人それぞれでも、立ち向かえば大体は勝てる。
そういう意味では、ホムラは順調に強くなれるし、すでに克服しているといってもいいのだ。たぶんホムラはそれで納得なんてしないだろうけど。
一番だめなのは、自分の欠点から目をそらすことなのだろうし。
「主はやはり、わかっとらんのぅ」
ホクホク顔で歩き出すホムラに、何かぐさりと言われてしまった。




