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第百三十六話「ひょうじょう わずらい」

 あれから日も暮れて、どこに行くか散々迷った。


「帰る家がないって、寒い」

「さもありなん」


 ホムラは俺があてもなく歩いているのに対して、小言を挟んだりはしなかった。返事はするけど、基本黙って付いてくる。

 そうして結局帰ってきたのは、俺たちが地球に来て最初にいた場所だ。


「このアパートって、誰のなんだろうな」


 結構ボロボロなアパートだが、どうしてここに現れたのかは謎だった。もしかしたら、この場所にも手がかりがあるのかもしれない。

 ただ、偶然飛ばされただけで、誰か他人が暮している可能性も捨てきれないけれど。


「表札は……ないな」


 元々表札つける人って少ないんだよな、まだ不安は拭えない。

 鍵はかける余裕もなかったので、ノブを回せば簡単に開く。


「帰ってきたって、いえるのかこれ」

「わらわの帰還ぞ、出迎えい」


 こいつ、俺に向かって足を指差している。これあれか、靴脱がせってか。

 まあしゃあない、脱がしてやるか。


「断りもせずおみ足に触れるのかえ」

「めんどくせえやっちゃな、失礼いたします」


 逆らわない方がいい。俺と違ってホムラは魔法が使えるのだ。

 この世界の構成物質は原子なのに魔法が使えるのは疑問だけれど、できるもんはしょうがない。

 ホムラの素足に触れる。やっぱり見た目女の子であるせいか、体に対して小さいよな。あとすべすべする。


 ホムラは礼も言わずに、素足で部屋の中に入っていく。誰かいたらどうするんだ。

 幸い、この狭い部屋の中には誰もいなかったが。


「やっぱり俺の心の部屋に似てるよな」


 細かいところを省けば、ほぼあの場所だ。

 これもこの世界と何か関係あるのだろうか。


「アオ、こちらに」


 ホムラはどこからか持ってきた座布団に腰を下ろして、隣の床を手でたたいた。

 従う。なんか俺従者みてえだな。


「……」

「……何か申せ」

「理不尽だな」

「申せと言っておる。主、何故あそこで静まったのじゃ」


 あそこ。

 ずぐにわかる。あの実家での話だろう。


「俺は本来な、無駄に動揺するのを人に見せたくないんだよ」


 よくループもので、自体が理解できずに暴れだす展開があるが、俺はちょっとあういうのは苦手だ。

 普通の人間なら、恥から逃げるため保身に走ってしまう。俺がまさにそうだ。怒鳴り散らすことに、恥じらいがある。

 つくづく、俺が汎用で人を引っ張る素質がないのだと自覚する。


「主は、悲しゅうないのか?」


 ただホムラは、そちらの方を聞いてきたわけじゃなさそうだ。


「悲しいよ。俺のこと覚えてなかったんだからな」

「そうは見えんの」

「俺はこういうもんなの」


 ホムラは怪訝な顔をして俺の顔を覗きこむ。

 俺はとくに何もせず、目を合わせたまま固まった。


 思い出す。

 小学校の卒業式で、先生が泣いているのをずっと見ていたときのことだ。隣の席の不良が、このときばかりは泣いていたのを覚えている。

 その不良が大声でいったのだ。おまえさ、先生泣いてんのに何も思わないわけ、と。

 もちろん、俺と似たような顔をした生徒は他にもいたけれど、不良は隣の席の俺に目を留めてそう言った。まるで俺がクラスで一番薄情みたいな雰囲気になった。不良が一番先生に迷惑かけてた癖に。

 それなりの感慨やセンチな思いはある。ただ、表情に出てないだけだ。

 あのハムスター事件以来、俺はそんなんなんだ。


「表情に出す必要なんて、他人に見てもらうこと意外何の意味があるんだよ」

「アオらしいの」


 ホムラは納得して、それ以上反論しなかった。

 俺の記憶を持っている分、それなりの理解があるのだろう。愛を知らない龍に、そこまで反論する持論はないのだろう。


「さて、何か漁る……あそこの鞄なんだろ」


 俺はふと、部屋の隅においてあった鞄に目が止まった。

 なにせ、俺の知っているスクールバックにそっくりだからだ。ここに来たときは、すぐ出たから気づかなかったのだろう。

 鞄に近づき、開く。


「スカスカだな、なんだこれ」

「何を見ておる」

「……学生証」


 俺が開いた鞄の中に入っていたのは、学生証と筆記用具だった。


「しかもこれ、俺の名前じゃねぇか!」


 学生証に記載されていたのは俺の名前と写真だ。ご丁寧に俺が地球で在学中だった高校の名前と全く一緒。


「もしかして」


 俺ははっとなって、部屋にある引き戸を漁る。

 すると、俺に会いそうなサイズの制服が一式、ハンガーにかけられているのを見つけた。ジャージや体操服までご丁寧においてある。


「どうなってんだこれ……学校に行けってか」


 ますますわからない。

 この世界で俺ってどういう存在になってるんだ。両親には存在を覚えてもらってないのに、普通に学校に行ける形跡がある。学校に行けるってことは戸籍があるんだよな。


「途中寄ったコンビニでまだ七月の初めだってのはわかったし……行ってみるのもひとつのてなのか?」

「アオ、ちこう!」


 俺がそんな風に悩んでいると、ホムラが俺を呼ぶ声がした。

 それに従って向かうと、なんとキッチンの冷蔵庫を漁っていた。あれだ、実質ひとんちなのにすげえ。


「主、今宵はわらわが作ろうぞ」

「ど、どうしたんだいきなり。あとそういう所に入ってるのって腐ってるんじゃないのか」


 この家って奇妙だよな、俺の学生証あったりして、他人の空気はまるでないのに、昨日まで生活していたような空気がある。電気も通ってるし、冷蔵庫に食材があるとは。


「ほれ、卵と卵と……ホットケーキミックス!」

「それしかねぇ!」

「ハチミツもあるぞえ」


 なにこれ、俺に出来るものしか用意されてないとかか。

 全くもって不可解だ。


「ま、かまわぬ。わらわもこれしかできんからの」

「それだって俺の記憶だろ……」

「龍は水があれば生きていけるからの」


 ナメック星人じゃないんだからさ。あとレシピが頭にあっても実際に作れるかは不明だろ。

 ホムラがノリノリでキッチンに向かう。


 あれ、こういうキャラだっけか。

 俺の思い違いじゃなければ、主が作れとか言い出すタイプだと思うんだ。間違っても人のために何かするような人物じゃない。

 なんだろう、ホムラの中で何か感情の変化があったのだろうか。


「ほら、手伝わんか」

「えあ、やっぱそうなるのか」

「一緒に作るえ」


 わからない、女の子ってやっぱり不思議。ホムラは龍だから両性だっけか。



 翌日。


「起立、礼!」


 俺は、学校に来た。

 どうしてかと言われれば、学生章があったからだ。

 もしかしたらこの誘導に意図があるかもしれない。そう思って俺は崩壊した地球と同じクラスの同じ席で、朝のホームルームを終えた。


「次の時間体育だぞ~俺の授業だから遅れんな」


 このクラスの担任も、崩壊した地球となんら変わりなかった。

 違いがなさすぎる。

 俺の家族以外、何も変わっていないんじゃないかと思えるくらいに、当然のように時間は流れていく。

 調べてみたが、俺が今日まで不登校とかそういう事実もなかった。


「あの」

「どうした? あ~えっとすまん、誰だっけ」

「藤木あおです」

「おお藤木な、どうした」

「体育、野球ですよね、俺見学でいいんですか?」

「どうしてだ。ずる休みは許さんぞ。不健康か? 風でも熱がなきゃ動け!」

「いえ……」


 俺は、無くなった右手を示した。これじゃあ野球はできないだろう。元々球技はどれも苦手だけれど。


「え、あ、あおう。あれ? 藤木あお……お前不登校とかか、今までいたっけか?」

「まじで失礼ですね」

「出席はしてるし……今まで体育欠席記録はないし……」


 担任の教師が、怪訝な表情を崩せずにいた。

 おそらくだが、右手の無い生徒の記憶が無いのだろう。

 俺が今までいた記録はあるのに、俺がどういう人間かは全く記憶していないのだ。

 いや、たしかに崩壊した地球でも俺はそんな扱いだったけれど。異世界に関係するものは矛盾や違和感だらけなのだ。


「まあいい、出来ないんじゃ仕方ないな」

「じゃあ」

「走り込みしとけ」


 クソがあああっ!

 俺はそのあと着替えて、体育で体操したのち、一人みんなとはぐれて孤独に走る。


「しかし、どうするか」


 俺は走りこみついでに、グラウンドを回って辺りを見渡した。

 この学校に、とくに親しい人間がいない。

 今まであったぼっちのツケがここで回ってきた。元々中学の知り合いがいなさそうな学校を選んで、結構成績を上げたんだよ。まあ中学にも友達なんていなかったけれど。


 これのせいで、俺は今いる地球と崩壊した地球の違いを調べることが出来なかった。クラスメイトが無関心なのは当たり前だ。


「違いがあればな……」


 今わかった事実は、俺に結構な体力があることだ。

 走っているのにほとんど疲れることがない。異世界に行ったせいで体力が付いたとかそんなところだろうか。


 グラウンドを回っていると、ふと女子の集団が眼に止まった。

 この学校の体育はクラス合同でやるため、他のクラスの子が混じる。結構な数の女子がソフトテニスやらの球技を行っていた。

 たぶんじろじろ見られると怪しまれるから、目を離そうとしたとき。


「……ん!」


 俺は、一人の異物を発見した。

 それは女子たちが体育をしている隅っこ、見学をしている女の子の集団に、ひときは目立つ龍の姿があったから。

 ホムラが学校に来ている。

 無視しよう。


「主」

「うぉおおっ!」


 俺がそっぽ向いた瞬間に、ホムラに耳元で囁かれる。一瞬で背後にまで距離をつめられたようだ。

 思わず走るのをやめて、仰け反ってしまった。


「無視したの」

「いや、あとでいくらでも聞けるし。つかホムラはどうやって学校に来たんだよ。制服とか、しかも家にいるって言ってたジャン」

「サプライズじゃ」

「サプライズってのはな、やってる人間しか楽しめないんだよ……相手を不安にさせるだけだろうが……」

「ああ、そういう経験もあったの」


 ホムラは心の部屋で俺の記憶を共有している。だから説明しなくてもわかってくれるようだ。

 近くにいた女子生徒の視線も俺とホムラに集まった。好奇の視線だ。ホムラはぱっとみ美人だから眼に留まるんだろう。


「ほれ、学生証」


 ホムラは綺麗な指先でひらひらと俺に学生証を見せ付ける。

 蒼龍焔。すごいまんまの名前が記してある。俺が一年四組なのに対して、ホムラは一年三組か、これになんか意図はあるのだろうか。


「わらわも、主の学び舎を実際にみとう思うてな、体験学習という奴さの」

「なのに見学してるのか」

「ふふ」


 ホムラはすごく、悪戯っぽい微笑を浮かべた。

 そういう顔をして俺を見ないでくれ、舎弟と思われる。他の生徒もいるんだぞ。


「わらわのこの学生証も、この制服も、主と同じ場所におった」


 ホムラは一歩下がり、自身の着ている学生服をひらひらと見せ付ける。

 黒を貴重とした、公立らしい面白みの無い制服だ。まあこういうのが結構いいんだが。


「雅じゃろ?」

「いやうん、綺麗だけどさ、さっきの答えになってない」

「これが、先ほどの答えじゃ」

「俺はな、どうして体育を休んでいるのかと聞いているわけ――」


 ホムラは色っぽい目をすわらせて、指先をすっと俺の胸元に移動する。心臓に悪い。あと周りの印象にも悪いからやめろ!

 俺が素直に喜べず苦笑いをしていると、ホムラは俺の心臓の辺りを人差し指でなぞった。

 そこは体操服の、名前が書いてある場所。


「主が、奪ったのじゃろぅ」

「あ!」


 名前が、蒼龍って書いてある!


「あー!」


 目のいい委員長タイプがこの学校にいたのか、俺と同じタイミングで気づいた女子がいた。


 

 時間は、昼休みにまで加速する。


 とりあえず、変なことにはならなかった。

 ホムラが盗難を訴えたわけじゃないし、俺だってあのあとすぐに着替えて保健室に向かったので、これ以上の情報提供はないだろう。

 無論、噂にはなる。


「別にいいよな……」


 今更だろう。無関心とあまり変わる気もしないし。


「主」


 とうの本人であるホムラも、俺に対しては結構親しげに話してくれている。この状況があるせいもあって、思いっきり突っぱねられないのだ。


「元のクラスはいいのか?」

「知らぬ。同伴を求められようとわらわはわらわのいたい場所にいるだけよの」


 ホムラはすごい目立つ。

 俺の隣の席を了承も無しに陣取って、机をくっ付けるあたりクラスカーストの上位にいける素質がある。

 周りからは好奇の視線が絶えない。初めて見たホムラの姿に驚き、今までこんな生徒いたのかと疑問がふってわいているのだろう。


「昼餉であろう」

「ああ」

「これを」


 ホムラはすっと、俺の横に弁当箱を置いた。

 俺は目を丸くしてそれを見てから、顔を上げる。


「俺に?」

「うむ」


 ……ああ、ああ!

 ようやくこいつのやりたいことがわかった。この地球に帰ってからなんかおかしいと思っていたパズルが、かちりと音を立ててはまった。


「お前、ここでラブコメしているのか?」

「恋煩いとよんでたもう」


 何が恋煩いだよ、むしろゴットスピードラブだ。

 俺が、この地球での状況を把握し、脱出を目論んでいる。

 ホムラはずっと変わらず、自らの愛を知りたがっている。


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