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第百三十三話「がんこ くーる」

「……ほんと、あんた似すぎよ! キーンとくるわ」


 スノウはなんとも難しい顔をして頭を抱える。

 ラミィは一度嬉しそうに表情を緩ませるが、


「じゃあ」

「待ち。まだやるなんていってない! 頭を冷やせ馬鹿」


 スノウは明らかに動揺している。何かに葛藤するように、今までの冷静さを欠いていた。


「本当に昔っからそうだった。自分がよわっちぃ癖に、いやだからこそ心じゃ絶対に折れないんだ。あたしが馬鹿にしてた頃から変わらないで、あたしのずっと先の見えない場所にいた」

「それはっ、お母様のことですかっ!」

「あああ! あんたは娘だよね!」


 スノウはラミィから手を離して、部屋の中をうろうろし始めた。


「ああわかってるよファラ。例え死のうがあたしの親友だ。約束も覚えてるよ、でもな」

「約束?」

「いいじゃありませんか、受けてあげたら?」


 ふと、ドアから入ってきた新しい老人が、声を挟んだ。今回は知らないおばあさんだった。


「ゆきばあは黙って」

「すみません、黙りますとも。巫女様の頼みとあれば」


 おばあさんはわたしたちに軽い会釈をして、別の部屋へ向かう。

 閉めるときのドアの音は、やたらと大きい気がした。


「……やたらと、人が来る」


 わたしは去っていったドアの向こうを眺めながら、一人呟いた。


「じじばばはな、もうやることがないんだよ。あたしなんか守る必要もなくなったし、どうせなら山を降りればいいんだ。もう餓鬼だって作れもしねぇし、ここに居たっていなくなるだけだって。精霊のあたしなんて、身の回りの世話すら必要ないんだよ」

「でも、スノウさんはこの村にいるんですよねっ。村にいる必要もないのに」


 ラミィがスノウの顔を覗き込もうとするが、スノウの実力で止められる。


「……どうせなら、この村に人間が、一人もいなくなるまでは、居てやろうと思っただけだよ。ひとりぼっちは寂しいからな」

「山で、ひとり……」


 わたしは、パパと住んだあの家を思い出す。もしわたしが一人あの家でクラスことになったら、やっぱり寂しい気がした。


「たぶん、この村の人間がいなくなった日が、あたしの人間がなくなる日だろうさ」

「だからみんな、この村に残っているんじゃないんですか?」

「そんなことしても……どうせ、あたしは完全な精霊になっちまう」

「だからこそ、ここに残るんですっ」


 この村にある、ある種の退廃的な死生観なのかもしれない。

 ただ、村の人間じゃないラミィが言っても、ただの推論でしかない。


「わかった風に言いやがって……」

「すみません」

「ファラも、そんなんだった」


 ファラ。ラミィのお母さんにして、スノウの親友。

 彼女がどんな人だったのかわたしにはわかりかねる。

 でもたぶん、スノウという人にとって、とても大きいものだったのはわかった。


「……わかったわよ」

「スノウさんっ?」

「二度も言わない」


 スノウは諦めたように溜息をついてから、部屋の奥にいったおばあさんを呼び止めた。


「ゆきばあ、戦闘準備だ」

「ええ、わかってますよ。もう準備しております」


 スノウは忌々しそうに舌打ちをして、元の場所でふんぞり返った。

 おばあさんはなにやら楽しそうにそれを見ながら、下の作業に戻っていく。どうやら、すでに準備を始めてくれているらしい。


***


 まだ俺たちは、盗賊悪アオのアジトにいた。

 といいつつも、俺の意思は反映されていない。ただホムラが勝手に居座っているだけだ。


「これはなんぞえ」


 テントの中を適当に潜って、一つの私室に入っていく。たぶん燃えた誰かの部屋だろう。

 ホムラはその部屋の机の上にあった一つの小物を手にとって、まじまじと見つめる。


 それ、なんとなくだけどわかる。あれだ、指に装着して爪をはがす奴だ。

 おいやめろ! 体は再生するからって無闇に装着するんじゃあない。痛いだろ!


「なんじゃつまらん」


 ホムラは俺の説得を受けて、その拷問物をぽいっと捨てる。

 末恐ろしいな。拷問とかまるで動じなさそう。

 そして何より、この拷問部屋でもなんでもない私室にこんなモノが置かれていることに不気味さを感じる。あれだよな、これってつまり私室で誰かに使ってるってことだよな。


「そんなの、子供に決まっておろうて」

「……あの」


 がさごそと音を立てて、テントの中に子供が入ってきた。

 先ほどの捕らえられていた子供の一人だ。ここが私室ってわけでもなさそうだが。


 ホムラは声をかけられたみたいだが、無視している。


「ここも潮時かの」

「あの!」


 ホムラは子供の大声に、むっとした。

 あんまりおこんなよ。


「無論」

「……あ」


 ホムラはちょっとだけ安らかな表情をして、子供の髪を撫でる。

 そのあとで、要らなくなった玩具を捨てるように、突き飛ばした。

 子供は地面に倒れる。


「帰るかえ」


 ホムラはテントが壊れるのも構わず、飛膜によって空へ飛んでいってしまう。

 なんだいまの。


「わらわは、子供は殺さぬ」


 それは聞いた。


「だが、助けもせぬ。子供は一度甘いものを見るとすぐに縋ろうとするからの。恐怖を植えれば逆らわなくなるが、怠慢を知れば身の程を弁えぬ」


 まあ、餓鬼は純粋だからな。いい意味でも悪い意味でも。

 竜王って割には、そういう考えも持っているんだな。一人ぼっちみたいなのを想像してたけど。


「わらわとて、両親がいた。もう、とうの昔であることに変わりないが」


 ホムラにとっては、感謝の言葉も乞食も変わらないのだろう。


「さて……わらわとしては、人に会うのも不毛だったとしか思えぬのであるが」


 それはあんたが所構わず燃やすからいけないんだと思うんだが。


「退屈さの、やはり」

『そう思うのなら、こっちに来てみて』


 耳もとに、声が届いた。

 フランが放ったトゥルルの魔法が、ホムラの耳に到達したのだろう。

 ホムラはつまらなそうだった顔をゆがめて、新しい玩具の声に耳を傾ける。


「ぬし、その言葉の真意を問う」

『そのままの意味よ。面白いことをしてあげる。あなたには絶対に出来ないもの』

「して、その心は」

『愛』


 フランは断言した。愛って惜しげもなく言った。


「面白い、それは挑発かえ」

『……』


 ホムラの眼光が辺りを燃やす。火は燃え移る暇もなくただ一瞬にして灰に変わった。

 フランはこの場にもいないのに、緊張で唾を飲む声が聞こえた。


「よかろう」


 ホムラはフランの挑発に、乗る。

 元々がこの性格だ。相手にしないということは無かっただろうが、フランの安心するような吐息が耳に届く。


 でもこれ、大丈夫なのか。

 フランが痺れを切らして飛び出したわけでもなさそうだ。ならば、それなりの策を講じてきたということ。勝機はあるのだろう。

 ただ、この蒼炎竜王を倒す策なんてものが存在するのか、甚だ疑問である。


「そんなもの、なきに。あるとすれば、愛!」


 惜しげもなく愛って言うよな。


「ふははははははははは!」


 ホムラはさも楽しそうに、自らの体の羽を広げて、飛び出した。

 たぶん、フランがどこにいるのはわかっているのだろう。声からする僅かな攻撃の気配を辿って、遠くの山に照準を定めた。


「きゃつの余興もまた糧になろう! その罠、踏み抜いてみせようぞ!」


 吹き飛ぶ景色の中、さも楽しそうにホムラは飛び回る。アクロバットとかされると脳は大丈夫だけど目が回る。



 その山は、イノレード近くにあるものだったらしい。

 空は快晴だが、ホムラの吐く息は白い。標高があるのか、地面も冷たい雪で真っ白に染まっている。銀世界というやつだ。

 その銀世界に、ちょっとだけカラフルな色合いが添えられている。


「きた」


 フランたちだ。ホムラの蒼い炎を目に灯し、睨みつけている。

 その場にいた面子は、フラン、ロボ、ラミィと……あと、なんか水色な人がいた。


 誰だあれ。なんといえばいいのか、一言で表現するならクールビューティというやつだ。スタイルも女ロボほどじゃないが結構いい感じの美人だった。眼つきが鋭い。

 つか水着! この極寒の寒さで水着にパーカーみたいな服装でいる彼女の神経が知れない。


「精霊か」


 ホムラが、俺の疑問を解決してくれる。

 精霊か。なるほど、精霊を精霊に出来れば、ホムラに勝てる可能性も出てくるわけだ。どうやったかはわからないが、あの堅物たちを説得したようだ。


「ちと失望させてもらった。まさか精霊とは」


 ホムラは開幕全員に聞こえるよう呟きながら、雪の地面に降り立つ。


「精霊ならば、わらわに立ち向かえると、そう思うたのなら取り消したもう。精霊ならば、十体いようとわらわの敵ではない。身の程を知れ、成り者が」


 ホムラは顎を上げて、見下すようにフランたちをにらみつける。

 フランたちはその威圧感にたじたじで、姿勢を低くしたままこちらに備えている。


「あ~あ~聞こえねぇ」


 ただ一人だけ、悠々と微笑むクールビューティな精霊が、こちらに向かってくる。


「もっと、しっかり喋ってくんねぇと」

「成り者、貴様舐めているのか?」

「成り者成り者うっせぇんだよ、あたしはスノウって言う名前がある」


 スノウは近くで立ち止ま……らない!

 普通なら睨みあうような間合いを保つはずなのに、スノウはずかずかと、まだこちらに近寄ってくる。

 ホムラはもちろん、物怖じもしなければ引きもしない。


「わかるか? 火トカゲ」


 結果的に、体をぶつけ合って、完全にくっついた状態でにらみ合う形になる。二人の胸が圧迫されてふにってなってるよ。


「ホムラ」


 さらにおでこをぶつけ合って、ギリギリと押し合う。


「わらわの名も知らぬのか、お主」

「あぁ? 誰だテメェ」


 なんかこの二人、怖い。

 どちらも意思が頑固で強いタイプなのだろう。互いに引くことのない二人の在り方が良く出ている構図になっている。

 背後にいるフランたちも、スノウの威風堂々に押されたのか、上手いところ緊張がほぐれている。


「クク……」

「ふふ……」

「ギャハハハッハハハ!」

「ふっ……はははははははっ!」


 ホムラとスノウ、互いの笑い声が周囲にも伝染する。

 ホムラのすぐ後ろで、クリスタルよりも硬そうな氷解が地面からせりあがる。

 スノウの背中から、溢れんばかりの蒼炎が燃え上がる。


「押して参る!」

「こいやぁ!」


 極寒の中に生まれた二つの荒波を、二人はまるで意に介さないまま、勝負が始まる。

 ホムラとスノウはそのまま前進して、すれ違う。

 その瞬間に、二人の攻撃は過ぎ去った。


 ホムラの右腕は砕け散り。

 スノウの片足は灰に帰る。


「その程度!」


 ホムラの右腕は瞬時に再生して、その再生と共に蒼炎を生み出す。

 スノウは片足を氷で埋め、蒼炎を避ける。しばらくしたあとでその氷は段々とスノウの足に戻っていく。


「足りぬ!」


 ホムラの髪は逆立ち、避けたスノウの体をこちらにまでぐいと引き寄せた。


「足りぬ足りぬ足りぬ!」


 ホムラはそのまま左手に蒼炎の球体を作り上げて、スノウの頭に叩きつける。


「貴様に、愛は足りぬ!」


 一瞬にして圧縮されたその蒼い球体は、この星ひとつくらい簡単に燃やし尽くしてしまうほどの熱量を、理論上組み立てている。ゼットンじゃねぇんだぞ。

 ホムラはその熱を完全に閉じ込め、その球体内だけに納めている。つまりは触れなければ無害だが、触れれば命なんて無い。


 スノウの綺麗な顔は跡形もなく溶け、すぐに全身にまで回る。

 灰も残らないほどの熱量にて、スノウは蒸発した。


「くだらん」

「ほんと、ふざけんなよ」


 済ました顔で佇むホムラの背後で、声が響く。

 ぴきぴきと、氷の割れるような音が断続的に続いた後に、空気中の冷気が集結し、人間の形をした氷像を作る。

 段々と輪郭を整えて、最後にはスノウの形になった。


 精霊って、全身砕かれても死なないのかよ。


「その姿は生命にあらず、故に概念と畏怖される」


 ホムラは復活しかけたホムラの体を左目で睨みつけて、全身の冷気を増幅させる。

 スノウのゆるやかな復活は、一瞬にしてもとの体に戻るほどの再生を始める。


「故に、わらわは同情しよう。生命ではなく自らを削るその姿」


 ホムラはいいながら、まだ氷状態のスノウの体に手を突っ込み心臓のある場所を砕く。

 そしてまた左目の冷気が、スノウの体を早急に復活させる。


「くっそがぁ!」


 スノウも何度もやられているわけではない。拳を固め、ホムラの顔面に向かって振りぬく。


「なっ!」


 スノウが驚愕の声を上げる。

 ホムラはその攻撃を避けようともしない。むしろ肉薄するように顔を突き出して、スノウのこぶしによって頭は吹き飛んだ。

 しかもそのまま、首のない体は止まることなく前進して、スノウの顔面を拳で砕き返した。


 目も、頭脳ですら、あくまで補助機関でしかないのだ。魔力探知か何かなのか、顔を失っても視界はある。


「互いに死なぬ身、どうせなら抑えをやめようではないか」


 再生するホムラの頭部は、絶えず笑みが張り付いていた。

 やべえだろ。

 この女、完全にゲーム感覚だ。アクションゲームで無敵状態の時の心境に似ている。何をやっても死なないのなら、無茶をして色々実験しようという考え方を思い出す。

 ゲームならまだいい、でもこれは、実際の身体を懸けた戦いなんだ。


「このあたしでも、あんたにはひやっとするよ」


 スノウも微笑み返すが、それは苦笑いだ。まだこちらの方が人間に近い。

 たぶん、スノウじゃホムラには勝てないだろう。精霊以上の存在として、この場所に立ちはだかっている。


「そんで、こいつに喧嘩を売るあんたらは、クールなんだろうね」

「ロボ! ラミィ!」

「囲え、大地の昇華!」

「疾風変身、シルフィードラミィ!」


 これだけの状況を見せられても、うちのメンバーは怯まなかった。見上げた根性である。

 でも、今回ばかりは命の保障どころか、俺が動けない。

 たぶん、こいつは……手加減なんてしないだろう。


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