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第百三十二話「みょうじ りよう」


 そうだ、先ほどから感じる気配は精霊のものだ。あの独特の雰囲気と威圧感。ただその気配そのものがまだ人間に近いためか、気づくのが遅れてしまった。


「雪の精霊。スノウ・トゥル・イノレード。二十年前の戦争でね、まあ色々ありまして」


 スノウは得意気にポーズをとって、わたしたちの反応をうかがっている。

 二十年前の英雄。雪の精霊。そして、名字つき。

 三つの大きな情報を整理することで、わたしの頭の中はいっぱいになった。



 名字。

 それはわたしたちの世界ではとても大きな意味を持つ。

 名字のつくもの、それは国の創設者の血族に限られる。

 たとえその国の国王になろうとも苗字は付けられない。その国を作った人間の子孫だけが、着けることを許される。

 三大国家とその他小国を合わせても、名字の数は二桁もいかない。


「イノレード」


 しかも、イノレードを姓に名乗った。

 つまりはこのスノウの先祖は、イノレードを作った本人であると言うこと。


「やっぱ、そっちの方が気になっちゃうか」


 スノウは面倒くさそうに頭をかいてから、カウンターのビンに手を掛ける。


「まあ話せば長くなるから……飲む?」

「いらない」

「謹んでお受けいたします」

「紅茶とかあったら……」

「紅茶ね、準備する。イノレード創設者ってどんな奴だか知ってる?」


 スノウはカウンター裏でガタガタと音を立てながら、話を始めた。

 最初の質問に答えたのは、イノレード出身のロボだった。


「存じております。たしか、魔原と深くかかわりのある女性であり、そのものの言葉は精霊ですら耳を傾けたと」

「そう、イノレードの巫女といえば有名よね。それがあたしのひいを何回も重ねたおばあちゃん。もちろんイノレードでも一族は代々巫女をやってた。丁度三十年位前まではね」

「あっ! 知ってますっ! 確か原因不明の火事でみんな死んでしまったって」

「ああ、そういうことになってるのよね」


 スノウはぽいっと、カップをカウンターの上に投げつける。大雑把だ。

 でもその反面、カップはすごく清潔である。よくよく考えればこのカウンターだって綺麗だし、もしかしたら綺麗好きなのかも。


「それ、嘘だから」

「えっ!」

「本当はイノレード政府による国家全権掌握のためのクーデーター兼暗殺。あたしの両親だって実際には焼死じゃなくて、赤ん坊のあたしを人質にとって風の魔法で首を切ったって話よ」


 初めて知った事実だ。

 でも実際に、本で見たこの事件は不自然な部分が多いとパパに指摘したことがある。苦い顔をしてごまかされたけれど。


「そのときの宰相がダマスだったってのもあるんだろうね、魔王様復活のために封印に最も詳しい巫女の一族を全滅させておこうって」


 スノウはティーポットにお湯を注いで、ぶっきらぼうに揺らす。


「でも、ならどうしてあなたは生きているの?」

「あたしかい? まあ紆余曲折あったけど、簡単に言うとここ」


 スノウはカウンターを指でとんとんと叩く。いや、たぶん下を指差している。

 この、コゴエの村を。


「ここは昔からイノレードの巫女お抱えの直属部隊を秘密裏に育成する教育場だったの。ここの村長は元護衛隊長でね、その火事の際にも巫女の屋敷にいて、両親が殺された跡に遅れて救助完了ってこと」


 スノウはカップに紅茶を注ぐ。頼んでもいないのにわたしの分まであった。


「秘密裏、そして巫女直属なのも相まって、イノレード政府でも彼等の存在は使用人程度の考えだったらしいのよ。あたしが隠遁生活していた十年はおろか、千年以上もこの体制がばれずにいたのは徹底した管理のおかげ。今は巫女が全滅したし、あたしもぺらぺらよ」

「あの、私達を襲った人たちですねっ」

「そう、もう二十年も前だったら問答無用で死刑よ。そうやって秘密を守ってきたわけだし」


 なるほど、だからあそこまで洗練された撃退能力があったのだろう。仮にもレベル三十と四十の集まりに対抗できたのだから、相当なものだ。


「体制も巫女も消え、この村はじじいばばあばっかりよ。もう死を待つばかり」

「なんで?」

「巫女がもういないからよ、あたし精霊」


 スノウは自分の分のティーカップを持ち上げて、凍った紅茶の塊を口の中に入れた。

 同時に入れたわたしたちの紅茶は、まだ温かいのに。


「精霊になった以上は護衛なんて必要もないし、実質巫女の一族は全滅。まさか復讐のために家出した少女が精霊になって戻ってくるなんてじじばばも想定外でしょうね」

「復讐のため?」

「あたしは二十年前、ダマスを殺すためだけにこの山を降りたわ」


 ダマスを殺すために、山を降りた。復讐。

 そういう敬意があってスノウは旅を始めて、二十年前に英雄になったのだろう。


「じゃあ、あなたはパパのことを知ってるの?」

「パパぁ?」

「えっとっ、フランちゃんの父親は、フランク博士なんです」

「フランクじじ! えっえっ、嘘、うっそ!」


 スノウはばっとカウンターから飛び移り、突然わたしに近づいてきた。

 わたしの良頬をぐっと押さえて、わたしの顔をじっと見ていた。


「はほえ」

「じじに全然にてねぇ……あ、でもあの助手餓鬼んちょにそっくりだな。あのロリコン野郎、まじでやりやがったのか」

「ぱははひれふんひゃなひ」


 馴れ馴れしい。

 わたしは力いっぱいスノウの手をどけようとするが、びくともしなかった。

 スノウは最初こそ面白がってわたしを見ていたが、


「……あんたも、人じゃないのね」


 突然冷静になって、目をそらした。

 人じゃない? 人造人間のことを言っているのだろうか。


「まあ、自己紹介はこれくらい。なっが~い話になったけど、あんたら何のよう?」

「そ、そうよ!」


 わたしたちは、英雄に出会ったときの驚きばかりで、重大なことを後回しにしていた。


「アオを、助けて!」

「青……あんたもしかして」

「スノウさんっ! 私からもお願いしますっ! アオくんって言う私達の大切な人が今、命の危険にあっているんです!」

「遅ればせながら! ワタシからも祈願いたします! どうか、なにとぞ御話を」

「……ああ、人名ね」


 何か引っかかる言い方をして、スノウはカウンターに頬杖を付く。


「まあ、話してみな」

「はっ……はいっ! ありがとうございます!」


 ただ、一歩前進したことは確かだ。

 精霊とはいえ、まだ日も浅い、二十年前の英雄から、知恵を借りることが出来る。



「蒼炎竜王ねぇ、あんたら本気で言ってる?」

「ほんき」


 事情を全部話した後で、スノウは眉をひそめた。

 仕方ないと思う。

 千年前に人類を滅ぼそうとした竜王が、現代に蘇ってアオに乗り移っているなんて、それこそ作り話みたいだ。


「そんで、あたしにその竜王を倒す協力をして欲しいって?」

「倒すんじゃなくて、屈服」


 倒しても意味がない。ホムラに負けを認めさせて、その体をアオに返してもらう必要がある。

 幸か不幸か、スノウは精霊だ。たぶん、実力ならホムラにも引けはとらないだろう。


「あんたたち、わかってて頼んでるわよね、あたしは、精霊よ」

「うん、知ってる」

「つっても二十年前になった成りたてもいいところだし、他にいた奴らのように感情がないわけでもない。でもねぇ、見ず知らずの、しかも男のために戦えと」


 スノウは乗り気じゃないが、予想していたよりはいい反応だ。精霊相手なら、有無を言わさず断られることだってある。


「だいたい、あたしはね、あのタスク一味の挑戦だってスルーした厚顔無恥な自己中なの。あたしさえ良ければいいってのが信条、そこは把握しておいて」


 スノウは軽い調子で肩をすくめて、近くにあった椅子に、行儀悪く反対側から腰掛ける。


「じゃあ、なにくれる?」

「え」

「金はいらない。生活に困ることも裕福になりたいとも思わないからね。何か面白いのくれたら、協力してもいい」


 なにくれる。

 たぶん、精霊の協力を得られると考えれば破格の条件だろう。何かを与えれば、助けてくれるというのだ。


「つかぬ事をお聞きしますが、スノウ殿は今ほしいものはおありで?」

「ない」


 ロボの直球の質問が、この場の硬直を意味していた。

 精霊にほしいものなどあるのだろうか。

 いや駄目だ、弱気になってはいけない。


「ふるふる」


 わたしは首を左右に振って、弱気を追い出す。

 そう、たとえばアオならここでどう返す。アオは相手にとって一番面倒な答えを引き出すはずだ。


 ラミィも考え込んでいる。交渉そのものは上手でも、相手を出し抜く狡さがないからだ。


「失礼しますよ」

「勝手にしな」


 わたしたちが考え事をしていると、奥のドアが開いた。初老を過ぎたおじいさんが、曲がった腰でわたしたちの間を通りぬけていく。

 開いたままの扉の向こうは、真っ白だが雪は降っていない。


「おや、紅茶ですか」


 おじいさんはせっせとカウンターを片付けている。やっぱり、ここを整理しているのはスノウではなさそうだ。

 そんな彼が、わたしたちのティーカップに注がれた紅茶をものめずらしそうに見ていた。


「みんなよじじい」

「そう邪険にいたさらないでください。スノウ様がお茶を出すなんて、ほんとものめずらしいのですから」


 おじいさんは小さく笑う。

 この人はたぶん、わたしたちの様子を見にきたのだろう。この人の挙動の一つ一つがとても丁寧で、しかも隙がなさそうだ。巫女の護衛というのは嘘ではなさそう。

 おじいさんはそのまま、適当に片づけをしたら帰っていってしまった。


「……紅茶」


 ラミィが、何かに気づいたように呟いた。


「スノウさん」

「なんだい」

「お母様は、ファラは紅茶が好きだったって、本当ですか?」


 ラミィはどうやら、二十年前の人間関係から攻めるつもりだ。


「まあ、好きだったね」

「私っ、死んだお母様のこと何も知らないんです。産まれてすぐに亡くなってしまって」

「知ってるよ。あの子は元々体が弱かった」

「だからっ、いつの間にか耳に届くお母様の特徴を真似て、私も紅茶を趣味にしてみたんですっ」

「安心しなよ、あんたはファラにとてもよく似てる……ほんとうに」


 スノウは懐かしむように、目を細めてから、その顔を見られたくなかったのかそっぽを向く。


「よかったよ、あんたがファラと違ってそれなりに元気で」

「あっ、私子供の頃は体が弱かったんですっ。師匠に鍛えてもらったりして、克服できて」


 そういえば、トーネル王宮ではラミィは病弱なお姫様って言われていたけれど、あれは事実に基いた話だったのかもしれない。


「あの強面ゴオウも、それなりに努力したんだろうよ、ファラと同じ運命は味あわせたくなかったんだ」

「でも私、まだ弱いままなんです。今だって戦わなくちゃいけない時に私だけ付いていけなくて」

「あんたさ、何が言いたいの?」


 スノウは思い出話をバッサリと終わらせた。違う、無理矢理話題をそらしたのだ。これ以上話を続けてぼろが出るのを恐れたのかもしれない。

 ラミィはそこで話を諦めて、何か強い決意を持って力強く口を開いた。


「スノウさんは、お母様のことが好きだったんですよね」

「ああ」

「なら、私はこれからホムラに挑みます。もしこの戦いで私が死んだら、お母様は悲しむと思います」


 がたりと、椅子を蹴飛ばす音がした。

 そう思った次の瞬間には、スノウはラミィの胸倉を掴んでいた。


「あんた、それを自分で言う?」

「いい……ますっ!」

「ラミィだっけ、あんたは今ね、死んだ自分の母をダシに使ったんだよ」


 スノウは少し怒っていた。理由はわからなくもない。

 ラミィも胸倉をつかまれて苦しそうだ。


「ファラもそんな子供になってほしいなんて思っちゃいない。悪いこたぁ言わないから取り消しな。仮にも精霊に――」

「私はっ、弱いんですっ!」


 ラミィが大声を上げる。

 それはラミィがたまに見せる、人を不思議と引きつける声だ。

 スノウも思わず言葉を止めて、ラミィの言葉を待ってしまう。


「ロボさんも、フランちゃんもいつだってそのせいで傷つけてきた! 今はアオくんが、命の危険にさらされていますっ! 私がもっと強ければ、知恵と力さえあればどうにかできたのにっ!」


 ラミィは、自らの無力さを吐き出していた。

 確かにラミィは、わたしたちの中では一番突出した戦闘能力を持たない。いつだって最後に決めるのはアオやわたしの攻撃魔法だ。ロボだって、今なら引けをとらないだろう。

 ラミィにはそれがない。そのことをずっと、気にしていたのかもしれない。


「だから、私に出来ることなら何でもします! 利用できるものなら、お母様だって利用します! 全部、私のせいだって、認めますっ!」

「……あんた、その一回は、高くつくよ。精霊を脅してまで利用する要素だ。確かに一回ならあたしを揺さぶれるかもしれない。でもさ、その一回を、他人のために使う?」

「今がその一回っ!」


 ラミィはスノウの反論に、迷いなく即答した。

 今がその一回。わたしも迷わずにそういえるだろうか。精霊という人知を超えた存在を揺さぶれるその交渉術を、ラミィは簡単に使い捨てて見せた。


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