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第百三十一話「きけぬ さむそう」

「許可もなく、わらわに触れるでないわ」

「な、なんだ!」

「何が起きた!」


 うわぁ、なんかぞろぞろ起きてきた。

 すいません。罪もない男を一人殺しちゃいました……許されないなこれ。


「わらわが罪を認めたゆえ。それは何よりも重いぞえ」

「おい! 見回りのブルがどこにもいねぇぞ!」

「こいつ誰だ、なんかやけに綺麗なお嬢さんだが」


 出てくるの男ばっかりだな。しかもみんな屈強そう。


「あぁ? 慌てんなって」


 その中でも細身の、それなりに格好いい男が皆をなだめる。


「アオさん!」

「アオさん起きてたんですか!」

「これだけの騒ぎならおきもするっての……なんだこいつ」


 これはこっちの台詞だ。

 アオさんって。俺と同じ名前。


 ――ここ最近、首都マジェスで暴れまわっている指名手配半の名前に、アオってのがいるのよ、とてつもない外道で有名なんよ。


 ……あ。

 もしかしてこいつ。エイダさんの言ってた。


「主、賊かえ?」


 ホムラは何のオブラートも包まずに、直球で尋ねる。


「おいおい……人聞きの悪い。俺たちは立派な商人さ」


 悪アオはわざとらしくおどけて、肩をすくませた。

 まあこの反応は、俺の予想通りでいいのだろう。

 でもこんなところで何をしてるんだ。悪党なのに。


「どうだいあんた、俺の商売に一言乗ってみ――」

「うわぁああああっ!」


 悪アオはホムラの攻撃の気配に気づいたのだろう。とっさに手下その一を盾にした。

 容赦ないよな。


「主とは話しとうない」

「へへっ。そうかい!」


 悪アオは逃げ出した。

 だが、そんなの無駄だ。


 ホムラの無言の蒼炎が、ここにいた男たち全員を焼き尽くした。

 ほんと慈悲もクソもない。出会っただけで、不快だと思った奴が殺されている。


 たぶん俺もこうやって合体してなかったら、殺されてたんだろうな。


「無論じゃ。殺せぬから傍に置き、主を知ってしまったからの」


 ある意味じゃ、あの記憶の本を見たから俺は躍起になって殺されてないと。


「や、やめてくれ!」


 辛うじて足を失うだけで生きていた悪アオが、命乞いを始めた。

 すまないな、あんたに罪は――


「なんだ、あんたはこのあたりの人間なのか? だったら捕まえた餓鬼共は返す! まだ子供は傷つけてねぇし、男は殺しちまったが……でも俺だって悪いことしたと思ってたんだ!」


 すげぇ罪な男だった。

 そういえば、トーネルにいたゴーグルも、ネッタ周辺出身の元非公式奴隷だったよな。この辺はそういう誘拐に適していたのか。


「全くよ、俺だって真っ当にいきたかったんだ! でも御得意先のイノレード政府さんがいなくなっちまってな……それでな」


 悪アオは最低野郎だった。俺よりも酷いんじゃないのかこいつ。


「水!」


 悪アオは一度立ち止まったホムラを隙と読んだのだろう。背中に隠していた魔法を唱えて、容赦なくホムラにはなった。

 これは開幕殺されても何の慈悲もいらないな。謝ったことを訂正しよう。


「話とうないと、いったであろう」


 だが、一番容赦ないのはホムラだ。

 こいつは悪アオが悪党だからとかそんなんでこういう行動を起こしたんじゃない。

 ただ一言、不快と決め付けた。


 そうして、全員燃やした。灰も残らない。


「はぉ……これだから劣種は嫌なのじゃ」


 ホムラは悩ましく溜息を吐いて、髪をいじる。

 やっぱり竜王だよあんたは。


「無論」


 ホムラはいつもと変わらぬ足取りで、人の出てこない集落を見て回る。


「そこかの」


 そうして、人が隠れているであろうテントを見つけて、礼儀もなく入っていった。

 中にいたのは、子供たち。


「……そこの」

「ひっ!」


 手ごろな一人にホムラが話しかけると、その子供は怯えるように逃げ出す。

 ホムラは逃げていった子供に興味を失せて、あたりを見渡す。

 ひでぇな。


 見たことのある光景だ。フランを攫ったハジルド周辺の人攫い馬車をほうふっとさせる。なんか盆栽飾ってあるけど用途は一緒だろう。


「ふむ」


 ホムラはそのテントに縛られた子供の一人に近づき。

 まてまて、もしかしてまた殺す気じゃないだろうな。


 ホムラは俺の思考を無視して、躊躇いもなく子供に触れて、


「聞けぬな」


 その子供にかかっていた縄をほどいた。

 それだけで、このテントから出て行く。


「生きているものは……もういないかの」


 ホムラはそのまま空に浮き、次に何をするべきか宙に浮いたまま考えていた。

 驚いた。というか意外だ。

 子供、どうしてころさなかったんだ。


「殺すわけなかろう。子は見守るものじゃ、殺すものではない」


 ……子供は殺さないのか。


「人間に限らず、時を待たず矮小なるものを殺めるべきではなかろうて。わらわ龍は完全体なるが故に、まだ未熟なるものには魅力を覚える」


 え、矮小で未熟な大人もいるだろ。


「あれは違う。惰性と怠慢に満ちた忌むべき造花であろう。わらわは咲いた花をつむことはあっても、つぼみを握りつぶすことはなきゆえ」


 わかるようでわからないような。

 一応、産まれて間もないものは殺さない主義ってことか。


「うむ。とはいえ、人はすぐに穢れる。あの劣種子どももあと一、二年のつぼみであろう。そうなれば、わらわが摘み取ってくれよう」


 なんというか、いろんな意味でぶっ壊れてるな。

 子供を殺さないってのは聞こえはいいけど、逆を言えば餓鬼以外は全員殺すってことかよ。

 しかも、あの場所にほったらかしにして、助けたわけじゃない。本当の意味で殺さなかっただけだ。


「当たり前であろう。嵐が迫ると聞いて、花畑の苗を移し変えようとはおもいやせん」


 ホムラは仰向けになって目を瞑り、悠々と風に任せて空を旅する。

 でも、こいつって全人類殺そうとしたんだよな。

 愛を失って、人類に負けたんだよな。


 俺はこのやり取りに、少しの違和感と、ホムラに対する好感を得ていた。

 こいつだって、愛はあるんじゃないのか。

 ただそれは可愛いものを愛でる所有欲から出て行かないが、たしかに愛らしきものの片鱗が見える。

 何とか利用して、説得できないものか。


***


 目を覚ましたときは、暖かい布団の中にいた。


「……んぁ」


 わたしはうめき声を上げながら上体を起こす。

 その場所は寝室かなにかだろうか、隣にもう一個ベッドが置いてある。壁は木製だろうか、ベッドから体を出すとそれなりに寒く、窓からはガタガタと雨か雪かが当たるような水音を鳴っている。


「なに……こ……こ!」


 わたしはこれまでの経緯を思い出して、はっとなった。

 そうだ、わたしたちは山から現れたなぞの集団に襲われて、負けたのだ。


「うそでしょ」


 仮にもわたし達は、あのタスク一味に対してそれなりに善戦したメンバーだ。

 それなのに、正体不明の人間のコンビネーションに苦戦させられて、負ける。屈辱だ。


「ロボ! ラミィ!」


 わたしはすぐさま仲間のことを思いだして、大声で叫んだ。かなり迂闊だと、行動してから反省する。


「……」


 きょろきょろとあたりを見渡す。

 たぶん、誰にも気づかれないはず。


 わたしはゆっくりと体をベッドから離して、見える位置にあるドアに手を掛ける。

 ドアは立て付けが悪いのか、やけに大きな音が鳴ってしまう。

 これじゃあ、見つかっちゃうかもしれない。


「フラン殿!」

「びゃああああっ!」


 わたしは後ろからかけられた声に、ビックリして悲鳴をあげてしまう。

 振り返ると、犬の姿をしたロボがわたしにかけよってくるのがわかった。


「ろ、ロ、ボ」

「はい、いかがいたしました?」

「隠れてるんだから大声上げないで……あれ、ロボも逃げ出したの?」


 ここにいるということは、ロボも同じ場所に掴まったということだろう。


「幸運かも、逃げる時にロボがいてくれるのなら……」

「ワタシも、起床したところこの奇怪な家の中で目覚めまして、前を歩きましょう」


 なんにしても、いい戦力補強だ。

 密かに歩いているせいか、この家の廊下はやけに長く感じる。

 この家の住人はわたしたちを襲った人間なのだろうか、でもそれだったら牢か何かに入れるだろうし、この待遇には疑問がある。

 でも、最初に襲ったのはあちらの方だ。油断してはいけない。


「この部屋から、なにやら人の気配が」

「……捕まえよう」

「畏まりました」


 ロボはドアの一つに手を掛ける。

 わたしは緊張と共にそのドアの向こうを覗き込んで、


「あっ! フランちゃん! ロボさん!」


 ラミィの垢抜けた声に、拍子抜けしてしまう。


「二人とも起きたんだねっ! 私もさっき起きたばっかりで」

「ラミィ! 大声だしちゃ駄目!」


 ロボもラミィも、敵陣の中で迂闊すぎる。

 ラミィはわたしの叱責に気まずい苦笑いをした。


 気楽なものである。

 この部屋はやけに広い……というよりも、酒場か何かだろう。ラミィの座っていた場所は飲み物のビンが並ぶ向こう側、カウンターだった。


「私もねっ、最初はここから逃げよっ! ってなったんだけど、もうすぐ三人が起きるから待ってって、声が聞こえたんだっ」

「声?」

「うんそうっ。たぶん、今も私たちを見てるんじゃないのかな。攻撃の気配もないし、一度は掴まった身だから、お腹くくって待っていたんだ」

「そんな、悠長」


 ラミィはこういうとき、やけに開き直る。肝っ玉が据わっているといえばいいのだろうか。

 出会ったころはもうちょっと自身の体面に気をつける感じだったと思う。


「素直でいてくれて助かったよ。正直、悪いことしたと思ってる」


 ぞくりとした。

 突然、後ろから声がかかったのだ。

 わたしは悲鳴をあげてしまいそうになるところを、どうにかこらえて振り返った。


「だが、こちらにも事情はあってね」


 現れたのは女性だった。

 あの、吹雪の中の戦闘で聞こえた声と同じもの。


「……寒そう」


 開口一番、わたしの口から出たのはそれだった。

 その女性は、とんでもなく薄着なのだ。本で見た、水の中を泳ぐ際に着るといわれる水着に酷似している。その上からそこまであったかくもなさそうな上着を一枚はおっているだけの、動きやすそうな服装だ。

 気の強そうな目と、滑らかな髪と、肌の色はなんと水色。こんな肌色の女性を初めて見た。

 とても寒そうで、眼光も冷たそうだが、それがかえって彼女を美人に仕立て上げている。


「寒そう、ねぇ。そりゃそうよ」


 クールな瞳からトゲをとって、女性は笑う。


「あたし、すごい冷たいの」


 次の瞬間には、わたしと鼻が付きそうなくらい顔を近づけて、わたしの顎を撫でる。


「ひやっとした?」

「……ひや」

「あっ、あなたは誰ですか!」


 そこでやっと、ラミィが口を出してくれる。

 ロボは無言でわたしと女性の間に割って入り、わたしを守ってくれる。

 女性は一度、何故かラミィと目を合わせて、固まる。


「あっはは、冗談よ冗談」


 だがすぐに表情を崩して、大いに笑った。

 つかみどころがない。


「ワタシ、流離にて参上いたしましたロボと申します。失礼ですが、お名前を御伺いしてもよろしいでしょうか」

「そうね、事情を話すよりも自己紹介が先かもね」


 女性はカウンターに寄りかかって、楽な姿勢を取ってから口を開いた。


「スノウ」

「……スノウっ!」

「ああ、あんたたちにはこう言った方がいいかな。二十年前の四人の英雄の一人、スノウ様」


 二十年前の英雄の、一人!

 そうだ、英雄の名前のなかにスノウって人がいた。

 ということは、ここは。


「わたしフラン! ここ、コゴエの村なの!」

「ご明察。やっぱ知ってたか」

「じゃあじゃあ、お願いがあって」

「ちょっとまって、その前にあたしの話を聞いてもらうよ。本来ね、このコゴエって村は事情があって完全秘匿の村なの。それなのに、あんたらはこの場所を正確に把握して、訪問した。その分じゃ遭難者じゃなさそうよね。そしてあなた……」


 スノウはまだ自己紹介のすんでいない、ラミィを指差した。

 ラミィは名前をたずれられたのかと思って、キッと姿勢を整える。


「あっ、申し送れましたっ! 私はラミィ――」

「やっぱりラミィだぁあああっ!」


 いきなりだった。

 スノウは、ラミィに向かって飛び込んで抱きついた。

 ラミィは硬い壁に押し付けられて、唖然としている。


「えっ、ええっ!」

「うわぁ~ファラにそっくり。あ~でもちょっとあのクソ王にも似てる。うんうん二十年ぶりにファラ分補充!」

「つ、つめたっった! 体冷たいですっ!」


 ラミィはわけのわからないことを言われながら頬をすりすりされている。冷たいのだろうか。


「しかもファラってお母様のことですよねっ!」

「そうそう! あたしファラの大大大親友でね。本当に大好きだったんだから。あの青臭い王様が好きとか言い出したときは国王暗殺も視野に入れてたくらいよ」


 あれだけ鋭かったスノウの印象が、いきなり暖かくなっていた。

 まるで、久しぶりに人と会話して人間性を取り戻すように、ラミィを抱きついて確認している。


「ああやっぱいいわぁ。この村じじいばばあしかいないからね、若いって素晴らしい!」

「えっあっ! そういえばっ!」


 ばっと、ラミィはスノウの体を押し返して、全身をまじまじと見つめた。


「若いっ!」


 若い。たぶん、スノウのことだろう。

 二十年前の戦争から逆算すれば、すでに四十近いはずの体はシミ一つない。ほぼラミィと変らない艶があった。


「ああ、そりゃあたし精霊だもん」

「ええっ!」


 スノウのあっさりとした告白に、わたしも開いた口が塞がらなかった。


脇役列伝その12


 外道盗賊団長 アオ


 アオと同じ名前の全く違う人。仲間以外の人間を人と思わず、自分より弱い奴が大好き。ずるく楽しくが常であり、プライドよりも上手く生き残ることを優先する。イノレードで悪事を働いていたが、宰相に見つかってからは盗賊の内通スパイやらパシリをやらされていたりする。いつ尻尾を切られるかひやひや物だが、美味しい暮らしから逃げることもせず、のうのうとくらしている。

宰相からの連絡が途絶え、晩年を感じているせいか、最近の趣味は盆栽。


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