第百二十九話「こい ざんし」
二十年前の戦争。
冥の精霊を蘇らせるためにマジェスとトーネルが戦争したあれだ。
その陰謀を阻止し、戦争を終結させた四人の英雄。
四人の英雄のリーダにして、現在タスク一味最大の脅威であるアルト。
人類最強でありながらも、病に伏せ身動きの取れないゴオウ。
死んでしまった、わたしのパパ、フランク。
「待ってください。もう一人はたしか、現在行方不明で生存もわからないと言われています。二十年以来一度も冒険者ギルドにレベル査定に現れなかったのですよ」
母さんが、その最後の一人について驚いている。
二十年前に姿を消して、一度も顔を見せていない。
「うんっ。わたしも行方不明だって聞いたことがありますっ。でも一度だけ、師匠が居場所を口にしたことがあるんです。病気が一番進行していた時期に、一言だけなんですけれど」
ラミィは荷物の中にあった魔法の地図を取り出して、目を左右に動かす。
「あ、ここです、ここにいるってっ!」
ラミィが指差したそこは、イノレードの近く。
イノレードからさらに北西に向かった先の、山の中にぽつんとあった街の名前を指さした。
「昔王国の地図で見た時はこんな場所なかったけれど、この名前なのは確かです! 私あのときは師匠の遺言だと思ってずっと覚えていたんですっ!」
「わたしも、始めて見る地名ですね」
「無知です。イノレードに在籍していたマリアの記憶の中にすら、ここまで近くの村一つの情報が皆無にあります」
たぶん、ゴオウが地図に付け足した時に付いたのだろう。
「コゴエ」
コゴエと書かれたその村の名前を、わたしはじっと見つめた。
たぶん現実的じゃない解決方法だろう。しかも他人頼りだ。アオだったら少し難色を示すかもしれない。
「フランちゃん行こうよっ!」
「でも、ほんとうに」
「フラン殿、これぞまさに必然。此度にてラミィ殿が思い出したのは偶然ではないでしょう。必要な時がきたのだからこそ、その村の名を告げ、その居場所が近くにある」
「偶然が重なったらっ! それは必然っ!」
「……そうね」
今更なにを悩んでいるのか。
やれることは少ない。だったら、自分に出来るその少ないことをしっかりと把握して、自分を見失わないようにするべきだった。
「二人とも、ありがとう」
「なにいってるのっ!」
「感謝なら、ワタシのほうがしたりない程です。ありがとうございます!」
「そうね」
感謝だけなら、わたしだってアオに数え切れないほどの借りがある。
「アオを、助けよう」
「うんっ!」
「御意に!」
ロボとラミィは互いに頷き、わたしの手を引っ張って早速立ち上がる。
隣で見ていた母さんは、ちょっとうらやましそうにわたしをみていた。
「へへ、いいでしょ~」
わたしはそんな母さんに向かって、笑いかけた。
反撃開始だ。
***
「はははははは!」
ホムラは空を飛びながら、ずっと笑っている。ほんとうっさい。
もうここがどこなのかは俺にもわからない。方向感覚がないため、どこに向かったのか見当なんて付けられません。
今何時だ。右上に太陽があるけど。えっと、とりあえず南?
「愉快じゃ! 愉快この上ない!」
ぐるぐると体を回す。縦横無尽に空を飛ぶホムラの視界からは、とてもいい景色が広がっている。
やっぱ異世界も、上からの眺めは素敵なんだな。
「満開!」
早めに枯れてほしい。
というかここ、見覚えあるな。大きな岩肌が森に段差を作り、あちこちに焼け跡が残っている。
ネッタだ。
「覚えておったか。この地こそわらわの生まれ故郷。久しく帰ってなかったので様子を見れば」
ホムラは高度を下げて、森の中へ降りていく。
すると突然、ホムラに向かって飛び掛る影が現れる。たしかあれは、コウカサス!
「どうやら森も、わらわのことを忘れたようじゃな」
ホムラは飛び掛ってきたコウカサスを、片手で吹き飛ばした。殴った左手は蒼い炎が揺らめいている。
「コォオオオッ!」
コウカサスは顔面をひしゃげ、傷口から蒼炎を灯す。一瞬にして全身に火が回り、カードに変わった。
ホムラは落ちたカードに興味も示さず、地上に降り立った。
「雅とは程遠いの」
そういいながら、ホムラは歩き出した。まるで舞台の上でファッションショーでも開いたような、優雅な足取りだった。
現れた大量のモンスターたちは感傷に浸るはずもなく、ホムラに向かって飛び掛る。
なんだこれ! すげぇ数のモンスターだ。ブットブとかムッキーとか、知らないモンスターもいる。
あれか、自然破壊を起こしたからその調停のためにモンスターが大量発生したってことか。
「のう、主は恋をしたことはあるか?」
ホムラはまるで意に介さず、今度は敵に対応すらしない。
モンスターが一斉に飛び掛り、触れることも出来ずに体を焼いていった。ホムラの体に触れようとするだけで、蒼い炎が体を襲うのだ。
私に触れると火傷するってレベルじゃねぇ。
「聞いておるのか?」
もしかして今の、俺に話しかけたのか。
でも恋って、俺に振るような話題じゃないだろ。
「ないのかと、聞いておる」
ホムラはちょっとだけむっとする。俺に肉体があったら殺されてたかも。
モンスターたちは何も彼女を不快にさせないが、飛んで火にいる虫のように燃えていく。
恋って言われてもな。
人を好きになることなら、今までだって何回かあった。たとえばクラスで隣の席になったことか、消しゴム拾ってくれた委員長とか、連絡網で俺にかけてくれる女の子とか。
そのどれも、告白なんかしないで終わった。
うん、片思いだな。おわ――
「続けよ」
……俺はプライドばっかり高いから、告白して振られるのは嫌なんだ。
思い出す。
クラスで好きだった委員長の話だ。
俺は珍しく行動的になり、その子と同じ部活動をやった。成績一番だった委員長に目をつけてもらおうと、勉強を重ねて俺は成績五番目までになった。中学になれば頭が悪くとも、テストは反復練習さえすればそれなりに点は取れることを知ったおかげだ。このときが俺の成績全盛期だ。
彼女のために行った涙ぐましい努力である。
ある日、同じ部活動で生徒だけで集まりをする話があったんだ。
もちろん俺が呼ばれる可能性なんて少なかったよ、でも委員長が参加しているから、少しだけ興味があった。
俺は部活動の帰り、偶然そいつらがその集まりの話をしているのを聞いたんだ。
部員の中でもまとめやくが集まっていて、委員長もその中にいた。
『彼……だれだっけ、藤木君も誘った方がいいんじゃないのかな?』
リーダー格のイケメンが、親切にもふと俺のことを誘わないかと、話題に出してくれた。
俺は期待した。万が一にも、俺が委員長とお近づきになれるチャンスだったわけだ。
それに答えたのは、委員長だ。
『あの人、ちょっと暗くて苦手かな』
この一言に、俺の体に皹が入ったような覚えがある。
『あーわかる』
『ね、やけに練習熱心なのに誰とも話さないしさ。なんか一緒にいると見られてるみたいで、気持ち悪いし』
『そっか、じゃあ彼は誘わないでおくよ』
それだけで、また別の話題に移った。
たぶん、体感にして五秒にも満たないと思う。口にした彼等も、覚えていないような雑談だ。
……嫌なこと思い出しちまったじゃないか!
これのせいで、俺に興味のない優しい人って言うのを見分けられるようになった気がする。だから俺は、誰にでも優しい人とは仲良くしないようにしてるんだ。これだけが理由じゃないけど。
「まったくもってわからん。それのどこが恋なのかえ」
んなもんわかってるよ!
俺は一度だって彼女に自分から話しかけようともしなかった。自分を磨けば振り返ってもらえるなんて馬鹿みたいな勘違いして、彼女の好感度をあげることをひとつもしなかったわけだ。
俺はな、チャラ男は嫌いだが尊敬するよ。彼等は誰よりも恋愛に努力してる。ところかまわず女の子に話しかければ、女に好かれる実力も、ヒットだって自然と上手くなるわけだ。
「だから、どこが恋なのじゃ」
このほろ苦い俺の思いで成分がだよ。
「……お主に聞いたのが間違いじゃったな」
今更。
大体、なんで恋なんて話になるんだよ。
蒼炎竜王ってのがどんな奴だったのかは知らないけど、人類滅ぼそうとしたんだろ。恋なんてまどろっこしいものをするのは人間だけだ。それ以外のあれは求愛行動だったり生殖本能に過ぎない。
「ゆえに、わらわは恋を求める」
ホムラは歩みを止めない。ふと、足元にいたムッキーが抵抗むなしくぷちっと踏み潰される。
「千年前、わらわは人類を滅ぼそうと躍起になった。じゃが負けた。四大天龍軍を作り上げ、人類の半分以上を殲滅し、他の龍をも退けたわらわは、完全無敵を確信し、世界に王手を宣言したにもかかわらず」
ホムラは悔しそうに手から血が流れるまで拳を握り締める。
「それはどうしてか、たった二人の雌雄の劣種がわらわに立ち向かってきたゆえ」
ホムラは八つ当たり気味に手を振り、その手を降った先数メートルを灰も残らず焼き払った。
「おかしかろう。人類と龍、精霊を退けながら、その刹那にも満たない力の二人に負けた。最期の瞬間にわらわは叫んだ、なぜ勝てないのだと。そうしたらその二人がいったのじゃ『俺たちには、愛があるからだ』と」
すげぇ、完全に勇者の台詞だ。
そうだよな、こいつ千年前はラスボスやってたんだもんな、愛と勇気に負けたわけか。
『誰かを思い、高めあう心、愛を忘れたあなたにはわからないって続くんだよ、僕も見てたからね』
唐突にオボエの文字が浮かび上がる。細かいよなこいつ。
「忌々しいが、わらわは愛に負けた。その愛を知りたいと思うのは不自然かえ?」
まあ、理由はわかったし。納得した。
そうだよ、ホムラはわかりやすく言えば敗北したRPGのラスボスなんだ。そんな奴が生き返ればすぐにまた世界征服すると思ったけど、こういう考えもあるわけか。
自分が何故負けたのか、未知に対する知識欲がホムラを突き動かしている。
敗北に納得できるだけの、何かがほしいんだろうな。
でもさ、愛を知りたいのに、なんで人のいない森に帰ってくるのか。
「不都合かえ?」
不都合ありありだろ。愛ってのは人と人が育むものだし。
人のいない場所をめぐっても愛は育まれないと思う。
「よかろう」
いや待って、人里降りるの? やばくないか。
俺はホムラの目が捉えた、森の惨状を眺めて、少し迂闊な発言をしたと思った。
死屍累々と、モンスター達が倒れてはカードに変わっている。
この愛だの恋だのと、惚気た話をしながらも、呼吸をするようにホムラはモンスターを殺し続けたのだ。
「では、近うの劣種を探すとするか」
ホムラの髪がなびき、飛膜を作る。また空を飛ぶ気だ。
通った後には灰も残らないとはこのことだろう。遭遇したモンスターは災難である。人間がこれに当てはまらないといいけど。
ま、まあ、こいつだって人間に負けたんだし、それなりに自重するだろ。
***
「本来なら蒼炎竜王は、人類すべてが立ち向かっても勝ち目の無い龍だったらしいわ」
わたしたちは道中。蒼炎竜王についての資料をあさっては情報を得ていた。
打倒ホムラから三日くらいたった。
もちろん、仲間にはラミィ、ロボがいる。
コゴエの村は、地図に載っていて道があるとはいえ、場所は雪山の奥深くなのだ。満足に物資の行き渡っていないイノレードで準備をするのは難航した。
それでも、二日後には必要な荷物を集めて、山を登ることも可能になった。
カードを沢山提供してくれたのはレイカたちだ。本当に感謝しきれない。
「……まだ止まないの?」
「うんっ、たぶんまだ無理かな」
現在、コゴエを目指して登山中。外は大雪でやむを得ず立ち往生している。
わたし達は今、グツグッツというアンコモンによる、長時間暖かい空間を作れる魔法で休んでいた。元のモンスターはマグマの中にいる巨大な蝋人形のモンスターらしい。相手を溶岩で包むと言っていた。これもイノレードでもらったものだ。
「こういうときもございます、なにとぞ辛抱を」
「うん、わかってる」
ロボがいるおかげで、イノレードにあった歴史の資料を荷物に持っていけた。
本来山に登るのにこんなモノを持ち歩くのはタブーかもしれないが、かなりの良魔法を揃えてロボの怪力を鑑みて持ち歩くことにした。
この判断は正しかった。こういう足止めを食らった時も、前進している実感は得られる。
「でもっ、聞けば聞くほどデタラメだねっ」
「いえ、千年も前の話です。史実とは別に脚色されているやも知れません」
「でも、同じような本にも確実に載ってる事実がある」
わたし達は所属や出目の違う何冊もある歴史の本を読み漁り、ホムラの神話について、かなりの情報を得ていた。
「まず、逆鱗」
ホムラを調べるに当たって、必ず出てくる能力名だった。蒼炎と同じくらい知名度がある。
「ホムラの逆鱗は人間で言う尾骨の上に存在し、土色の鱗の形をしている。この鱗を破壊しない限り、ホムラの肉体は永久不滅。たとえ全身が吹き飛ぼうとも逆鱗に残された魔力の証が彼女の霧散した魔力を集め、蘇らせる。ただこの逆鱗は地上に存在する物質では破壊不可能の硬度を持っており、ホムラの体の中でもっとも強固である」
完全再生するコアの鱗。それが逆鱗らしい。
ロボの話だと、破壊した腕を一瞬にして再生させたらしい。たぶんホムラにはこの逆鱗が備わっている。
「唯一破壊可能だったのは、牙の精霊が用意した破壊剣。消滅の威力を逆鱗一点に集中させて初めて破壊を可能にした。そのため破壊剣は剣先だけが今も破損している」
「たぶんこれっ、アルトやタスクが使ってたあの剣だよねっ」
この時点でどうしようもない。
アオの土の盾と似ているけれど、桁違いの能力だ。
「ただ、ホムラには飛膜がある。時限を歪め自在に空間を飛び回るホムラに破壊剣に当てるのは容易ではなかった……空を飛ぶことも出来て、空間も歪められる。これのせいで、ホムラの蒼炎は目に見える空間どこからでも発動できる。体の内側から発火も可能」
アオの風のハープそっくりだ。ただこちらは自由に空も飛べるし、攻撃も出来て両手がふさがれない。
「そして、慈悲の左瞳。ホムラ唯一の弱点にして、人の心の残滓。この瞳には蒼炎を消すだけの冷気が包まれており、彼女が炎をコントロールするために必要なものである。一瞬でもこの目を潰せば、炎を制御できなくなり、火を消さなければならなくなる。逆鱗を破壊した後ならば、この目がないだけで蒼炎は暴走させる以外に使えなくなる」
アオの水の剣だ。あれは蒼炎を制御するためのものだった。
一応は弱点である。ただこの程度の弱点がわかったところで、勝てるビジョンは思い浮かばない。
「人の心の残滓」
ラミィは、別のところに興味を示したようだ。
ロボも、神妙な顔つきでその台詞を飲み込む。
わたしも、初めて知ったことだ。
「ホムラは、人と龍のハーフだった」




