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第百二十五話「ごりおし みっつ」


「アオ殿! 鼻が聞かなくなったせいもあり、ラク殿の居場所がわかりません!」

「イル、予定通りの場所に案内してくれ、たぶん、そこであってる」

「……わかった」


 幸先良く出てきたものの、ロボが道に迷った。馬鹿である。

 とりあえずイルの案内を継続させて、ルツボが蔓延る泥の中を進んでいった。どうやら、イルの通るルートにだけルツボが集中して集まるようになっている。たぶんバッツの計らいだ。


「たぶん、これはルツボって言う魔法じゃない。混沌龍帝の欠片だろうよ」


 俺は、想定できる範囲内での考えを、ロボに話していた。

 もちろん憶測でしかないから、完全な正解とは限らない。でも、これだけの手がかりがあるんだから、話しても問題ないと踏んでいた。


「欠片……ですか?」

「ああ、一応そういう表現にする。だいたいな、ルツボが未だにどんな魔法かわからないってのも結構怪しかったんだ」


 ギルドは世界中のあらゆる施設を把握しているはずだ。それこそ、人類に敵対するモンスターならなおさら。


「これだけ強大な魔法が、ギルドの知らないモンスターだっての自体おかしいんだ。タスク一味に複数あるのだって疑問になる。たぶんあれは、タスクが能力で作り出した武器なんだ」


 牙の精霊タスクは、能力で様々な武器を作り出す。剣だったりハンマーだったり、武器には見えない球だったこともある。

 つまりは、武器になるカードだってありえる。


「混沌龍帝だっけ、あいつはたしか自分の体に生き物を収められるんだよな」

「伝承ですが、確かにそういわれております」

「だったらその通りの能力を持ったルツボは、混沌龍帝の体を切り取って作った武器なんだよ」


 この街で、混沌龍帝が姿を現さなくなった。

 完全な生命といわれた龍が、理由も無しに職務を離れるだろうか。正確に物事を遂行する機械が動かなくなった時、最初に疑うのは故障だ。


「タスクはこの街に来て、混沌龍帝に何かしたんだ。それに伴っておきた異変が、これなんだよ」


 俺たちがここに来た訳を考える時に、ルツボを頭の中から切り離して考えていた。そうじゃない。


「ルツボはここにいる龍とまだ何らかの繋がりがあるんだ。もし、忘れられた人々が混沌龍帝によって連れてこられるのなら、俺たちがルツボから飛び出した時にこの街に飛ばされたのだって説明が付く」


 泥が一度だけ開けた場所に出る。

 台風の目のように泥の影響を受けないその場所には、扉の大きな神殿が建てられていた。


「ラク!」


 イルが、ラクの姿に気づいたのだろう、俺たちにわき目も振らず走り出す。


「バッツ」


 俺は、最初にバッツの姿に気づいて、癒そうな顔を向けて苦笑いをした。

 ラクを含む複数の護衛たちが、バッツを囲い、守りを固めていた。


「……うまく、いかないものだな」


 バッツは苦虫を噛み潰したような顔で、俺達を歓迎してくれる。

 ズンと、重い地響きが神殿を揺らした。


「ほんとうに、ままならない」


 神殿の大扉が、大きな音を立てて解け落ちる。

 見たこともない巨大な前足が、ゆっくりとバッツめがけて歩き出した。


「これが」


 俺は思わず体をすくませて立ち止まる。

 目の前に現れたのは、まさに龍だ。泥から這い上がってきたみたいに全身をぐちょぐちょにまみれながらも、トカゲのような大口があり、ゆうに三メートルはあるかと思えるその上に光る目は、しっかりとこちらを向いている。


「ォオ……――――――――――――――――――ッ!」


 理性を感じない、声にならない叫びが木霊する。


「混沌龍帝……フメイ、あれが」


 フメイと呼ばれる龍は前足を持ち上げて、背中にあった翼を広げる。

 神殿の前半分は翼によって砕かれ、瓦礫が俺たちのもとに迫ってきた。



「ロボ! ラクだ」

「承知した!」


 ロボの質量無視によって俺はラクだけをこちらにまで引き寄せる。


「ひっ!」


 突然目の前に現れた俺達を見て、ラクは目を見開いた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい! でも私は」

「うっせぇ!」

「ひっ!」


 ラクは俺たちに怯えるように縮こまっていた。

 まあ、結果的に俺達を裏切ったわけで、その報復が怖いのだろう。元々バッツの手下だから表返ったのか? いやあいつは裏だから裏切りだな。


 ロボの能力は瓦礫を弾き、フメイとの対面を継続させる。もちろんロボバリアで攻撃は防ぎきっている。泥っぽい見た目のせいか、あいつ動作遅いな。

 こっからどうするか。


「バッツのいる向こう側は見えねぇか。たぶんこんなんじゃ死なねぇだろうけど」

「……もう、終わりです」


 ラクは膝を抱えて震えだした。


「元々、龍になんてかなわなかったんです。あなた達を囮にしても全然数が減らなくて、結局龍を刺激するだけで終わって」

「あれが混沌龍帝の……なんだっけ、フメイであってるんだよな?」

「ひっ、そ、そうです!」

「だとするとあれが龍とか、知的生命には見えないんだよな」


 やっぱり、フメイはタスクに何かされたのか。


「フメイは……あふれ出た魔力を制御しきれなくなって、ただ力を溢れさせただけです」


 ラクは口だけは動かすも、ほぼ恐慌状態だ。

 裏切った俺たちが目の前にいて、さらには伝説の龍がこちらに敵対している。ラクはまさに四面楚歌といった感じか。

 本来なら、俺を裏切ったし擁護する必要なんてないのだが。


「おいラク、俺は口ばっかりで信用ならないだろうけどこれだけは言っておく。俺はラクが裏切ろうが何しようが関係無しに、助けられるなら助けるつもりだ」


 ラクは俺が何を言っているのかわからないだろう。所詮は昨日今日であったばかりの存在だ。そんなやつに庇護されるほど、自分を高く見積もっちゃいないだろう。


「だからできるだけ、俺たちのほうについてくれ」

「アオ殿! 先に進みましょう! 時間は限られています!」


 ロボは、フメイの足元を指差した。龍が巨体なだけあって、またぐらのアーチが出来上がっている。


「くぐるぞ!」

「ラク、君も一緒に!」


 ロボの強引な魔法によって、フメイの動きを止める。


「ごり押しだぁ!」


 そのまま走りぬければ、あっさりと神殿の中に進入することに成功していた。

 俺、ロボラクイルの全員が、どたどたと神殿内部に飛び込んでいった。

 元は透明感のあったステンドグラスが泥によって浮かび上がるその空間には、何もなかった。


「おいイル! 脱出口は!」

「待ってくれ、確かこの辺りに……あった! あの下だ」


 イルが指差す先は、床に付けられた地下への階段だった。

 もちろん、泥で埋まっている。


「まじか」

「アオ殿、飛び込みましょう!」


 ロボは後ろを見る。どうやらフメイはこちらを優先して襲い掛かってきたみたいだ。


「その只中であれば巨体は塞き止められるが道理!」

「ロボ、今のバリアは奥まで持つんだろうな」

「やってみなければわかりません!」


 ロボは自信満々に憶測を言う。

 まあ、ここで渋っても仕方ないか。


「半分だ! お前の残った力の半分が切れたら引き返す! いいな!」

「承知しました!」


 泳ぐわけでもないのに俺は口を塞ぎ、その地下階段へともぐりこんでいく。



 地下通路の泥は、ギリギリのところで途切れていた。

 つまりは、脱出口とやらに到着したのだ。


「ぷっはぁ!」


 俺は掛声と同時に泥から飛び出る。掛け声は気分。

 にしても、あっさりたどり着いたな。

 やっぱりロボの能力が予想以上にデタラメなのがあるんだろう。


 全員を見渡しても、特に怪我もなく無事な状態であたりを探索している。


「アオ殿、ここは一体」

「わからん、簡単にたどり着きすぎたな」


 見た印象といえば、地下水脈といえばいいか。ボコボコに荒れた洞穴の奥に、何故か泥の侵入しない大広間がある。部屋の半分は深すぎて底の見えない、真っ青な水溜りがひとつあるだけだ。


「あの、アオさん」


 ふと、ラクがおそるおそる俺に話しかけてきた。


「どうして、私を助けてくれたんですか?」

「普通なら、見捨てるわな。裏切ったわけだし」


 びくりと、ラクが俺に怯える。まあ、疑問だよな。

 俺は、理由を言うべきか少し迷って、言わないことにした。


「アオ殿」

「わかってる、わかってるよ」


 ラクに真実を言わない。ロボからしてみれば、これは優しさだろう。知らないほうがいいこともあるとか思っているかもしれない。

 俺は違う。どんなことでも知っておいたほうがいいと思うタイプだ。ガキの頃からどんなことでも、自分にだけ秘密にされるのは許せないタチだった。

 クラスで、俺だけ知らないことを誰も教えてくれない。俺の知識欲の根底はそんなトラウマからきている。


 でも、理由はいえない。これは俺のエゴだ。


「……」


 ただそれだと、ラクは勘違いをするかもしれない。

 女を助けて恩を売った。ならばラクは何を支払うべきなのか、身体にしみこまれている。


「もしかしてアオさん、私を――」

「じゃじゃじゃじゃーん!」


 ばしゃんと、洞窟内の泉から、この雰囲気をぶち壊す何かが現れた。

 もうこのパターンはわかっている。だいたい出てくるタイミングがどいつもこいつも似てるんだよ。


「あんた、精霊か」

「おたく、醜いね」

「やっぱり精霊だな!」

「海の精霊、カイでございますよ」

「な、なにあれ! イカ!」


 ラクが素で気持ち悪がってる。

 ウネウネと、イカみたいな足が泉の中からうごめいていた。今回のはクラーケン的な奴なのかもしれない。


「にしても元気だねチミたち。あんの状況から良くここまで来れたよ。ここは生き返りの通路、忘れられた都ただ一つの脱出口さ」

「カイだっけか、あんたあの街の状況知ってるのか」

「当たり前よ、きかなかったん? あそこはこのカイとフメイさんの二人で作り上げた場所だからねぇ」


 カイは水面から鳴り響くような音を鳴らし、天からの声みたいに告げる。

 ロボも暴れださない辺り、もうわかっているのだろう。慣れっこだよな。


「あんたもやっぱ、使命を持った精霊なんだな」

「理解が早くてたすかるぅ。俺はあの街がどうなろうと知ったことじゃない」

「あのままだとどうなるんだ」

「確実にフメイさんのせいで滅ぶね。誰かさんがフメイさんをあんなにしたせいで、あふれでた魔力は際限なく出続ける。街全部を覆っておしまい」

「それでいいのかあなたは!」


 俺じゃないぞ、イルがカイに口出しをしてきた。

 精霊にそういうこといっても、無意味なんだよな。


「かまわないよ、それがあの街の結末さ。元は誰とも関わりたくない人のために作り上げた街なのに、どうにも変な奴らが都合よく使ったりするし、ここいらが潮時でしょ、海なだけに」


 カイの響きが、ラクに向けられる。まあ、隠れ蓑とかに利用されてるもんな。

 イルはラクを守るように、間に割り込む。今でもまだ失望していない辺り、頑固なまでに一途だなあいつ。


「さてまあ、ここはつまりそういうところで……出たい?」

「もちろん。試練があるんだろ、さっさとしろ」


 たしか海って、冥と一緒で原初精霊だよな、すげえ軽い。ガイアスみたいなのを創造してただけに違和感がすごい。


「んーいいよ、君合格」

「はぁ?!」


 その軽い雰囲気で、カイは俺に向かって合格と言った。


「合格って、あれだよな」

「そう、ここから出る試練に合格。俺面倒なの嫌いなんだよねー。いつもはフメイさんに任せてたけどあのざま、とりあえず君ならいいでしょ。君は外に出てもしぶとく生きられそう」


 俺は元々正規の手順できてないから当たり前だ。

 早いならそれに越したことはないから、文句は飲み込む。


「そこのロボって乙女ちゃんも合格。イルってあんちゃんも合格」


 カイは適当に、ほいほい俺達を合格判定を出していく。


「で、ラクちゃんは駄目」


 だが最後の最後で、俺たちの期待を裏切ってくれる。やっぱこいつ精霊だ。


「どうしてだ!」


 今まで耐えていた分、俺は大声張って抗議した。


「簡単だよ、彼女は見立てより強くない。依存性の高い女の子だ。何かを神聖視することでしか生きられない子は、とてももろいからね、駄目」

「この街は滅ぶんだろ、サービスしろよ」

「駄目」


 理屈もクソもなく即答された。

 次の瞬間には、カイのタコ足から大きなシャボン玉が三つ出現する。


「これはね、とりあえず三人乗れる三つのシャボン玉。この洞窟の海を潜って深海にでたあとで、岸まで流れていくから、乗ったら海に入ること。おっけぇね。誰がどのシャボン玉に乗っても作動するから、お好きなのをどうぞ」


 そうして、カイはまた水の中へもぐっていく。


「おいまて! まだ話は終わってない!」


 俺が引き止めるも、カイのタコ足は止まらない。

 本当に最低限、やることだけやって帰っていった。


「……氷の剣で海水を凍らせれば、いや」


 そんなことすれば、それこそ脱出できなくなる。

 精霊は歳を取ればとるほど人から離れ、使命だけの存在になっていく。カイはその言葉通りの精霊だったというわけだ。

 残ったのは、脱出できるらしい泡が三つ。


「さて、困ったな」


 与えられたのは俺とロボとイルの分だ。

 でもたぶん、俺たちが乗らなきゃいけないという確約はない。泡に名前も書いてないし。

 つまりは、ラクだって乗ればここから脱出できるのではないだろうか。


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