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第百二十二話「まぜる とらっぷ」

 冷静になって考えろ。あいつは嘘をついているかどうか。


「君は報告どおりだ。どうにも、思い通りにならない。君との会話はまるで、檻の中の動物がいきなり喋りだすような、予想だにしない焦りを覚える」

「……」

「でもね、君と会話して、一つの確信は得たよ。好奇心、知識欲といってもいい。君はその辺りに旺盛だ。たぶん、今私が言ったことが、八割は本当だと考えてくれてるね」


 八割は本当。

 真に交渉の上手いやつは、必ずその言葉に嘘と本当を混ぜる。あの言葉は、完全な嘘じゃない。ある程度で真実なのだろう。

 問題は、それがどういう意図でいったのかわからないということ。それこそ、真実は殺してしまってもかまわ――


「アオ殿、ここは引きましょう」

「…………わかった」


 そして残りの二割りを、ロボに押されてしまう。

 完全な詰みだ。


「ありがとう、では、君たちの気が変わらないうちに逃げるとしようか。ラク、イル、二人はそこに残るように」


 バッツは自らの足をはたきながら、帰る準備を始めた。用心深く護衛を俺たちの間に置きながら、足早に退場していく。

 俺は、敵が何らかの罠を仕込んだりしていないか、警戒を続ける。毒の気配ならわかるだろうし、ロボがいるため、瞬間的な爆発魔法でも死にはしないが、安心できない。


 そんな俺のしかめっつらが、バッツとすれ違う。

 バッツは隠していたが、俺は気づいた。口元を歪めて笑っている。

 地球でよく見た表情だ、餓鬼の癖に生意気だと、大人があざ笑う。あの嫌な感じ。


「アオ殿、匂いは遠ざかりました」


 ロボのその台詞が、俺の肩の力を少しずつ抜いていく。

 だが、俺の拳は一向に開かないまま、ずっと握り締められていた。


「っくしょ!」


 物への八つ当たりは嫌いだ。

 俺は自らの腿を拳で叩いて、その苛立ちをぶつける。


「やられた」


 結局、俺の方が妥協したようなもんだ。

 バッツはほとんどの情報を独占したまま、逃げ出すことに成功している。まだ、俺には必要な存在として残っている


「アオ殿、そこまで憤ることありません」

「ああ、わかってる。やれることをやればいいんだ。もう大丈夫だよ」


 後悔なんて今更だ。

 だから一度苛立ちをぶつけて、しっかりと次の手を捜す。次こそは出し抜かれない。


「とりあえず移動だ。おい、ラクとイルだっけか、付いてきてくれ」


 なんにせよ、成果はゼロじゃない。

 まだこの忘れられた都脱出作戦は始まったばかりだ。


 ラクとイルは共に頷きあいながら、突き立てていた刃をしまった。



 探索を打ち切り、俺は前日寝た宿泊場所で、ラクとイルと交渉することにした。


「私、バッツさんの親族なんです。だからこの場所に呼ばれて」


 まず大体の自己紹介からだ。ラクは案外すらすらと言葉が出てくる。


「なるほど、あの戦乱からせめて親族を逃がしたいと思い、ラク殿はここにまで来たと」

「はい、そうなんです!」


 にっこりと、ラクはこちらまで油断してしまいそうな微笑を向ける。


「俺は、バッツ様の護衛だ」


 一方のイルは、仏教面で俺を睨んでいる。


「HAHA」


 俺はどっちにも、乾いた笑いで応えた。

 基本的に俺は、人付き合いが苦手だ。フランほどじゃないが人見知りもする。

 今までは完全な敵だったからよかったけど、今回はまた難しい立ち位置だ。俺にとって、こういう割り切れない状況が一番動きにくい。


 ほんと、こんな時こそラミィなんだよな。

 ロボは頑張ってくれているが、腹の探り合いではなく親睦を深める感じになる。


「して、お二人は初対面で」

「あ、いえ。バッツさんの護衛として何度か顔を合わせたくらいですよ。会話もそこまでしたことがありません」

「ちょっといいか」


 俺は埒が明かないと見て、強攻策に出る。


「イル、こっちに来て話そう。男同士でだ」

「わかった」


 俺はイルを促して、ベランダに出た。


 人見知りをする人間は、案外二人になると喋る。

 俺みたいなのは、会話の空気感が読めないのだ。読まずに話すか、何も話さないかの二択になる。

 ならば、○○の話のときはよく喋るね作戦だ。


 ベランダに出ると、ロボとラクの声は遠くなって、ほとんど聞こえなくなる。

 最初の一言は、どうしようか。


「ささて、ロボはあっちだし、口を割って話そうじゃないか」

「なぜ、攻撃してこない」


 俺の気遣いをぶち壊すような、口を割るような言葉だった。

 まあ、こっちの方がやりやすい。


「攻撃ねぇ」

「こんな場所でも、拷問くらいはできるはずだ。それこそ二人いる。バッツ様なら片方を再起不能にする」

「すげぇおっかねぇな。確かに恐怖を煽れそうだけど」


 再起不能ってあたりがミソだな。拷問された方も話せるよう、もう一人が保身で白状するように、完全には壊さない。

 ベランダのふちに寄りかかって、俺はイルを睨む。


「やったほうがいいのか?」

「怪我をするのなら、できれば俺にして欲しい。彼女の方が多くの情報を持っている。健在のまま残した方が、後々の役に立つ」

「いや、やらないけどさ。そういうの、一番言っちゃ駄目なんだよな」


 本人が臨まないことをするのが、拷問なんだ。弱さをわざと見せるもんじゃない。

 もしかして、保身のためにあえてとか、


「じゃないよな、本気かよ」

「?」


 このイルって、案外ロボに近いタイプなのかも。正義感がめっぽう強いみたいな。

 でもそれだと、どうしてバッツの元にいるのか……まあ、社会的な事情か。


「じゃあ話は早い。この街の管理者は誰だ」

「やぶから棒に、管理者なんて、俺は知らないな」

「言ったほうがいいんじゃないのか。あんた、俺をお人よしか何かと勘違いしてるだろ。俺は、あんたの一番嫌がる事、ラクを拷問にかけることだってできるんだぞ」

「なっ、お前!」


 イルが血相を変えて俺に掴みかかろうとする。もちろん気配があるから避ける。


「別に、安心しろって。逆に、言わなきゃ何も悪いことしない」

「言えるか! 俺が喋れば、バッツ様のもとに戻った彼女は」

「だから、安心だっての。イル、あんたがこういう間抜けなことをすることくらい、バッツだって御見通しだって」


 イルはたぶん、お人よしだ。それこそロボレベルの。

 本心からあんな弱みを、敵である俺に話してしまうほどに。

 こういう人の良さと甘さを、バッツはたぶん有効活用するために傍においているのだろう。たとえバッツがどんな奴だろうと、イル相手ならいつの間にか人は心を許す。

 そういうのを踏みにじって、上に立つのがバッツなのだろう。


 たぶん、イルに重要な情報はほとんど教えていないだろう。

 でも、ある程度俺に期待させるために、ちょっとの情報はもらっているはずだ。


「……先に言っておく、俺は、あまりバッツ様から情報をもらってない」

「知っていることでいい」


 イルは申し訳なさそうに眉をひそめて、屋内にいるであろうラクの方向を見やる。


「ここの管理者は、龍だ」

「龍って」


 初めてここで、その種族が出てきた。

 龍。

 人と精霊と特殊なモンスター以外の、知的生命体。人より遥かに優れた知能と身体能力を持ち合わせた、この異世界生命の根源だ。


「おいまて、それだとおかしいだろ。龍って言えばほぼ完璧な生命なんだろ、なのに何らかの事情で仕事してないのか?」

「原因は不明だ。なにせあの、混沌龍帝が管理者だという。あの伝説の龍が体調不良なんてことはありえない」

「え、混沌なんだって」


 なんか終焉の使者みたいな名前だな。


「知らないのか?」


 イルがかわいそうな子を見るような目で俺を見ている。

 また異世界の常識シリーズか。

 どうしよう、無知を晒して間違った情報を教えられるのは困る。あ、いや、ロボにあとで聞き直せばいいか。


「知らないんだ。俺な、実は旅に出る前は、ずっと人のいない森で家族と暮してたんだ」

「……思っていたよりワイルドなんだな。すまない、失礼だった」


 イルは信じてくれたようだ。間違ってないよな。


「混沌龍帝は、蒼炎竜王と並ぶ龍の長だ。現在確認されている龍は本当に少ない。ほぼ絶滅したのではないかとまで言われている。それでも、この二体の龍は最後まで生き残るといわれていた」

「つまり、めちゃくちゃ強い龍ってことか?」

「空に浮かぶ二体の月の龍を除けば、最強だろう。もっとも人のいた時代に月の龍たちが大地に立った記録がないため、憶測らしいが」


 最強の龍二体のうちの片方か。

 ますますわからなくなるな。


「混沌龍帝は万物を束ね収束することのできる龍らしい。過去の龍動乱で他の生命を自らの体に収めようとして、蒼炎竜王と手を組んだと言われている」

「どうしてこの街を管理しているんだ?」

「それは知らない。もう千年以上も前、龍動乱以降からだそうだ」

「この街にいるのか?」

「それも、わからない」

「えっと、まあわかった」


 俺は頭に指を当てて唸る。


 情報を整理しよう。

 俺とロボがここに来た理由はわからない。

 この街は忘れられた都と呼ばれる特殊な街である。

 本来なら、混沌龍帝がこの場所から追い出してくれる。

 それができないので、バッツの知っている別の方法で脱出を試みている。


「ここを出て行く試練の内容は?」

「それは…………俺に、教えてはくれなかった」


 イルは目をそらして、はぐらかす。


「アオ殿」


 ふと、屋内からロボの呼ぶ声がした。

 とりあえず、ここまでかな。


「どうした」

「これからゆうげを準備しようと試みておりましたが、なにぶん御二人も増えたので」

「私が作りますよ!」


 ロボの背中から、元気そうにラクが出てきた。

 心なしか、ラクが俺に向かって笑いかけた気がした。勘違いBOYはこれだからいやだ。


「料理って、あんた作れるのか?」

「命を助けてもらいましたし、アオさんのために少しでも役立てたくて」

「なんでまた」

「ロボさんから聞いたんです。アオさんって、とっても素晴らしい人だったんですね!」


 何を話したのか。

 ロボはちょっと偉そうに胸を張っているけれど、あんまりいいことじゃないと思う。


「アオ殿、どうでしょう」

「毒盛ったりしないだろうな」


 とりあえず、幻滅させておく。

 なんというか、ラクって油断ならない気がするんだ。


「大丈夫ですよ、ロボさんにも一緒に調理してもらいますから。私は疑われても仕方ありませんからね」

「アオ殿」

「謝らないぞ」

「いいんです! これから私達を信頼してくれればいいんです」


 ラクは無邪気にも俺の手を掴む。暖かな体温が伝わってきた。

 ほぼ初対面の女の子に、スキンシップされたのだ。たぶん手汗かいたかも。


「アオさん、たしかに私達は敵かもしれません。でも今はお互いに目的は同じ、閉じ込められた身です。仲良くすることは、絶対に悪いことじゃないと思うんです!」


 ラクは俺の同様も気にせず、その手を優しく包んでくれる。


「……」


 イルはそんな状況を、ちょっとだけ不機嫌そうに眺めていた。



 食後、俺は一人屋根の上でたそがれていた。こういうのロマンだよな、大体は屋根が汚くて腰なんか下ろせないけど。


「空の海が邪魔だな」


 この忘れられた都は、どうやら掃除をしないでもそれなりに清潔さを保っていられる不思議空間らしい。海の精霊と混沌龍帝がなんか特殊なことでもしているのだろうか。


 たぶん、料理に毒は盛られなかった。

 味はそこそこだったし、外食以外の手料理なんて久しぶりに食べた気がする。

 料理のできる奴隷、やっぱりほしかったなぁ。


「あっ、ここにいたんですね」


 窓から、ラクがひょっこり顔を出す。


「探したんですよ、よいしょ」


 屋根の上だからか、おぼつかない足取りで、俺のもとにまで歩いてきて、


「わわっ」


 バランスを崩しかける。前のめりに倒れそうだ。

 俺はその光景をみて、何もしない。薄情だよな。

 ラクは一人でたたらを踏んで、バランスを整えた。俺を見て、ちょっとばつの悪い照れ笑いをする。


「隣、いいですか?」

「勝手にどうぞ」


 ラクは失礼しますと一度断ってから、俺の真隣に座り込んだ。近い近い。


「アオさんって、こういう空を眺めるのとか好きなんですか?」

「いや、たまたま」

「あ、わかります。なんでもないときって、ふと空を見たくなりますよね」


 一人になりたかったんだけどな。とは流石に言えない。

 俺はなにげなく隣を見ていると、ラクと目が合った。

 どうやらずっと俺の表情を眺めていたらしい。

 目が合うと、ラクは一度慌てるが、そのあとでまたゆっくりと目を合わせて、にっこりと笑う。


「アオさんは、ここからすぐにでも出たいのですか?」

「ああそうだな、出来る限り早く出たい」

「でもバッツさんには協力できないんですよね」

「ああ、そうだ」


 心なしか、俺の相槌がすごく単調になっている。

 なんといえばいいか、クラスの女子とたまたま二人っきりになったような、変な心持といえばいいか。とにかく俺は落ち着かない。


「その気持ち、ちょっとだけわかります」


 ラクは両手を組んで、そわそわと動かす。


「私も、バッツさんは苦手なんです。イノレード事件から逃げるためにここまでつれてきてもらったことは感謝しています。でも、バッツさんはイノレードでも良い噂と同じくらい悪い噂が多くて」

「そうだろうな」


 二十年前の戦争の黒幕であるダマスの弟、しかも現在イノレード政府宰相。良くも悪くも話題になる人物だ。


「私もバッツさんの、何か大きな流れに乗せられてしまいそうで、不安でした。一緒にいても、あんまり安心できなくて」


 ラクはバッツの話をしながら、申し訳なさそうに、目をそらす。


「だから、今はちょっとだけ、安心できるんです。おかしいですよね、アオさんは敵なのに、一緒にいるだけで、なんだか、とっても暖かいんです」


 ラクの手が、俺の手に乗る。

 俺は驚きから、肩がびくりと唸った。

 初めて言われたわそんなん。


「アオさん、イノレードはもう、めちゃくちゃなんですよね」

「えあ、そうだろうな、モンスターだらけで、そこらじゅうがぶっ壊れてた」

「私の家って、イノレードの中心近くなんです。もしかしたら、壊れちゃってるかもしれませんね」


 ラクは悲しそうに笑う。


「ねぇ、アオさん」


 そしていつの間にか、ラクと肩まで触れ合っていく。


「バッツさんと協力する必要ありません。もし、アオさんがよろしければ、私の知ってる情報を全て教えます。だから、だから……っ!」


 ラクは何かを決意するように頷いて、強く言葉を紡いだ。


「私たちだけで、この街から逃げましょう!」

「逃げるのか? バッツを置いて?」

「バッツさんは、時間さえかければ後からでも出られます。でも一緒に出たら、身寄りのない私はバッツさんのもとにいなきゃいけない。なに不自由ない生活だけど、とっても不安なんです」


 ラクの顔は少しずつだけど、俺の口元に近づいていく。

 ああ、わかった。

 こいつ、ラクは――


「だからもし、もしよかったら、私を連れて――」


 ハニートラップだッ!


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