第十二話「ひかり はじまり」
家に帰ってきたときに感じたのは、違和感だった。出迎えのじじいが来ない。
「結界がない」
フランが、いち早くきづいた。モンスター避けの結界が、家にはられていないのだ。あれは人間に対しても反応するので、博士はいつも俺たちが近づくと玄関で迎えてくれる。
フランが、俺の手を振りほどいて走り出した。
「お、おい!」
俺も慌てて追いかける。
次の瞬間、家の窓ガラスが割れて、人影が現れた。
「パパ!」
博士だ。体に少しだけかすり傷がある。なにがあったのだ。
「おお、フランか、早いの」
「そうじゃないでしょパパ! 結界が破られているわよ!」
博士はフランの言葉に一度森を見るが、すぐに正面を構える。
「やられたの、先に手を打たれておったか」
「どうしたんだよ博士」
俺も遅れて博士のもとに近寄る。博士の視線を追って、割れた窓ガラスを睨んだ。
その向こうには、家の食堂で堂々と剣を取り出した男、アルトがいた。
アルトは険しい表情をしたまま、博士に強いまなざしを向ける。
「フランク博士……どうしても曲げないのか?」
「残念じゃが、それだけはもう無理なんじゃ、そういうのは二十年前に話してくれんとな」
「二人とも、なにをやっているの」
フランが、二人に驚愕の視線を向けている。おそらく、元々喧嘩をするような二人じゃないのだろう。
それに、攻撃の気配は明らかにモンスター以上だ。殺しに掛かってる。
「なにやったんだよ博士」
「わしはなにもしとらんよ。交渉にもならん話じゃ」
「俺はフランク博士がこっちに来てくれるだけでいい。手を汚せとは言わない。ほしいのは陽のカードだ」
「よう?」
初めて聞くカード名だ。
「パパ! 陽のカードってなに?」
「……」
フランも初耳だったようだ。どういうことだ?
博士は応えない。無言でアルトのことを睨み続けていた。
「だから、陽のカードは渡せんのじゃよ」
「……そうか」
アルトはどこか寂しそうに、それでも目に強い意思を宿らせて、剣を握った。
「なら、殺すしかない」
「まじかよ……あんた、博士と友達なんだろ」
ようのカードとやらがなんなのかは知らない。博士にとって大切なのかもしれないが、どうして殺してまで奪う必要があるのか。
「博士! こいつやばいって、なんだか知らないけどカードだけでも渡せばいい!」
「アオ、残念じゃがそれは出来ないんじゃよ」
「陽のカードは、サインレアだ」
サインレア、俺が見たこと無い種類のカードだ。
「光の鉄槌!」
博士が叫んだ。落雷がまだ家にいたアルトの元へ向かっていく。
アルトは手に持った剣を振り回すと、衝突と同時に雷が霧散した。
「手が早いな」
「いつものことじゃろ」
「チョトブ!」
博士がフランを引っ張って飛びのく、俺も慌ててその後に続いた。
アルトはそれを追って、外に飛び出した。
「デブラッカ!」
博士が大岩を落とす。
アルトは剣一つでそれをかち割った。魔法も使ってないのになんなんだあれは。
「わたしの大砲と、同じ感じがする」
フランが呟いた。大砲と同じ、なんか仕組みでもあるのか。
「光の鉄槌!」
博士が崩れた岩に紛れて、雷を放つ。
アルトはそれを難なくいなして、剣にカードを向けた。
「四発、限界だな」
「火の弾!」
すかさずフランが、その隙を突こうと火を発射。手が早い。博士の敵とわかれば躊躇いもしない。
「……火」
アルトはまるで意に介さず、自らのカードを唱えた。剣に火が纏われ、一振りすると横一線の火炎が飛んできた。
フランの火の弾とぶつかる。火の弾が真っ二つになって爆発、斬撃は何事も無かったかのようにこちらに迫った。
「うそ!」
「つ、土!」
俺は慌てて二人の前に立って、土の盾を作る。とてつもない熱量を体中に浴びながら、三人ともども後方に弾かれた。火が爆発したのだ。
「か、仮にも三人なんだぞ!」
それがいとも容易く吹っ飛ばされた。思わず盾を手から離してしまい、カードに戻っていく。
「君たちは関係ないだろう」
アルトが、いつの間にか俺たちの目の前にまで迫っていた。
たった一回火を放っただけで、これだ。殺される。
あの、ジャンヌのときに感じたのと同じだ。チョトブをあれだけ狩っても、俺の技術はまるで役に立っていない。
「うぉおおぁあああ!」
博士が、俺たちを庇うように前に出る。
「コンボ! 火、光!」
雷を纏った複数の光球が、正確にアルトの体を包んだ。
その攻撃で、初めてアルトが後退をする。かすかだがダメージを負ってくれたようだ。
しかし、それもすぐに立て直される。
「フランク博士、あなたはもう現役じゃない」
アルトは博士の目前にまで距離をつめて、袈裟切りを決める。
「二十年は、子供を大人に変える」
「カチコ!」
博士が咄嗟に硬貨の魔法を唱える。一度博士の肩で剣が止まるが、
「鋼鉄を、錆びらせる」
力で無理矢理切り落とされて、博士の体から鮮血が飛び散る。
「かあっ……」
「パパ! ツバツケ!」
フランの回復は、アルトに弾かれる。
「水!」
遅れて、俺が氷の剣を取り出す。人を殺すのは気が引けるが、このままだと博士が殺される。
ツバツケに気を取られた今がチャンスと、背後から切りかかる。
「君に、そこまでする必要はあるのか?」
背を向けたまま、アルトは氷の剣を止めた。あちらは変な体制なのに、まったく押し込めなかった。逆に押し返されて、たたらを踏む。
「見たところ、戦うようには見えんが」
「養われる努力は惜しまないんだよ! フラン、水だ!」
「水流!」
フランとのコンビネーションで決める。無理矢理でもいい、剣ごとぶった切る。
巨大化した剣と、水圧の力をアルトに振りかざす。これで、
「いい剣だ、だが、君は不甲斐ない」
俺が振り終わる前に、アルトの剣が俺の胸に迫った。完全に先を越された。
さ、刺さる!
「コウカサス!」
咄嗟に、フランの魔法が俺を守ってくれた。さすがにアンコモンの効果は貫通しなかったが、貫けない分、胸を抉るような打撃に体が吹っ飛んだ。
「アオ!」
「フラン君も、まだ判断が甘いな……火」
また、火の斬撃が放たれる。
やばい! やばいやばい!
俺はまだ空中を漂っている。フランは咄嗟に逃げられるほど機敏じゃない。
アルトの狙いは、フランだ。
フランの眼前に、火の一文字が迫る。
「女を先に狙うとは、落ちぶれたのう」
だが、その直前で、博士が間に割り込んだ。
火の斬撃が、博士の体を切り裂く。
*
「あなたなら、そうすると思っていた」
「買いかぶりすぎじゃて」
「パパ! パパ!」
博士が倒れた。体には大きな傷跡が二つ、火傷もあちこちに広がっていた。放っておけば確実に死んでしまう。
俺も、胸が痛み、呼吸がまだ安定しない。
フランは、その状況を理解できなくて、ただ博士のことを叫んでいる。
アルトは冷静に、こちらの出方を伺っていた。
殺される。察しの悪い俺でも十分にわかった。
ジャンヌと戦ったときとはまるで違う、あっちは遊ぶわけでも、試しているわけでもない。
フランが、近寄ってくるアルトと目が合った。
「いや……いや!」
フランも、死という事実を受け止めてしまう。動揺がパニックを生み、頭を抱えて震えていた。
「いや、いや、死にたくない、パパ! パパ! いやぁああああああああああああっ!
そのときだった、世界の空気が、変わった。
フランを中心にして、魔法陣が浮かび上がる。空は暗雲立ち込めて、風が吹き荒れる。
「……なんだ?」
アルトも気付いたようだ。只ならぬ気配に合わせて、世界全体から攻撃の色が広がった。
フランの体から、光が迸る。それを合図にして、雷と光が、周囲全体を攻撃した。
「くっ」
「なんだよこれ!」
敵も味方も無い無差別攻撃だった。フランがそれを放っている。
俺も雷と光の熱にやられる。このままじゃ、俺まで死ぬ。
「暴走」
アルトのその言葉が、適切だった。家にもその攻撃は飛び、火事が起こる。
身動きが取れなかった。動こうにも、体中に降りかかる雷が電気信号を狂わせている。
「本当に、しょうがないのう」
「は、博士!」
光でよく見えなかったが、博士の声が聞こえた。生きていたのだ。
でも悠長な事は言ってられない、フランの近くが、一番危ないのだ。
「そ、そこから逃げるんだ博士!」
「大丈夫じゃよ、これでも慣れとる」
「慣れてるとかそういう問題じゃないだろ!」
博士はこの状況でも冷静だ。おそらく何が起こっているのかわかっているのだろう。
でも、それは博士が無事だという意味じゃない。
「ごめんのフラン、やはりお前に外を見せておくべきじゃった。心を守ろうと箱に入れるよりも、心を強くするために戦わせるべきだった」
博士がいいながら、フランに向けて魔法を放つ。呪文も何も言わない、何か不思議な力だった。
「わしが不甲斐ないばっかりに。人間、ツケというものは、自分が一番辛いときにまとめて来るものじゃな」
博士の自重する笑い声が聞こえる。
痛くないのだろうか、フランの近くはどう見たって危険だ。
「ぱ……ぱ」
「フラン、すまないが、街には一緒に行けなくなってしもうた」
光の奔流が、少しずつ止んでいく。博士の魔法が成功して、フランを止めたのだろう。
残ったのは、倒れる俺とフランとアルト。
そして、体中ボロボロで、辛そうに笑っている博士がいた。右手なんて、血が流れているだけで形も残ってない。
「アオ、押し付ける形になってすまんが、フランを頼む」
「なに言ってるんだよ博士」
俺の体はまだ雷のせいで痙攣して、首から下がうまく動かない。
博士だってそうかもしれないのに、もっとひどいのに、倒れるフランをこっちにまで引き摺って、俺の隣に置いた。
「む、無理すんなよ」
「それを言うのは、ちと遅いの」
血を流す博士の目が、アルトに向く。
アルトは、動かない体でその視線をすべて受け止めるが、どこか戸惑いも見えた。
博士はそんなアルトに、こうなる原因を作った殺人鬼に、笑ってみせた。
「おい、博士! しっかりしろ、ここで終わりはなしだ!」
「終わりはせんよ、フランはここから始めるんじゃて」
博士の視線は遠く、空を見ている。
「試験管のようなわしの心にも、愛着なんてものがあったようじゃな」
崩れゆく家が、博士とフランの家が、焼けて空に火の粉をまぶす。
燃えている。すべてが。
おそらく、あの日見たフランの部屋も、その部屋にあった本棚も、外出のために用意したリュックも、取り返しがつかない。
「人の心に陽はともる」
博士の体が、地面に倒れる。
「博士! おい起きろ!」
「……コンボ」
博士が、倒れたまま自分のカードをばら撒き、手に触れる。
「ガチャル、ブットブ……光」
俺たちの体が、光に包まれる。
意識は、そこで途切れた。
現在の所持カード
アオ
R 火 風 水 土
AC ルツボ(ジャンヌがチョトブに紛れて入れたカード)
C チョトブ*47 ツバツケ
フラン
R 火 水 光
AC ブットブ コウカサス
C チョトブ*30 デブラッカ ツバツケ*3
こっからは三日に一度くらいの更新になります