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第百十一話「さる ほしょく」

「一人いるだろう。おそらくあの女だけは、我らの中でも最低ランクだ」

「……ラミィのことかよ」

「弱いとは言わん。だが足りない。そして重い」


 ロボとラミィはせわしなく動いているので、俺たちの声は聞こえてない。

 ベクターはそんな二人を見ながら、何か引っかかりを感じているみたいだ。


「重いって、あいつは胸以外は」

「愚息が、そういう意味ではない。あの娘は、戦い意外での力があると言っている。この戦乱の最中に置いて、その力を失うのは得策ではない」

「……ああ」


 そうか、ラミィは今や、世界中に知られている謎の英雄なんだっけか。

 クロウズでタスクに一人立ち向かった彼女の存在は、ベクターでもそれなりに重視しているわけだ。たしかに、それを戦いで失うのは、あまり良いことじゃないと。

 まあ、わかった。


「でも国王様さ、そういうのって、あんたたちが決めることじゃ、ないんだろ?」

「ほぅ、言うではないか」

「あんたの国はそういう所だった。今更常識持ってこられてもな」


 ラミィが危険だから、安全な場所に送りたい。わかる。

 でもそれは傲慢だ。

 ラミィは、俺たちと一緒に着たいはずだ。これが思い込みだったら悲しいけど。


「ラミィ!」

「アオくんなに!?」

「一緒に来い!」

「当たり前でしょっ! 今更何言ってるのっ!」

「フハハハハハハハ! クソどもが! 飼い犬でもないのに鎖を付けようなど、我のほうが愚かだったようだな!」


 どうやら、ベクターも納得してくれたようだ。


『あ、アオ、わたしにも聞かないのそれ!』

「よかろう、貴様等の加入を許可する! 全力でクロウズを瓦解せよ!」


 ベクターはさらにテンションをあげて、クロウズに向かってモンスターを殺していく。

 よし、今のところ順調だ、このままクロウズに行けば――


「うん、ようこそだね」


 ふいに、モンスターの動きが止まった。

 俺たちは拍子抜けした顔をゆっくりと、声の主に向けた。


「君たちがここに」

「貴様がタクスか! 実際に会うのは初めましてだ!」


 タスクが現れて、何かを呟こうと口を開いた。

 が、ベクターがそれを終わるよりも先に、突貫して拳を降った。突然の来訪にビビることなく、誰よりも先に動いて見せた。


「やれやれ、言葉くらい最後まで喋らせてほしいな」

「言葉の間合いなどとうに過ぎた! 語るなら拳を振り上げろ!」


 タスクは難なくその拳を受け止める。

 ベクターはびくとも動けなくなった腕を必死に動かしながらも、口調はまるで変わらない。むしろテンション駄々上がりだ。


「無論我は、拳と言葉、両方を貴様に刻み込む!」

「君って、すごいうるさいね」


 タスクの攻撃が迫る直前、デブの兵隊が横槍を入れる。その攻撃を避けるために、タスクは大きく後退した。

 ベクターは拘束から逃れると、いつも通りの腕組で仁王立ちをする。


「アオ殿!」

「お、おう、お前で頼む!」


 ロボがベクターの隣に立つ。タスクとの戦闘経験があってなお、攻撃をいなせそうなのはあいつだけだ。

 敵の大ボスが着たからといって、雑魚敵がいなくなるわけじゃない。むしろ増えているようだ。俺とラミィは、効率から考えそっちの対応を優先する。


 ロボは持ち前の狼の眼光で、睨みを利かせる。


「タスク、天下の公道とあれど、そなたの様な男が往来するには少しばかり月が足りないようだな」

「確かに、もう日は沈んでいるけど、月が輝くにはまだ早いね」


 ロボの挑発に、タスクは乗らない。

 タスクは持ち前の涼しい顔で、この乱戦を眺めていた。


「でも関係ないよ、君たちがここまで来たのなら、ボクは出てくるべきだ。屋敷に出向いた客人を迎えるのなら、その主が来なければ申し訳が立たないからね」

「タスク、ジャンヌはどうした!」


 俺は戦闘の最中、応えてくれるかどうかもわからない質問を投げる。

 無視されるかと思ったが、タスクは俺と目を合わせて、


「いるよ」


 凍えるような悪意を、俺に向けてきた。あふれ出る攻撃の気配に、俺の全身がささくれ立った。

 怒っている。あのタスクは、俺に向かって確実に敵意を放っていた。


「残念だけど、パアットは今持ち合わせがないんだ。しばらくの間は可愛そうだけれど、あのままで我慢してもらうよ。ハツと一緒に、クロウズでの作業に集中してもらう」

「クロウズで何をやるんだよ」

「君に教えるわけないだろう」


 タスクはにっこりしているが、目が笑っていない。


「ほぅ、我から目を逸らすとは、大概にもほどがある」

「……君たちは所詮人間だ。確かにボクに近づけるだけの力は持ち合わせていても、人間じゃ精霊には勝てない。君たちもわかっているはずだ」


 タスクは隠すことなく、はっきりと俺達を雑魚と言い放った。

 対するベクターは、


「そうだな」


 当たり前のように、頷いていた。


「本来ならば、このモンスターの半数以上は第一波にて引き寄せられる算段。予想以上の数に対し、我々は責めあぐねている」

「たぶん、ボクに会った時の対処法は、誰かを囮にして、本拠地に向かうというところかな。その考えは水疱だね、この数のモンスター相手じゃ、素早い行動もボクの足止めもほとんどできない。それでもこの速度で進行した事は、素晴らしいけれど」

「ふん」


 おいまて、それってどういうことだよ、勝てないって認めてるとか。

 そんなことを思っていると、ベクターは俺に、一瞬でも弱気になった俺たちに向かって、鼻で笑う。


「愚弄が」

「だが懸命だな、君も含めて」

「当然だ。事前の情報を何も知らずに、我が戦力を鑑みずに戦場を歩き回るほど愚かではない。そしてその結果から、今の力では、人では精霊に及ばぬことも知れよう」

「なら、なぜここにいる?」

「愚問だ。対面すれば制圧不可能、敵は人知を超えた怪物。だがしかし……それでも抗わずして、何が人間か!」


 ビリビリと、ベクターの怒鳴り声はモンスターの喧騒すら揺るがす。


「土豪! 降臨!」


 そしてベクターの魔法は放たれる。

 掛声と共に地面が震え、土の中から何かが這い上がる。


「な、ななっ!」

「これぞまさしく我が巨兵! キングベクターである!」

「ロボットじゃねぇか!」


 現れたのは、鎧を纏った大型ロボットだった。大きさは四メートル以上だろうか、たぶんスコープドックよりもちょっと大きい感じだ。ゴテゴテでマッシブタイプの全身はまさに肉弾特化だろう。

 最大の特徴は、首から目の部分にかけて開いている大口だ。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「フハハハハハ……ハハハハハハハハハハハハ!」


 やかましいのが二人に増えたみたいだ。キングベクターはその大口を開けて、錆びた鉄の軋みを咆哮に変える。


「行くぞ野良犬!」

「御意に!」


 ベクターはロボと連携をとって、合計三体の拳が振り上げられる。


「パワードキングクラアアアアアアアアッシュ!」


 大きく土煙を上げて、辺り一帯にいるモンスターまでも巻き込む拳だ。ロボとベクターも巻き込まれてないかこれ。


「アオくん集中!」

「わかってる!」


 俺達もモンスターを倒し続けるペースを上げないと、援護できない。


「うん、すごくいいよ君たち」


 タスクはその三人の攻撃を、空中を浮遊する盾で受け止めた。

 攻撃をした三体の拳は、それを打ち抜こうと力を入れるそぶりをして、やめてしまう。たぶん、力が入らないのだろう。


「め、面妖な、質量そのものを」

「ああ、これはかつて獣の橋にて」

「くだらん!」


 ベクターはタスクの武器うんちくを最後まで聞かずに反転し、横合いからみぞおちを狙う。

 だが、タスクの浮く盾はそのベクターにピンポイントで追尾して、何かの力で弾いた。炸裂装甲みたいに、盾がベクターを攻撃したのだ。


「ベクター様!」


 兵の誰かが叫ぶ。

 ベクターは後方に吹き飛ばされて、地面を転がった。

 ロボはその一連の動作にて察知し、すぐさま後退。

 次いで、浮いたもう一つの盾が炸裂音を出す。


「敵の腕力を吸収して跳ね返すというのか!」

「ご名答。ロボ、君は察しもいいね」


 ロボの全身は総毛立ち、体から力が抜けていない。敵の予想できない攻撃方法に恐れているのだろう。


「ぺっ」


 ベクターは倒れた体を起こして、血反吐を落とす。頬には、あからさまに痣が出来上がっていた。


「我は、失望した」

「ん?」

「失望したと、言っている」


 ベクターはさもつまらなそうに、苛立ちをタスクに向けていた。

 タスクは、気楽にも首を傾げるだけだ。


「何だそのやわな盾は」

「これでも、屈強なる英雄の」

「違う。何故攻撃しない。英雄の武具なれば、この一帯など吹き飛ばすものもあろう」


 ベクターは、まだ手加減の最中だったタスクに、苛立っていたのだ。

 おそらくタスクは、強者選定のために俺達をひと思いには殺さない。それは逆を言えばありがたい状況だろう。俺なんかはだいたい、そういうので隙を突く。

 ベクターは、それが気に入らない。


「君たちには都合がいいと思うよ?」

「当ててやろう。貴様、ここで時間稼ぎに出ているな」


 ベクターの台詞に、俺は思わぬ発想を受けた。

 そうだ、タスクがここにきたのはどうしてか、変なジョークではぐらかされたが、よくよく考えればおかしい。

 強者選定なんてこの場所でやる必要はない。わざわざ出てきたのは、クロウズに俺達を近づけたくないからではなかろうか。


 ベクターはこの局面で、しっかり状況を把握していた。大きな脅威に防衛ではなく、攻撃を見出している。


「どうだ成り者。貴様とて物言う猿を飼いならすには少々肝が足らぬぞ」

「はは、こまったなぁ」


 人間がペットとして猿を飼うのは、自分より賢くないからだ。

 タスクの目には、俺たちが可愛い子犬には見えなくなっただろう。


「おい貴様」


 そこでふと、ベクターの目が俺を映した。

 え、なんで。

 精神的優位に立った今、後ろなんか見てないで畳み掛けるべき時じゃ。


「だからこそだ、愚弄」

「え、あ、うぉおあ!」

「ああアオくんっ!」


 俺の体が、ふいに宙ぶらりんになる。

 キングベクターが、指で摘んで俺を持ち上げたのだ。怖い。ジャックと豆の木の恐怖だ。


「なにをす、あああわかった! まてまてまて!」

「貴様を食べさせてもらう! 骨の髄までな!」


 キングベクターが大口を開けて、俺を飲み込んだのだ。

 ごっくんと、俺が喉越しをすっきりと通ってしまう。


「こ、これは……」


 あのタスクも、なにやら困ったように笑っている。

 その表情が、キングベクターに飲み込まれた俺が、視認できた。


「あ、あれ?」


 そうして前を見渡すと、今までいた場所を上空から覗いているような景色が浮かび上がってきた。


「も、もしかしてこれって、キングベクターの中か!」


 いや、食われたのはわかってたけど。こうなるのか。


「行け! キングベクター、モード屑!」


 ずとんと、重い音を立ててキングベクターの足が動く。


「あ、俺が操縦とかじゃないんだね」


 ちょっとガッカリする。キングベクターはベクターの指示通りに、動き出した。

 これって、何が変わったんだろう。戦力の俺が減っただけじゃね。


「我がキングベクターは、元々長時間稼動できる代物ではない。だが変わりに、人間を二人まで、アクセルとして内蔵することが可能だ。そのものの体力を吸い取り、活動を続ける」

「へぇ、面白いね」


 タスクは、半笑いだ。馬鹿にしている。まあむかつくけどわかる。


「そこまでして動かすものかい?」

「そうだな、本来なら、ただでかくて力のあるだけの木偶の棒だ」


 ベクターが走る。

 それに連動して、キングベクターも走り出りだす。

 タスクはそれをなんともない風に、避けようとして。なぜかキングベクターの音に引き寄せられた。


「パワードキングクラアアアアアアアッシュ!」


 ベクターとキングベクターの一撃が、タスクの隙を突いて迫る。

 タスクは袖から鎖を取り出して、二体を拘束しようとする。


「ウォオオオオッ!」


 だがその後ろから、ロボも攻撃に参加。


「あぁ」


 タスクは拘束を諦めて、三対を弾くように鎖を回転させる。


「甘い、甘いぞ成り者!」


 だが、その鎖をものともせず、キングベクターは鎖ごとその巨体を押し込んでいった。

 その体には、鋼鉄ではない、黒っぽい茶色の装甲を纏っていた。

 俺の盾に、そっくりな色だ。

 タスクが初めて、驚きに目を開く。


「げき……りん……」

「覚悟ォォオオオ!」


 キングベクターを踏み台に、ベクターが横に飛ぶ。

 鎖を完全に弾かれて、体制の崩れたタスクに、


「粉砕!」


 初めて、拳を入れた。

 タスクは顔を仰け反らせるだけだったが、確かに一発当たったのだ。


「先ほど我を殴った場所と同じところだ。忌々しいが、おそろいだ。一瞬だがな!」


 もう片方にも、拳を見舞う。

 そうしてやっと、タスクの全身が一歩二歩後退する。


「まさか、あれは……」

「これぞキングベクターの真骨頂である! フハハハハハ!」


 ベクターは動揺するタスクに対して、満面の笑みで迎え撃つ。

 キングベクターの体は俺の盾みたいな色をして、さらには空間圧縮までして見せた。これが意味することは一つだろう。


「食った奴の能力を使えるのか、しかも範囲増強で」

「本来の捕食者は二人までだ。貴様のようにレアカードをダブれる奴がいれば関係ないがな」


 キングベクターが仲間の中央に移動する。増加した細胞補修が、仲間の体力を僅かだが回復させていく。

 もちろん、内部にいる俺も回復していた。異常な体力消費を感じながらも、それに追いつきそうな回復速度だ。体大丈夫なのかこれ。


「本来は体力の搾取速度が速すぎてあまり使えんのだがな、貴様の土魔法だけは認めよう。我がキングベクターは絶好調である!」

「さいですか」


 俺ぶっちゃけパーツだよな。しかも俺より魔法の使い方上手いし。

 ただキングベクターがそこにいるだけで、両肩に追加された風の音色はタスクに牙を剥く。少しでも変な動きをすれば、すぐに対応できるのだろう。


 タスクは、ベクターに殴られて仰け反ったまま、固まっていた。

 ベクターはそんな状態のタスクを見て、顔をしかめる。


「演技はやめろ。貴様があの程度で動揺するはずがあるまい」

「あっ……はは……あはははははっ!」


 タスクは突然、透き通った声で笑った。


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