第百十話「どろぼうねこ ばんしゃく」
その笑顔のまま凍りつき、紅は顔中にダラダラと汗をかき始めた。
やっぱりそうだ。こいつ、俺と一緒だ。
「あのダンスの振り付け、俺知ってるんだよ。プリキュアで見たことある」
「……紅は暁の星からやってきた、みんなを元気にする神聖な新星だよ!」
「あとあの歌も、替え歌だろあれ! あれか、この異世界、権利者いないから好きかってやってんのか?」
「紅に不正はありません、清純派です!」
紅は舌を出してごまかしてる。それだってわかるぞ、ペコちゃんだな。
「何が清純派だよ、もう泥まみれだろうが」
「それでは、ミュージック!」
「まて! 別にお前を戒めたりとか、罰を与えるとかそんなんじゃないんだ。だから歌でごまかさないで待ってくれ」
本題の前に突っ込んでおきたかっただけなんだ。
「俺も、地球人なんだ」
「うんそれで? もしかしてあなたもアイドルやるの!」
「やらない! なんで異世界行ったらアイドル目指すなんて発想がくるんだよ」
「異世界に召喚されたので、トップアイドル目指します! 普通でしょー」
駄目だ。紅と話していると、本題がどんどんと逸れていく。馬鹿になりそうだ。
ここは強引でもいいから情報を聞き出そう。
「お前どうやってここ、異世界に来た!」
「ほら、地球でブームだったあの怪物がね、三十億一人目の被害者記念に、ここに送り込んでくれたの」
「送り込んだ、探し物を頼まれたんだろ」
「うんまぁ、ちょっとは探してるかな~」
「赤のカードの情報はどうやって手に入れた?」
「えっと、自然と?」
自然とって何だよ。しっかりした理由があるだろうが。
とりあえず、紅は俺と同じルートを辿って異世界にきたわけだ。あの怪物、俺以外にも美しいもの集めの使者を送り込んでいたのか。もう三人いれば俺サボってもいいな。
「なんと、紅殿はアオ殿と故郷を同じくするのですね」
「チバー! 元シートンプロダクション所属です!」
「またロボと馴染みありそうなPだな……じゃあ紅、現在の地球の情報は? この世界と異世界を行き来する方法はあるのか?」
「一気に説明されても、紅は一人なのよ。えっと、どれもわからないかなー。あっ、紅が異世界に来た方法は、イノレード政府の命令で、遺跡に眠っていた禁術とか何とかってのを使って、出て来たらしいよ」
「禁術?」
「くわしくはーしりません!」
紅が決めポーズをとって、自信満々に無知を語る。
でも、俺とはきた方法が全然違うな。もしかして異世界との交信って一つじゃないのだろうか、それとも、博士の魔法陣と政府のやった禁術ってのがどこかで似通っているとか。
「フラン」
『な、なに? わたしじゃなにもわからないよ』
「そうじゃない。イノレード四人の天才の一人、紅が味方になった。それを通信兵に伝えてくれ」
とりあえずほうれん草だ。天才はこちら側にも朗報になるだろう。
もし、もうすこしロボたちの到着が早ければジルは……いや、もうやめよう。
「あともう一つ、第三波の戦況を教えてくれ」
これからどうするか、考えるべきだ。
半分以上はジャンヌを追うことで確定している。だが、この行動は状況によってはかなり危険な判断だろう。
なにせ、逃げたという事は、ハツを始めとしたタスク一味とかち合う可能性が高い。また、あんな戦いを強いられるわけだ。
「う、ううっ」
そこで、倒れていたラミィが目を覚ました。先ほどのライブ魔法で体力と怪我は治っているだろう。
「あ、あれっ? アオくん? ジャンヌは……? え、ロボさん? あと誰かなっ」
「ラミィ殿、病み上がりにて無理をせずに、ワタシが事情を説明いたしましょう」
「ラミィ……この子がッ!」
一瞬、紅がぎょっとした。なんだあれ。
一方ラミィは、ロボから事情を説明され、うんうんと何度も頷いてから、元気良く立ち上がった。
気絶から立ち直ってすぐなのに、ラミィの活動は早い。
「大体わかりましたっ。とりあえずはありがとうねっ! ロボさん、そして元気で嬉しいよっ!」
「ワタシも、ラミィ殿の御身をまたこの目に収められようとは、思いもしませんでした」
ロボとラミィが抱き合う。喜びのハグだ。
一通りスキンシップをしてから、ラミィは紅に詰め寄った。
「あなたが紅さんだよねっ! ありがとうっ! ロボさんも私も、あなたのおかげでここまで幸せになれたんだよっ!」
ラミィは紅に、握手を求めるよう手を伸ばした。
「私の名前はラミィ! アイドルとかファンとか良くわからないけど、友達になら――」
「ぺっ!」
ぺっ?
いま、すごい声した。あれだ、唾を吐くときの、喉から出るようなうめきだ。
あの紅から発せられた。なんと、ラミィの手に唾を吐いたのだ。
「そういえばみんなにまだこの子達を紹介していなかったね! 下にいるのはモンスターのムッキーなんだけど、この三体は紅のためにカード化を抑えて、ダンサーとして働いてもらってます! 名前は右からムッキ、キキ、ツキよ!」
「ままって、紅さんっ!」
ラミィも思わず裏声で対処するほどの事態だ。
紅はなおも無視して、別の話をしている。
なんだこいつ、ラミィのこと嫌いなのか?
「きぃいい!」
「痛いっ! 紅さんっ! なに、なに?」
「この泥棒猫が!」
紅が今までの笑顔を捨て去って、憎悪のままラミィの眉間をぐりぐりしていた。
「紅はいつか、いつか全国ライブをしてみせるとこの異世界に豪語したのに、したのに! あなたみたいなどことも知れないヒヨッコが先にそれを果たすなんてぇええええ!」
「知らないよっ、知らない痛いっ!」
「あの、クロウズでの全国ライブで、アイドル性、および知名度! すべて紅から奪ったクセにぃ!」
クロウズでの全国ライブ。それって、イノレード崩壊事件の最後に起きたあれか。
「タスクとのあれか」
「紅は知らなくても、あのラミィなら誰でも知ってる、これは屈辱よ!」
「わ、私はアイドルとかじゃないよっ!」
「副業? なめてんの!」
ラミィはつまり、紅にライバル視されてるのか。そりゃそうだよな、異世界に来てたった一人のスターだと思ったら、こんなの現れちゃって。
「シャー!」
「ひぃっ」
ラミィは紅の威嚇に負けて、涙目で俺のもとに逃げてきた。
「ね、ねぇアオくん! 地球の人ってもしかして私のこと嫌いなの!」
「ラミィは残念だが地球人とは分かり合えなさそうだな。ここまで認識の差があるとは思わなかったわ」
とりあえず、紅は扱いにくいがわかりにくいやつじゃないな。裏がないのなら、行動原理はいたってシンプルだし。
『アオ、紅って人に報告して、その子を第一波の戦場に送り込んでほしいの』
「第一波にか?」
『ええ、本部隊の命令、彼女が聞いてくれるかは知らないけれど』
「普通に本陣……第三波に加えるんじゃないのか?」
『現状、第一波と第二波の戦線維持が困難なんだって、確かに倒すのは最終目標だけれど、大量の人間が損耗したら意味がないって。だからせめて、退路の確保にも努められる第一波に来てほしいんだって。それに、彼女の能力は一人を狙うよりも複数の方が効力が期待できるとか』
やつらはやつなりに考えているというわけか。たしかに、目標果たしても被害が甚大じゃ何の意味もないか。
「紅」
「KU☆RE☆NA☆I」
「ふざけるな。本部からの命令がきたんだが……」
「本部って? イノレード政府さん? あんまり彼等の話聞きたくないんだよなー」
「違う……あんたの力を見込んだファンからだ」
「えっ! マジ! うそだよねそれ」
疑いつつも、すごく期待してる。
わかるぞそれ、脈がどう見てもゼロの女の子なのに、ちょっと話しかけられると両思いなんじゃないかと都合よく解釈するあれだ。
紅は今、ファンに餓えている。つか知名度が低すぎてファンがほとんどいないのだろう。
「嘘じゃないぞ。それに、この命令……ライブに成功すれば、ファン獲得間違いなしだ」
「え、え、え! だ、騙されないよ!」
「ここに地図があるだろ、この場所、そうそう、イノレードの南側のこの密集地帯でライブをやってほしいんだ。モンスターが大量にいるから気をつけてな」
一応、マジェスにもトーネルにも義理はある。この救助部隊で、ここまで進入できたのはそれこそ第一波二波のおかげだし。言われた命令には従っておく。社会のルールには巻かれるものだ。
「いやなんかさー。アオさんだっけ、あなたの言ってることすっごく胡散臭いけど、嘘っぽいけど」
「けど?」
「行くわ。万が一真実なら、紅はファンサービスを欠かさないもの。もっと詳しい場所を教えて」
そこまで言われると心にチクっとくる。嘘は言ってないんだけどな。
『アオ、わたしたちはジャンヌの捜索を許可してもらった。本当は第一波に回ってほしいそうだけれど、その子を説得できたのなら仕方ないって』
「紅ほら、パカラって言う移動カードだ、何枚か持ってけ」
「さんきゅ! では、この紅! ファンのために行ってきます!」
びしっと、紅は日本式の敬礼をしてから走っていく。いやパカラ使えって。
にしても、二人目の異世界人か。
魂の精霊ってやつは、本当に何のために俺達をこの世界に呼んだのだろう。そもそも、何で精霊が俺達の地球にこれたのかもわかってない。
まあ精霊の考えることなんて、わかるわけもない。それは仕方ない。
でも、どこか頭の中で引っかかる。
何か重要なことを見落としている気がする。ちょっと考えがつけば、すぐにでも全部わかってしまいそうな、そんな違和感だ。
*
片手で戦う分には、そこまで困らなかった。
俺の場合、剣が軽いおかげもあったからだ。振り回しに小回りが聞く分、よく片手で振っていたのも利点になった。
右手はジャンヌとの戦闘で失ってしまった。肘から先はなにもない。でも肘が残ったし、磁石の義手とか、ガッツみたいにつければいいかな。
喪失感がないことはないが、今は落ち込んでる場合じゃないし。
「アオ殿、もう少しでジャンヌのもとに到着すると思われます。心してください」
あれからしばらく、三人でモンスターを露払いしつつ進撃を続けていた。
いつの間にか日は沈みかけ、暁の曇り空がこのイノレードを包んでいる。
「胴ォオオ!」
「シルフィード、クルス!」
高防御力の壁ロボに、一撃技の俺、その他のフォローをラミィに任せていれば、ほとんどの敵には負けない。フランもまだ高所でこちらを見ていてくれるので、いざと言うときには援護もしてくれる。
磐石だ。ロボがいるだけで、俺は気兼ねなく氷の剣だけでやっていける。変な癖付きそうで怖いけど楽だ。
『アオ、やっぱり』
フランの通信に、かなりの不安が募っているのがわかった。
その理由は、今向かっている場所にある。
「やっぱ、クロウズか」
『うん、どうみてもその方向』
「アオくんどうするのっ!」
ラミィはこの場所に覚えがあるのだろう。俺だってそうだ。
このままクロウズに向かう。それはつまり敵の本拠地に向かうということだ。タスクやアルトに出会う可能性はかなり高い。
この四人だけでは、また負けるだけだろう。
本来なら、撤退すべき戦況だ。
でも、
「フハハハハハ!」
「アオ殿、向こうから奇怪な嘲笑が聞こえます!」
「フハハハハハハハハハハ!」
この高笑いに、頼るのも一つの手だろう。
「アオくんあれって!」
「ロボ、ラミィ、とりあえずあいつらに合流だ」
「フハハハハハハハハハ!」
ずっと笑ってるけど、よく息切れしないな。
俺たちはその笑い声の主、モンスター達が大挙している横っ腹を叩く。
思わぬ援軍に大量のモンスターは対応しきれず、そのまま穴を中心にまで広げていった。
「ベクター!」
そして、その乱戦の中心にに紛れていた人間は、あのマジェス国王ベクターだと確認した。
「な、なんで国王さまがここにいるのっ!」
「なっ、かの大国に聳える王なのですか!」
ラミィは戦いながら、信じられないという風に叫ぶ。完全に同意だ。
おそらく、ここにいる以上は第四波なのだろう。ベクターのほかにも数人、知らないやつらが戦っていた。
「ほぅ」
ベクターは高笑いをやめて、俺達の存在に気づいた。そのままハンドサインで見方に指示を出しながら、俺たちに近づいてくる。
「貴様等、この部隊に追いついたのか。情報には聞いていたが規格外の性能らしいな」
「あんたの元気っぷりのほうが規格外だ」
ベクターは近づいてきたヘッチャラ相手に、拳のみで対応する。一本一本を急所に狙うような、ボクサーみたいな一撃を何度もかまして、嗜虐的に微笑む。
「我の無尽蔵な体力はこの装着する腕輪にある。マジェス国民の労力によって培われた、筋力強化と体力そのものを溜め込んでおくものだ。これのおかげで、我はこれだけの戦闘でも、ほぼ体力を消耗する心配も無い」
「そういう問題じゃないんだけどな。つか、限りあるだろそれ、温存しろよ」
無駄に大声出すと体力消耗するだろ。
「不要ッ! 貴様等に心配されるほどやわなつくりではないのでな、この腕輪も、この我も!」
ベクターは次に現れたヘッチャラにたいして、腕を引っこ抜いたりして体をバラバラに分解する。
ここに居るほかのメンバーも、息切れすることなく戦っている。なんか空飛んでるデブみたいなのもいた。
「ただ、貴様等の進行速度は類を見ないな。我々が順調に進んでいるというのに、貴様等はあのジャンヌとの戦乱を勝ち抜いてなおのこの素早さだ」
「俺がモンスターに強いからな」
俺は片手間に氷の剣を振り回す。ほとんどのモンスターはこれで一撃だ。
今回はラミィにパピコモードで分離した剣を持たせているので、効率は倍加している。いつの間にか俺よりも武器の扱いが上手くて泣きたくなる。
でもやっぱり、俺達の情報は通達済みか。
「俺たちは援軍だ。ないよりはいいだろ」
「好きにしろ。と言いたいところだが、貴様等では実力に難がある」
「実力に難? 何言ってるんだ?」
俺達ほぼレベル四十越えだぞ。
ベクターは、俺の怪訝な表情を鼻で笑う。




