第十一話「よちょう ぽえむ」
数日後。
「誰だ」
朝起きて、外で背伸びをしていたら、声を掛けられた。厳粛な警察のような声音だった。
俺がおそるおそる振り返ると、そこには知らない男がいた。
「俺ですか?」
「他に誰がいる」
その男は、俺よりも数段背が高く、体格もがっちりした大人だった。眼光は凄まじいが、怖さよりも強さが前に出ている。たぶん、俺くらいの歳の時は超イケメンだっただろう。
何かを警戒するように、男は俺を見ていた。
やはり、人間めったに外に出るもんじゃない。地球でもよく職質されたが、森の中でもこんなのと出会ってしまうのか。
「ひとにものを……いえ、アオといいます」
「アオ、聞いたことない名前だな」
男は品定めでもするように俺を見ている。品質悪いよ俺は。
「俺はアルトだ。アオ、君はどうしてここにいる」
「えっと、ここに住んでいるからです」
「……本当か?」
アルトが、すっごい疑いの眼差しで俺を見つめる。何も悪いことをしていないのに、なんか申し訳なくなってくるのはどうしてだろう。
「お~いアオ、飯だぞ、汁だぞ」
そんなときだ、丁度博士が家から出てきた。
「お、アルトじゃアルト! どうしたんじゃこんな日に」
「いや……」
「知り合いなんですか?」
「そうじゃよ、こいつはわしの知っている中でも世界一の男前じゃ」
博士が嬉しそうに、アルトを褒めている。すごい評価されてるな。
ただ、当のアルトは何か申し訳なさそうに笑う。次に俺を見て、なんと頭を下げた。
「……すまないアオ。君の言葉を信じもしないで、盗賊か何かと疑ってしまった」
あ、ああ。俺を疑ったからか、いい人や。
疑ったのを認めようともしない職質警官とは大違いだ。
「いいんじゃよ、アオの目は醗酵しとるからの」
「腐ってるって言わないのは半端な優しさですね」
博士は俺のくだらないツッコミにも、軽快に笑う。アルトがきてそんなに嬉しいのだろうか。
アルトは微妙な顔をしたまま、全然笑わない。
「ここに来たのには理由があるんだ。博士……話がある」
「おうおう、構わんよ。どうせじゃったら朝も食っていくといい」
「それは遠慮する」
機嫌のいい博士に連れられて、アルトは家の中へと入っていく。
ぽつんと、俺は外にひとり残される。
いや、悪くないんだ。別に何も。俺の知らない親しい人の親しい人って、なんか疎外感を感じてしまう。
友達の友達って、なんか微妙なんだよな。俺の知らないところで親しくしてて、ばったり会ったときには無視される。俺と一緒にいるときは逆なのにな。もしかしたら俺は友達じゃなかったのかもしれない。
たぶんあの人はいい人だ。それくらい解る。
でも、俺はいい人はあまりすきじゃない。ひねくれてます。
*
「あの人はね、パパの昔の友達なのよ」
朝ごはんを食べたあとで、すぐに家を出た。フランが気を使って、すぐに出ようと言いだしたのだ。
「もう二十年位前に、一緒に旅してたんだって」
「旅か、あれ、でも二十年前って、確か戦争してたんだよな。この前勉強で聞いた覚えがあるぞ」
「そう。三大国のうちの二つ、トーネルとマジェスが戦争した。パパは戦争中、三人の仲間と一緒に、いろんな世界中を回ったって」
「そんな時に旅してたのかよ」
パワフルなじじいである。四人って事は、アルトのほかにも二人いるのか。
国お抱えの研究者だったり、けっこういい人生送っていたんだな。奥さんはいないようだけど。
「にしても」
「なに?」
「チョトブ、いないな」
森にきてから、それなりの時間が経っているのに、チョトブに出会わない。
狩場であるこの森は、どれだけチョトブを倒そうとも消える事はなかった。森の一番奥に魔力の源のようなものがあるらしく、そこからいくつも湧き出ているのだそうだ。
「いる」
「えっ」
フランが指差すと、チョトブがいた。
ああ、俺ってよくそういうことあるんだよ、ちゃんと探してたんだよ。なのに教師に良く探さないからだって怒られることが、まあいい。
「でも、おかしいわね」
フランが、眉をハの字にしている。
問題はチョトブの方にあったようだ。俺たちの姿を確認したのに、興味なさそうにどこかへ行ってしまった。
「あれ、逃げられたのか」
「わからないわ」
本来、モンスターは人間相手に逃げることはない。なんでも、人間を狙うために産まれてくる節まであるそうだ。
なのに、逃げた。
「俺たちが、森の中で有名になったとか?」
「そんなはずないわ。もう何年もここで狩をしているもの」
フランがきょろきょろしていると、新しいのチョトブを見つける。
そいつもまた、俺たちを無視した。
「追うわ」
「大丈夫か?」
「駄目なら逃げるの。アオが判断してね」
フランが好奇心からかチョトブを追う。
想定外の出来事があったらどうするつもりなのだろう。頼られるのは嫌いじゃないけど、あんま頼りにされると鳥肌が。
「ほら、早く!」
フランが、俺の手を掴んで急かす。柔らかい手だ。チョトブよりもこっちの方が気になる。
俺とフランはチョトブを追いかけて、森の明かりが差し込む方向へと走る。
木々の無い、広い場所に出て、足が止まった。
「なに、これ」
まあまあ広い草原と、何故か集まってきた動物たちとモンスター。
そして、その中心にいる、一人の少女が、この居場所を形成していた。
「おかしい」
フランが、納得いかない表情で、この居場所を見つめている。
「たしかに、おかしいな」
「人とモンスターが、じゃれあってる」
基本的に、モンスターは動物を襲わない。ここに来て教えられたことだ。
一説として、自然生命の平定にモンスターは作られるといわれている。
昔、人がオオカミを虐殺した森で、草食動物が大量に増殖したときに、その森にいたモンスターが異常強化され、草食動物を殺しているという報告があったそうだ。その森は、モンスターが強くなったせいで今では人がほとんど入らない。
生態系が崩れない限りは、モンスターは動物にとって無害だといわれる。
人間を必ず襲うのは、自然から見れば人が増えすぎているからなのかもしれない。だからモンスターは人間を襲う。あくまで一説だが。
だからこの状況は、そういった意味で常軌を逸していた。
「いろいろ、へんだ」
中心にいる少女は、俺と同じくらいの年齢だろう。肩口まで切りそろえた髪と、細い指先は、どうしてか触ってみたくなるような衝動を覚える。フェロモンだろうか。崩すことの無い笑顔は素敵なのに、どうしてか近寄りがたい。
動物たちはこぞって彼女の元に集まるのに、誰も触れようとしない。まるで神様みたいな扱いだ。彼女は気まぐれに動物に触れては、空を見て笑う。
彼女が、俺たちの存在に気づいた。
「あっ、やっときたね」
首をかしげてにっこりと笑う。可愛い。
フランは声を掛けられると、さっと俺の後ろに隠れてしまった。
「やっと来た? 待ってたみたいな口ぶりだな」
とりあえず舐められないように、俺は不遜な態度をとる。
「うん、待ってたんだよ。星のない空さん」
「はぁ?」
なに言ってるんだこいつ。
「俺はアオだ」
「それは名前でしょ。あなたは星のない空よ。みんなが輝きすぎて、夜は真っ暗なの。あなたにだって、いろんな輝きがあるのにね」
よく解らないことをいいながら、次にフランを見る。
フランは怖がって、更に俺の体を抱きしめる。役得だ。
「あなたは……雲のお人形さんね、とっても高いところにいるのに、吹かれるとどこかへきえてしまいそう。あなたには雨も雷もあるのに」
「頭大丈夫か?」
やばいな、わかったよ、この人電波さんだ。
初対面で謎ポエムをかましてきたこの女は、たぶん関わっちゃ行けないタイプの人だろう。
「ワタシの名前はジャンヌ。あなたたちの言葉を聞かせて」
「すいません、俺たちこれから仕事があるんで」
この光景は気になるが、とにかく逃げよう。
俺は回れ右して、また森の中へと帰ろうとする。
「……コウカサスは、あなたたちのことを気に入っているのね」
帰ろうとするも、ジャンヌの言葉が頭に引っかかって、足が止まった。
コウカサス。俺とフランが必死の思いで倒したあのモンスターだ。
「コウカサスが、どうかしたんですか?」
「何もしないわ、何故なら彼が自分でしたことですもの。あなたと一つになろうとしたのも、あなたの一部になったのも、彼が望んだことよ」
「あんた、すごい遠まわしだけど、俺たちがコウカサス持っていると思ってるのか?」
「ううん、わかるの。彼とは友達だったから」
友達、俺の認識が間違っていなければ、こいつはモンスターと友達だと言い出した。
解らなくはない。目の前にあれだけのモンスターをはべらせているのだから、友達くらいいたのだろう。
「なんだあんた、俺たちに報復でもしてきたのか?」
「どうして?」
「どうしてって、待ってたとか言ってただろ」
「待っていたのは、お話がしたかったからよ」
会話がかみ合わない。解ってはいたが、相手にするとかなり疲れる。
俺が溜息をついていると、後ろのフランが俺の服を更に握り締める。握るという事は、何かに興味を持っているのだろう。
フランは意を決して、俺の横で叫んだ。
「あっ、あなたは! どうしてモンスターと一緒にいられるの」
「知らない」
「知らないって」
「あなたは、どうしてモンスターと一緒にいられないの?」
ジャンヌは言葉遊びをするように、フランに喋り続ける。笑顔が不気味だ。
「モンスターだって魔力から生まれた生命体よ、ワタシたちと何も変らない。なぜ人も動物もモンスターも同じなのに、あなた達は区別をするのかしら」
ジャンヌはゆっくりと手を差し伸べて、集団のうち一匹のチョトブがそれを見る。
俺たちがただ見つめる中、ジャンヌはそのチョトブの首を、
「ガブリ」
魔法で出した牙で、あっけなく貫いた。
「なっ!」
別に、モンスターを倒す事は異常じゃない。俺だってやってる。
でもこの状況では異端のように感じられた。そしてなにより、周りにいたモンスター達が、そのチョトブがカードに変っても、まるで気にしていないことに寒気がした。
「あの人、どうしてカードも持たずに魔法を」
フランも、別の意味で驚いている。
「さぁ、みんな、ワタシとの遊びはお終い。彼等と、生きてちょうだい」
ジャンヌが、囁いた。
その瞬間から、あたりの空気が重くなった。いつもの森の風景、殺気だった戦闘の気配が集まっていく。
「な、なんだよ! 結局戦うのかよ! 水!」
俺は咄嗟に氷の剣を取り出す。首を左右に振ってあたりの気配を探ると、視界全部が敵の気配で埋まった。
「なにこれ、多い!」
「ふ、フラン! 俺の後ろに下がれ」
おそらく気配の元はチョトブかブットブだ。コウカサスはいない。でも、今まで狩をしてきた中でも、桁違いの数が俺たちに集まってきている。
「フラン、あれだ! 一気にやるぞ!」
「う、うん」
逃げられそうにも無い。ならやるしかない。
俺は剣を横に構えて、撃劇の体制をとる。
「チョトブ!」
フランが、俺に向かってチョトブを放った。俺がジャンヌの元へ、魔法の力で飛んでいく。
大量のチョトブやブットブが、ジャンヌを守ろうとしているのか、俺に向かってわらわらと集まっていく。
「水流!」
そこにフランの連射で、水の攻撃、極太の水流が放たれる。
俺に向かって。
「よっしゃぁ、フルスイングだ!」
水流が、氷の剣に当った。
これは、フランと一ヶ月の間に作った一つのコンビネーションだ。
氷の剣に水を当てるとどうなるか、答えは、水が氷の剣に吸収される。量が多ければ多いほど、縦に長く大きい剣に変わる。
今、俺の持っている氷の剣は、一瞬にして全長四メートルを越えた。
そのまま、俺はフランの放った水圧に逆らわず、横になぎ払う。
結果的に、守りに入ったチョトブはあっけなく切られ、大量のカードが地面におちていった。
「どんなもんよ」
敵の数に慌てはしたが、何てこと無い。氷の剣は俺が持つ分には重量だってほとんどない。これでも十分振りまわせる。
「すごい、すごいすごい」
一安心したところで、何の怪我もしていないジャンヌが拍手をしてきた。どうやって避けたのだろう。
「あんたな、人にモンスター向けといて仲良くなれるとか思ってるのか?」
「うん」
「……」
これは痛い目を見せないと駄目かもしれない。俺が楽しんでできる痛い目を見せてやりたい。いや、やる、ジャンヌは美人だ。
「なんだろうその剣。君の魔法なのに、君の形をしていない」
「しらねぇよ。話は体で聞かせてもらう」
俺が近づくと、ジャンヌが一歩退く。
ジャンヌの表情は、俺を警戒しているというよりも、いたずらをした子供が逃げ回って遊んでいる表情だった。
「ごめんね、話はもう出来ないかな、ちょっと遊びすぎちゃったみたい」
「俺が逃がすと思ってるのか」
こういうのは徹底的にやるべきだ。
「思ってないよ」
愉快な表情で、ジャンヌが言った。
「チョトブ」
ジャンヌが魔法を唱える。カードも持っていないのに。どうやって、
「あっ!」
俺は見つけた。足元に転がっている大量のカードのうち一枚が、光を放って消えていくのを。
カードが発動している!
そう思っても遅かった、俺の気づいたときには、地面に転がっていた石がひとりでに動いて、俺の親指を砕いた。
「つっ……! チョトブだろこれ!」
痛みから、思わず氷の剣を取り落としてしまった。
ありえなかった。チョトブはコンボでもしない限りここまで威力はでない。なにより、親指なんて細かすぎる的には当らないのだ。
「アオ!」
「チョトブ」
フランがこちらに駆けつけようとするも、ジャンヌのチョトブが地面を吹っ飛ばして、行く先を遮られる。
「くっ! ツバツ――」
「チョトブ」
「きゃ!」
チョトブの石がフランの大砲に当って、カンと音を立てた。フランは動揺してカードを使い損ねる。
「なんで、チョトブなのよ!」
「知らないのかな? カードは使い手の意思や力よって威力も変わって来るんだよ」
そんなのは知っている。でもこれは異常だ。
なにより、俺とフランがチョトブだけであしらわれている。
どうする、本来なら逃げるべきだ。でもあの状況を、
「安心してよ、帰るだけだから」
いつの間にか、俺の目の前にまで接近したジャンヌが、俺とおでこがぶつかりそうな距離でこちらを見つめる。
「帰って……くれるのか?」
「うん、忙しいからね」
言って、ジャンヌが手を差し出す。
俺は冷や汗を掻きながら、その手に視線を向ける。そこには、大量のチョトブのカードがあった。
いつの間にか、地面に落ちていたチョトブを拾い集めていたようだ。いや、拾ったというよりも、手に吸い付いて集まっていた。
「これは、君のだよ」
「……あんたの友達じゃないのか?」
「友達だからって、ワタシのものじゃないのよ、倒したあなたのもの」
顔が近い!
ジャンヌは俺のおびえる瞳を見つめながら、にっこりと笑う。
俺は逆らうことも出来ずに、カードを受け取ってしまった。
「ワタシが使っちゃった分は、ちゃんと変わりのカードを入れておいたから、心配しないでね」
ジャンヌは一度俺の唇を指で撫でてから、満足そうに立ち上がって、背中をむける。
ちょっとだけ、ぞくりとした。
「じゃあね、星のない空さん」
変な俺のあだ名を呟いて、ジャンヌはどこかへ歩いて言ってしまった。
その姿が見えなくなって、やっと大きく息を吐いた。
「フラン、大丈夫か?」
「……うん」
フランのもとへ近づいて、指を見せる。それにきづくと、慌てて回復魔法を放ってくれた。
俺は怪我した手を振りながら、ジャンヌが去っていった場所を眺める。
「何しに来たんだ、あいつ」
「アオ、もう、怪我はない?」
フランが、必要以上に俺を気遣う。どうしたのだろう。
「ご覧のとおり大丈夫だよ」
「……ごめんなさい。わたし、何も出来なかった」
「気にすんなって、俺も実際何も出来なかったし」
「ううん、違う」
フランが首を左右に振って、項垂れる。
「アオが死にそうだったのに、なにもできなかった」
だから仕方ないだろう。俺が前に出ている以上、怪我するのは俺の方が多い。だからツバツケだってフランが持っている。
「なぁ、そんなに……」
フォローしようとして、やめた。
フランが、悔しそうに、唇をかみ締め、体を震わせていたからだ。
そうか、よくよく考えれば、フランにとって初めての敗北だったのかもしれない。
負け慣れた俺とは違う。フランは自分の敗北をかみ締めて、今それを乗り越えようと心の中で葛藤しているのだ。
俺にはない、人の向上心の賜物だ。
「ちゃんと悩めよ」
仕方ないとも、次頑張れともいわない。そんな気休めじゃフランには意味がないからだ。
「えらそう」
「俺には無理だからな」
「そんなことない」
「じゃあ、一緒になんとかするか」
主に、俺がおんぶされることになると思う。
「悔しい。以前のわたしなら何でもできると思ってたのに、アオみたいになれないし、あのジャンヌとかいう女よりも弱い」
「人間、できる事は限られるんだよ。つか俺にみたいにはなるな」
「でも、わたしはなんにでもなりたい」
フランのこういうところは、なんとも子供らしい。だからそこ、とても眩しかった。
俺だって努力しないわけじゃない。でも、ここまでの向上心は心の隅で諦めてしまう。
「とりあえず帰ろう。こんなんじゃやっていけないだろ」
「……うん」
俺は落ち込んだフランの手を引いて、立ち上がらせる。
フランは、倒れることのない俺を眺め、進むことも無い俺の手をぎゅっとつかんでから、前に進んでいった。
*