第百九話「めだま おたげい」
「全部、脱げやぁ!」
杭は放たれ、ジャンヌの魔法は、解けた。
ぱっと花畑が風に吹かれるように、ジャンヌの体から黒い幽霊の鎧が取り除かれる。
そして、胸の辺りから、闇のレアカードが現れた。
ジャンヌに連射限界など関係ないだろう、もう一度唱えれば、またすぐに元通りだ。
俺は土の盾を捨てて、手を伸ばした。
ジャンヌは、その目で闇のレアカードを捉え、掴もうと手を伸ばす。
当然だが、持ち主であるジャンヌのほうが速いだろう。俺がカードを手に取る前に、呪文を唱えられる。
ジャンヌはカードを手にした。そして口を開き、
「や――」
ズンと、俺の左手がジャンヌの目に食い込んだ。
俺の左手は、フランの放った最後の魔法、ガブリによって、鋭利な鉤爪に変わっていた。
俺はハナから、ジャンヌの闇のカードは諦めていた。
狙っていたのはずっと、その闇のカードを手に入れようと、瞬きを忘れていたジャンヌの、
幽霊を見れる。その目だ。
「あ…ああああああああああっ!」
「その目玉、もらったぁあああああああああああああっ!」
ジャンヌが激痛に悲鳴をあげる。
俺はそのまま、差し込んだ鉤爪を、引き抜く。
土の盾の杭を当てた余波が、ジャンヌの顔を回復する。顔には、傷一つなくなった。
だが、ジャンヌは光を失う。
失った手が自然治癒で戻らないように、つぶれた瞳はもう元の機能を復元できない。
「最悪の手段だってのはわかってる。俺を怨んだっていい」
俺は血にぬれた手を拭おうとはしなかった。
ジャンヌは傷のない顔を左手で隠して、ふらつく。
「だがお前はもう、戦えない」
考えの中にあって、一番やりたくない手法だった。
ジャンヌの能力は幽霊を操ること。操れるのは、生来から幽霊を目で見ることが出来たからだ。その影響が、視認できるものを干渉させる能力に影響したのだろう。
つまり、見えないのなら、もう幽霊は使えない。
ジャンヌを生かしたまま、無力化する最後の手段だった。
「あなたっ……星のない空……っ!」
「アオだ。しっかり覚えとけ」
俺は、ジャンヌがもう戦えないのにもかかわらず、二の足を踏んで対峙する。
*
はっきりと、言いたいことは面と向かって言うもんだ。
「ジャンヌ、あんたがどれだけの人殺しをしたのかは知らない。両目を潰したくらいじゃ償えない罪かもしれない。でもな、せめてロボ、マリアを元の姿に戻すために、まだ死んでもらっちゃ困るんだ」
体裁的な罪のありかなんてどうでもいい。とにかく俺は、ロボを何とかしてほしい一心でここまでした。
ジャンヌは俺の台詞を、余すことなく聞き取り、その後で、笑った。
「ふ、ふふっ……マリア? 元の? あなた、知らないのね」
『アオ!』
突然の、フランからのトゥルルだ。連射限界が回復したと同時に放ったのだろう。
俺は疲労から反応がうすいが、繋がった事は確信しているようだ。
『そこは、そこは危険なの!』
「危険って」
「ぁ……」
フランの、つたない悲鳴の意味を悟った。
「……ハツ」
ジャンヌを守るように、あのタスク一味のちびっ子ハツが現れたのだ。
「……ご……ぇ……」
「……ハツちゃん、ううん、いいの」
ジャンヌはそれに気づいたとたん、打って変わって穏やかな表情に戻った。
ハツはジャンヌの開かない瞼に触れて、震えていた。
「ぁ……ぉ」
「ありがとうね」
ジャンヌはそう言うと、ハツを抱きしめた。
「おいお前ら! ここで悠長に……っ」
俺が口を挟もうとすると。ハツの赤い瞳が俺を睨んだ。
あれは、人を怨む目だ。
『アオ逃げて!』
フランがそう言うが、どうすりゃいい。
身体中が疲労と敵の攻撃から、限界にまで達している。虚勢を張ってたつのが精一杯だった。
「へたくそが、人殺しなんて、お前らだってしてきただろうが」
「……ぁああっ!」
なんだこいつ。
ハツは本当に純粋な意味で、俺に敵意を表していた。
そんな睨みじゃ、俺はビビらない。
「ジャンヌ、お前もだ、ジルのことを忘れたなんていわせないからな」
「……今更よ、それにわかってたわ。彼は強くても、何も捨てられないもの」
「お前」
「でも、ワタシは負けても、生きているのなら、まだ捨てられるものがある」
「ぁ……!」
ハツから攻撃の気配が漂った。おそらく俺たちに攻撃するのだろう。
何がくるのかは不明だ。全く情報のないハツを相手にするような想定はない。
このままだと、もしかしたら、俺たちは。
「手負いに不届を働くとなれば、この助太刀もまた道理」
ふと、俺の目の前に、大きな銀色の影が現れる。
それが何か、俺は知っている。
俺の大切な、大切な仲間だ。
「愛するものを踏みにじるとあれば、まずワタシを蹴落としてからにしてもらおう」
『ロボ!』
ロボが、助けに来てくれた。
反射するその銀色の体毛は少しもさび付いていない。誰よりも頼もしいその背中が、俺達を守ってくれている。
「ロ、ボ!」
「遅ればせました。イノレード全体を包む大戦なる折、必ずどこかにいると、ワタシは確信していました」
ロボが俺を横目で見つつ、目の前にいる敵二人を威嚇する。
「しかしまさか、あのジャンヌと合間見えようとは」
「……」
ジャンヌは、ロボに対してなにも反応しない。ただ静かに、俺たちに立ちふさがる。
「ぉぉお……」
「アオ殿!」
俺は体中の疲れが限界に来たのか、地面に膝を付く。
ロボは俺に向かって駆け寄ろうとしてくれるので、思わず抱きついてしまった。
「アオ殿その腕……」
「あいたかった……会いたかったんだよ、ロボ!」
「あ、アオ殿……戦闘中でございます」
ロボも俺の抱擁に抱擁で返してくれる。ああ、もふもふ最高だ。
体は疲れ果て、意識だって若干心もとないが、俺は今、高揚している。
なんたって、あのロボが、無事なまま、俺たちに会いに着てくれたのだから。
「ったく、人を探すときはな、我武者羅に探すんじゃなくて、しっかり兵に聞くとかなんかするんだよ……」
「い、いえしかし、匂いを追ってここまで往来した故」
匂いって、この乱戦の中でも嗅ぎ分けられるのかよ。
どうして正気を保っているのだとか、とにかく聞きたい事は山ほどあった。
しかし、
「……ぃ!」
なんと言っても、あのタスク一味のハツが目の前にいるのだ。
思わず抱きついてしまったが、それどころではないのだ。
「ヒャヒャッホゥ!」
「ぅ……!」
どこからともなく聞こえた奇声に、ハツが手を振りかざす。
すると、いつのまにか大量のモンスターが俺達を囲うように現れた。
どうなっている。確か雑魚は、他の第四波の奴らが止めていたはずじゃ。いや、そもそも最初はこんな奴らいなかった。
ジャンヌやタスク以外にも、モンスターを直接操れる奴がいたのか。
「お前、もしかして」
「……ぉ!」
ハツは一度、俺たちに向かって手をかざし、攻撃の気配を出すが、
「残念ですが、モンスターで囲うのは早計でしたな」
「……!?」
何かに気づいて、それを止める。しかも、なにやら慌てているみたいだった。
ロボはその理由がわかっているらしい。警戒心を解きはしないが、どこか余裕がある。
「ゅ……」
ハツは悔しそうに歯噛みすると、ジャンヌを抱えて逃げてしまった。
おいまて、ここまで来てジャンヌを逃すのか。
「アオ殿、今はその体を充足にすることが先決です。ご安心を、あやつらの軌跡は鼻で辿えましょう」
こういうときに便利な能力だな。ネッタでしか使った覚えがないからあんまり印象にないけど。
「でも、どうするんだこれ」
モンスターの大群は、それこそこの灰の平地を埋め尽くすほどの数だ。あのコウカサスだって見える。
俺は動けないし、ラミィはおそらく気絶しているのだろう。
ロボがこいつら相手に負けることはないと思う。でも全員を相手取れば、手が回らなくなって俺達を守りきれないんじゃないのか。
「安心なさってください。彼女には造作もないことです」
「彼女?」
彼女彼女……ロボがこの場所で、誰かを頼りにしている。
それってつまり、あの回想に出てたあいつじゃ。
「紅って奴か!」
「ご存知でしたか、力こそアオ殿に劣るものの、おそらく彼女が、イノレード最上の天才でしょう」
モンスター達が、叫び立てる。俺達を敵とみなし、一斉に襲い掛かってきたのだ。
モンスターは全員が示し合わせたように両手を上げて、
「……あえ?」
人差し指のあるモンスターは斜め上を指差し、腕を出したり引いたりしていた。
片足を上げて、モンスター全員がその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。右左と方向転換して、何かのリズムに合わせて動いていた。
俺は知っている。この光景を、知っている!
「オタ芸じゃねぇか!」
あの、地球でも見たことのあるあれだ。
なんでこんな本物の戦場で戦場みたいな光景が。
「ONLY! IDOL! 光る、ものとかざすもの!」
やけに高い声が、この空間に響いた。音響もないのに、その歌はモンスターたちを支配している。
「制空疾走。この身、星になる♪」
モンスター達が左右に移動して、真ん中に道を開く。
中心には、その歌の主が、悠々とこちらに歩み寄る。
「超新星! この、朝日はKURENAI~♪」
そして何かを歌いきって、両手を広げる。
それを拍子に、何故かモンスター達が、カードに変わった。
「はぁ!?」
どこに倒した要素があったんだあれ。
モンスターが踊りだして勝手にカードになったようにしか見えない。
「あれこそが彼女、紅殿の能力です。奇怪な歌声と共に、モンスターたちを虜にし、征服してしまうという」
「はーいこんにちは! きゅぴーん!」
紅と呼ばれた少女は、手を振りながら、フレンドリーな感じで俺たちに話しかけてくる。
セミロングの黒髪をなびかせて、魔術師みたいな赤マントを着込んだ……あぁ!
「おまえは!」
「ちょっとまってね~ファンは大切にしないと」
あの女を俺は知っている。
ネッタで、赤のカードを奪った女だ。夜に空を飛んで、俺とベリーにすれ違ったのを覚えている。
紅は、カードに変わった大量のモンスターを、一つ残らずテキパキと拾っていく。埃を手で払い。嬉しそうにうなずいた。
「サインはあとでね!」
カードケースにしまい。そこでようやく俺たちのもとに歩み寄る。
「自己紹介遅れました~。わたし紅っていいます! 趣味は布集めで、最近はドビー柄にはまっています! ファンは大切体は丈夫、いつでもニコニコみなさんに愛と歌をお届けする、紅です! 紅射!」
決めポーズをとって、紅は俺に自己紹介を始める。面接でもないのに趣味まで教えてくれた。
畳み掛けるような説明に、俺の情報処理が追いつかない。
「紅殿、まずは彼等に回復をお願いしてもよろしいでしょうか。此度の戦乱にて消耗しており、今もまだ意識がおぼろげなのです」
「うんおっけー! ファンサービスに代償はありません。あるのはただ紅の愛!」
ロボはたぶん、俺達を回復してくれとかそんな感じのことを言ったと思う。
それなのに、なぜか紅は今にも歌いだしそうな雰囲気だった。
「コンボ! ツバツケ、光! 癒しのミュージック始まりま~す!」
「ムッキー」
「ムッキキー」
「ムッキー!」
紅の手には、輝くマイクが出現する。
そして足元には、いつの間にか三匹のムッキーが並んでいた。
もうわけもわからないうちに、歌が始まる。
*
「つまりこれは、ハッスルダンスか」
紅の歌声が始まると共に、俺達の体は不思議と回復していった。傷と体力も、ツバツケでは比にならないほどだ。
「紅の歌は一日一回! それ以上はめーですよ! 体のほうが力尽きちゃうからね!」
「紅殿の能力は、その歌を聴いたものの眠っていた力を呼び起こすものらしいのです。回復や肉体強化の場合ですと、それ以上は負荷が強すぎるのだとか」
紅の甲高い声を、ロボが丁重に解説してくれる。
どうやら、紅の能力はあのマイクらしい。ツバツケなどのコモンと合わせればそれに見合った能力が発言するといったところか。
「普通の歌なら、誰でも何回でもおっけー! 元気な人は悪人だろうと一緒に歌って踊っちゃうよ!」
しかも、通常能力はとんでもない。相手を強制的に躍らせるらしい。
歌ってのはまた悪意と脅威がないから、攻撃の気配にもならない。ただ一緒に楽しく踊る。それを相手に強要できるって。
もしかして、あのアルトでさえこの歌に対しては踊るのではなかろうか。
『あ、アオ、これってどうなってるの!』
フランの慌てる声が届いた。一連の出来事が終わって、やっとのことで意識が戻ったのだろう。今までずっと黙ってたよな。紅が理解できなかったんだよな。
さっきまで死闘を繰り広げていた俺たちにとって、この紅は場違いすぎる。
「ま、まあなんだ、ロボ。お前がここにいるのは、この紅ってののおかげか?」
「左様です。ワタシの乱心を戒め、邪悪を退けてくださったのは他でもない紅殿です」
「一緒に踊っただけだけどねー」
紅はブイサインをこちらに見せつけながら、俺の反応を待っている。
無視する。期待どおりに動くのは負けな気がした。
それに、俺はある確信を得ていた。
「フラン、現在の戦況を教えてくれ」
『……わかった。第一波と第二波は予想以上の数に戸惑い、被害者もそれなり、戦線の維持もあとどれくらい持つのかわかってない。第三波は現状目立ったイレギュラーなし。アオの周りでモンスターを倒してくれた第四波は、たぶんそこにいる紅って人があらかたモンスターをカードにしたおかげで、一時待機、現状の把握に努めてるわ』
現状の把握、つまりは紅のおかげでこうなったことがわかってないのかも。
なんにしても、俺達の部隊は今のところ危機的状況じゃないと。他はやばいらしいが、俺たちがどうこうできるわけじゃないし。
『アオ、わたしたちの無事も報告する?』
「ああ頼む、それまでは待機する」
一応落ち着きはしたのだ。今こそ考えをまとめよう。
「本当はこんな事している場合じゃないんだ。回復した以上逃げちまったジャンヌをどうにかしたいし。でも、アイドル紅、あんたにとっても重要なことを聞きたい」
「なにかななにかな? この紅にまかせなさーい!」
紅は調子よく俺に笑顔を振りまく。
「おまえ、地球人だろ」




