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第百八話「ごたく しっぱい」

「な……」


 デタラメだ。

 ジャンヌは自らの体にあった、ありったけのりんぷんを解放したのだ。

 盾じゃあの範囲は防げない、避けるのも不可能だった。


「あ、アオくんっ」


 だが、俺とラミィは生きていた。

 ジルの瞬間移動があったからだ。おそらく、やれるだけのギリギリまで、遠くに飛ばしてくれたのだろう。


「ジルさんがいないっ!」


 ラミィが、慌てている。気づいているはずだ。

 ――人間二人分を飛ばすくらいなら何回でも使えるんだけど、それ以上、あのグルングル並の質量は一日に二度使えるくらいだ。


 ジルは自分の能力についてこう言っていた。

 グルングルをワープさせ、イノレードの避難民を安全な場所に届けた。

 つまり今できるのは二人分のワープだけ。

 そして、生き残ったのは俺とラミィ。


「ラミィ! このりんぷんを風で!」

「う、うんっ!」


 非効率なのはわかっていた。無駄にりんぷんの濃い場所へ行くべきじゃない。

 それでも、俺たちはもといた場所にまで走った。ラミィの近くでりんぷんを可能な限り避けつつ、駆ける。


 真っ黒な視界は次第に晴れていく、たぶん、りんぷんはずっと空中を漂っているわけじゃないのだ。


「たのむ、たのむ!」


 俺は、ありもしない希望にすがりながら、元いた場所を目で捉えられる場所にまで到達する。


「馬鹿ね」


 そこに居たのは、健在なままのジャンヌと、


「ほんと、馬鹿」


 体の半分以上を灰に染め、地面に倒れたジルがいた。


「ジル!」


 ジャンヌが、足元にいるジルを見下している。

 ジルの体は、下半身がすでに灰になっていた。かろうじて、頭と右手、心臓のある胸が残っているだけだ。少しでも動けば、灰は崩れ、血や内臓が溢れるだろう。


「一人見捨てれば、あなたは助かったのに」

「……」


 当然、返事はない。たとえ頭や心臓が残っていても、傷が開かなくとも、あと何分も生き残れない。

 辛うじて人の形が残ったのは、直前にはなったフランの魔法が、焼け石に水を投じたのだろう。


「瞬間移動しないと、もう避けられないのに……特に、あの女の子とか、何の役にも立たないじゃない」


 ジャンヌは、ラミィのことを静かに見据える。

 ラミィは青ざめた。まるで、自分のせいでジルが殺されたみたいな錯角に陥ったのだろう。

 たしかに、ラミィはこの戦闘で一番役立たずだろう。風だって無限じゃない。それなら遠距離魔法のフランでも風はなんとかできる。だが、そうじゃない。


「ジルを殺したのは、お前だジャンヌ」

「……」

「責任を挿げ替えるな。ジルはな、お前のことをずっと心配してたんだぞ」


 戦艦でジャンヌの話題が出たとき、作戦前の会話をしていた時、ジルは懐かしむように、愛おしい日々を思い出すような表情で、ジャンヌとマリアのことを話したんだ。


「……うざったいのよ」

「お前な……」

「ワタシはもう、あれから全部捨てちゃったんだから」


 ジャンヌの表情は、乱れた髪に隠れてよく見えなかった。


「昔のものなんて、知らない。逆らうのなら、殺すしかないの」


 ジャンヌは何かを振り切るように、吐き捨てる。

 なにが知らないだ。そんな言葉の出るやつは、絶対に捨てきれていない。


 りんぷんの空間が、晴れていく。全てを巻き込み、僅かにあった瓦礫や石ころも灰に変えて、灰色の世界がそこにあった。

 それと同時に、ジャンヌはジルから離れる。俺たちから大きく距離をとった。


「……ぁあっ」


 ふと、隣のラミィを見る。青ざめたまま、ジルの動かない姿をずっと見ている。

 だから俺は、土の盾でラミィを殴ってやった。


「……だらしねぇ顔しやがって」

「あ、アオく……ん」


 ラミィの腹に食い込んだ杭が、作動する。一回しか使えない全快魔法だ。

 その後で俺も、自分の腹に杭をぶち込む。

 体中からだるさや毒気が消えていく。息切れもなくなり、最善の状態に戻した。

 これで、今日のベホマは使えない。


「ツバツケじゃ、あのりんぷんは取りきれないだろ」

「あ、ありがとうっ……でも、どうするの?」

「逃がさないわよ」


 ジャンヌが、俺達を睨み付ける。今までの悔恨を俺たちで八つ当たりするような、そんな雰囲気だ。


「こっちの台詞だ」


 だから俺は、睨み返してやる。今まであった嫌な思い出を引っ張り出して、そのむかつきを全部ぶつけてやる。


「俺は、お前をふんだくりに来たんだからな」

「まだ言ってるの? この状況で、このワタシに向かって? まだ生かしたまま勝てると?」

「思ってる」


 俺は歩き、倒れたジルの前に立つ。

 息があるのかはわからない。でも、土の盾じゃ治らないだろう。自然治癒をいくら高めたところで、消えた内蔵は戻らない。盾の回復はツバツケの延長に過ぎないのだ。


「約束、したからな」


 だから、俺はただ気休めにジルの前に立って、盾になる。


「おいラミィ!」

「っ!」

「命令だ。ビビるな、俺の隣に来い。一緒にジャンヌを倒すんだよ。お前が、必要だ」

「う、うんっ!」


 そして俺の隣にラミィが立つ。


「フラン」

『言わなくてもわかってる』

「ありがとう」


 俺とラミィとフラン。三人が一丸となれる。


「わからないわ、本当に、この有様で、この状況で、ひっくり返せると思ってるの?」

「当たり前だ。俺達全員、ロボのことが好きなんだよ」

「……馬鹿ねぇ」


 ジャンヌの両手が、だらりと下がる、うつむいて、ゆらめく。


「好きか嫌いかで人が守れるわけないでしょ!」


 次の瞬間には、弾けるように俺たちに突進してきた。


「ごもっとも!」


 例の如く、俺が前に出て盾を構える。


「いつもいつもそんなんで!」

「決めるんだよ!」


 ジャンヌがアクロバットに体をひねって、俺の真上から攻めようと試みる。

 俺は盾を上にもっていき、ジャンヌの攻撃を止める。

 しかし、地面に付かない土の盾は、衝撃を吸収しきれない。たぶんジャンヌは、それを本能的に理解したのだろう。


「うぉおおっ! よっしゃぁああっ!」


 だが、倒れない。放さない。


『アオ! もう一回?』

「必要ない!」


 フランの放ったムッキーが俺の体に届いていた。全身の筋肉だけで、ジャンヌの攻撃を受け止めようとする。


「足りない部分はっ、私が補うっ! シルフィード、マッシブ!」

『シュート!』


 ラミィの両腕が俺の両腕と重なり、風が俺達の手を押し上げるように吹き荒れた。

 もちろんそんな状況は長く続かない。止めているだけで、ジャンヌの体を押し返すことは不可能だった。

 かろうじて、盾を放しそうになる直前で、フランの放ったチョトブにより逃げることに成功する。


「一個一個逃げるのに必死なだけじゃない、あなたたちはいくら攻撃しても、わたしには届かない。でも、ワタシが触れればあなたたちはそれで終わりなのよ」

「んなこたぁわかってんだよ」


 ジャンヌは不愉快そうに眉をひそめる。

 俺はすでに息切れをはじめた口で、笑ってやる。


「でも俺たちはまだ健全だぜ。御託はいいから早くやってみろよ。裸ちょうちょ」

「ほんとうに、あなたって……最悪ね!」


 きた!

 ジャンヌが痺れを切らした。自らを抱くようにうずくまり、りんぷんを収束させている。あの、ジルを倒した大技を放とうとしている。

 あの技からは逃げられない。盾で守ろうとしても、横から来るりんぷんで灰になるだろう。

 でも俺は、この瞬間しかないと思っていた。


『アオ、もしかして!』

「風……ラミィ、曲を弾こう」

「え、え」

『アオやめて! あの黒いりんぷんのせいで、わたしの、遠距離からの援護は出来ないのよ』

「トゥルルを外せフラン、今のうちに全部、必要なのを全部打って来い」


 フランの残弾は四。これで選んだカードの種類が、勝敗を分ける。

 ラミィの両腕に風はほとんど残っていない。なら、風のハープしかない。


「アオくん曲って何をすれば!」

「収束の歌だ。お前の必殺技、迅フォなんちゃらだよ……ジャンヌの真似をしろってだけだ」

「……わかるけど、それって」

『コンボツバツケ、ツバツケ、ツバツケ!』


 フランの魔法三つが装てんされる。シュートは言わない。たぶん、ジャンヌの攻撃とタイミングを合わせるつもりだろう。確かに出来る魔法と言ったらこれくらいか。

 ここでトゥルルの通信が切れる。もう一個の魔法を放つためだ。


「フランは、ツバツケ三コンボだとよ、次の一回はわからねぇ」

「……失敗するかも、しれないよ」


 珍しく、ラミィが弱音を吐いている。

 ただ、ラミィの手でハープは弾かれ、曲は始まった。たぶん、やるべきことはわかったのだろう。その上で、彼女は成功できるかどうかわからないと言っている。

 無理もない。失敗すれば、俺とラミィは死ぬだろう。


「今に始まったことじゃないだろ」

「……ごめん」

「だからお前に頼むんだよ」


 地面が震える。ジャンヌの体から、少しずつだが攻撃の気配が漏れてくる。範囲は、見える場所全部だ。


「何回失敗したって、お前はちゃんと前を向いている。失敗を否定しないお前だから、俺は信じる」


 ジャンヌは言った、もう失敗しないと。

 そんな台詞は、失敗から何も学んでいない奴の言うことだ。

 俺は餓鬼の頃から、いろんな失敗ばかりしてきた。思い出すのは嫌だけど、忘れちゃいけない。俺の行動原理は、いつも失敗からきているからだ。

 失敗をしない奴が信じられるとは限れないけど、失敗を乗り越えた奴は、信じてもいいと思っている。


「みんな、消えて……ぁああああああああああああああああああああああっ!」


 ジャンヌの体から、りんぷんが弾けた。


「もしも、もしものことを思って言うねっ、失敗して、ごめんっ!」

「ああ、許す!」


 風のハープによる第二の曲が発動する。

 音の残り香を幾重にも重ねた音が、たった一つのハープを協奏曲のように変える。世界がそれに共鳴して、コーラスを奏でる。

 この曲は、敵の攻撃を弾くものじゃない。むしろ逆の、集める効力を持つ。


 案の定、正面側のりんぷんは俺達のもとに、津波のように押し寄せている。

 フランの魔法が、まずラミィに、遅れて俺に当たる。準備は整った。


「集気、爆裂! 粉骨砕身!」


 あとはタイミングだ。

 目の前が真っ暗になるほどの、人を灰にするりんぷん。

 その全てを、ラミィは一度受け取った。体が、徐々に黒ずんでいく。

 すぐ目の前にひっついているラミィの表情は苦悶そのもので、歯軋りが聞こえる。その痛みを全部ぶちまけるように、目をつぶって叫んだ。


「迅っ、フォニックァアアアアアアアアアアッ!」


 りんぷんによって全身が手遅れになる前に、全て射出した。ラミィは両腕を左右に広げて、ジャンヌの技を全て受け流したのだ。

 正面から攻撃しても、先ほどのフランのビュンみたいに気休めにしかならない。だから、一度攻撃を喰らって受け流す。

 土の盾で、ある程度は灰化を回復できる事はわかっていた。だからフランに頼んで、ツバツケでその耐久時間を少しでも延ばしてもらう。


 そしてラミィは、自分が無事でいられるギリギリまでりんぷんを吸い込み、吐き出す。


「愛してるぜ!」


 成功した。

 ラミィは俺に一度笑いかけてから、地面に倒れる。ツバツケの光でも殺しきれなかった苦痛で、倒れたのかもしれない。

 でも、心配も、支えている暇もない。

 俺とジャンヌの間には、りんぷんがほとんどない。

 そして、ジャンヌの体にも、今なら。


「始めるぞ、一分ぽっちのショウタイムだッ!」

「くっ! 吹きぬける風がぁ!」


 ジャンヌの体が俺に対して構える。気づいたのだろう。

 あの大技をやった体は、まだりんぷんが集まりきってない。魔法が、通じる。

 あれだけの放出をしたんだ、そんな欠点があって当たり前だ。


 普通に考えれば、あの技を何とかできる奴なんて存在しないだろう。速さ、範囲といい、初見殺しもいいところだ。

 でも俺たちは一度、ジルの瞬間移動でその攻撃を回避し、要素を探る時間が出来た。

 空中に散ったりんぷんにより、遠距離からの反撃は不可能だろう。そして視界が開ける頃にはジャンヌの体は元通り。

 でも近距離なら。


 ジャンヌの、圧倒的な経験不足だ。そして、ジルに対しての未練から、倒れたジルに近づいたのも仇になった。

 あの、ジルに近づいたジャンヌを見て、りんぷんが体から減っていると、俺はこの十数秒なら勝てると確信した。

 十数秒以内に、都合よくとどめをさせれば。


「あんたみたいなのがぁあああっ!」


 ジャンヌの体は俺から逃げようと羽ばたくが。

 俺の風のハープがそれをさせない。もう速さでどうこうできる距離を越えて、肉薄する。


「逃げられるとでも!」

「思ってないわよ!」

「なっ!」


 だが、それが迂闊だった。

 いくらジャンヌが戦闘慣れしていなくても、俺の風のハープの効力はわかりきっていただろうし、それに合わせての反撃も、あるはずだった。

 そんなのはわかっている。俺だって把握していた。気配を読んで、避ける位は考えていた。


 しかしジャンヌは、背中にあった羽を全て右手に収束させて、人ひとりなんて簡単に覆い被せるような黒い力を振りかざす。

 速さでどうこうできない。それは俺も同じになった。避けられない。


「これで、これで終わ……」


 とどめを刺すはずだったジャンヌは一瞬、言葉を失う。何かに気づいて、後ろを振り返る。

 俺の見つめる視線の先、ジャンヌの真後ろに、もうひとりの気配があった。


 送の魔法にて肉薄し、残った腕で剣を振るう、ジルの残骸がそこに現れた。


「ジャンヌ!!」


 ジルの、全てを賭した慟哭が響く。

 その気迫に押され、ジャンヌは思わずその右手をジルに振りかざす。

 ジルはその攻撃を避けることができずに、全身を灰に変えて、空中に溶けていった。


「そ、そんな攻撃で」

「だが致命傷だ! 土!」


 俺はその隙を突いて土の盾を選択。

 ジャンヌの体は反転し、まだ残された黒い力を左手に宿している。

 まだ黒い部分は多い。これを避けて、攻撃できるかどうか。俺が無事なまま、勝てるのかどうか。


 そう思えば、選択は一つだ。


「一人の男が命をかけたんだ」


 俺は盾の持っていない右手で、ジャンヌの左手を掴んだ。

 その動作が、一瞬だがジャンヌの出鼻をくじく。

 右手は灰に変わるも、ジャンヌの反撃はなく、一度抑えた反動が、体勢を立て直せない。

 俺の考えた、捨て身の一撃必中。


「腕の一本くらい、くれてやらぁ!」


 痛みはなかった。喪失感も味わう暇もないまま、残った左手の盾の杭が、ジャンヌの胸を叩く。


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