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第百五話「れんけい しかい」

『アオ、何があったの!』

「フランか、敵さんの列がすごいんだこれ」


 俺たちはコス湖を離れてすぐ、敵の大軍に遭遇した。

 コス湖周辺はとにかく何もなかった。どうやらあの湖では月の精霊が眠っているらしく、モンスターも不干渉を決め込んでいた。

 でも、そこを出てすぐにこれだ。


「囮の大群はどうなってる」

『敵の数が予想よりずっと上回っているの! 今のところ支障がないのは第三波だけ、援護も期待しないで。でも危ないなら――』

「ああそれはいい。こっちで何とかする」

「ちょーうぜー!」


 受付ギャルのハイな悪態が耳に響く。ヨーヨー振り回してて危ない。

 他のメンツもしっかり敵を押しのけて前進している。敵の大体はヘッチャラだ。進路から跳ね除けることは容易い。


「文句は言ってるが、一応こっちもまだ表立った支障はない」


 作業が増えただけで、体力的に辛そうなのは俺だけと思われる。


『イノレード側からの伝達があった。どうやら第四波とイノレード部隊の間にコウカサスが四体。こちらの戦力に気づき第四波に近づいていると連絡が着たわ!』

「おい、コウカサスが四体こっちに来てるってよ!」

「そんなっ、なら迂回経路をとったほうがっ」

「余裕っしょ!」

『さらに伝達、ビュン……いえ、モスキィー二体とその上にバイバイの姿も確認! バイバイに掴まったら戻される!』

「モスキィー二体とバイバイだってよ!」

「や、やっぱり迂回した方がっ」

「迂回は認められない。すればそれだけこちらの時間が増える。つまりは増援の危険が高まるということだ」

「マジ辛」

「ジル、あんたならどうする!」


 指揮官は一応、この中で一番レベルの高いジルだ。

 ジルは難しそうな顔をしながら、決めあぐねている。たぶん、考えはあるのだろう。


「ここからすぐ先に市街地がある。立地の関係でとても狭い道が多い。あそこなら過去の落雷でも生き残った建造物は多いはず。イノレードの建造物はどれもそれなりに頑丈だ。アンコモンなどの巨大なタイプになら、その場所は移動の妨げになる」


 ジルはこの国出身なだけあって、地理にも詳しいのだろう。廃墟ばかりの景色から、場所を正確に掴んでいた。


「しかし、それは僕たちも同じだ。敵のコモンも集めればそれだけ通路を塞ぎ、敵味方合わせての袋小路だ」


 敵も足止めできるが、味方も足止めになる場所がある。

 まあ、なんとなく考えていることがわかった。


「俺だったら残ってもいいぞ」

「私もっ、囮を志願しますっ!」


 簡単に言えば、この牙抜き作戦の縮小版だ。敵を引きつける人間を配置すればいい。

 ジルは避難民たちをワープさせる役割がある。囮を要するには、それなりの戦力がいる。

 ラミィも、俺の意図をすぐに察して手を上げてくれた。


「俺の剣だったらすぐに敵の数を減らせるし、敵のヘイトは確実にたまる」

「すまない、あの時みたく、君にばかり大変な思いをさせている」

「かまわんて」


 俺たちは元々救助に来たわけじゃないし、離脱能力はラミィもいればそれなりにもてる。

 この作戦の主役はジルなのだ。俺は素直に、俺に任せて先に行けって言うポディションをとる。


「すまな……ありがとう。他の隊員は僕に続いてくれ! アオ、ラミィさんも僕が指示するまではこの隊列を維持。それまでは君たち二人にモンスター退治も強いることになるが、大丈夫か?」


 俺とラミィは頷いてみせる。

 ジルは申し訳なさそうに笑うと、先頭をきってパカラを走らせた。


『アオ、コウカサスは確実にアオに気づいているわ。モスキィーは市街地にいるのなら他のモンスターを押しのけるまでは来ないと思う』


 ジルの言っていた通り、市街地に到達する。三階建て並の建築物が立ち並ぶ中、車一台が通れるような狭い幅を移動する。

 景色が流れ、真っ直ぐしか走らないパカラは、ギリギリ衝突しない箇所を通り、頬をするように壁面を通っていく。


「アオ、君たちはここを右に、大通りに出るから気をつけて! 武運を!」

「グットラック!」


 俺は一回くらい言ってみたかった台詞をジルに吐いてから、パカラを解除する。

 ジルたちも路肩の壁にぶつかるよりも先にパカラを解除して、曲がり角の先へと消えていく。


「アオくんいくよっ!」

「ラミィってこういうとき気合入るよなぁ」

「アオくんも珍しくやる気だよねっ!」


 そうでもない。


「フラン、ジルたちが作戦完了したら知らせてくれ。離脱するから」

『うん、わかった』


 楽な方を、できるだけ楽して時間を稼いで、敵の兵とを溜める方法を探したい。


「水」

「疾風変身! シルフィィド、ラミィ!」


 ジルの言いつけどおり、俺たちは右の通路へと出て行く。陰っていた場所が失せ、日が仕込むそこには。


 床の色がわからなくなるくらいのモンスターの大群が、ひしめいていた。


「無双だ」

「むそっ?」


 俺とラミィは示し合わせるまでもなく同時に飛び出す。

 まず俺が大量のヘッチャラを、剣で掠っていく。ちょっとでも皮膚を切れば、敵は一撃で凍結してくれるからだ。これなら剣速が鈍ることもなく、片手でやっていける。

 最近になってやっと、この掠るという技術が身についてきた。ほぼ戦闘ばかりのこの世界で、あれだけやばい戦闘が続いて、ほんとうにやっと、遅ればせながら身に付いた。


「ほんと武器だけなんだ俺」

「大丈夫、私だっているよっ!」


 ラミィも、攻撃力そのものは変わっていないのに、上手くなった。なんといえばいいのか、自然体なのだ。

 たぶん、あのマネスルとの戦闘がちょっとだけ彼女に精神的なためらいを消したんだと思っている。あいつを倒すよりは、ずっと楽みたいな。


 俺が体力のあるヘッチャラを担当し、ビュンやガブリなどの小粒な奇襲はラミィが担当する。いつの間にか自然とやるようになった役割分担だ。


「いい感じっ!」

「いつも通りだろ」


 俺たちはモンスターをほぼ効率的に倒しているが、敵の数は一向に減らない。

 それはつまり、順調だという証拠だ。

 モンスターの特性の一つに、ヘイトというものがある。これは本当にゲームみたいな特性で、人間の発する攻撃の気配に敏感なモンスターは、よりその気配の大きいものに対して集まるようになっている。気配の察知範囲は、モンスターの方が広いのだ。


「にしても」

「なにかなっ? 言ってもいいんだよぉっ!」

「言わない、絶対やだ」


 このラミィとであった当時は、コンビネーションどころか肩を並べて戦うのも億劫だったのに、どこをどうしてこうなったのだろう。

 感慨深いものである。


「コウカサスきたよっ! 四体ともきてるっ!」


 周囲の警戒をしていたラミィが、コウカサスの出現に気づく。思い出どおりに素早い動きで、一気に迫ってきた。

 あいつも最初こそ、出会ったら死ぬかと思ったよな。


「ラミィ」

「おっけっ! ビュン! シルフィード、スプリング!」


 ラミィの風が足元に集まって、二メートル以上の大きなジャンプをする。

 俺は剣を持っていない手を上に掲げて、ラミィがそれを引っ張る。一度ヘッチャラを踏み台にして、さらに素早く、大きく飛んだ。

 コウカサスが気づかないほどの速度で、真上にまで飛び出した。


「はいっ!」

「土」


 ラミィは俺をコウカサスに向かって投げる。

 俺はそのまま氷の剣を解除して、土の盾を手に取った。


「働いてくれよぉ!」


 着地の衝撃を抑えるために、そして操るために、そいつの首もとに杭を打つ。


「コォオオオオオオオオオオッ!」

「うぉお!」


 俺の操るコウカサスが、別のコウカサスに殴りこんだ。こちらのコウカサスの拳が砕け、別のコウカサスは頭を砕く。

 やっぱり、同じ硬度であれだけの素早さがあればそうなるわな。


 コウカサスは残った手でもう一体も処理。残るは両手を失った一体と、健全なもう一体。


「三体目!」


 ただ、四体目は操っていたコウカサスを敵とみなし、俺が離れたあとで攻撃をぶち込まれる。

 残りは、一体だ。


「風!」


 そして次は風のハープを選択。痛みはない。

 この、連射限界の数十秒のインターバルも、なんとなくだが感覚でわかるようになってきた。


 残りの一体は、俺が操ったコウカサスの死体がカード化するまで身動きが取れない。


「その隙にぃ!」


 俺はコウカサスの硬い表面に触れて、弦を弾く。

 コウカサスは地面を抉りながら、道なりに吹っ飛んで行った。巻き込まれたコモンモンスターはコウカサスの装甲に踏み潰されて、砕けていく。

 超級覇王電影弾だな。飛ばすのは敵だけど。


「ラミィ、一体目がまた戻ってきたら伝えてくれ!」

「しょうちぃ!」


 コウカサスを吹っ飛ばしたおかげで、道なりにいたモンスターは半分以上数を減らしていた。

 ラミィが周りで戦っている間、風を集めるだけ集めてやる。


「水!」


 そしてインターバルが終わると同時に、また氷の剣に戻す。


「なんだかさっ! 私たちすごく強いと思わないっ?」

「自惚れんなよ」


 俺たちは決して、相性がいいとか、いいコンビというわけじゃない。ただ長い熟練が編み出した技なのだ。


『なんか、悔しい』

「もう見てるのかよ」


 フランに突っ込まれた。いや、悔しいって。

 でも、油断さえしなければ俺達が死ぬことはないだろう。保険もあるし。

 二人って言うのは失敗してもそれを補助し合える関係が成り立つのだ。一人じゃこれでも万が一があるけれど、今は億が一もないだろう。


『……アオ、着いたって』

「もっと明確に説明してくれよ。ラミィ! どうやらイノレードの人たちと合流したみたいだ」

「やったねっ!」


 ラミィはハイタッチを俺に求めるが、もちろん応えてやらない。


『言わなくたってわかるじゃない』

「そりゃ、もう長いこと一緒だからな」

『ふふん』


 フランの微笑む声がちょっとこそばゆい。耳元で囁かれているみたいだ。

 トゥルルは基本的に声を交し合えるだけだが、実は付属効果で俺たちの居場所もフランは把握している。マジェスにて作られた、魔法陣の付いた腕輪を装着しているからだ。

 連携を取り合うための兵器は、かなり作られているらしい。本当にどうしてトーネルには勝てなかったのだろう。


「アオくんっ、とりあえずここの集団を突っ切っていこっ! ロボさんを探さないとっ」

「おうおう」


 とりあえず、合流できたのならほぼ作戦は成功だろう。あとはジルが瞬間移動で安全な場所まで届けてくれるだろうし。

 後は自由行動。チャイムが鳴るまで何してもいい時間だ。


「風!」


 俺は風のハープを選択。ラミィの移動速度を強化するためだ。


「ラミィ、カードを回収するぞ!」

「うん大丈夫! シルフィード、アミィ!」


 ラミィは受け取った風を足元に流す。両手を地面に当てて、めくれあげるようにバンザイをした。

 するとヘッチャラをこかして、軽いカードを上空に吹き飛ばす。俺は風のハープを使ってそのカードをこちらに集める。


「よしっ! このまま一気に――」

「忘れ物だよ」


 すっと、カードを一枚差し出された。

 俺はその光景に一度目を丸くして、弾かれるように後退した。


「あれ? いらないのかな? 星のない空さん」

「ジャンヌっ!」


 変わらない微笑で、ジャンヌがそこに立っていた。

 モンスターたちは彼女に敬意を払うように、彼女の歩く場所を開けていく。


「ありがとうみんな」


 ジャンヌは手に持ったカードを胸に当てて、モンスターにお辞儀をする。


『アオ! ねぇアオ! 場所を変えないと! そこじゃ駄目!』


 フランも察している。

 わかっている。だけど、まだタイミングがつかめない。


「コンボ、キランキラン!」


 そこにラミィが閃光魔法を重ねがけした。上手い!

 俺はラミィが手を動かした時には動いていた。路地裏に体を隠して、一人目的地を目指す。


「フラン!」

『その路地裏を真っ直ぐ、風の来る方向に走って』

「おっし! 風!」


 俺は出来るだけ移動速度を稼ぐために。風のハープを選択。

 そう、最初は逃げに徹する。


「星のない空さん、待ってよ」


 背後から、ジャンヌの声。

 俺を追ってきた。


「ちぃ面倒!」


 俺は風のパープで建物を突き破って中に入る。出来るだけ建造物そのものを壊さぬよう、自分の入れるだけの穴を意識して吹き飛ばす。


「どうして逃げるのかな?」


 ジャンヌは目ざとくその隠れ場所を発見する。おそらく、証に見せてもらった黒い幽霊が指差すあれのおかげだろう。


「男にも準備ってもんがあるんだよ、ノックくらいしろや!」


 俺は出来るだけ入り組んだ建物を壊さぬよう、ジャンヌのスピードに追いつかれないよう逃げまとう。

 逃げられる。予想通りだ!


「やっぱりあんた、直接見ないと駄目なんだな」


 ジャンヌの能力は、これまでの戦闘で何度か体験してきた。記憶の世界で、正体も知れた。

 ひとつ、ジャンヌの闇魔法は、黒い幽霊を操る力である。

 ふたつ、黒い幽霊は、ジャンヌの知らない、いない場所でも指示をされれば活動できる。


 この二つはすでにわかっていた。学園中を探らせたり、目的の場所を瞬時に見つけたりできる。


 大切なのは三つ目。ジャンヌの黒い幽霊は、ジャンヌの視界にいる奴らだけ、現実のものに干渉出来る。


「宵闇さん宵闇さん、彼を見せてくださいな」

「うぉっ!」


 ジャンヌが建物の壁をぶち壊して俺に向かってくる。移動に手間をかけない分、あっちの方が速い。

 でも、それでもなんとかして目的地にたどり着く。俺は風のハープを弾きながら、ジャンヌの視界から逃れ続けた。


 この、視界から逃れる方法に気づいたのは、グリテとジャンヌの対面のときだ。

 あれだけ学園を自由に探索させながら、ジャンヌは俺たちに出会って何かをしにきた。それはつまり、見えなければ行動を起こせないということ。


 たぶん、グリテはこれに気づいていた。だからそれを計るために、吹き飛ばされた手でジャンヌを殴ったのだ。ダメージを与えるためじゃなく、視界の盲点を探るために。攻撃の気配を最小限にまで殺して打ったのだ。

 思えば、あの生ロケットパンチ全然効いてなかったもんな。


『アオ、もうちょっと、そこを出てすぐ!』

「うぉおおっ!」


 俺は建物の中から出て行く。市街地を抜けたさきの、何もない平地が、そこにあった。


「みーつけた」


 だが、現実は甘くない。

 背後からの、ジャンヌの声だ。


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