第百四話「まぎゃく かせつ」
「トーネルの軍を近くに送る際、あのグルングルが上空を飛んでいるを発見してね、移動の早い僕だけが何とか援軍に来れたんだ」
ジルはその指にカードを挟む。たぶん取り出したのは送のカードだ。
考えてみれば辻褄は合うか、トーネル軍に眷属はいないって言ってたし、コンタクトをとったジルが偶然なっていてもおかしくない。
「人間二人分を飛ばすくらいなら何回でも使えるんだけど、それ以上、あのグルングル並の質量は一日に二度使えるくらいだ。あと一回は、イノレードの人々を救うために保存しておく必要がある」
「でも連射には魔法管の限りがあるだろ、どうやってきたんだ」
「基本はビュンを足場にジャンプして行った。落ちそうになったら使う。大群を使ったことが仇になったというわけさ」
「そんな非常識な」
パタノコ渡りじゃないんだぞ。体力どうなってんだこいつ。やっぱ眷属っておかしいのばっかだわ。
「眷属って結構簡単になれるんだな」
「そんなわけないだろう、今が戦火の中にあったからこそ、彼も僕に協力してくれた」
ジルが俺に背を向ける。どうやら、東からくる朝日に目がくらんだようだ。
『アオ! 大丈夫!』
今更になって、フランからのトゥルルが届く。たぶん、この騒ぎの中やっと目が覚めたのだろう。
そんな声にちょっと気が抜けて、変な笑いがこみ上げた。
「へは……」
『なにそれ、変な声、それより大丈夫なの!』
「いや、力が」
それをみたジルが、無言で手を差し伸べてくれる。
「僕も君たちと一緒の部隊だ。共に、イノレードに残された人々を救出しよう」
俺はその手をがっちり掴み返して、勢いよく起き上がる。
「ああ、助かる」
トーネルから来る部隊だから心配していたんだが、これなら杞憂だろう。
むしろ、大幅な戦力アップだ。
光り輝く朝日を背にするなんて俺には似合わないけど、この握った手だけはとても様になっていた。
*
牙抜き作戦。午後零時。イノレード西側、コス湖より一キロほど手前。
『アオ、第二波が交戦を開始したわ』
フランから告げられる定期報告が、耳に届く。
作戦はすでに始まり、第一波と第二波が敵モンスター郡の分断に成功していた。
今のところ作戦は順調に進んでいる。
「……」
俺たちはまだ動けない。
救出部隊である俺たちはギリギリまで動かず、敵戦力が大幅に削れるまで待たなければいけない。
緊張状態が続く中、俺たちはただ待つということを強いられている。
『状況が変わり次第、追って連絡する』
「おう、ありがとうな」
フランは常にトゥルルを継続中だ。フランの声は定期的にこちらに届く。魔法管を消費しているのは発進しているフラン側で、俺の連射数が下がらないのは助かった。そういえばベリーも受け取るだけだから大丈夫だったもんな。
「あーちょ~だりり」
その、俺たちが真剣に取り組んでいる中で、すでに疲れたような女の声がある。
俺はこいつを知っている。あまり好きじゃない。女のタイプ。
トーネルの冒険者ギルド所属、受付ギャルだ。
「ねぇねぇジルさ~ん。熱いよね~」
「そうですね」
ジルはそんな彼女にも、クソ真面目に答える。
「ね~」
受付ギャルはそんなつまらない返答に笑顔で答えた。俺があれ言ったら絶対つまらない男とかいうぞあいつ。
「アオくんっ、今日はいい天気だねっ」
「ラミィには失望した」
「あ、アオくん、もうちょっとおちつこっ。何でそんなにイライラしてるのっ」
俺は落ち着いてるぞ。うん。
「いやよね~そういう暑苦しいのって」
「……」
『あ、アオ、わたしは嫌いじゃないよ!』
いや、わかっている。俺みたいに変に緊張しているやつは駄目なのだ。
受付ギャルの雑談は、心労を減らすためのひとつの方法なのだろう。
この救出部隊は、俺、ラミィ、ジル、受付ギャル、ゲキおじさん、ガオレ兄さんの六人編成だ。完全に少数精鋭で来ている。
情報伝達役としてはフランともう一人、デンジという奴がいるらしいが、俺達のオペレーターはフランなので声も知らない。
俺は一度溜息を吐く。そうだ、緊張してなんになる。こういうのはケロッとしている奴が一番成功するんだ。面接だってそうだったろう。
気を取り直して、口を開く。
「ジルってさ……ジャンヌのこと、知ってるんだよな?」
口を開いてから、後悔した。
共通の話題を何か探そうとして、とっさに思いついてしまったのだ。
当のジルは、意外な話題振りに驚いている。そりゃそうだろう、何でジルとジャンヌが知り合いなのを知っているのか疑問なんだろう。
ここは、ギャグでも言ってはぐらかした方がいいのかな。
「か、カメラとか仕掛けてないからね」
「意外だったが、ロボから聞いたんだね……」
ジルはジルで、なにやら納得したようだ。
「彼女はどうにもマリアに似ている。たぶん彼女の秘密の友達か何かだったのだろう。あの姿では僕にも紹介しにくかっただろうし」
「……まあ、そうだろうな」
どうやら、ジルはロボがマリアだと気づいていなかったようだ。
鈍感、といいたいが、普通はわからないだろうな。人が犬に変わるなんて。
「ジャンヌとマリアは、とても気の合わない少女たちだったよ」
「気の合わない?」
「ああ、どうして友達なのかってくらいにね」
ジルは何かを思い出すように、遠くを見る。
そういえば、ジャンヌとマリアの二人をちゃんと知っている人間って、テレサを除くとこの人だけなのかもしれない。
天才二人としてじゃない、そのままの二人の関係。
「たとえばさ、僕が病院にいたマリアに、珍しい食べ物を差し入れをしたことがあるんだ。ジャンヌもそこにいてね、その食べ物を見たとたんにすごく嫌な顔をされたことがあるんだよ」
「どんなもん送ったんだよ」
差し入れって嫌だよな、送らないと文句言うくせに、送ってもいらんもんとか言い出すんだぜ。
たぶんジルならそこまで邪険にされないだろうけど。
「マリアはそんなジャンヌの嫌そうな顔を見て面白そうに笑うんだ。そして、僕の差し入れを有無も言わずに食べた」
「まあろ……マリアらしいな」
「ジャンヌはそういうことがあるとすぐ慌てるんだ。その時も『わけのわからないものなんて触れるべきじゃない』って言うんだよ」
あの事件が起きる前のジャンヌって、暗い印象が強かったけど、こうやってジルの話を聞くとなんだかおかんみたいだな。
「でもね、マリアは逆に『何が起こるのかわけがわからないからこそ、触れるべき』って言うんだよ」
ロボは変わらないな。うんこつつく餓鬼みたいだ。
「不思議だよ、まるで違う二人なのに、どうしてか強く惹かれあうんだ。もし二人が顕在なら、最強の冒険者二人組にだってなれたかもしれない。二人は互いに持っていないものを補うように間逆だったんだ。性格も、能力も」
ジルは絶対に実現できなかった未来を夢想する。そうなればよかったのにな。
でも、そうならなかったからこそ、俺はロボに出会えた。ほんと運命ってわからん。
それからどれくらい経っただろうか。
『アオ、作戦指示が出されたわ、準備して』
「時間だ」
俺はフランの指示を他の人間にも伝える。通信約と交信できるのは俺と受付ギャルだけだ。
『敵は予定通り北と南に分かれた。もちろん内部にはまだモンスターが残っているから、注意しながら進軍して』
「あたしらの出番。超頑張るし」
受付ギャルがポケットから武器を取り出す。糸の付いた鉄球……じゃない。
「ヨーヨーかよ」
「うわきも」
何で俺のことそんなに邪険に扱うんだよ。マジぶちぎれるぞ。
ゲキおじさんは鉤爪で、ガオレ兄さんは短剣か。二人ともレベル三十以上だし、かなり格好いい。
「なんか私だけ武器がないっ」
「俺が三人分持ってるからな、どうする? しばらくは走るのか?」
「いや、もう使うべきだ」
「はいジルさん!」
受付ギャルが気前良くカードを取り出す。高速移動魔法パカラのカードだ。
「パカラっ!」
俺たちは半透明の馬に乗って進軍を開始する。二人で一頭、計三枚の消費だ。
パカラを唱えたラミィの背中にしがみつきながら、隣の受付ギャルに尋ねた。
「いいのかもう使って」
「うっさいわね、どうせ行きだけなんだからかまいやしないわよ!」
作戦通りなら、このまま進撃して合流地点にたどり着けばいい。ただ、途中遭遇したモンスターは出来る限り処理しないと。モンスターで電車が出来る。
「水!」
俺は一番効率よくモンスターを倒せる水を選択。出来るだけ馬の上から狙えるよう、形状を槍に変える。
「これで先っちょだけ、ラミィに当たる心配なし」
まずはコス湖に向かっての全力疾走。ここまでは迂回もせずに到達できるはずだ。
***
わたし、つまりは通信部隊のいる場所は、イノレードより西の、少し離れた丘の上を拠点に作られていた。
幾つかのテントと椅子が用意され、ここにいるほとんどがトゥルルのカードにて連絡を取り合っている。
「こちら通信部隊。現状況の報告をお願いいたします」
すぐ後ろには小型の戦艦も数機用意されており、逃げるだけならこの部隊が一番早いだろう。
「作戦士気共に損傷軽微、第八小隊前進します」
「こちらモンスターの報告にコウカサスを確認。近くにいる冒険者を援護に向かわせます」
もちろん、ここに居る人たちは真っ先に逃げるような人を集めてはいない。むしろ全員が戦闘を終えるまでは、ここを離れたりしないだろう。
「……っ」
わたしは作戦が始まってから、体がどうにも落ち着かなかった。
そわそわするのだ。待っていると、ただ無為に時間を過ごしているのではないかと、心配になってしまう。
「フラン」
慌てているわたしをみかねたのだろう、お母さんが話しかけてくる。
お母さんは現場の雑務という形で来ている。やることといえばリアルタイムでの魔法封印の陣についての検証。魔法陣以外はさっぱりなお母さんらしい立ち位置だ。
もちろん、魔法陣の状態は未だ変わらない。まだ、タスクたちは動き出さない。
「暇なの?」
わたしは正直に聞いた。
お母さんは少し苦笑いをして、わたしの隣にあった椅子に座る。
「まあ、暇ね。もっとも何か陣が動き出したところでどうこうできるわけもなし、研究員だから」
「そう」
「第一波、敵モンスター踏破率が三割を越えました。損耗は予想より軽微です」
通信の声もみな落ち着いている。たぶん本格的にあわただしくなるのはもっと先なのだろう。
「……」
「……」
「第二陣も目標地点にまで到達、戦闘状態を維持しつつ、前線を入れ替えます」
会話は続かない。
わたしのお母さんだし、喋る気もなければ口も開かないのは一緒だ。
いつもなら、そこまで気にしていない。と言いたいのだけれど、相手が相手なせいか、ちょっと気まずい。
「アオ、大丈夫かな」
そんな状況を紛らわすために、意味もなく呟いた。
「アオね」
それに、お母さんが食いつく。
「ねぇ、あの人どうなの?」
「ど、どうなのって」
何を聞いているのだろう。わけがわからない。
アオは博士が召喚したわたしのパートナーであって、それ以下ではない。わたしとしてはそれ以上に色々思うところもあるけれど、そんなことお母さんが聞いて……
「博士は、ただの人を召喚するために、魔法陣なんて作らないわ」
そんなことじゃなかった。
お母さんは顎に手を当てて、何か考え込んでいる。
「博士の魔法陣が間違いだったとして、そんな偶然ありえるのかしら?」
「でも、実際に現れたのはアオよ」
お母さんはどうやら、パパの作った陣について興味があるらしい。
たしかに、元になったのは召喚ではなく創造魔法だ。でも、そうもおかしいだろうか。
実際の資料なんかだと、違う用途で作った作品が思わぬ結果を招くなんていう事は多々ある。それで名を上げた陣の生成者もいるくらいだ。
「実際に、ねぇ」
「この前も話したでしょ、アオは地球って世界から来たって」
「聞いたけれど」
お母さんはどうも納得していない。
たしかに、地球なんて別世界がこの世にあるのかも疑問だが、もう長いことアオと一緒にいると、たしかにこの世界とアオとで違和感はあるのだ。
たとえば常識の考え方とか、ただの意見の相違と言うには異常なものを何度か感じ取ってきた。まるで噛み合わないパズルのピースが、無理矢理はめ込まれたような。
「アオは嘘ついてないわ」
そしてなにより、わたしはアオを信じている。
「残念だけど、フランと違ってわたしに人の嘘を見抜けはしない。だからこうやって推論でしか話せないの」
「推論?」
「その地球が存在したとして、どうやってあの子はこの世界にまでやってきたのかよ。知っていて? 送の精霊ですら、移動できる距離は限られているの。あの夜空に輝く二体の龍にすら届かないのよ」
わたしはお母さんの説明に、怪訝な顔で応えた。何が言いたいのだろう。
お母さんは頭を抱えて、どういうべきか悩んでいた。
「そうね、まずフラン、地球という世界はどこにあると考えていて? 平行世界? 宇宙の果て?」
「……えっと、わからない」
「そう、わからない。行き方も帰り方も、まるでわからないのよ。ただアオという人間の記憶の中には存在している」
「お母さん、話が見えない」
「もしかしたらその地球って世界は、あの子が知らないだけで、すでにどこにも存在していない可能性だってあるのよ。だから、わたしは一つの仮説を立てるわ」
お母さんが人差し指を立てて、わたしに見せつける。
「あの子は、そういった記憶を持った存在で、創造魔法の際、産まれたばかりの体に彼の意識が混入して、アオが生まれた。たぶん博士は元々――」
「えっ……援護要請です! 第一波十二小隊より、アルトが現れたとの通信が入りました!」
その話を打ち切るように、通信兵の一人が叫んだ。
わたしも思わず、そちらに振り返ってしまう。
「こちらも援護要請! 索敵魔法使いより敵モンスターの増援が確認されました! 数は六万以上! 想定されていた数値以上の伏兵が、イノレード中央に集まってきています!」
「十二小隊通信途絶! 至急確認と援護を!」
「援護要請! 地盤の沈下により十六小隊の数名が行方不明、及び生存者も脱出が困難なことを告げています!」
いきなり、通信が慌しくなる。
通信連絡が錯綜し、情報管理兵も事態の収拾に追われている。
『並ぶんなら順番だろうがよ……』
繋げっぱなしだったトゥルルから、アオの呟きが届いた。この声音は、アオなりの慌てている状況だ。
わたしは身を乗り出して、アオに話しかける。
***