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第百三話「きょく びっ」

「ど、どうしてっ、まだイノレードは遠いのにっ」

「簡単だろ、俺たちと一緒のことをしたんだ。ったく、普通さ、俺たちの乗ってる船は二番目の攻撃目標だろうが」


 隣の船が燃えて、騒然となるみたいな。まさか自分の乗っている船からやられるとは。

 敵の攻撃は戦艦の魔法陣と反発共鳴してしまったのだろう。爆発して、炎上していた。


 雲から、何かが鎌首をもたげた。


「で、でけぇ!」


 モンスターが姿を現す。そいつはこの戦艦の半分はあろうかという大きさの、亀だった。ガメラみたいな甲羅だけど、両手両足は海がめみたいにひらひらだ。

 そのてのひらひらが、左右になびく。


「また来るのか! ラミィあれはなんてモンスターだ!?」

「アオくんっ! あれはグルングルっていうアンコモンだよっ、あの大きな体から気流を吐き出して攻撃してくるの。村一つ吹き飛ばすような台風みたいな存在だけど、確認固体は殆どいなくて貴重、なんだけれど……」


 グルングルの放った風が雲を取り払う。そうして現れたのは、合計五体のグルングルだった。

 全員が、同時に左右にひらひらを動かす。

 ……たぶん、先ほどの攻撃は先走った一体目のものだろう。


「おい……おい!」

『剛射せよ! 第一戦艦ッ!』


 その間際に、ベクターの叫びがこだまする。

 第一戦艦が咆哮をあげた。船底で作り出された気流が、唸りを上げていたのだ。

 竜巻はグルングルよりも先に放たれ、五体の耐性を崩す。おそらく計算したのだろう。互いにもみ合いになって、こちらへの攻撃は届かなかった。


『総員! 戦闘準備に入れ! カードと資金の分配は艦隊にいるチームごとにわける。敵はすでに我々を狙っている。この一日は貴様等の資質と命を賭けろ!』


 甲板に、ごたごたと冒険者がなだれ込んできた。みな武器を持ち、戦闘態勢だ。

 ラミィはそれを見て、力強く頷いた。


「やっぱりっ、みんな警戒してたんだねっ」

「あちらさんも同じだろうな」


 グルングルの隙間から、ビュンらしき敵が現れる。イナゴの大群をほうふっとさせるような敵の数に、ぞっとした。


『最優先目標はグルングル五体の討伐ッ! もし一体でも打ち損じ戦艦に当てれば命の保障はないと思え! 空を飛び、あやつに迎えるやつは飛んでいる蚊トンボどもを極力無視しろ!』


 空を飛べる魔法を持っている奴らは、優先的に前へと飛び出して行った。戦艦自体も全身を始めるが、ビュンの多さに近づけない。

 限られた人数での突貫では、おそらく全部を倒しきれまい。ベクターは一個くらいの艦は捨てるつもりなのか。それとも……


「アオくんっ!」

「御披露目すんの? たぶんベクターも何か考えて」

「お願いっ! 少しでもたくさん助けなきゃ! あとで何でも言うこと聞くからっ!」


 ラミィも空を飛べるタイプなのに、まだ飛ばない。


「風……なんというか、御誂え向きだよなぁ」


 俺ってやっぱりちょろいのかな。ラミィの頼みどおり、俺は風のハープを選択した。


「この第四艦に集まっている皆さんっ! 戦闘するのを少し待ってくださいっ!」


 ラミィは大声で、ここに集まってくる冒険者たちを足止めする。拡声魔法があれば便利だったな。

 とりあえず、大勢の味方は困惑しつつもラミィの言葉に従って、立ち往生する。


「アオくん前に」

「おうおう」

「いきますよっ、三つあるうちのひとつめっ!」

「完成したのがそれだけ」


 俺たちは艦首にまで早足でたどり着く。

 ラミィは恐れることなく艦首の一番高いところに片足で乗っかって、甲板にいる人全員を見渡せる場所を陣取った。


「あれ、あいつって」

「あの映像の」


 ガヤからは、ラミィの顔に見覚えのあるような口ぶりもある。あのイノレードでの口論がまだ記憶に新しいのだろう。

 その効果もあって、どんどん集まりながらも、まだここに残っている。


 ラミィは嬉しそうに笑ってから、大きくお辞儀をした。


「ありがとうっ! これから皆さんに補助魔法をかけますっ、聴いてください!」

「なんとも脈絡のない。意味はあってるけどさ」


 俺はびくびくしつつも、その艦首にまで向かう。ラミィが手を差し伸べてくれて、やっと立ち上がる。

 この場所怖い。落ちそうなのもそうだけど、ラミィの近くにいるせいか視線もアレだ。


「この能力の効力は約五分ですっ! 切れる前にまた甲板に戻ってきてくださいっ!」


 そう言って、ラミィが俺の胸にくっ付く。

 俺もそれに合わせて、ラミィの背中に胸を押し付けた。ほぼくっ付いた状態だ。

 ただこうしないと、俺の能力は発揮できない。


「では、私が弾きますっ!」


 俺はラミィの背中から手を回して、ハープをつけた左手を、ラミィの前に持っていく。

 ラミィが、ハープで演奏を始めた。


 代替、テストでやったら不正のアレだ。俺はこのハープで曲を弾くために、この策を練っていた。

 俺が一人でハープを弾けるようになるにはまだ時間がかかる。たぶんあと三ヶ月は必要だろう。そこで、少なくとも音楽経験のあるラミィに、曲を弾かせたのだ。

 どうやら風のハープは古くの民謡と共鳴するらしく、ラミィの特異な曲のひとつが運よくそれに当てはまっていたのだ。


 曲は緩やかでフラットな感じから始まる。ふわふわと浮き上がる、子守唄のような演奏に、甲板に集まった冒険者たちはつい聞き入ってしまう。ラミィという美人のひくハープというだけで、民謡は名曲にも思えた。

 効果は、すぐに現れる。


「う、うぉお!」

「からだが軽い!」


 耳へと流れていく音楽は空間を支配し、目標たちの体を浮かせていった。


「足で空を蹴ってくださいっ。空中をジャンプできます」

「おお!」

「おおおおおお!」


 冒険者たちは素直にそれを確かめて、浮かれたように声をあげる。


「これの飛翔時間はこの曲が終わるまでの五分間です。甲板でまた代わりの演奏をしますので、みなさん、お願いします」


 ラミィは演奏しながら、口を挟む。大声でなくとも、音楽を聴いていた冒険者たちの耳にはそのアドバイスはしっかり届いた。


「一緒に、この船を守りましょうっ」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 冒険者たちが歓喜の声をあげる。そしてみな矢継ぎ早に飛び出していった。


「やっぱあの子すげぇ!」

「素晴らしいのよ!」

「アオくん私たちもっ!」

「よっしゃ」


 もちろん、俺たちも空中ジャンプが可能になる。

 ラミィはそれに合わせて普段も飛べるから、移動速度が倍加する。


 これが、ハープの能力の真骨頂だった。

 一度曲を弾くと、耳に音が残る。空間が共鳴するように効果が持続するのだ。反響音なのかは知らないが、ハープを弾かなくても音楽は流れ続けてくれる。

 今回弾いたのは無限空中ジャンプだ。なんかコマンド技みたいだと思う。チータマン。


「水!」


 持続していれば、ハープをずっと持っている必要もない。使いこなせるとここまで便利な能力は他にないだろう。いつか自分で演奏できるようにならないと。

 俺は飛びながらすれ違うビュンを切り倒していく。カードは回収しない。


「ビュン!」


 その代わりラミィが落としたビュンを拾い上げて、さらに加速する。

 俺はその気流におんぶされて、ラミィと一緒にグルングルへ誰よりも早く向かう。


「周りの奴らも、カード拾ってるな」

「うんっ、空中ジャンプの加速にもなるし、万が一途中で効力が切れたら、それで帰るんだと思うっ」


 ここに来る以上はみんなしっかり考えてるな。


「でもたぶんっ、それでも落ちちゃう人はいると思うから」

「早めに終わらせろってことか。俺ご主人だぞ」


 ビュンは俺達を脅威と受け取って、かなりの数が集まってくる。

 でも、氷の剣は全部一撃だ。


「ポチャン!」


 ラミィも連携してくれる。

 剣を長くして、一気に道を開いた。


「よし、ケツが見えてきた!」


 瞬く間にグルングルに到着する。

 ラミィに気流を相殺してもらいながら、そのグルングルの甲羅の上に乗った。

 俺は最初甲羅に向かって剣を突き立てるが、弾かれた。


「やっぱ硬いか」

「アオくんどうするのっ? あの柔らかそうなひらひらは風が一番強くて大変だよっ」

「わかってるよ、俺には便利なのがちゃんとある、土!」


 俺は氷の剣を解除して、土の盾を呼び出す。数十秒ごとのルーチンを組めれば、こうやって使いまわせる。


「役割理論って奴だ……ガメラ勾玉もねぇけどな、その代わりだぁ!」

「そっかっ、その手がっ!」


 俺は、グルングルの甲羅に土の杭を突き立てる。

 するとグルングルは目標を変えて、他の四対のグルングルに突進していく。玉突き事故を起こして、そのうち二体はたたらを踏んだ。

 擦れあう甲羅が火花を散らし、混ざり合った気流はあたりのビュンを巻き込む。そうして最終的に、地上へと落下していった。


「まあ、とりあえずの措置ってことで」

「アオくんっ、残りの二体がっ!」

「全部はやる必要ないだろ」


 ラミィは慌てているが、マジェスを舐めちゃいけない。

 あっちにだって、レベル四十越えがまだ四人もいるのだ。

 その思惑通り、戦艦に動きがあった。たぶんあれは第一艦だが。


「……手?」


 手が、生えていた。ロボットアームというには人間味がある。戦艦に、鋼鉄の鎧を着た両腕が現れたといえばいいか。

 その戦艦の手は臆することなく、なんとグルングルを鷲づかみにした。


「きゃっ!」


 その戦艦とグルングルの風はぶつかり合い、俺たちに届くほどの余波が吹きすさぶ。

 だが、最終的に戦艦は勝利した。強引にグルングルの甲羅を押しつぶし割った。くるみ割り人形ならぬグルングル割り戦艦だ。


「こりゃ……」


 俺は苦笑いが漏れる。あんなのにつぶされたらひとたまりもないな。


「おい、まだ一体いるぞぉ!」


 どっかの冒険者が、慌てたように叫んだ。

 残った一体が、第四艦に向かって行ったのだ。玉砕覚悟なのかは知らないが、その身を隕石のように突進を始めた。


「……俺以外の高レベル者は?」

「たぶんっ、第四艦にはいないよっ! 私たちがいたんだからっ!」


 ラミィの声と同時、俺たちは慌てるように引き返した。

 グルングルが第四艦を選んだのは運だろう。だが、それが相手のラッキーパンチに繋がる。

 他にも応戦しているやつらはいるが、グルングルは止まらない。


「誰かそいつを止めろぉ!」

「とまらねぇ!」


 離れすぎた。

 仮にグルングルに対抗できる兵がいたとして、第四艦に俺たちより早く来てくれるかどうか。元々俺たちの行動が早かったのも、たまたま甲板にいたからだ。

 俺の風のハープによる空中ジャンプは、下手な飛行よりもずっと速い。つまり、俺たちが間に合わないって事は。


「こんなところでっ!」


 ラミィが悔しそうに叫んだ。

 空中戦は不慣れなことが多い。俺だって初めてだ。たぶんここに居る殆どがそうだろう。

 それに合わせて、敵の偶然とラッキーが、一つの艦を潰してしまう。

 このままでは、


「送れ」


 そのときだった。俺の隣から、見知った声が囁かれた。


「じっ――」

「ジル!」


 そいつはびっと人差し指と中指を立てる。格好つけて、あのジルが現れたのだ。

 たしか、トーネルと合流して、イノレード付近で戦闘待機しているはずじゃ。


「安心するのはまだ早いよ、こっちに来るからね」


 ジルが上を指差すと、そこにはあのグルングルがいた。

 何の脈絡もなく、上空に現れたのだ。


「えっえっ、六体目っ?!」

「違う、五体目だよ……アオ!」

「ラミィ! 水!」

「うっ、うんっ! ポチャン!」


 方向を見失ったグルングルは一度風を止めてしまう。

 その一瞬の隙を突いて、俺はひらひらの一枚を氷の剣で貫いた。


「掴まらせてもらうよ。転送」


 そうして攻撃を終えたときには、ジルの手が俺の肩に触れる。

 ふっと空気の抜ける音がしたと思ったら、戦艦の甲板に尻餅をついた。


「いでっ」

「あ、すまない。どうにも上手くいかないね」

「ありゃ、俺だけか?」

「ああ、ラミィさんは元々空を飛ぶのに慣れていたみたいだったし、僕の転送魔法は僕自身を入れるともう一人分、つまり二人分の転送が限界だ」

「え、でもあのグルングルはそれどころじゃないだろ」

「あれは特別、あの質量になると一日二回までなんだ」

『全艦! 急速浮上! 冒険者共、乗り遅れるなぁ!』


 戦艦は浮上する。落ちていった残りのグルングルを振り切るつもりなのだろう。

 とりあえず、助かったのだろう。


「到着っ! いきなりいなくなるから驚いちゃったっ」


 ラミィも、何とか乗り遅れずに俺たちに追いついてきた。


「深夜に突然の不意打ち、そして経験者の殆どいない空中戦。それでもほぼ健在なのはすごいね」


 ジルは、最初に受けた戦艦のケツにある傷痕を眺めながら、溜息をついた。

 ケツが傷ついてるって事は、ここは第四艦か。


「なぁ、あんたジルだよな?」

「何かおかしいところでも? そんなに月日はたっていないと思うが」

「いや、おかしいって言われるとそうでもないけど」

「あの魔法って、サインレアですよねっ」


 反応の薄い俺をフォローするように、ラミィが疑問を投げかけた。

 そうだよ、気になってるのはそれだ。


「ジル、お前眷属になったのか」

「ああ、送の精霊に力をかりる際にひと悶着あって、そのときに何故か気に入られたみたいだ」


 ジルは照れ隠しなのか、またびっと人差し指と中指を立てる。

 やめろよ、イケメンでもそれはダサいって。


「びっっ」

「おいやめろ」


 ラミィは変なところでノリがいいな。


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