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第百二話「ふつう しょうさん」

 普通の話をしよう。

 正義と悪とかじゃない。普通の話だ。

 これは俺がまだ小学生だった頃のことだった。


 ある日、姉が犬の散歩から帰ってきた時の話だ。

 姉はたまに、我が家にいる犬のケンを散歩に連れて行くことがある。普段は母がやっていることだが、そのときはそのたまにの日だった。

 その日は家に俺しかいなくて、たまたま帰ってきた姉と玄関で鉢合わせをしたのを覚えている。


 姉は泣いていた。

 犬を、どこかに逃がしてしまったのだ。


 記憶が曖昧だから覚えてないが、たしか友達と話していたら犬のことを忘れて、気が付いた時にはどこにもいなかったとかそんな話だったと思う。

 家族はがなんだかんだで、みんな犬が大好きだった。姉は一人なきながら帰ってきて、母あたりにでも頼るつもりだったのだろう。

 でもその日、たまたま母は家にいなかった。


 あの強い姉が珍しく大泣きをした。ただもう犬を探す気力もうせたのか、自分の部屋に帰っていってしまう。


 そのときだった。俺は犬を探しに外を探し回る決意をした。

 だから、普通の話だ。特に難しい概念もない。姉と犬のためだけに、俺は探しにいっただけだから。


 捜索は難航を極めた。

 なにせ手がかりがない。

 細かい事はほとんど記憶にないが、本当に自分の歩ける範囲は全部探した気がする。夜が更けても、ずっと探し続けた。

 普通だったら、犬が自分で家に帰ったとかそんなこと考えてもいいのに、諦めずに歩き回った。

 そうして、見つけたのだ。


 犬は姉がやったたのか、どこともわからない道の電柱に縛り付けてあった。裏路地の見えづらい場所にいたものだから、姉も見失ってしまったのだろう。

 このときはほんと、正義は勝つとかそんな馬鹿なこと考えてた気がする。

 こっちの頬を犬が舐めてくれたことなんて、女神のキスにだって思えた。


 そうして、へとへとになった体で、家に帰った。

 最初に、親父に殴られた。


 親父はたぶん、なかなか帰ってこない俺と犬とをつなげて考えたのだろう。いったいいつまで遊んでたんだとか、犬は玩具じゃないとか、そんなことを最初に怒鳴り散らした。

 俺は弁解しようにも、痛みから泣きじゃくり、喋ることが出来なかった。

 姉も、自分が犬を逃がしてしまったことを話せなかったのか、それよりも犬が帰ってきたことが嬉しかったのか、俺のことなど構いはしなかった。

 説教をさんざんされてから、俺は部屋に逃げ帰った。


 これが、俺の中でもっとも印象深い、家族のために行った普通の話だ。

 結果的に犬は我が家に帰ってこれて、姉も犬が帰ってきたことにとてもうれしそうにしてくれた。


 このことがトラウマになって、何かいいことをやろうとする前に怖気づく癖がついてしまった。

 でも、もしこれと同じことがおきたとして、俺はなにもしないか。


 いいや、俺はまた同じことをするだろう。


 俺たちはこれからロボを助ける。たぶんこれには、苦労ばっかりが付いて回るだろう。

 でも俺の選択は変わらない。いつだって、自分の決めたことが自分自身を作ってきた。

 ただ今回は、いつもより似合わないことしそうな気がする。



 マジェスの用意した大型飛行戦艦は、まんま空を飛ぶ船だ。

 ただ、地球で言う戦艦というよりも、豪華客船に武装を施した感じの船だった。

 なんでも、この飛行魔法陣を詰んでいた船が元より旅客機らしく、この一ヶ月で急遽武装換装したらしいのだ。


 船底の表面に風のアンコモン、グルングルを拡張した陣を幾重にも貼り付けて、空を飛んでいる。だから普通の戦艦と同じく、船体の底に穴が開くと落ちる仕組みだ。もちろん、これを浮かせるだけの気流を押しのけるほどの力が必要になるが。


「めくれる、めくれない」


 俺はその船の第四艦に乗せて貰うことになった。

 今は甲板の上で、眠気を殺すように寒空に当たっていた。


「えっ、アオくんなに!?」


 ラミィが、強風で聞き逃した俺の声を聞きかえす。


「いやな、こういうのって来るもんじゃなかったな、好奇心はネコを殺す」

「なに言ってるのアオくん」


 甲板に来たのは他でもない、俺の提案だった。


「やっぱり、徹夜は嫌いだ」


 この第四艦に乗る前、フランとラミィに今後の戦い方を相談したあとで仮眠を取ったのは正解だった。

 夜行バスに乗った経験が生きたな。大規模な移動と聞いて、俺はこの第四艦のなかであまり眠れないことは想定内だ。

 でも眠い。


 餓鬼の頃からそうだ。一番最初に寝て、一番最初にいたずらをされ、物を盗られる人間だった。何で今まで親しくもなかったのに、こん時だけ仲間みたいな内輪いじめするんだろうな。


 眠気覚ましに、深夜の甲板を眺める。見るとまばらだが人がちらほらいる。


「みんな、アオくんみたいに眠気覚ましかな? それとも……」

「やっぱ、緊張もあるんじゃないのか」


 これだけ大規模な戦闘だ。緊張して眠れない人間も多いだろう。

 甲板の風は強い。雲が多く、どれくらいの高度を保っているのか俺にはわからない。ひょんなことでジャンプでもすれば、落ちて言ってしまいそうな錯覚を覚える。


「緊張……っ!」


 ラミィが何かに気づいて、ビクリとする。

 俺がその視線の先を追うと、どうやら甲板の隅で男女が……男女がいちゃこらしていたらしい。


「まあ、戦闘前だからな」

「あ、アオくんもしかしてっ!」

「違う」


 まったく、ご主人を信用してほしいものだ。嘘ついてまでつれてくるわけないだろうに。正直に言う。

 でも、一度そういうのがいるのだとわかった瞬間に、他の物陰にもそんな男女がいることに気がついた。戦争前だから、戦争前だからね。


「ったく、上野公園じゃねぇんだぞ」


 でも当たり前だよな、戦闘前が一番盛り上がるらしいし。こういう機会こそうってつけの場面というわけだ。

 ラミィが、すごく警戒した眼差しで俺を見ている。やめてくれよ。


「俺はこういうのは好きじゃない」

「そ、そうなの? ほんと?」

「大切な人の裸を、他人に見せたくないんだよ」


 他人への依存度が高い人間は、独占欲も強い。当事者は語る。

 やるなら、誰もみていないことがほぼ確定した場所がいい。


「た、大切な人かぁ……」


 ラミィは安心してくれたようだ。もじもじしながら、俺に近づいてくれる。

 だが俺の視線に気づくと、はっとなって距離を置く。別に変な目で見てないよ。


「やっぱ疑ってるな」

「あああアオくん、そういえばフランちゃんはちゃんと寝てるのかな~って」

「フランをダシに使うか」


 ラミィは話題をそらそうと、俺と目を合わせないようにそっぽを向いて、また青姦に遭遇。顔を真っ赤にし、もう俺から目を離さなくなった。

 たぶん、だいたいの場所から見えるんだろうな。甲板は満室だ。


 俺は臆することなく、青姦している男女たちを目で巡る。


「フランはまあ、大丈夫じゃないか? リアスも一緒だし」

「そ、そうだよねっ、そうだよ、ね? アオくん?」


 あの右端にいる甲板の子が可愛いな。もうちょっと近くで見てみたい気もするが、相手がいるのを知ってガッカリするからやめよう。


「でもまあ、フランが通信役をしっかり受け止めてくれたのはありがたかったな」

「うんっ、フランちゃんだからこそ上手くやれるポディションだからねっ。アオ君ねぇなに見てるの?」


 今回俺たちは第四波である救助隊に抜擢された。

 この部隊は本陣を攻める第三波と同じく、少数精鋭で素早い作戦が求められた。そのせいか、マジェスの中に救助隊は一人もいない。

 トーネルは送の眷属に続いてそれなりの人数を用意してくれているらしいが、合流するまでは顔もわからない。つまりは連絡もまだ取り合ってない。


「俺たちが、救助隊代表みたいなもんだしな」


 だから実質、マジェスの救助隊代表は俺達なのだ。

 マジェス自体はイノレードに囚われた人間の救助に際して、あまり関心がないのかもしれない。

 あっちにいる子は可愛いかもしれないなぁ。


「私も最初に聞いたときは驚いちゃったよ。ただリアスさんの『少数精鋭を基礎とするのなら大人数は逆効果。むしろレベル四十を超えたアオさんを派遣するのですから、マジェスとしてはかなりの譲歩になりましょう』だもんね。ねぇアオくん、こっち見てほしいな」

「まあたしかに、変に増えるよりもそのほうがいいのかもな」


 ラミィの手が俺の頬をがっちり掴む。

 俺はそのせいで、首が回らない。


「やっぱりっ、レベル四十以上の影響力は大きいのかもっ。知ってるアオくん、この戦いで、レベル四十を越える人が何人いるのか?」

「わかるのか?」

「リアスさんがこぼしてたよ。たしか、マジェスはアオくんを含めて五人、トーネルは三人って」

「そんなもんなのかよ」


 そういえば前に誰だかが言ってたな、レベル四十は英雄クラスだって。うへへ。


「でもね、私の国にいた人にレベル四十以上は見たことないんだよっ。一体誰を呼んだんだろっ……」

「あれじゃね、隷の眷属とかじゃ……ああ、隷は基本静観なんだっけか」


 フランが疑問に思うくらいだから、トーネルには本当にレベル高い奴いないんだろうな。

 そう考えると、マジェスの層は本当に厚いんだな。二十年前はよくこれで和平に持ち込めたもんだよ。そりゃ力以上の何かを疑うわな。


「今更だけど、やっぱレベル四十はかなりの壁なんだな」

「最近いっぱい見てきて感覚が麻痺してるだけだねっ。でもそう考えると、イノレード四人の天才って、やっぱり現れたのが奇跡的なのかもっ」


 四人の天才か。

 ロボは暴走ジャンヌは敵。グリテも、あれは常に暴走しているようなもんだな。

 そういえば紅とかいう奴もいるんだよな。ロボを殺さずにいて、ついでにこっちの味方してくれていれば助かるんだが。

 とにかく、明確な戦力としては期待できそうにないな。


「ラミィ」

「ん、なにアオくん」


 ラミィが俺の言葉に対して、気軽に反応してくれる。

 俺はこの甲板に来て、一つの約束をしにきた。


「すまないな、今になって。これ言うとたぶん、フランがこっちに来そうだったから」

「……」

「フランは自分だけ安全な場所にいるのを嫌がるだろうからな。通信の役割が、絶対に必要なのにわがままをいいそうだ」

「そうかな? 大丈夫だと思うよっ」


 ラミィの表情は変わらず楽そうだ。たぶん、俺に負担をかけないようにという彼女なりの気遣いだろう。


「もちろん、突入前にフランにも話す。これからイノレードでかなり厳しい戦闘が続くと思う。たぶん、偶然によっちゃあのタスク一味の誰かに出会う可能性だってあるんだ」

「うんっ」

「俺はその中でもし、ジャンヌに遭遇する場面があったら。戦おうと考えてる」


 ラミィの表情が引き締まった。俺の意図を察しようとしているのだろう。

 俺ははぐらかすことなく、決意から拳を握った。


「ジャンヌだけは、戦う必要がある」

「理由は……やっぱり、ロボさん?」

「そうだ」


 もしロボの体をもとに戻せるとして、その手がかりがあるのはジャンヌだけだ。マリアの命を救い、化け物の姿に変えた彼女の技術を聞きだすしかない。


「アルトは博士の仇だし、タスクだって許せない。でもそれ以上に何かしようって程怨んでもいない。ハツって子はなおさらだ。こいつらは俺たちでどうこう出来る気もしないし、やるとしても軍隊と一緒だ」

「ジャンヌはっ、もしかして」

「できることなら、俺たちが個人的に倒したい。出来る限り殺さず、話をつけたい」


 知らない場所で死んでしまえば、それこそロボの回復は絶望的だ。

 ラミィは考え込んでいる。俺の判断はとてもじゃないが正気の沙汰じゃないだろう。今まで歯が立たなかった、あのタスク一味の一人を、捕獲しようなんて言い出すのだから。


 ラミィは即答しなかった。たとえ主人と奴隷であっても、ただイエスマンであることをよしとしない。


「ロボさんの生存は、確認されてないよ」

「もちろん、最大の目標はロボの捜索だ。もしジャンヌと戦うことになるとして、ロボはこれ以上にない戦力になる」


 元々、ロボはこのために俺たちの旅についてきたようなものだ。過去の因縁を清算するためだと、いつも言っていた。


「アオくん、勝算は、あるの?」

「ある」


 俺は、即答した。

 おそらく、ラミィが一番懸念していた課題だろう。ジャンヌに勝てるかどうか。


「俺だってこの一ヶ月、何も考えてなかったわけじゃない。戦力も増強された。頭の中でだが、計画もしてる」


 個人的に、マジェスに向かう旅中で、一番頭を悩ませた課題だ。

 ただ、頭を痛めたかいはあった。

 復讐するといったら俺は絶対にする。タスクにあれだけ発破かけたんだ。口だけのやろうじゃないことを、あいつに押し付けてやる。


「このあたりも、フランと一緒に話す。それなりに自信があるから、期待してくれ」

「ジャンヌの能力はアオくんから聞いたけど……どうやって戦うのか、見当もつかないよっ」

「彼を知り、己を知れば百戦殆うからず。地球の言葉だ。知識は力になる。そして相手は人間だ。どんなに最強の能力を持ってたってな、会話の出来る奴に完璧なんてのはない」


 どんなに強いやつだろうと、口が聞けて感情があれば、挑発も出来るし油断も誘える。

 卑怯者とは、常にやれることなら全部やる。


「アオくんっ」

「戦う前から勝負は決まっているって、そういう言葉も地球にある。これは大いに同意だ。人は練習以上に動くことなんてほぼありえない。事前の準備を万端にすれば、どんな敵でも対抗できる」

「アオくん」

「あ、なんだ」


 今いいこと言ってたのに。

 ラミィは困ったような顔をして、何かいいたげだ。言えよ。


「あのね、その台詞……この世界の絵本にあるよ。たぶん、子供でも知ってる」

「はえ?」


 ま、マジかよ。

 じゃあ俺はあれか、アンパンマンの歌詞をどや顔で言ってたような状況だったのか。


「……ショックだ」

「あ、うんっ! アオくん良い事言ったよっ! ただちょっと気になっちゃって、ね! ほら元気出してっ! 私がいるからっ」

「まあ、フランに言う愚を冒さなかっただけよかっ……あ」


 俺はふと、暗黒の空を見つめた。

 濃い雲がもくもくと茂るその空で、なにかを感じた。


 ひゅう、と風が吹きぬける。甲板ではいつも通りの強風だ。


「ん?」


 俺はその風の出所を探るように、目を細めた。

 一瞬、夜の空で何かが光ったような気がして、


「ラミィ!」

「え、え?」


 ラミィはまだ気づいていない。これは、攻撃の気配だ!


「風!」


 俺は自然と風のハープを出現させて、自分の周りを守るように弦を引いた。

 攻撃は、俺たちのいた甲板を逸れて、戦艦の尻をぶち抜いた。


「て、てててっ!」

「敵襲だ!」


 第四艦が、警報のサイレンを鳴らした。戦艦の周りに付いた赤色の警光灯が夜を照らし、船内の冒険者たちをたたき起こす。


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