第百一話「くずぱーとすりぃ」
飛ばしてもジョブ
「よし、やろう」
出発まであと数時間、まだまだ時間に余裕があった。
それならばと、俺はリアスに頼んで個室を用意してもらったのだ。出来る限り何をしてもとがめられないような場所を頼んだ。
もちろん、フランにはただ出かけるといってある。
「あのさっ……アオくんさー」
というわけで、ラミィと俺は二人っきりで窓のない個室に佇んでいた。ベッドもあったりする。
たぶんここはリアス専用の寝室か何かなのだろう。普段使っていないことが丸わかりだが、御手伝いさんか何かが掃除をしているのだろう。
「なんだよ」
「もうねっ、なんでこう、いきなりなのっ」
「いきなりって、そういうもんじゃないのか?」
「もっとね、事前に合図を送ったりするべきだと思うよっ」
我が奴隷はYESNO枕をご所望らしい。
ラミィはなんとも、納得いかないように眉をひそめている。
「いや、必要かそれ」
「必要だよっ! いつか言おう言おうって思ってたけど、今日ばっかりは言います。私はともかく、フランちゃんがいるんだから。あの子絶対怪しんでたよっ!」
ラミィの御説教が始まった。
奴隷紋は反応しない。なんというか、こういう厳しい言葉を投げ合っても傷つかなくなった。忌々しい。
「わかった、次から気をつける」
「ほんとだよっ? わかってね」
「今日はもうこの話はやめよう、ハイ! やめやめ、命令だ」
「アオくんって結構横暴だよね」
ラミィが目をすわらせて俺を攻撃してくる。
「もう、とりあえず約束したからね、今日はもう許すけど」
ラミィは夜も切り替えが早い。というか諦めの境地なのかもしれない。
踵を返すと、ラミィからシャンプーのにおいがした。ちゃっかり準備をしてくれている辺り流石だ。
「はい、どうにでもしてください!」
機嫌が悪いのか、やけくそ気味にベッドへ仰向けに倒れた。
こういうのって、なんか色気あるよな。美人がやると何でもそれっぽくなる。
だが、今回はまだ飛び込むときじゃない。
俺はポケットから、一枚のカードを取り出した。
「ラミィ、今回はこれを使ってくれ」
「なにまたイクウとかなの? 別にそこまでやらなくて……え、これ」
ラミィはそのカードを受け取ると、一度ぽかんと放心する。
しかしすぐにその意図を察して、わなわなと震え始めた。
「マネスルのカードだ。それで」
「アオくんっ、さ!」
ベッドから跳ねるように上体だけ起こして、俺にそのマネスルを突きつけてきた。
「もうっ、何度失望したか覚えてないけどねっ! もう今更だってわかるし、なに考えてるのかもほぼわかっちゃうけど、アオくんこれで何しようって言うの!」
「あー他の子に変身してほしい。趣向を変えてみたいんだ」
「それってすっっっっごく、ひどいことだと思うの!」
ラミィは俺のでこを指でぐりぐりする。奴隷紋反応しないのな。
「いや、ラミィが嫌ってわけじゃないぞ」
「そういう問題じゃないでしょ! もし私がっ、夜寝るときだけはお兄様に変身してって言ったら怒るでしょ」
「お前そんな趣味が」
「怒るでしょっ!」
ラミィがすごく怒ってる。
俺はぐいぐいと顔を近づけるラミィに、すこしばかりひるんだ。
「実際に犯しているのが俺なら別にいいぞ、相手を騙してプレイしているみたいで、ある意味いいんじゃないのかな」
「……はぁー」
本音を言ってみたら、ラミィにすごく呆れられた。
いやだってさ、相手はそうやって自分を偽りで慰めているけど実際は違うんだぜ、俺がやっちまってるんだぜって、すごく興奮しないか。
「あーあーわかりましたっ! もうどにでもなれ~っ!」
「怒るなよ」
「怒りたくないよっ!」
怒ってるジャン。
まあ許可をくれる辺りなんだかんだで慣用である。奴隷だから拒否権ないせいかもだけど。
「俺、兄貴に変身しようか?」
「遠慮しますっ! あれは例え! で、アオくん、私は誰に変身するの? アオくんって結構雑食だから、私でもあんまり予想付かないよ。やっぱり美人って言うとミライさんとかかな? それともレイカ? あのあたりはみんな男の子にすごく人気だよね」
「そうなのか」
確かにミライは美人だが、俺はお近づきになりたくないタイプだな。美人といっても、女性の理想像って感じだし。
レイカはわかる。なんというかこう、性的にすごくいじめたくなるようなオーラを感じるんだ。ちんに弱そう。
ただ俺は甘いと、人差し指を揺らす。
「残念だが、どっちも外れだ」
「どうでもいいよっ、ちゃっちゃと済ませよっ。そんなところで自信満々でも全然格好良くないよ」
俺今傷ついたよ、奴隷紋仕事しろよ。
でもラミィ、案外俺の声に耳を傾けているよな。俺の好みが気になっているんじゃないのかそれは。
いや、俺の自意識過剰か。
「んごほん! まあいい。俺の希望する変身先は」
「変身先は?」
「……ベリーだ」
満を持して、俺は言った。
ラミィは一度聞きそびれたように怪訝な表情をしたあとで、だんだんと嫌悪の表情に変わっていった。
「アオくんさアオくんさアオくんさー」
「なんだよ、人の好みにけちつけるのか」
「そういう問題じゃないと思うんだよな~っ」
え、可愛いじゃないかベリー。
なんというかあの褐色の健康的な肌に触れてみたいと、一度思わずにはいられないと思うんだ。ピチピチで可愛くて、一途なんだぞ。フランとの友情に熱かったから一途なのは個人的に確定している。
「ぶーぶー」
ラミィは何が気に入らないのか、ぶーぶー言ってる。
「いいですよーどうせ私には拒否権ありませんもんねー」
「生意気な奴隷だ」
「マネスル!」
ラミィは、やけくそ気味に唱えた。
すると、ラミィの体に変化が起こる。
髪形が変わり、肌の色もベリーそっくりに変わる。たしかギルドのカード図鑑によれば、自分の知っている人間に1時間ほど変装できると書いてあった。
「おぉ、ぉお! ……おぉぉ」
ギルドの説明は、間違いじゃなかった。
俺は期待の眼差しで見つめ、テンションが最高潮まで上がったあとで、拍子抜けした。
「……これだけ?」
「つーん」
ラミィは応えない。たぶん、奴隷なんだし正直に唱えてくれただろう。
マネスルは発動した。肌の色が変わり、髪型も変わり、顔立ちもそっくりになる。それだけだ。
「足りない」
なんと、小さくならないのだ。体格は、ラミィのまま。
ラミィの俺より一回り程度小さい体系も、やたらでかい胸もそのまま。ベリー本人は、たしかもうちょっと小さいはずだ。フランくらいの体系のはずだ。
「嘘だろ……」
俺は絶望した。そしてコモンカードだと思い至る。
所詮魔法カードのコモンは、常識の範疇での効力だということか。
「でかいとか」
「アオくんねぇ……やめる?」
「いや、やめない」
落ち込んでいても仕方ないだろう。
やることはやる。それが男の矜持だ。
「あと、注文つけていいか?」
「いいけど、ベリーちゃんの真似とか?」
「いや、そんなんじゃわざと臭くて逆に萎える。キャラは好きにしてくれ。それよりもだ」
俺はあらかじめ用意しておいた、手ぬぐいに似た布を取り出した。
「これで、ラミィの両腕をベッドに縛り付ける」
「別にいいけど、前にもやったよねそれ」
「今回はそれにアクセントをくわえる。ラミィ、お前は普通にマジェスで暮していたら、突然俺に誘拐されてこの場所に連れてこられた、という設定になりきってくれ」
「えーっ」
ラミィはちょっと面倒くさそうに眉をひそめる。拒否権はない。
俺は有無を言わさずラミィの両手を縛る。もちろん抵抗できないように、まあラミィはされるがままだけど。
「なりきれ、思い浮かべてみろ。普通に暮していたお前は、突然気を失い、気がついたらこの場所で縛りつけられ、俺がいる。もちろん拘束といちゃ駄目だぞ」
「……わかったっ、一応やってみるけど、下手糞でも文句言わないでねっ」
ラミィは気合を入れて目を瞑ったあとで、パッと目を開く。
よっしゃ始まった。
「……っ、ここはどこ! あなた誰っ!」
わざと臭いがまあ良しだな。
「ようやく気が付いたか。俺が誰かなんてどうでもいいんだ。お前は大人しく、そこでじっとしていればいい」
「なにこれっ、この拘束を解いてっ! 誰か、誰か助けてっ!」
「叫んだって誰も助けにはこねぇよ。お前は今日から俺の嫁になるんだ」
「嫌! いやぁああっ! 何をする気なの!」
「わかってるだろぉ。夫が妻にすることなんて」
よし、ちょっとだけ乗ってきた。なんか茶番臭いけど。
「近寄らないで! 変態っ!」
それでも、ラミィの嫌がる演技が案外迫真なところもあって、興奮する。本当に嫌がっているみたいだ。
俺はお構い無しにラミィの体をうつ伏せに変えて、ズボンを脱がす。パンツ越しのケツがが。ふとももも褐色になってるんだな。
「張りのある肌なのは変わらないか」
「イヤだって言ってるでしょこの変態っ! あなた自分が格好いいとでも思ってるのっ! 頼りがいもない癖に甲斐性もなさそうじゃないっ! ろくに度胸もない人が自分に有利な時だけ強い立場になって襲い出すなんて、最低っ!」
ラミィは口からどんどんと罵倒の言葉を並べて抵抗を続ける。もちろん、俺を振りほどくほどの力は出せない。
髪の毛もつやつやだな。ちょっと撫でると、ラミィの全身からとりはだがのぼる。
「どうせ下半身だって碌でもないに決まってるよっ! 人が痛いって言っても絶対にやめないだろうしっ、人がせっかく命令聞くのにありがとうの一言もない癖にっ! だいたいね、ツバツケで直せるからってお尻なんて常識の範疇をこえてるよっ! しかも感想は汚いって!」
ラミィの罵倒は留まることを知らない。まさに立て板に水という奴だ。
「だいたいね、女の子がやられるの好きなんて妄想もはなはだしいのっ! タダでさえ下手糞なんだからそういうのはごほっ!」
言いすぎだったな。さすがの奴隷紋さんも働かざるを得なかったようだ。いわんこっちゃない。
「大丈夫か?」
「そんなたまの優しさになんかにっ! 絶対に騙されないんだからっ!」
まあいいや、とりあえずパンツ脱がすか。
「えっ、もういきなりなのっ! これだけお膳立てしたのにこらえ性もないなんてっ! やっぱり最低っ!」
「お前は囚われた見知らぬ褐色の女の子だ、抵抗の権利はない」
俺はパンツの裾に人差し指を突っ込んで、指でパンツを引っ張ろうとして、
「……」
その手を止めた。びよーんとパンツの紐は伸びっぱなしだ。
「あ、アオくん?」
ラミィは拘束されたうつ伏せの体を器用にひねって、顔だけ俺に振り返る。
俺は、気づいてしまった。
「おいそこの」
「アオくん?」
「見てるんだろ!」
俺は入口近く、棚の影に隠れるようにして誰かがいるのを察した。
この部屋に隠れる必要のある人物、そしてなおかつ見物しそうな物好き。
おそらくじゃなくて、確実にリアスだ。
「やはり、ばれてしまいましたか」
「ばれるとかそういう問題じゃねぇ! 人の情事にお前は」
「あたら……新たな観点への探求です。そういうのがたまに魔法陣への新たな発想につながります」
リアスは声を張って言い切った。もう逆ギレ犯人みたいだ。
そして、まるで真犯人の如くゆっくりと、俺たちの前に現れた。
「ご安心ください。何もしませんし」
「出て行けよ」
「はい、すまみ、すみません」
リアスは堂々と出て来たはいいが、かなり動揺しているようだった。まあ、そうだろう。
俺も今、かなり動揺していた。
「なあリアスさんよ」
「はい」
「どっからでてきてんだ」
なぜなら、リアスが部屋の奥から現れたからだ。
俺が感じたのは部屋の入口近く、その場所にリアスがいなかった。つまりはリアス以外の誰かが、そこで見ていたのだ。
「部屋の奥からですが」
「そういういみじゃねぇ」
「理不尽です」
「あの、アオくんお尻寒いんだけどっ」
俺は、じっとその入口近くを睨んでいた。少しでも目を離したら、そこにいる何かが逃げてしまいそうな気がしたから。
「ここって、あんたの寝室なんだよな」
「はい、あなたの要望どおり、基本的に誰も立ち入れないようにしておきました。わたしはこの部屋の主ですので、例外です」
「部屋の主って、どう判別するんだ」
「それは、わたしを識別するセイブーンの魔法機械を利用して……どうしたのですか?」
セイブーンで識別すれば、入ってこれる。
セイブーンってどういう識別方法なんだろ、体の構造把握するって言ってもどこまで把握できるんだ。身長年齢もわかるのか、いやそうであってほしい。
万が一にも、遺伝子とかそういう地球医学での識別は、やめてほしい。
「と、とりあえず出て行ってくれな、な」
「は、はい、どうして目を瞑って」
「早く!」
リアスがそそくさとこの部屋を去っていく。
俺が目を瞑ったんだ、もうひとりのほうも、俺が正体を知らないまま逃げてくれ。それでいいから。
「あらフラン、どうしてこんな場所でフラフラしているの?」
「びゃぁあっ!」
部屋を出てすぐ、リアスと誰かの叫びが木霊する。
「アオくん、だからお尻が」
「うぉおおおっ!」
俺は全てをごまかすように、咆哮をあげる。