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第十話「あしたやる さきのばし」

 夜、博士が帰ってきた。


「ろくなもんじゃないのう」


 フランの部屋で寝ている俺を見た一言目はそれだ。鼻で笑われた。

 普通に寝ていただけなのに、ちょっと横暴な扱いである。


 熱はまだ収まらない。看病していたフランはいつの間にか床で寝ている。気疲れで眠ってしまったのだろう。少女である。

 フランの寝顔を静かに見ていた俺の前に、博士が現れたのだ。


「害になる事はなにもしてませんよ」

「一言と一事例が多いんじゃよ」


 博士は部屋に持ってきたお土産を適当に置いて、俺の元に近づいてくる。


「フランは寝ているとして、アオはなにしとる」

「たぶん風邪です」


 俺の言葉に、博士はちょっとだけ眉をひそめる。


「アオが風邪をひくのか」

「ひいたらだめなんですか?」

「いや、ありえない話でもないがの」


 なんか含みのある言い方である。

 それ以降、なにやら悩むように黙り込むので、ちょっと気まずい。


「あの」


 だからか、ちょっとだけ口を挟む。丁度聞きたいこともあった。


「なにかの」

「俺がここにきた話、してもいいですか?」

「わしらが召喚したんじゃろ」

「実は、俺もこっちに来るように言われてたんですよ」


 俺は初めて、博士に異世界の話をする。ここに来たこと、地球が滅ぶまでの話を、嘘無しで全部伝えた。

 もっと早くに相談できればよかったが、あの怪物の恐怖が壁を作っていた。冷静に考えられるようになった今なら、少しは何か意図がつかめるかもしれない。


 何かわかれば、俺の今後の方針にも繋がる。


「異世界か、たしかマジェスにはそのような物語があったような気もするの」


 マジェス? ニュアンスからして国か何かだろうか。


「他の国からとか、ややこしい嘘言ってすいません」

「今更じゃな。まあかまわんよ、考えるのは嫌いじゃない。で、じゃ。それをわしに話して何を知りたい?」


 何を知りたいか、異世界としての観点から、どういう質問が飛ぶのか気になっているようだ。


「この世界で、一番美しいものって、なんですか?」


 最初に、これが頭に浮かんだ。

 世界で一番美しいものとはなんだろうか、宝石とか、壁画とか、もしかしたら友情とか愛情とか、そんな荒唐無稽な物まで出てくるかもしれない。


 この世界の価値観から、その意見が聞きたかった。何か明確なものがあるかもしれない。


「そんなもの、あるわけないじゃろ」


 博士の断言が、俺の期待をばっさりと切り落とした。


「ない、ですか」

「そうじゃよ、どんなにすごい壁画だろうと、すべての人がそれを世界一美しいと思うか?」

「すべての人が、ですか?」

「世界で一番美しいものが、統計や投票で換算した美しいものなのか? 違うじゃろ。誰もが一番美しいと確信せねばなるまい」


 言いたいことは解る。

 たとえば、モナリザの絵が美しいというのは解るが、それが世界一といわれて心から頷ける人は何人いるだろう。そんなに多くないはずだ。


「すべての人間が同一の結論を持つことなど不可能じゃ。愛や友情ですら清濁を連ねるのじゃぞ、その事例からして、わしはないと断言する」

「そうですか」


 ここまできっぱり言われると、返す言葉がなくなってしまう。


「百歩譲ったとして、それはその怪物とやらが一番美しいと思い込んでいるとかかの」

「……それはないと思います」


 それなら、世界で一番美しいものという表現は使わないはずだ。

 というか、代名詞じゃなくて固有名詞で言ってくれればいいのに。


「美しいものなどと遠まわしに、普通にその名前を言えばよかろうにの」


 なんか博士が同じこと考えてる。


「アオは、それを探すのか?」

「……わかりません」


 あの怪物との約束は、保留だ。あいつが約束を守ってくれるかどうかも怪しい。


「わしはそれでも構わんが、相手はどう思うかの」

「え」


 盲点だった。博士の言うように、あの怪物は俺のこの考えをどう思っているのか。

 もしこのまま美しいものを探しもしなかったとしたら、相手はどう出るのか。

 下手をすれば、元の世界へ戻されて、殺されるかもしれない。


「わしらは、アオを元の世界に戻す気などないが、その話が事実なら、ただ生きるだけというのは危ういかも知れぬぞ」

「……考えておきます」


 とはいえ、もうおちおちとしていられないのかもしれない。

 力はつけた。魔法までもらった。出来ないなりにも、探してみた方がいいのかもしれない。


「もし探すのなら、イノレード辺りかの、あそこに残った文献は知的生命の英知じゃて」

「すみません」


 博士も、大体俺の結論を察したようだ。

 録に恩も返せないで、この場を出て行ってしまうかもしれない。


「博士には、何かほしいものがありませんか」


 だからか、何か恩返しが出来ないかと、伺う。


「前にも言ったじゃろ」


 そう言って、博士はフランを見る。

 フランの寝顔は、見ているこっちが微笑んでしまうほど、安らかだ。こいつのどこが人造人間なのだと思えるくらいに可愛い。

 俺だって、あんな子が家族にいたら幸せを願うだろう。


 フランは、俺たちの視線に気が付いたのか、ゆっくりと瞼を開ける。


「おはようじゃな、フラン」

「おはよう、パパ」


 フランはゆっくりと上半身を起こして、眠気眼を擦りながらあくびをする。


「おはよう、アオ」

「……ああ、おはよう」


 フランは、ん~っと背伸びをして、目を何度もぱちくりさせる。

 へそが見えてよかった。ろくでもない感想。


「アオ、熱は?」

「あんまり」

「そう」


 まだちょっと熱がある。動けないほどではないが、あんま働きたくない。

 博士が頭を掻いて、気まずそうにこっちを見ている。


「こりゃ、明日の買出しは無理かの」

「いえ、俺は留守番してますよ」


 こういうのは慣れっこだ。

 俺が夏風邪を引いた時も、家族は予定をキャンセルすることなく草津に一泊二日してしまったことを思い出す。せめて冷蔵庫に何か残してほしかった。まあ普通は、旅行前に食料は置かないだろうけど。


「食べ物も、あの汁でも用意してくれれば」

「駄目、明日は行かない」


 フランが、すごくうれしいことを言ってくれる。


「ありがとうな、でも、気にするなって」


 俺は知っている。フランがこの日をどれだけ楽しみにしていたのか。

 好奇心の強いフランは、心の中ではずっと外の世界に興味があったはずだ。極度の人見知りでも、彼女はいつだって俺の前を歩こうとする。


 ほら、部屋の隅っこには、用意してあった旅行鞄があるじゃないか。


「いかない」

「……俺は合理的に考えれば、放っておいても死にはしないぞ」

「効率で考えれば、あなたと一緒の方が楽しい」


 効率なのに、楽しいのか。

 いや、泣いちゃいけない。本当にうれしいことを言ってくれたけど、泣いちゃいけない。


「フラ――」

「まあ、ええじゃろ。別に治ったあとでまた行けばええ」


 博士が、ちょっとだけ嬉しそうに、こっちを見てウインクした。気持ち悪い。


「すみません」

「まあええ」

「フラン、ありがとな」

「効率よ」


 フランは、こんな俺にだって、挨拶をしてくれる。合理的だが、ちゃんと彼女の行動にはぬくもりがある。一人にしてしまいたくはないだろう。

 俺がいつ旅に出てしまうのかは解らない。でも、そう遠くはないだろう。


 やれることは少ない。俺も、フランのため出来る限りのことをしよう。


 だから、もうちょっとだけ長居をさせてもらいたい。明日やれる事は明日やる。ああ、いい言葉だ。


***


「にしても、フランがの」


 パパが不思議そうに顎を撫でている。なんかにやけててきもい。

 わたしとパパは何の意味も無いまま廊下を歩いている。アオはもう寝たので、することがなくなってしまった。


「パパ、風邪ってどれくらいで治るの?」

「さぁ知らん。あの男がそうなるとは思ってもみなかったしのう」


 そういえば、わたしは風邪というものをひいた事がない。もしかしたらずっと前になったことがあるかもしれないけれど、わたしの記憶にそんな病気はなかった。

 大丈夫なのだろうか、ほんとうに、治るのだろうか。


「フランの」

「なにパパ」

「丁度アオが来て一ヶ月程度になるが、どう思う」

「どう思う?」


 パパは何が言いたいのだろうか。意図がつかめない。

 アオを作ってから、もう一ヶ月がたった。

 あっという間だった気がする。最初こそ殺してやろうと思っていた。今でも笑う顔は嫌いだし、上からものを言うし、ろくでもない風に見えるのは変わらない。


「アオはうざい」

「そうかの」

「人の揚げ足ばっかり取るし、たまにじろじろ眺めてくるのがいや」

「じゃあ、嫌いかの?」

「嫌いじゃ、ないと思う」


 それが今の正直な気持ちだ。

 あんなアオだけど、少しくらいならここに居てもいいと思っていた。

 あんなに無知なくせに、外に出て行くなんて危なっかしくて見ていられない。追い出すにしても、もうちょっと知識をつけてからの方が……追い出す。


「ねぇパパ」

「ん?」

「アオは、ずっとここにいるの?」

「どうじゃろ、結構長居する気もしとるよ。でも、ずっとここにはいないじゃろうな」

「そう……」


 いつかは、ここを出て行ってしまう。


「……薄情ね」

「そうじゃなぁ、屑じゃなぁ」


 パパがちらちらとこちらを見ては笑っている。何がおかしいのだ。


「でも、そういうものじゃよ」

「そういうもの?」

「流れない水は腐る。アオはそういう本質ばっかり理解しとる。あやつは自分が最低だとわかっておきながら、それ以下にはなりたがらないんじゃよ」

「それ以下?」

「あの男にとって一番いやなのは、停滞なんじゃろ」


 パパの言っているとことはたまにわからなくなる。

 わたしがまだ幼いせいだろうか、もっと大人になれば、わかる話なのだろうか。


「安心せい、フランにもわかる」

「わたしは、別に変わらなくてもいい」

「ほう」


 わたしは今の生活が好きだ。

 パパがいて、ホットケーキが食べられる。アオだってついでにいてもいい。

 この生活がずっと続けられれば、わたしは幸せでいられると思う。


「でも実際は、そういかないかもしれんぞ。人は成長するんじゃよ、望む望まないに限らずの」

「変えない」


 何故今の状態から変わろうとするのか、必要のないことだ。

 パパはわたしの意志に対して、いつも通り強く反論はしない。また前を向いて、歩き出してしまう。


「人はいつか、大人になるんじゃよ」

「そんなの、当たり前じゃない」

「そうじゃったな」


 パパは何が面白いのか、笑いながらわたしの先を進む。


 いけないのだろうか、ずっと同じ今を望んでは。

 わたしは、こんな生活がずっと続けばいいと、それだけを考えていた。


***


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