56石川家
「俺か兄か、か……究極の選択だろうな
真面目なアイツにとっては」
「だよね」
「それを分かってて良くやるよ、
あのお兄さんも」
「性格悪いんだよ、アイツ」
「それはなんとも言えないけど。
……レイ、小学校に上がる頃に
親が再婚したんですよ。
義母の連れ子が桐江さんの同級生の
その人です」
「え?マジで血が繋がってなかったんだ?」
「やっぱりお兄さんからは
聞かされてなかったんですね。
……父親、つまりレイの本当の父親
なんですが、一つ問題があって
普段は凄く温厚で優しい人だった
そうなんですけど、一度お酒が入ると――」
「もしかして……酒乱?」
「物凄かったらしいです。
奥さんはおろか当時7歳だったレイにも
平気で手をあげていたらしく、
その度にお兄さんが身を挺して
庇ってくれたと聞きました」
「義母が我慢の限界で、夫がいない隙に
家を出ようとした時、自分の子である
兄の手だけを引っ張って連れて行こうと
したんだそうです。
目の前にレイがいるのに目もくれずに
ですよ」
「酷だな」
父親も父親なら母親も母親だ、
所詮は他人の子か。
見捨てられたと絶望に陥った子供。
自分は赤の他人だと思い知らされ、
そんな状況で自分も連れて
行って欲しいとか果たして言える……だろうか?
「でもその時、その兄は母親の手を自ら
振り払って、弟が行かないのなら
自分も残ると言い切ってくれたそうですよ」
「あの石川が?」
四堂君は頷いた。
「……そっか」
どんなにか嬉しかっただろうね、零クン、
きっと俺達が想像も出来ないくらい遥かに。
「それは妄信的に兄を慕うだろうね」
「……ええ」
「結局、母親は二人を連れて
親戚の家に身を寄せてることになって、
その数ヵ月後に父親は酒の席のトラブルで
喧嘩に巻き込まれ亡くなったと
聞かされました」
多分、レイは一生
お酒は飲まないでしょうね。
その四堂君の呟きに合点がいった。
(あ……)
成程、石川が酒を飲まない理由はこれか。
「……レイね、自分が置いていかれそうに
なったのは自分に非があるからだと
思ったそうで、だから勉強もして
礼儀正しくて誰からも
取り分け義母に気に入られるように、
疎まれないようにってその一心であんな風に」
健気というか……
よくも曲がらず育ったものだと感心する。
恐らくそこには石川の支えがあったから
だろうことは想像に難くない。
意外な一面だった。
お前だって人のこと言えないじゃないか。
零クンの事になると見境無いクセに。
前に石川と話した時に
アイツのやりように思わず苛立って
しまったけど、それもこれも
石川の弟への過ぎた愛情とも思える
執着のなぜる技か。
「俺一度、お兄さんに会ったこと
あるんですけど、レイの話す印象と違って
睨まれた記憶があります」
「レイは俺の気のせいだよって笑って
言ってたけど、今思えばあれは
弟の友人を見る目って感じじゃなかったな。
ここから先は俺の憶測ですけど、
レイにとってそうであるように
お兄さんもレイは特別な存在だったと思います」
俺は頷いた。




