45特別休
――N.Y.マンハッタン、二月。
近郊にコロンビア大学、
セトラル・パークの東に位置する
イースト・サイド同様、高級アパートの多い住宅街、
アッパー・ウェスト・サイド。
俺はその夜とあるアパートメント
近くの路地に立っていた。
冬のニューヨークは零下10℃以下にも
なると聞いていたけど、深夜近くとも
なると想像以上の寒さだ。
昼間、ブロードウェイから
見えた電光掲示板が摂氏マイナス7℃の
表示だった事を思い出して体感温度が
更に下がった気がする。
通りの向こうから街灯に照らされて見える
黒のダウンコートを着こんだ長身の人物は、
その歩調のままこちらに目もくれず通り過ぎていった。
そしてアパートメントのドアに手をかけ
中に入る直前の姿勢で動きを止めた。
「――何の真似ですか?」
発した言葉は目線もドアに向けたままのその一言だけ。
「例の件のお礼を言いたくて、君を待ってた」
「こんな深夜に、こんな場所で?」
「うん」
「大体、その話はもうレイから既に聞いてます」
「直接は未だだよね」
チッと舌打ちが聞こえたかと思うと
彼は俺の方に足早に向かってくる。
「それも電話で済む話です。
英語も話せない貴方が無茶してまで
こんな所に来るようなモノではないでしょう」
その電話を取ってれなかったのは他ならぬ君なのに?
「此処は日本じゃないんです、
治安だって良く無い、男だからって
安心してると痛い目みますよ?
……全く、よく警備員に通報されませんでしたね」
「一番最初に電話が壊れてて連絡が
つかないから、直接君に会うために
ここで待たせてもらうつもりだと何とか伝えたんだよ。
ついでに賄賂も渡しておいたから」
使い捨てカイロを見せると
四堂君はこちらを見ておどけて笑う
警備員を睨んでいた。
「…………彼がゲイだったらどうするんですか」
「それが何か問題あるの?
それにその言い方だと違うって事だろ。
凄く良い人でさっきまで
少し電子辞書使って話してたんだよ」
四堂君は呆れた様に溜息を付く。
「話がそれだけなら帰って下さい。
空港でも、ホテルにでもTAXI呼ぶくらいはしますから」
「話がそれだけじゃなきゃ帰らなくっても良いってこと?
生憎、飛行機の手配もしてないし、ホテルもとってない」
踵を返そうとした彼を言葉で引き止めた。
「…………」
眉間にシワを寄せた彼が
苛立ってる事くらい俺にだって分かっている。
今の俺が君の表情一つ見逃す訳が無い。
敢えて気が付かないふりを
装ってるのも軽い口調も
緊張してるのを誤魔化してる所為だ。
「君が小学生の時もこんな感じで
待ち伏せして口説いてたっけ……
そう考えると俺あんまり進歩ないね」
「……入って下さい、変に思われる」
彼について案内された部屋は三階だった。
部屋にはいると既に暖かい。
外国じゃ日本ほどマメに冷暖房切ったり
しないと聞くが恐らくはそれなのだろう。
四堂君は部屋に戻るなり
バスルームらしき部屋に直行し、
蛇口を捻る音の後、バスタブに
湯をいれる音が聞こえてきた。
廊下の先の中央のリビングは
ウッドフロアーにシックな絨毯が
敷いてあり壁紙が基本白でドア、
木枠は黒で家具等はアンティーク調
のものでまとめられていた。
広い壁には巨大な絵画がいくつも
展示されており、ソファや椅子の上に
深紫色のクッションが乗っていて
どれをとっても品が良く俺でも
かなり値が張るものだろうと想像できる。
窓も多くきっと昼は明るいんだろうけど
今は上に小さなシャンデリアと
いくつもの間接照明が当たっていて
高級感をさらに演出しているようだった。
ただリビングに隣接している
オープンキッチンを見て、やはりというか
生活感の無さが窺えたけれど。




